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 吾輩の連れてきた客はいきなり始まった姉妹喧嘩に当惑しておったが、厨房に戻っていく二人を尻目に平静を装って料理を待っておった。

 またすぐに厨房からいい香りが漂ってくる。

 吾輩がテーブルの下に潜り込むと、客の腹がキュルルゥと鳴っておった。

「朝一番の飛行機で来て、着いたらすぐに仕事だったから、朝ご飯食べる余裕なかったのよ」と、恥ずかしそうにおなかを押さえるので、ぷいとそっぽを向いて言葉が分からぬふりをしてやった。

 客は照れ隠しなのか、吾輩の頭を撫でようとする。

 ま、よかろう。

 退屈しのぎに、つきあってやらんでもない。

 雨に降られておったから招いてやったのだが、メニューもない店で、しかも裏側の込み入った事情まで見せられては迷惑だったかもしれんからのう。

 お詫びのしるしじゃ。

 ほれ、撫でろ。

 なにしろ吾輩は猫ではない。

 撫でれば撫でるほど御利益のある猫又なのだからな。

 吾輩を撫でているうちに客の目がとろんとしてくる。

 ふらふらと首を振り始めた頃に、ようやく料理が運ばれてきた。

「お待たせしました」

「あ、はい」と、肩を跳ねさせて、客が椅子に座り直す。

「どうぞ」

 潮が丸く焼き上がった料理をテーブルに置くと、吾輩よりもまん丸な目でしげしげと眺めた客がそれを指してつぶやいた。

「これってたこ焼きですよね」

「違いますよ」と、潮が即否定する。「タコ入ってませんから」

「一口サイズのキッシュです」と、羽美香も横からフォローする。「世の中には似たような見た目の料理はたくさんありますから」

 羽美香のやつは妹には『だまされてるわよ』と言った手前、どこか気恥ずかしそうだが、客を説得するためなら何とでもごまかすだろう。

「ソースありますか」

 たこ焼きだと思い込んでおる客がたずねると、羽美香が人差し指を立てた。

「ソースの代わりにパルミジャーノ・レッジャーノをかけて、ナイフとフォークでお召し上がりください」

「へえ、そうなんですね」

 すりおろし器でチーズをすりおろす羽美香を客が目を輝かせながら見上げておるが、寝起きで髪が跳ねたままでも見栄えがする女は得じゃのう。

 しかし、この料理、無理矢理洋風にしても、見た目は完全に鰹節がゆらゆらと揺れるたこ焼きじゃな。

 そのせいか、客は疑いの目で眺めながら丸く焼けた料理をフォークで刺して口に入れた。

「あ」と、口を押さえて声を上げる。「おいしいです」

「それはなによりです」と、羽美香がうなずくように頭を下げる。

「サクッとしてるんで一瞬パイ生地かと思ったんですけど、ピザ生地の裏側の方が近いかも。バターの香りがいいですね」

 笑みを浮かべた客はナイフで半分に切ることなく、ひょいばくハフハフと丸く焼けた料理を口に入れていく。

「すごく……ハフ……おいしいです」

 すぐに鼻の頭に汗が浮き始め、コップの水を一気に飲み干す。

「お水お持ちしますね」と、羽美香がいったん厨房に下がる。

「ありがとうございます。たこ焼きみたいに中身がけっこう熱いですよね」

 見た目だけでなく、結局どこまでもたこ焼きらしい。

 吾輩は客が舌を火傷しないように軽く尻尾を揺らしてやった。

「ポム、あんたの分もあるからおいで」

 フニャーオ。

「猫ちゃんもおなか空いてたのね。行ってらっしゃい」

 手を振る客に尻尾を振り返して吾輩は潮と厨房へ引っ込んだ。

 ――ん?

 たこ焼きは熱いから気をつけろじゃと?

 吾輩は猫ではない。

 猫又である。

 だから、猫舌の心配などせんでもいいぞ。