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 私には小さい頃の記憶がない。

 五歳で生まれたんじゃないかというくらい、きれいさっぱり抜け落ちている。

 ただ、それで困ることは何もない。

 ずっと住んでいる家から見る景色はいつも同じだし、島の中も何も変わらない。

 この島には最初から何もないし、何も起こらない。

 でも、それでいい。

 自分の家族が普通でないと知ったのは小学校に入った時だった。

 島に一つだけ残った小学校は各学年に一人いるかいないかというくらい生徒が少なくて、同じ教室で一緒に授業を受けていた上級生が私の世話もしてくれていた。

 そういう他の生徒には『親』という存在がいるのを私はそれまで知らなかった。

 その事実を知ったとき、私は自分の心の中にぽっかりと穴が空いていることに気づいた。

 抜け落ちた記憶のピースがすっぽりとはまるパズルの穴だ。

 私は『寂しい』が分からない。

 これまで、寂しいと感じたことはない。

 私は一人で、一人の人間として完結していて、その外に何があろうとなかろうと、私が私であることに変わりはない。

 まわりの人はよく『寂しい』という言葉を使うけど、それがどういう気持ちなのか、私には分からないのだ。

 他人と思うように関わることができないことを指して使う言葉のように見えるけど、他人と関わる必要性を感じない自分には、やはり理解できない言葉なんだと思う。

 他人から何かを期待される、必要とされる、それにどんな意味があるんだろうか。

 私の世界は狭い。

 この島と同じように、私の向こう側にみんながいる。

 姿は見えるけど、それはみなこちら側の私とは無関係に蠢く残像だ。

 今日もフェリーに乗って向こう岸の高校へ行く。

 そこにいるのに、私はそこにいない。

 ぽっかりと私の形に空いた影が歩いているだけ。

 みんなはそんな私の影に話しかけるけど、その声は影に吸い込まれて聞こえない。

 私は『寂しい』が分からない。

 たぶんこれからも、分からないままだろう。

 ただ、それで困ることは何もない。

 パズルのピースが欠けていたって、ぐしゃぐしゃに崩してしまえば、ぽっかり空いた穴の存在になど誰も気づかないからだ。

 ――茉里乃……。

 え?

 ――ねえ、茉里乃ってば。

 振り向けばそこには同級生がいる。

 だけど、影は振り向かない。

 私の中にぽっかりと空いた穴は振り返ることを拒絶している。

 その穴に湿り気のあるざらついた風が吹き込んでいく。

 私は身を固くし、頬をこわばらせる。

 声が出ない。

 風のようにひゅうと息が漏れるだけ。

 困惑したように、相手も頬をこわばらせて去っていく。

 まるで鏡の中にいる自分に手を振るように、そんな相手を見送ると、その場から逃げるように、私は穴へ飛び込むのだ。

 ぽっかりと空いた私の影にぴったりと自分がはまると安心する。

 それは私自身、そこが私の居るべき場所。

 だから、私は『寂しい』を知らない。