◇
それから一年後の今日。
ポムがまた客を連れてきた。
玄関ドアを開けて中をのぞき込んだお客さんは、ボーダー柄のカットソーにサロペット、リゾート風のつばの広い帽子を胸に抱えている。
「あの、私、一年前にも来たことあるんですけど、覚えてませんか」
「そうでしたっけ……」と、潮が馬鹿正直に首をかしげる。
「お店の雰囲気、変わってなくて安心しました。お二人とも、一年前とまったくおんなじですね」
「そうですか」
まるで記憶にないらしい。
気まずい空気が流れたところで、羽美香が大げさに手を叩いた。
「ああ、あのお客さんですよね。タコなしたこ焼きをお召し上がりになった……凪沙さん」
ああ、と潮が横でのんきにうなずいている。
「そちらはずいぶん雰囲気変わりましたよね」
そんな二人に苦笑しながら凪沙がわざとらしく顔を突き出した。
「あれって、『地元野菜を添えたボローニャ風一口キッシュ』だったんじゃないんですか?」
「はい、正確にはそうです」と、羽美香がたじろいでのけぞる。
「そんな料理作ったっけ?」と、潮が胸の前で腕を組んで首をかしげる。「一年前だよね。全然覚えてないな」
あまりにも開き直った態度に、あわてて羽美香がフォローを入れる。
「おねえはなんでもすぐに忘れちゃうんですよ。だから、レシピも覚えられなくて、同じ料理が作れなくって。すみません」
それでも凪沙はなぜかうれしそうに笑みを浮かべながら持っていたビニール傘を差し出した。
「じつは、あの時お借りした傘を返しに来たんです」
「あらまあ」と、ペコペコ頭を下げながら潮は傘を受け取った。「ただの使い古しのビニール傘なのに。わざわざ、申し訳ないです」
「いえ、もう一つ用事があったんで」と、店内を見回す。「今日は妹さんいますか」
「茉里乃? いますよ」
「ああ、良かった。休日の方がいるだろうなって。やっぱり当たりでしたね」
二人の顔に疑問符が浮かんでいる。
凪沙が鞄の陰に提げていた白いビニール袋を差し出した。
「タコパをやろうと思ってタコ持ってきたんですよ」
「ああ」と、二人が声を上げる。
「茉梨乃ちゃんがやりたいって言ってたから」
「あの子も覚えてるかしらねえ」と、潮が厨房へ引っ込んで呼びに行く。
「日曜日に他のお客さんが来ないカフェっていうのも良くないんですけどね」と、自虐的に羽美香が肩をすくめながら中庭に出る扉を開けた。「去年と違って晴れてますから、外のテーブルでやりますか?」
「わあ、いいですね」
真鍮製のテーブルに材料を広げ、たこ焼きプレートを持ち出してきて、二人は準備を進めた。
いつのまにか、しっかり白ワインも並んでいる。
凪沙がまな板の上に置いたのはパックされたタコの脚の部分だった。
「日曜日で漁港がお休みだから買えないと困るんで、本土のスーパーで買ってきちゃったんですよ」
「でも、いいタコじゃないですか。充分立派ですよ」
丁寧に大きさをそろえながら包丁で切っていく凪沙がいったん手を止めた。
「私、結局、仕事は辞めなかったんですよ」
「あら、そうなの」と、羽美香は返事をしつつ、去年の話題を思い起こすように視線を空へ向けた。「ああ、はいはい、そんな話をしてましたよね。趣味がないとか」
「ええ、そうです。覚えてくれてたんですね」
「それはもう」と、羽美香は胸をなで下ろしている。
「辞めるつもりだったんですけど、先に私と同期だった同じ部署の人が辞めたんですよ。そしたら、誰も引き留めなかったし、誰からも惜しまれなかったんですよ」
「まあ、そういうもんでしょうね」
「なんか寂しくないですか。取り替えがきくっていうか、べつにその人でなくても会社は続いていくんだって」
羽美香は二人分のグラスにワインを注ぎ、凪沙にも勧めた。
二人は目線を交わしあってグラスに口をつけた。
「でもさ」と、羽美香が話をつなぐ。「組織って逆にそうじゃないといけないんじゃないの。むしろ、取り替えがきかないと、誰かが辞めたら倒産しちゃうってことでしょ」
「まあそうなんですけど、あっさりしてるなって」
いったんグラスを置いて再びタコを切り分けながら話が続く。
「自分にとっては、その出来事がショックで、辞めるのが怖くなっちゃったんですよ。自分はどこからも必要とされないんじゃないかって」
「考えすぎだとは思うけどね」
「ただ、それでちょっと考え直してみようと思って、とりあえず、上司に正直に相談をして一週間まとめて有給休暇を取らせてもらって、用もないのに無理矢理休んでみたんです。そしたら、私って趣味がないじゃないですか。だから本当に何もすることなくて退屈しちゃって」
「本を読んだりしなかったの?」
「私、やっぱり自由にやってみたいことなんて、何もなかったんですよ。だらだらと動画見たり、本を読んでみたり、映画を見に行ったりしてみたけど、全然楽しくなくて。それって自分がしたいことだったのかなって疑問にばかり感じてしまって」
羽美香は話を聞きながら皿を並べたり、たこ焼きプレートのコードを屋外用電源につないだりしていた。
「一番笑っちゃったのが、生活に何の変化もなかったんですよ。好きなだけずっと寝てていいから、疲れもきれいさっぱり抜けるかなと思ったら、寝てるだけじゃ元気って出ないんですよね。逆に体力とか、気力が蒸発していくみたいで、なんか怖くなって布団から飛び起きちゃいました」
「ふうん、そんなものなのかな」と、羽美香は腰に手を当てて細く息を吐いた。「私は寝ていたいだけ寝ちゃうけど」
「私もそのつもりだったんですけど、会社に行かなくていいから時間はあるし、好きなことをすればいいとはいえ、三食ちゃんとご飯作ったりしてたら意外と時間も余らないんですよね。なんかむしろ、会社に行ってたときの方が、細切れの時間の使い方がうまかったみたいで、結局自由に使える時間の方が細切れになっちゃってたりして」
「本末転倒、と」
羽美香のまとめに、凪沙が指先を触れ合わせて手をたたく。
「そう、そうなんですよ。だったら、働いている方がいいなって気づいちゃって」
「まあでも、そうやって確かめられたのは収穫だよね」
会話を続けているうちに、いつしか打ち解けた口調になった頃、潮と茉里乃が姿を現した。
「こんにちは、茉里乃ちゃん」
呼びかけられた茉里乃はペコリと頭を下げた。
「タコパだよ」
こくりとうなずいただけで、やはりしゃべろうとはしない。
凪沙は無理に話しかけようとはせず、潮と材料の相談をした。
「タコしか持ってきてないんですけど、他はありますか」
「ええ、全部そろってますけど」と、潮が羽美香をにらむ。「ちょっと、あんた小麦粉くらい出しておきなさいよ」
「えー、だって、おねえいつも何使うか分からないじゃん」
「今日はふつうのたこ焼きでしょ」
「そのふつうが私には分からない」
「まったくもう」と、肩を怒らせながら厨房へ引っ込む潮の後から羽美香がついていった。
茉里乃と二人になった凪沙は特に気にする様子もなくグラスの中のワインを揺らしながら海を眺めていた。
「いい眺めね」
返事はない。
ただ、二人、同じ景色を見ていた。
材料をそろえて二人が戻ってくる。
小麦粉、卵、だし汁、ネギ、天かす、紅ショウガ、青のりと鰹節、ソースにマヨネーズ。
あっという間にテーブルの上は狭くなってグラスを置く場所もない。
潮がさりげなく白ワインのボトルを店の中に下げた。
羽美香がそれを渋い表情で見送りながらつぶやく。
「おねえにしては珍しくすんごくふつうの材料だよね」
「正しいタコパをやるからよ」
「おねえにしては真面目じゃん」
「うるさいわね、ほら、あんたも手伝いなさいよ」
羽美香がたこ焼き器の穴にくるくると油を引いたところに、潮がだし汁で溶いた小麦粉を流し入れていく。
「ほら、好きな具材を好きなだけ入れなさいよ」
めいめいがタコや天かすなどを思い思いに入れていく。
茉里乃も自分の前の四個の穴に具材を放り込んだ。
縁が固まってきたところで、潮が竹串を配る。
「はい、ひっくり返して」
ひょい、ほい、と、それぞれ自分の分を回していく。
茉里乃はやはりうまくいかずに唇をとがらせる。
「無理に回そうとしなくていいのよ」と、凪沙がコツを教える。「ぷにっと刺して持ち上げたら、ちょっとひねるだけであとは重さで自然に穴にはまるから」
茉里乃は無言のまま凪沙の手つきを真似ていた。
くるりと、いったんうまくいくと、他のも続けて調子よく回る。
「茉里乃、私のもやっていいよ」
職人のように羽美香の分まで回すと、さっきまでふくれっ面だったのが嘘のようにきれいな丸が並んでいく。
「あんた、タコの生まれ変わりじゃないの?」
羽美香がからかうと、茉里乃は無言で裏拳の仕草を返した。
――なんでやねん。
誰も言っていないのにたしかに聞こえた空耳に、みんなが笑い出す。
和んでいる間に手が止まっていたことに気づいて凪沙が茉里乃に声をかける。
「そのままもっと焼き色がつくまで、縁に串を入れてくるくる回し続けると、まん丸で外側カリッと中ふんわりに仕上がるよ」
茉里乃はうなずいて笑顔になる。
「ほら、あんたもどんどん回して」と、潮が羽美香を肘でつつく。
「プレートを?」
と、ハンドルを回すような仕草で羽美香がふざけると、茉里乃がまた裏拳でツッコんだ。
――なんでやねん。
何度か返していい焼き目がついてきた。
中でワインをつぎ足してきた羽美香が竹串で刺して持ち上げる。
「ねえ、ほら、結構うまくできたんじゃない。これさ、お店出せるよ……って、もう出してるか。お客さん来ないから忘れがちだよね」
アハハと朗らかな笑い声の下で、茉里乃が裏拳ツッコミを入れる。
――なんでやねん。
それぞれ自分の皿に取り分ける。
ソースたっぷりにマヨネーズをニュルニュルと絞り出し、青のりの海に鰹節を振りかければ、お祭りの香りが中庭いっぱいに広がる。
「それじゃ、いっただっきまーす!」
三人分の声と一人の気持ちが空に舞い上がっていく。
「茉里乃もうまくなったけど、やっぱり凪沙さんが一番上手だね。タコの生まれ変わり?」
フウフウと冷ましていた凪沙がいったんお皿を置いて照れくさそうにツッコミ仕草を繰り出す。
「えっと……なんでやねん?」
「あんたたち、そのうち怒られるよ」と、潮がハフハフ口を押さえる。
「誰に?」
「世間様」
「気をつけます」と、羽美香はワインをつぎ足しにいったん中に入り、ドアを開けたままたずねた。「凪沙さんはタコパってやったことあるの?」
「学生の頃何度かありますね。テスト勉強で集まったときに、お昼をみんなで作ろうってなって」
「青春してるねえ」と、潮がどこか含みのある笑みを漏らす。
「でも私、そういう場にいるときって、いつも一人だなって感じちゃってたんですよね」
「へえ、そうなんだ」と、羽美香が戻ってくる。「つまらなかったとか?」
「うーん、気をつかっちゃってたからですかね」と、凪沙は首をかしげた。「あと、まわりの人たちがそれぞれ仲よさそうに話してるのを見ると、自分はそこに入ってないんだなとか思っちゃったり」
「人が多くなるほど、隙間が増えるからね」と、潮がつぶやく。「どんなにたくさんいても、人は結局一人だから」
たこ焼き二回戦を始めながら凪沙はこの一年のことを潮にも報告した。
「私、趣味を見つけるのを諦めたんですよ。仕事が趣味でいいんじゃないかなって」
「べつに悪いことじゃないんじゃない」と、潮は紅ショウガを振りまきながらお団子頭を傾けた。「趣味がある人がうらやましいかもしれないけど、仕事が好きってそれはそれで素敵なことだと思うな」
肯定してもらえて安心したのか、凪沙はくるくると手際よく回転させていく。
「趣味を見つけようと、休みの日に一人で山奥の温泉に行ったりして、何も考えずにお湯につかるくらいはできるようになりました。今までお風呂って、体を洗ったり必要なことをしたらすぐに出てきちゃってたんで」
「すごい進歩じゃない」
「そうなんですよ。こんな感じで、少しずついろいろ試してみようかなって」
「やっぱり真面目ねえ」と、潮が苦笑いを浮かべる。「なんでも試してみるってところが」
「なんか、性格を変えようとしても難しいのかなって。だったら、このままでもできることを探せばいいのかもって思うんですよ」
「でも、趣味を見つけるのは諦めたっていうのは?」と、羽美香がワインを飲み干した。
「見つけてみようと、いろんなことを試すのは自分の世界が広がるみたいでやった方がいいかなとは思ってるんですよ」
真面目ねえと潮が合いの手を挟むが話は続く。
「だけど、やっぱり自分は仕事が趣味みたいな人間で、仕事をしているときが一番楽しいんですよ。全然嫌じゃないし、初対面の相手でも当たり障りのない会話をするのは苦にならないのって意外と他の人が苦手な自分だけの特技なのかもって」
「それは絶対そうだよね」と、羽美香がうなずく。
「結局、去年、なんかモヤモヤしてたのって、自分じゃない他人の価値観に合わせようとしてたからなんじゃないかなって気づいたんですよ。趣味がない自分はおかしい。だから仕事ばかりしている自分もおかしいんじゃないかって」
「でも、他人を基準にしたら、いつだって自分は間違ってるよね」
潮のつぶやきに凪沙がポンと手をたたく。
「そうなんですよ。それです。だから、自分にもっと自信を持っていいんじゃないかって思ったんですよ。ただ単に、同じじゃないだけで、間違っているわけじゃない。それもちゃんと一つの答えなんだなって。仕事が趣味で何が悪いんですかって開き直ったら、親が仕事人間だったことも、理解できるようになりました。べつに誰かが間違ってたわけじゃなくて、それでよかったんだなって。そしたら、すうっと気持ちが軽くなって」
「それで、服装まで変わっちゃったんだ」と、羽美香がすらりと長い人差し指を突き出す。
去年までのパンツスーツにきっちりまとめた髪型から、ゆるふわ髪の休日お出かけコーデの落差は大きいものの、よく似合っていた。
「オンとオフのメリハリはつけようって頑張ってるんですよ」
「どこまでも真面目ねえ」と、潮は目を細めて眺めている。
「似合うからいいじゃん」と、羽美香はまたワインを注ぎに中に入った。
茉里乃は視線が合うと、こくりと頷いた。
「この感じ、嫌じゃないです」と、凪沙が朗らかに笑い出す。「なんか一人だなって」
「でも、孤独とは違うでしょ」
焼き上がったたこ焼きを皿に移していく潮に、凪沙も手を動かしながらうなずいた。
「ですね。一人一人、ただ違うだけ。でも、ただそれだけで、べつに意味なんかない」
茉里乃は羽美香の分までさらに取り分けている。
ソースや鰹節などを好きなだけかければ、再びお祭りの香りに包まれる。
「一人って楽しいですよね。結婚とかも考えなくちゃいけないのかなって気にしてたんですけど、なんか当分一人でいいのかなって。自分はそういうのが落ち着くんだから、それでいい。そう思えるようになりました。正解かどうかは分からないですけど」
「でもさ」と、ワインのグラスを両手に持って戻ってきた羽美香が、凪沙に差し出した。「ちゃんと悩んで考えて出した結論なんだから、正解じゃなくても後悔はしないでしょ」
二人は見つめ合ってグラスを触れ合わせる。
凪沙は口をつける前から頬を真っ赤にしてうつむいた。
「潮おねえさん」
「ん?」
「やっぱり、私、ここの家族になっちゃおうかな」
「はあ?」
「正解じゃなくても後悔しません!」
キョトンとしている羽美香を姉がにらみつけた。
「あんたね、うちはそういうお店じゃないって何度言ったら分かるの」
「え、私?」
「この天然たらし」
「私、何もしてないよね」
「やめときなよ」と、潮は凪沙を諭す。「見た目だけのただの飲兵衛だよ」
「私もお酒強くなるように頑張ります」
「真面目だねえ」
と、諦めたのか、潮が熱々のたこ焼きを口に放り込んで二人に背を向けると、屋根の上でポムがニャアと鳴いた。
「あんたも食べる?」
声をかけると、あくびをしながらアンテナのように尻尾を立ててふるふると震わせる。
「あの子ね、尻尾を震わせれば残像で二本に見えると思ってるの」
「ああ、猫又だからですか?」
「ただの太っちょの猫なのにね」
フミャーゴ!
牙を見せつけると、ポムはいったん屋根の向こうに姿を消した。
「あら、ご機嫌斜めね」
「熱々だと猫舌だから食べられないとか」
「猫又のくせにね」
そんなやりとりを聞いているのかいないのか、茉里乃は黙ってひょいぱくハフハフとたこ焼きを頬張っていた。
満足するまでかぞえきれないくらいたこ焼きを作り続け、三人が椅子に座ってタコの頭みたいなおなかを撫でているところへ、潮がデザートを運んできた。
「島ミカンのナチュラルジェラートです」
皿の上には皮はむいてあるものの、凍らせたミカンがまるごと置かれている。
「これって、冷凍ミカンですよね」と、凪沙が潮を見上げる。
「ジェラートですよ」と、潮はにっこりと笑みを返した。「世の中には見た目の似ている料理がたくさんあるの」
「おいしければなんでもいいじゃない」
羽美香の強引なまとめに凪沙もうなずいてスプーンを持つ。
「そうですね。じゃあ、いただきまーす」
口に入れた瞬間、凪沙の目がまん丸に開く。
「わっ、なんだろう、これ」
不思議そうに眺めながら次々にスプーンですくって口に入れていく。
「見た目はただの冷凍ミカンなのに、舌触りが滑らかで、本当にジェラートですね」
「ここの島のミカンは枝についたまま完熟させると、冷凍したときに勝手に粒がほぐれてこうなるのよ」
「へえ、すごい、今まで食べた中で一番おいしいジェラートです」
いつの間にかポムがテーブルの下に紛れ込んでいた。
「あんた、これ好きよね」
潮は自分のミカンをスプーンでほぐすと、皿をそのまま芝生の上に置いた。
ポムは目を細めながら舌先でチロチロとジェラートを舐めている。
羽美香がとろんとした目で姉を呼んだ。
「なんかおなかいっぱいになって眠くなってきちゃった。おねえ、膝掛けちょうだい」
「はいよ」
潮が畳んであった膝掛けを放り投げると、受け取った羽美香は慣れた調子でサッと広げ、繭のようにくるまった。
すぐに穏やかないびきが聞こえてきた。
「さてと、片づけよっかな」と、潮がテーブルの縁で落ちそうになっているグラスを取り上げる。
「お手伝いします」と、凪沙も立ち上がった。
「お客さんなんだから、ゆっくりしててくださいよ」
「家族ですから」
「そのコント、まだ続いてるの?」
「あ、えっと」と、頬を赤らめながら裏拳仕草を繰り出す。「なんでやねん」
「ツッコミが甘い。そんなんじゃうちの娘は嫁にやれんぞ」
棒読みのセリフに凪沙が乗っかる。
「お父さん、そこをなんとか」
「誰がお父さんじゃ」
ツッコミの応酬を横目に、茉里乃は淡々と皿を片づけている。
その唇は何かをつぶやいているように動いていた。
――なんでやねん。