第十話

 私がクラス委員として藤原カリンと活動を始めてから、しばらくの時間が経過した。
 私とカリンちゃんは、クラス委員の仕事を行っていた。

 朝のホームルームでの司会進行は私が担当する。
 放課後の黒板消しや机の整理整頓を、カリンちゃんと二人で行う。
 そんな日々が続いていた。

 最初は、私との共同作業に緊張していたカリンちゃんも、少しずつ慣れてきたようだった。
 彼女の表情にも、以前よりも柔らかさが感じられるようになってきた。

 ある日の放課後だった。
 いつものようにクラス委員の仕事をしていた時だった。

 教室に担任の先生が入ってきた。
 手には、ポスターらしきものを持っている。

「桔梗さん、藤原さん。」

 先生が、私たちを指名して近づいてきた。

「なんでしょうか?」

 私が尋ねると、先生は話し始めた。

「実は、私たちのクラスの掲示物を新しくしないといけないの。それで、申し訳ないんだけど、二人で出来ないかしら?」

 私は、廊下にあるクラスごとのポスター展示を思い出した。
 確かにあれは定期的に内容が変わっていた。
 そうか、先生やクラス委員が張り替えていたのかと、今になって思った。

「分かりました。」

 私がそう言うと、カリンちゃんも小さく頷いた。

「本当?ありがとう。じゃあ、これが新しい展示物ね?」

 先生はそう言って、手にしていたポスターを渡してきた。

「古い展示物は、どうすればいいですか?」

 私は、ポスターを受け取りながら先生に聞いた。

「取り替え終わったら、とりあえず職員室に来てくれたらいいわ。」
「分かりました。」

 私が答えると、先生は忙しいのか、すぐに職員室へと戻っていった。

 私たちは早速、作業に取り掛かることにした。
 私は展示物の張られている場所を思い出しながら、そこへ向かう。

「ここね。」

 隣にいるカリンちゃんが頷く。
 私たちのクラスのポスターが張られている。

 そこまでジロジロと掲示物を見たことがなかったけど。
 改めて見ると、なんとも差し当たりのない内容だった。

 この古い掲示物を外し、新しいものを貼り付ける。
 単純な作業だが、二人で協力しながら進めて行こうと思った。

 私は、古いポスターの画びょうを外し始めた。
 それを見て、カリンちゃんも同じようにし始めた。

 ポスターという展示物を外し終えた私たちは、そのポスターを丸めておいておく。

 そして、私は、先生から貰ったポスターを広げ始めた。

「あっ。持ちます。」

 カリンちゃんが、手伝ってくれる。
 ポスターは大きい。
 二人で広げた方が効率的だ。

 私とカリンちゃんは、新しいポスターを広げて壁に貼り付けた。
 画びょうを刺す音が静かな廊下に響く。

「カリンちゃん、ちょっと左に寄せてもらえる?」

 私が言うと、カリンちゃんは黙って従った。
 彼女の動きは慎重で、ポスターにしわが寄らないよう気をつけているのが分かる。

「カリンちゃん、最近はクラス委員の仕事に慣れてきた?」

 私は、さりげなく話しかけてみた。
 カリンちゃんは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに普段のような表情になった。

「はい…。桔梗さんのおかげで、少しずつですけど。」

 その言葉に、私は嬉しさを感じた。
 同時に、ちょっとだけ違和感も覚えた。 

 私のおかげ、というのはどういう意味なんだろう、と思う。
 わざわざ口にするべきことなんだろうか?
 
「そう。良かった」

 とりあえず、私はそう答えた。
 カリンちゃんの言葉の意味について考える。
 単なる社交辞令なのか。
 それとも…。

 しばらく、私とカリンちゃんは無言で作業を続けていた。
 すると、突然カリンちゃんが口を開いた。

「桔梗さん、いつもありがとうございます。」

 その言葉に、私は少し驚いた。
 カリンちゃんから、こんな風に話しかけられるのは珍しかったからだ。

「え?どういたしまして。でも、私は特に何もしてないわよ?」

 私は少し戸惑いながら答えた。
 本当に何もしていない。
 むしろ、カリンちゃんの方が黙々と仕事をこなしているのだ。

「いえ、そんなことないです」

 カリンちゃんは、真剣な眼差しで私を見た。

「桔梗さんは、いつも私のことを気遣ってくれて…。」

 カリンちゃんの言葉。
 たぶん、この彼女の言葉は嘘ではないだろう。
 しかし、客観的に見ると私がそこまでのことをしているのだろうか?

「カリンちゃん…」

 私は言葉を探していた。
 どう返事をすれば良いのか、瞬時に頭を巡らせる。

「実は、私も最初はクラス委員の仕事って不安だったの。でも、カリンちゃんと一緒に仕事をするうちに、大丈夫と思えてこれたわ。」

 私の言葉に、カリンちゃんの目が少し潤んだように見えた。

「本当ですか?」
「ええ。カリンちゃんは真面目だし、しっかりしているから。」

 カリンちゃんは、照れくさそうに目を伏せた。
 その仕草が、どこか可愛らしく見えた。

「ありがとうございます。私も、桔梗さんとクラス委員で良かったって思います。」

 カリンちゃんは、私を真っ直ぐに見据えながら、そう言った。
 私たちは、お互いに微笑み合った。
 そして、また作業に戻る。

 廊下の掲示物を新しくする作業は、思いのほか時間がかかった。
 窓の外では、夕日が沈みかけている。

 最後の掲示物を貼り終える。

「お疲れ様、カリンちゃん。」
「お疲れ様でした、桔梗さん。」

 二人で廊下を見渡すと、新しい掲示物が整然と並んでいる。
 まるで、私とカリンちゃんが共同で行った行動が形になったようだ。

「ポスター、綺麗に張れて良かったわ。」

 私がそう言うと、カリンちゃんも嬉しそうだ。

「はい。私たち二人で張り終えた感じがします。」

 彼女は、ポスターを見てそう言った。
 たぶん、一人であると、ここまで綺麗に貼るのはかなり難しいだろう。

「そうね。この展示物は、二人で協力してうまく張れたのよ。」

 カリンちゃんの言葉に、私も同意した。

 私たちは、少し疲れた様子で職員室へ向かった。
 カリンちゃんが古いポスターを手にしていた。

 職員室へ入ると、先生たちが忙しそうにしているのが見えた。
 そうだ、生徒とは違って先生たちは、まだ仕事中なのだ。
 私とカリンちゃんは、担任の先生の机に近づいた。

 先生は私たちに気づくと、顔を上げて微笑んだ。

「お疲れ様。ポスターは貼り終わったの?」
「はい。」

 私が答えると、カリンちゃんも小さく頷いた。

「ありがとう。本当に助かったわ。」

 先生は感謝の言葉を口にしながら、古いポスターを受け取った。

「桔梗さん、藤原さん。二人とも本当によく頑張ってくれたわね。」

 先生の言葉に、カリンちゃんの顔が少し赤くなった。

「二人とも、仲良しになれたみたいで良かったわ。」
「えっ。」

 カリンちゃんが驚いたような反応をした。
 彼女にしては珍しい。

「えっと。そう言ってもらえると嬉しいです。」

 私は社交儀礼でそう言った。

「二人とも、クラス委員、これからもよろしくね?」

 先生はそう言った。
 私たちは先生にお辞儀をして、職員室を後にした。

 廊下に出ると、夕暮れの光が窓から差し込んでいる。

「カリンちゃん、ありがとう。」

 私は、心からの感謝を込めて言った。
 少なくとも、表面上はそう見えるはずだ。

「いいえ。いつも、私、桔梗さんに助けてもらっていて…。本当にありがとうございます。」

 カリンちゃんの言葉には、心からの感謝が込められているように感じた。
 その純粋さ。

 だけど、ハナちゃんとは違うもの。
 私は、そのカリンちゃんの違いを感じていた。

「…クラス委員は二人だもの。明日からもよろしくね?」
「はい。」

 カリンちゃんは、嬉しそうにそう答えた。