それから一週間ほどした夏休み前日の朝。

 茉里乃はひとりでに目が覚めた。

 ふだんはいくらアラームを鳴らしても起きられないのに、まるで生まれ変わったようにスッキリとした目覚めだった。

 ――フンフン。

 なんだかいい匂いがする。

 茉里乃はパジャマのまま厨房へ行ってみた。

「おねえちゃん、おはよう」

「うわっ」と、妖怪にでも出くわしたかのように潮の肩が派手に跳ねる。「びっくりさせないでよ」

 失礼な姉の嫌味を受け流して土鍋の蓋を上げると、ほんわりと立ち上る湯気の中から現れたのはキノコだらけの炊き込み御飯だった。

 その横には、野菜たっぷりの具だくさん味噌汁もできあがっていた。

「おねえちゃん、どうしたの。ふつうの御飯作ってる」

「何言ってんのよ。あんたの方が早起きしちゃってどうしたのでしょうよ」

「だって、おいしそうな匂いがしたんだもん」

 中庭で眠っていた羽美香もぼりぼりと首筋を引っかきながら厨房へ顔を出した。

「ふわあ、おはよう」と、空になったワインのボトルとグラスを調理台に置く。

「何よ、あんたまで、なんで起きたの」

「おなか空いたから」

「わんぱく小僧か」と、呆れた表情を浮かべながら潮は手際よく三人分の朝食を盛りつけた。「はい、召し上がれ」

 妹二人が席に着くと、余り物の漬物と煮豆の小鉢も並べられた。

「うわあ、おこげだ。いっただっきまーす」と、早速茉里乃は炊き込み御飯を頬張った。「うーん、いい香り。これ、何種類のキノコが入ってるの?」

「舞茸とエリンギとシメジと煮染めた椎茸と、あと、瓶詰めのエノキか。全部余り物だけどね」

「朝から豪華だねえ」と、お椀に口をつけた羽美香が箸で具材をつまみ上げた。「味噌汁にあん肝まで入ってるよ」

「あんたがお酒のおつまみにしてたくせに、寝落ちして残したんでしょうよ。夜中に片づけたときに、もったいないから鍋にぶち込んで使い回したのよ」

「はい、すみません」と、お椀に口をつけたまま頭を下げる。「たいへん味わいのあるお出汁で恐縮です」

「迎え酒より体にいいでしょ」

「はい、お姉様。ありがたきご配慮が体に染み入ります」

 二人のやりとりに茉里乃が割り込む。

「お姉ちゃん、おかわり」

「ペース早いよ。羽美香のお酒じゃないんだから」

「なんでやねん」

 相変わらず、雑なツッコミが律儀に返ってくる。

 さらにもう一杯おかわりした茉里乃がほっぺに米粒をつけながら茶碗を置いた。

「早起きは三杯の得だね」と、おなかをなでる。

「今日はチョココロネいらないね」と、潮が自分の頬を指さして教えてやる。

「さすがにもう食べられない」と、茉里乃は右と左を間違えて見当違いのところを探っている。

 結局潮が手を伸ばして取ってやった。

「じゃあ、時間もあるし、腹ごなしに自転車で行ってらっしゃい」

「えー、乗せてってよ」

「明日から夏休みなんだから、最後くらい自分で行きなさいよ」

「はあい」

 制服に着替えて玄関を出ると、オリーブの木陰でポムがあくびをしていた。

「眠そうだね、ポム。また、夜中に散歩に行ってたの?」

 フニャーオ。

「じゃ、行ってくるね」

 自転車を左右に揺らしながら坂を上がっていく茉里乃の後ろ姿を、太った茶トラの猫が尻尾を揺らしながら見送っていた。