「なーんて、勢いで別れちゃったんだけどさ。拗らせアラサーオタクの痛さ全開だよね……」
その一週間後の週末、久しぶりに友達三人で集まって、ファミレスでごはんを食べながらわたしは早速近況報告をした。
親からされたような「せっかくできた彼氏だったのにもったいない」や「この先どうするの」みたいな反応が来ることを予想して、一応自己反省風に言葉を締める。
あの時は清々したとさえ思ったのに、この一週間落ち着いてから状況を考えると、漠然とした将来への不安は消えなかった。
しかし、話を聞いてくれていた二人はそれぞれの速度で首を振った。
「いや、仁湖さんが好きって知ってて雑に扱うその彼氏さんがないです……私ももし誰かにぬいちゃん汚されてヘラヘラされたらキレますし」
「虹夢ちゃん……」
先程までパフェと一緒に推しのぬいぐるみを撮影していた、年下の可愛らしい女の子『夏目虹夢ちゃん』。
ひらひらのレースやリボンをあしらった愛らしい服装で、手元のぬいぐるみも同じようにひらひらのぬい服を着せられていて可愛らしい。そのぬいぐるみは、彼女の推しのゲームキャラクターだ。
ちらりと視線を向けるとスマホカバーも身に付けたアクセサリーもそのキャラクターのイメージカラーのピンクで、桃のパフェをチョイスしたのもキャラクターの色に合わせてだとわかり、ついにっこりしてしまう。食べるものすら推しありきだ。
「仁湖みたいにオープンオタクだと、わりと軽んじられるのかしらね? 昔の価値観で、ガチオタはこそこそしてるもんって思われてるのかもしれないわ」
「あ~、そういう偏見ありますよね。私も昔はそんな感じでひっそりしてましたし……。まあ、今の『推し活ブーム』っていうのはちょっと複雑ですけど、私的には一般に受け入れられやすくなってオープンに振る舞えて楽です」
「確かに、複雑なところはあるわね……好きなものを好きでいるのに、ブームって何って感じはあるわ。愛は強制でも流行りでもないもの」
「ですよねぇ……あ、でも、推しカラーっていってアクセサリーやらポーチやらいろんなカラバリ展開してくれるのはありがたいです!」
「わかる、緑とミントグリーンとか、赤とワインレッドとか分けてくれてたりするとさらにテンション上がるよね!」
「あ~、オタク推しのメンカラに細かい問題……わかります。人数多いとどうしても微妙な色で分けてたりしますもんね」
「ほんの少しの違いでこれは別のキャラの色! とかあるものね……」
「そうそう。この前行った公演のキャラのイメージカラーがさ、赤だけでもレッドとバーミリオンとルビーと紅と梅と……あと何個かあって、わけわからないもん。細かく分けてるのはいいけど、もはやオタクにもわからない軽微な差」
「わ~、なるほどわからんです」
「それ振られてる側も自分の色の判断ついてるの……?」
話している内につい楽しくなってしまい脱線しかけていた話題を、ふと愛沙さんが咳払いの後戻してくれる。
「こほん。まあ、何にせよ、グッズでも車でもジュエリーでも推しカラーでも、人によって愛着も価値も様々なんだし、それを否定されるのは自分を否定されてるみたいに感じるわよね。そんなやつ、別れて正解よ」
「うう……虹夢ちゃんも愛沙さんもありがとー!」
虹夢ちゃんと一緒にわたしの決断を肯定してくれた、年上の『冬美愛沙さん』。
こちらも推しのアイドルのブロマイドをラインストーンでデコった硬質ケースに入れて、推しの好物らしい料理と一緒に写真を撮っていた。
推しアイドルのメンバーカラーの青でインナーカラーを入れた黒髪は長く綺麗で、バチバチにピアスを開けた格好いいお姉さんだ。
可愛らしい女の子然とした虹夢ちゃんと、綺麗で格好いい愛沙さん。その二人に慰められる黒髪眼鏡の無難な芋オタク。一見すると何の集まりかわからないだろう。
「というか、よくその場できっぱり言えましたねぇ……その瞬発力がすごい」
「本当にね……仁湖は脳直でしゃべるタイプだから、畳み掛けレスバが強いのよ」
「えへへ、推しへの愛が溢れちゃった結果、つい……」
「私推しについて語ると語彙力なくすタイプなんで、うらやましいです」
「ほんとそれよね。推しの好きなところはたくさんあるのに、いざ口を開くと『顔がいい』しか言えなくなるもの……」
「あはは、わたしも推しとの接触だと語彙力消失するけどね? なんなら推しが目の前に居てもその記憶飛ぶからね?」
「それはそう」
「というか、推しとの接触あるっていうのが普通にやばいですよね……!?」
「時間とお金と運を積むことになるけどねー」
「うう。時間とお金と運……積みまくったらいつか、二次元に飛び込める技術出来ますかね~……」
「えっ、それいいな! 推しのライブ映像に飛び込んで何度でも体感したい!」
「どの次元でも需要あるわねそれ……」
いわゆる2.5次元俳優オタクのわたしと、ゲームやアニメなんかの二次元が好きな虹夢ちゃんと、アイドルオタクの愛沙さん。
見た目も年齢も好きな対象も住んでる地域も、何もかもバラバラなわたしたちがこんなにも仲良く出来ているきっかけも、やはり『推し』だった。
三年前、虹夢ちゃんの好きな作品『FOUR SEASONS』が2.5次元舞台化して、そのキャストの中にわたしの推しの春夜くんが居たことで作品を履修した結果、生き生きとしたキャラクターや重厚なストーリーに原作も好きになった。
そして同時期に公開されたその作品のアニメ映画の主題歌を、愛沙さんの好きなアイドルが歌っていたのだ。
そのアイドルも元々オタクで、原作を好きだと語ったり、舞台も見てきたなんて主演の春夜くんと対談配信までしたものだから、ひとつの作品を介してそこにはいろんな沼の住人たちが集まった。
そんな偶然に偶然が重なった結果、それぞれの界隈に居たわたしたちが共通の話題からSNSで繋がって、お互いの持つ知識を共有することであらゆるメディアミックスを網羅し、より深く作品を堪能した。
グッズ交換や現地参戦で会う機会も増え気付けば仲良くなり、それぞれ別のジャンルを追っていてもたまに遠征時期が被ったりすると一緒に飛行機を取ったりと交流は続き、今やネット上だけではなくこうして食事をしたり遊ぶ中になったのだ。なんとも数奇な縁である。
「あ。そういえば仁湖さん、アクスタってアルコール消毒で絵柄落ちる時あるんですって。次綺麗にする時は気を付けてくださいね」
「えっ、なにそれ怖……!?」
「あー、あたし一度やらかしたわ。推しが消えてただの透明な板になった時の虚無感……」
「え。つら……」
「悲しい……でもその透明なシルエットも捨てづらいですね~……推しのぬけ殻というか……」
「いや、それは普通に捨てたわ」
「潔い……!」
缶バッジやぬいぐるみやアクリルスタンドは、推しグッズの定番だ。こうして情報共有できるのはとても助かる。
それぞれ好きな分野は違っても、推し方やスタンスが違っても、好きな人が居てそれを応援する気持ちは同じだから、わたしたちはその価値観をお互い否定しない。
そんな当たり前のことが、あんな喧嘩で彼氏と別れた今、より嬉しかった。
「そういえば私、この間推しのバーチャルライブにはじめて参加してきたんです! それで銀テープキャッチしたんですけど、いい保管方法ありますか?」
「えー、最近のバーチャルライブって銀テ降るんだ!? いいね、落下物って現地~って感じでテンション上がる!」
「はいっ、後方席だったんですけど、いい記念になりました!」
「落下物系はいいわよね……あたしはライブごとにロゴ見えるように丸めて、百均のクリームケースに入れて積んでるわ」
「わたしはストラップにしてペンラケースに付けてるよ。ライビュとかでペンラ使う度に、現地の記憶よみがえるし」
「なるほど……どっちもありですねぇ。円盤も予約したんで、観る時に現地の記憶思い出せるように目に見えるところには置いときたいんですけど……」
ライブやイベントを生配信で映画館で観ることの出来る、ライブビューイング。音楽関連のイベントで振ることの多いペンライト。円盤ことBlu-rayやDVD。どのジャンルを推していても、その辺りは通じることが多い。いわばオタク達の共通言語だ。
あの日静かなお洒落カフェの片隅でひとり涙したわたしは、今はファミレスの喧騒の中で仲間達と笑いながら好きなものの話をする。
涙が混ざり味も覚えていないお洒落な飲み物よりも馴染み深いドリンクバーの飲み物を片手に、わたしたちは久しぶりの対面ということもあり話が弾んだ。
共通のこともあれば、界隈によって知らない世界や常識があったりもして、彼女たちと居ると見識が広がって楽しかった。