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吾輩が食事を終えて玄関ポーチの木陰で顔を洗っておると、ドアが開いた。
羽美香がドアを押さえて二人を送り出す。
「ごちそうさまでした。全部おいしかったです」
「ありがとうございました」
「あの」と、髪の長い方が振り向き、足元の看板を指した。「このお店、なんで『こころのこり』なんですか」
「ああ、それですか」と、羽美香が《島のカフェ こころのこり》と記された手書きのスタンド看板をなぞる。「『心残り』っていう本来の言葉と、肩こりみたいな心の疲れを癒やす『心の凝り』をかけてあるんですよ」
「へえ、そうなんですか」と、感心したように髪の短い方がうなずいている。
「潮おねえの駄洒落ですけどね」
「駄洒落ですか」
「そ、深い意味なんてないの」と、羽美香が笑う。「考えすぎるとかえって肩が凝っちゃうでしょ」
「そうですね」と、二人も朗らかに笑っている。
吾輩があくびをすると、髪の短い方がしゃがんで話しかけてきよった。
「猫ちゃんも満腹ですか」
吾輩は猫ではない。
猫又である。
だが、話の通じないこやつらに何を言っても無駄だから返事なんぞしてやらぬわい。
「猫ちゃん、バイバイ」と、短髪女子が立ち上がって手を振る。
ふんと、背を向けたその時じゃった。
吾輩の心に『猫又よや、猫又よや』と、声が直接聞こえてきた。
振り向くと髪の長い方が吾輩をじっと見つめておった。
おぬし……。
「行こう、真帆」
「うん」
促されて髪の長い客が去っていく。
フミャーゴ。
――おまえさん、真帆というのか。
「ポム、めずらしいね、あんたがお見送りするなんて」
これだから人間は愚かで困る。
見送っておるのではない。
魔法をかけておるのだ。
また後で迷わず戻ってこられるようにな。