コンテナ監禁事件発覚から十日以上過ぎた、六月某日。
 住宅街から離れ、山の近くに設置された『トランクたけなか』にある近々解体予定の廃棄コンテナの前に、一人の男が呼び出された。
 この日は今朝がたに降った雨で地面は濡れており、歩くたびに泥が跳ねて靴やズボンにかかる。山に近いということもあって、水はけが悪いらしい。
 男は周囲を見渡すも、呼び出した当人は見当たらない。指定された時間通りにきたはずだが、本当に待ち合わせているのかと不安になる。
 ポケットからスマートフォンを取り出し、送られていたメッセージを改めて読み直す。
【お話したいことがあります。本日十六時、ここに来てください。】
 どこか胡散臭い文章で、届いた時はどこぞの怪盗の予告状かと鼻で笑ったが、次第に襲い掛かってくる不安に煽られ、誘われるかのように来てしまった。
 しかし、廃棄予定のコンテナの近辺というものはなかなか気味が悪い。なぜこんな場所に自分だけが呼び出されたのか、皆目見当がつかない。
「すみません、お待たせしました」
 突然、後ろから声をかけてきたのは呼び出した張本人――真崎大翔だった。
 短髪に切りそろえられた黒髪に紺色のスーツ姿。初めて会った時は梶浦出版という出版社の記者だと名乗っていたが、記者というより営業マンといった装いだ。
「遅くなってしまってすみません……!」
「いえ、お気になさらず。あんなメールをいただいていたので、いても経ってもいられなくなっただけです。それで、話したいこととは一体なんですか?」
「そう、俺、あなたに聞きたいことがあったんです」
「聞きたいこと?」
「はい、だからここに来てもらいました。こちらへどうぞ」
 真崎があるコンテナの前に向かう。警察が立ち番をしているわけでも、規制線が張られているわけでもない。ただ、そのコンテナが、誰かが監禁されていたという件のもので、さも平然と扉に手を伸ばそうとする――そんな真崎を気味悪く思った。
 発見当時、コンテナの側面にはパウンドが使用する火薬の煤が残っており、中には死にかけの重傷者がいたそうな。不穏なコンテナは、いつになく不気味な雰囲気をまとっているように見える。
「それで、聞きたいことって何ですか?」
 コンテナの扉に手をかけた真崎に、男が問う。
 人けが少なく、辺りには何もない。こんな気味の悪い場所から、早くここから立ち去りたい。
 そんな男の真意とは裏腹に、真崎は「そんなに急かさないでくださいよ」と小さく笑った。
「いろんな人に話を聞いているうちに、ある仮説が浮かび上がりました。ですが、どうしても確証が持てなくて。ぜひあなたにも聞いてほしいんですよ」
「仮説?」
「ええ。これが正しければ、一連の事件の犯人が確定します」
 真崎がはっきりと告げると、正面の男を見据えた。不可解な発言に、男は眉を吊り上げる。
「何を言っているんですか、犯人はパウンド――火伏昭で決まりでしょう?」
「火伏は事件当時、刑務所でその日は外に出ることすらしていない。そんな彼が、どうやってデリケートな火薬を仕掛けられるでしょうか?」
 丁寧に、ゆっくりとした口調で話しながら、真崎は開きかけた扉を全開にして、手元のライトで奥を照らす。今もうっすらと血痕が残っているのが見えると、男はぞっと体を震わせた。
「このコンテナで起こった監禁事件と、パウンドによる住宅街の放火事件――これは偶然、同じ犯人が関わってしまったものです。そして、留置中の火伏昭は、本物のパウンドによって濡れ衣を着せられた――あなたにね」
 男はどきりと心臓が跳ねた。そして真崎の何も感じ取れない笑みを前に、あくまで冷静を保とうとする。
「な、なにを言っているんですか? 本物のパウンドがって、ふざけるのもいい加減にしてくださいよ。記者の真似事までして、何がしたいんです?」
 以前、真崎から受け取った名刺にあった梶原出版を調べた限り、そんな出版社は存在しないことがわかった。わざわざ名刺まで用意してまで情報を得ようとするのはなぜか。男が例のメールを受け取って不審に思いながらもここに来たのは、真崎の目的を確かめるためでもあった。
「火伏は平気で建物に火をつける危険な奴です。あの放火事件では、火伏が現場にいて自首したじゃないですか! あなたも知っているでしょう!?」
「留置場の監視カメラの映像、そして事件当夜ともに彼が抜け出した痕跡はなく、むしろ言葉を交わした看守がいました。どうあがいても、彼が留置場から抜け出すことは不可能。火伏にはできない」
「そ、それはそうかもしれませんけど! パウンドを崇拝する共犯者が――」
「共犯者なら可能でしょう。しかし、コンテナの件は逮捕後の話。火伏が外部と連絡が取れる唯一の手段は、留置場での面会です。看守に気付かれないようにすれば話を合わせることができると思って、調べてみました。そしたら弁護士や親戚のほかに、あなたの名前がありましたよ。――土井悠聖さん」