「高校の部活で得られるものとプロの現場は違うかもしれない……でも、少しでいい。ほんの少しでいいから、放送の現場を知りたいって思った。だから、放送部を選んだ」

 自分の未来が、八木沢くんのせいで駄目になったって言い訳しないために。
 八木沢くんが自分の未来にいないと知っているからこそ、明日の事、明後日のこと、未来のことは自分の意思で決めなきゃいけない。

「高校を卒業したら何がやりたいとか、そういうのはまだ分かんないけど、でも、今の俺は放送の知識を身につけたい!」

 喋りが得意でもなければ、放送に関する機械の扱いに長けているわけでもない。
 邪な八木沢嶺矢(やぎさわみねや)ファンである自分に何ができるかといったら、何もできない。
 それでも放送部に入りたいと思ってしまった自分は、相当な八木沢嶺矢馬鹿なのかもしれない。

「まあ、本音を言うなら調理部入ってみたかったけど……」
「ふっ」

 あまりに率直な本音を吐露すると、八木沢くんは堪えきれなかった笑いを溢す。

「いや、だって! そもそも調理部がないから! 男子校だからなのか、少子化が理由なのかは分かんないけど!」

 高校に入学したての自分が部を設立したところで、三年間やり切る自信なんて欠片も存在しない。

「一から部員を集めて、部を設立して、部活動を軌道に乗せて……青春っぽいことにも憧れるけど……」

 結局、自分は臆病。
 自分で未来を選択したとか言っておきながら、自分一人では美しい未来を描くことができない。

「八木沢くんの傍にいたかったんだよねー……」

 推しを推せる時間は、無限じゃない。
 推しを推すことのできる時間には、限りがある。
 だから、俺は八木沢嶺矢に近づくための選択を選んだ。

「八木沢くんが生きる世界(芸能界)に少しでも触れることができたら、八木沢くんが学校に来れない日も……その、なんだろう。疑似体験? 八木沢くんも頑張ってんだから、俺も部活頑張ろうみたいな……」

 自分で何を言っているのか分からなくなって困り果てたところで、八木沢くんは俺のことを見捨てたりしない。
 真っすぐな視線を俺に向け続けてくれて、俺の話を最後まで聞こうとしてくれる優しさが嬉しい。

(こんなに優しくされたら、もっと好きになっちゃうんだって……)

 たかが一同級生の話なんて聞き流してくれてもいいのに、八木沢くんは熱心に耳を傾けてくれる。熱い眼差しを向けてくれる。
 そんな特別を与えてくれるから、自分の中の好きって感情が膨れ上がっていくのを感じてしまう。

「俺と(しゅう)、似てるかも」
「いやいや、似てない! 似てない! なんかもう、全部が真逆だって!」

 呼吸が浅くなって、思わず変な声が飛び出してしまった。

「俺も、芸能界を支えてくれている裏方について……部を通して少しでも知りたいと思って、放送部を希望した」

 体験入部のとき、自分よりも先に放送部の部室を訪れていた八木沢くんのことを思い出す。

「志望理由に辿り着くまでの過程は違っても、志望理由が同じになるって、凄いことだと思った」

 八木沢くんが嬉しそうな顔を浮かべながら、俺と目を合わせてくれた。
 見つめ合うって言葉が相応しい状況に照れて、呼吸が苦しくなるのを感じる。

「自分と似たような気持ちを持ってる柊のこと、やっぱ支えたい」

 八木沢くんから向けられる視線があまりにも真っすぐすぎて、自分の口に運ぼうと思っていたご飯はとうとう箸から零れ落ちて弁当箱の中へと戻っていった。

「喋りが得意じゃないのは、先輩も顧問も知ってる」
「……うん」
「だから、無理する必要ない」

 両手に、力が宿ってくる。

「お昼の放送は曲紹介をやめて、音楽を流すだけでもいい」
「……だね」
「新入生の中から、喋りが得意な人を探してもいい」
「……うん」

 ご飯を食べるのをやめる。
 食べるのをやめたっていうか、胸がいっぱいで食事も摂れなくなってしまったというか。

「やり方ならいくらでもあるから」
「……うん、ありがとう」
「一緒に考えよう。放送部をどうしていきたいか」

 八木沢くんの言葉を受けて、机に伏せる。

(しゅう)!?」
「嬉しすぎる……」
「何が……」

 でも、ここは顔を伏せている場合じゃない。
 しっかりと顔を上げて、喜びの表情を見せたいって思った。

「八木沢くんと同じ高校に通って、同じ部活に入ったことが」

 俺が笑顔を浮かべられるようになると、八木沢くんの表情は安堵の気持ちを抱いてくれたように映る。
 そんな八木沢くんの表情を見て、心に安心という感情が芽生えてきた。