「今日も仲がいいね」
今日はお昼休みに流す音楽の数が少なかったらしくて、先輩たちがお昼の放送を終えて隣の部屋を覗きに来た。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「礼儀正しいのは確かに大事なんだけど……」
優しい声色が特徴的な橘高先輩と、真逆の低音が特徴的な大武先輩。
「うちの部は、もっと気楽にって感じなんだけどね」
橘高先輩に至っては声だけでなく、性格まで温厚で優しいところが部長らしいなっていうことを感じる。
「先輩たちも、お昼ご飯一緒に……」
「俺たちはクラスに戻る」
穏やかな橘高先輩に寡黙な大武先輩っていうバランスの取れた二人を見ていると、二人の先輩の相性の良さってものを感じる。
「もうすぐ卒業だからね。クラスのみんなと思い出を作ってくるよ」
「そうですか……」
「栗花落、そんなに悲しそうな顔しないで」
自分が素直すぎたのか、率直に寂しそうな顔を浮かべてしまったかもしれない。
橘高先輩が俺の凝り固まった寂しさを解そうと、体を揺さぶるために近づいてくる。
「二年がいない部活で悪いな」
「でも、その分、自分たちの好き勝手に部活ができます」
先輩たちに向けて、芸能界で魅せるような笑みを浮かべて心配をかけないように振る舞う八木沢くん。
「って、おまえはほとんど学校来ないだろ」
俺と八木沢くんは入学したばかりなのに、放送部の先輩たちと関わることができるのは残りわずか。
後輩との絡むことに楽しさを感じてくれているのか、普段ほとんど笑うことがない大武先輩の口角が上がる。
「八木沢は、またお仕事決まってたもんね」
「え!」
橘高先輩は最後に大きな爆弾を投下していく。
俳優八木沢嶺矢に関する情報なら真っ先に入手してきた今までの人生が、ここで崩れ去ることになるなんて思ってもいなかった。
「あれ……? 栗花落……?」
「ほら、行くぞ」
「柊のことは、俺が面倒見ます」
栗花落って誰だっけと振り返っている間に、二人の先輩は放送室を出ていこうとしている。
栗花落は自分の苗字だと思い出した頃には、放送室に残されたのは俺と八木沢くんの二人だけになっていた。
「え、え、え、え!?」
信じられない思いが満ちていく。
自分が知らない情報を、ほかの誰かから聞かされるなんて日常が訪れるなんてファン失格かもしれない。
「え、嘘……じゃない、八木沢くん、本当?」
八木沢嶺矢の新しいお仕事情報を提供して、橘高先輩と大武先輩は放送室から去っていった。
二人の先輩がいなくなると、八木沢くんは素の表情に戻って昼食を食べ進めていく。
「知らない……知らない……知らない……」
スマホを握り締め、急いで検索を始める。
確かに、ネット上には八木沢嶺矢が出演する新しいドラマに関するニュースがすぐに見つかった。
喜びが湧き上がってくるのと同時に、自分がその情報を最初に知ることができなかった悔しさが押し寄せてきた。
「昨日の夜くらい……だったかな? 情報解禁」
「知らなかったー……」
八木沢くんに聞こえてしまうほど、盛大に息を吐き出して心を落ち着けようと心がける。
「テレビドラマ決まって……うん……」
「そっか……。八木沢くん、また学校に来られなくなっちゃうんだ」
八木沢くんがちゃんと高校を卒業できるように、学業優先のスケジュールを組んでいるはず。
とはいえ、八木沢くんと学校生活を送ることは、当たり前に訪れる日常ではない。
「先輩たちの卒業も、もちろん寂しいけど……」
芸能人の知り合いが身近にいるって、こういうこと。
芸能人と付き合いがあるって、こういうこと。
「八木沢くんと会えないのは、もっと寂しい」
芸能人にとっての日常は特別感のあるもので、学校に通うという当たり前が彼には存在しない。
「でも、すごいね。どんどん躍進していくんだね、八木沢くんは」
八木沢くんに心配をかけないように笑顔を作り込むけど、潜んでいるもの悲しさのような感情に戸惑う。
机の下で、手を何度か開いては閉じてを繰り返す。何も掴むものなんてないのに、何かを掴むために指を動かしてしまう。
「俺も部のこと、しっかり考えないと……」
自分も、夢ってものを掴みたい。
これになりたい、あれになりたいって夢がない人生を送ってきたからこそ、八木沢くんのように綺麗に輝く未来を見つけてみたい。
「柊」
「ん?」
口の中に、炊き込みご飯を運ぼうとしたときのことだった。
「なんで、一人で無理しようとすんの」
寂しいって感情を抱いていたことを、八木沢くんが見つけてくれた。
「放送部に入ろうと思った理由、覚えてる?」
「それはもちろん! 八木沢くんが関わってる芸能界のこと、少しでも知りたいって思ったから!」
八木沢くんが放送部を選んだから、自分も一緒に付いていったわけではない。
自分の世界は八木沢くんでできているかもしれないけど、自分の未来は自分で決めなきゃいけない。
自分の世界は八木沢くんが傍にいても、未来の自分の世界に八木沢くんはいない。
今日はお昼休みに流す音楽の数が少なかったらしくて、先輩たちがお昼の放送を終えて隣の部屋を覗きに来た。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「礼儀正しいのは確かに大事なんだけど……」
優しい声色が特徴的な橘高先輩と、真逆の低音が特徴的な大武先輩。
「うちの部は、もっと気楽にって感じなんだけどね」
橘高先輩に至っては声だけでなく、性格まで温厚で優しいところが部長らしいなっていうことを感じる。
「先輩たちも、お昼ご飯一緒に……」
「俺たちはクラスに戻る」
穏やかな橘高先輩に寡黙な大武先輩っていうバランスの取れた二人を見ていると、二人の先輩の相性の良さってものを感じる。
「もうすぐ卒業だからね。クラスのみんなと思い出を作ってくるよ」
「そうですか……」
「栗花落、そんなに悲しそうな顔しないで」
自分が素直すぎたのか、率直に寂しそうな顔を浮かべてしまったかもしれない。
橘高先輩が俺の凝り固まった寂しさを解そうと、体を揺さぶるために近づいてくる。
「二年がいない部活で悪いな」
「でも、その分、自分たちの好き勝手に部活ができます」
先輩たちに向けて、芸能界で魅せるような笑みを浮かべて心配をかけないように振る舞う八木沢くん。
「って、おまえはほとんど学校来ないだろ」
俺と八木沢くんは入学したばかりなのに、放送部の先輩たちと関わることができるのは残りわずか。
後輩との絡むことに楽しさを感じてくれているのか、普段ほとんど笑うことがない大武先輩の口角が上がる。
「八木沢は、またお仕事決まってたもんね」
「え!」
橘高先輩は最後に大きな爆弾を投下していく。
俳優八木沢嶺矢に関する情報なら真っ先に入手してきた今までの人生が、ここで崩れ去ることになるなんて思ってもいなかった。
「あれ……? 栗花落……?」
「ほら、行くぞ」
「柊のことは、俺が面倒見ます」
栗花落って誰だっけと振り返っている間に、二人の先輩は放送室を出ていこうとしている。
栗花落は自分の苗字だと思い出した頃には、放送室に残されたのは俺と八木沢くんの二人だけになっていた。
「え、え、え、え!?」
信じられない思いが満ちていく。
自分が知らない情報を、ほかの誰かから聞かされるなんて日常が訪れるなんてファン失格かもしれない。
「え、嘘……じゃない、八木沢くん、本当?」
八木沢嶺矢の新しいお仕事情報を提供して、橘高先輩と大武先輩は放送室から去っていった。
二人の先輩がいなくなると、八木沢くんは素の表情に戻って昼食を食べ進めていく。
「知らない……知らない……知らない……」
スマホを握り締め、急いで検索を始める。
確かに、ネット上には八木沢嶺矢が出演する新しいドラマに関するニュースがすぐに見つかった。
喜びが湧き上がってくるのと同時に、自分がその情報を最初に知ることができなかった悔しさが押し寄せてきた。
「昨日の夜くらい……だったかな? 情報解禁」
「知らなかったー……」
八木沢くんに聞こえてしまうほど、盛大に息を吐き出して心を落ち着けようと心がける。
「テレビドラマ決まって……うん……」
「そっか……。八木沢くん、また学校に来られなくなっちゃうんだ」
八木沢くんがちゃんと高校を卒業できるように、学業優先のスケジュールを組んでいるはず。
とはいえ、八木沢くんと学校生活を送ることは、当たり前に訪れる日常ではない。
「先輩たちの卒業も、もちろん寂しいけど……」
芸能人の知り合いが身近にいるって、こういうこと。
芸能人と付き合いがあるって、こういうこと。
「八木沢くんと会えないのは、もっと寂しい」
芸能人にとっての日常は特別感のあるもので、学校に通うという当たり前が彼には存在しない。
「でも、すごいね。どんどん躍進していくんだね、八木沢くんは」
八木沢くんに心配をかけないように笑顔を作り込むけど、潜んでいるもの悲しさのような感情に戸惑う。
机の下で、手を何度か開いては閉じてを繰り返す。何も掴むものなんてないのに、何かを掴むために指を動かしてしまう。
「俺も部のこと、しっかり考えないと……」
自分も、夢ってものを掴みたい。
これになりたい、あれになりたいって夢がない人生を送ってきたからこそ、八木沢くんのように綺麗に輝く未来を見つけてみたい。
「柊」
「ん?」
口の中に、炊き込みご飯を運ぼうとしたときのことだった。
「なんで、一人で無理しようとすんの」
寂しいって感情を抱いていたことを、八木沢くんが見つけてくれた。
「放送部に入ろうと思った理由、覚えてる?」
「それはもちろん! 八木沢くんが関わってる芸能界のこと、少しでも知りたいって思ったから!」
八木沢くんが放送部を選んだから、自分も一緒に付いていったわけではない。
自分の世界は八木沢くんでできているかもしれないけど、自分の未来は自分で決めなきゃいけない。
自分の世界は八木沢くんが傍にいても、未来の自分の世界に八木沢くんはいない。