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 翌朝も雲一つない青空が広がっておった。

 居心地の良い寝床でぐっすりと眠った吾輩も今朝は機嫌が良い。

 ――ん?

 潮が店の前を竹箒で掃いていると、見覚えのある髪の短い客がやってきた。

「あら、行き違い?」

「やっぱり、真帆、ここに来てましたか」

 腰に手を当てぎゅっと口を結ぶと、青く輝く海へと視線を流す。

 潮はそんな客に竹箒を波のように穏やかに奏でながらたずねた。

「喧嘩したんだってね」

「ええ、そうなんですよ」

 話が伝わっていることを察してかえって安心したのか、柔らかなため息交じりに笑みを浮かべる。

「きのう旅館に着いたらささいなことで喧嘩になっちゃって。なんか気まずくて私が一人でお風呂に入りに行ってる間にいなくなっちゃったんですよ。ふだんあんまり強く主張しないし、勝手なことしないのに、急にどうしちゃったんだろうって心配で。旅先で行くところなんて他に思い当たるところもないし、ここに来てみたんです」

「港まで送りますよ。今なら追いつくから」

 潮は竹箒をオリーブの木に立てかけると、カフェの横に止めてある軽トラへと案内した。

 エンジンをかけ、道路に出たところで、音を聞きつけたのか玄関ポーチから茉梨乃が飛び出してきよった。

 自分が座るはずの助手席の客を見て一瞬固まりつつもぺこりと頭を下げ、運転席の潮に隠れながら詰め寄る。

「ねえ、お姉ちゃん、私は?」

「無理でしょ。これ二人乗りだもん。あんたは自転車で来なさい」

「えー、お姉ちゃん、遅刻しちゃうよ」

「ちゃんと起きないあんたが悪いの。なんだったら、休んじゃえば」

「そんな理由で休んでいいわけないじゃん」

「真面目だねえ」

「何よ、皮肉?」

「ほめてんの。じゃあね」

 無情にも軽トラは茉里乃を残して走り去る。

「ちょっとぉ、おいてかないで!」

 曲がりくねった坂道を追いかける自転車を吾輩はあくびで見送る。

 吾輩は猫ではない。

 撫でれば撫でるほど御利益のあるありがたい猫又である。

 ちょいと魔法で助けてやるくらい、なんてこともない。

 なにしろ今朝はご機嫌なのだ。

 穏やかな波、吹き抜ける風にそよぐオリーブの葉。

 繰り返される風景から切り抜かれたように自転車だけは坂を上っていく。

 ――ん?

 もうすぐ丘を越えるかと思ったら、なぜか自転車が戻ってきよる。

「やばい、ポム、お弁当忘れた」

 知るか。

 そこまで面倒見てやれんわい。

 遅刻してたっぷり怒られろ。

 たまにはいい薬じゃろ。

 チョココロネの尻尾をくわえながら、弁当をつかんで再び出てくると、籠のカバンにつっこんで助走をつけながら自転車にまたがる。

ほむ(ポム)ひっへひまーふ(行ってきまーす)……んがぁっ(うわぁっ)

 ペダルを踏み外してコケそうになっておるが、自転車よりチョココロネの方が大事らしく、しっかり手で押さえておる。

 まったく、何をやっておるんだか。

 少しは落ち着け。

 ま、遅刻はあきらめるしかないが、転ばぬように見守っておいてやるか。

 メトロノームのように左右に揺れながら坂を上っていく自転車を眺めておったら、酒臭い息をまき散らしながら羽美香が出てきよった。

 なんじゃ、こいつにしてはめずらしく早起きじゃのう。

「ふわあ、よく寝た」

 バキバキと骨をならして背伸びをしながら、のんきにあくびなどしよって。

 見た目は悪くないのだが、残念な女だ。

「あんたは自由でいいね」

 そっくりお返しするわい。

 だいたい、おまえさんたちのせいで、心配の種は尽きぬのだがな。

「ねえ、ポム」

 ん?

「夜中、誰か来た?」

 フニャーゴ。

「ふうん、そう」

 まったく。

 分かっておるのかおらんのか。

 ――さてと。

 今日はどんな飯が食えるのかのう。

 青い空と、穏やかな海、淡い葉の揺れるオリーブの木。

 何もない島じゃが、白い壁のカフェがある。

 見つけられん時は、吾輩が案内してやるぞ。

 なにしろ吾輩は猫ではない。

 猫又なのだからな。