「失礼します」
放送部員が利用できる放送室は、二つの部屋が隣り合っている造り。
ひとつは校内放送ができるようにマイクやミキサーといった機材が置かれている部屋は防音仕様で秘密の相談をするにはもってこいだけど、食べ物飲み物の持ち込みは禁止されている。
「あ、こっちの部屋は声出して大丈夫だから」
もうひとつの部屋はテーブルやパイプ椅子・放送関連の本や、放送部が出場する大会用の原稿が乱雑に置かれている。
自由に飲食できるようになっていて、マイク前の緊張感に怯えなくてもいい仕様。
俺と八木沢くんは、こっちの部屋に置かれているテーブルの上にお弁当を乗せる。
「今日も橘高先輩の声、綺麗すぎる……!」
昼休みは好きな音楽を流していいことになっていて、橘高先輩の滑らかで美しい曲紹介には自然と聴覚が奪われてしまう。
「癒されるー……」
声変わりあとの中途半端さを抜けきった高校三年生の橘高先輩の声には聴覚を幸せにしてしまうような美しさがあって、自然と安らかな気持ちに浸らせてくれる。
「柊が浮気してる」
八木沢嶺矢ファンである俺が、まさかの八木沢くんから指摘を受けてしまった。
「ちーがーう」
「俺のファンって言ってくれてたのに」
意地悪そうな表情を浮かべる八木沢くんだけど、そこには嫌味らしい感情は何ひとつ含まれていないって分かる。感じることができる。
「八木沢くん! そういう意味じゃないって」
「俺も、もっと頑張らなきゃダナ」
「やーぎーさーわーくーん」
そういう八木沢くんなりのからかいを理解できるようになったのも、一緒に住むようになったからかもしれない。
ただの同級生、ただのクラスメイトのままだったら、こんなやりとりすらできないくらい八木沢くんは自分とは無縁の世界を生きる人。
「好きな席に座って、好きなだけ食べて」
マイクや機材が整った部屋で、お昼の放送を担当している放送部の先輩。
一人の先輩はマイク前で、もう一人の先輩は機材担当。
お昼の放送は基本的に音楽を流すだけで、部員が喋る唯一の機会は曲紹介のときくらい。
それでも先輩たちが使用している部屋からは、緊張や期待が入り混じった空気が漂ってくる。
「ゆっくり昼、食べたかったから助かった」
八木沢くんは、放送室から借りていた本を元の位置に戻す。
そして二人で一緒になって、テーブルの上に母さん手作りのお弁当を広げた。
「確かに放送室の方が、落ち着いて食べれるかも」
「かなと思って」
「あ、ちなみに先輩たちがいる部屋は飲食禁止ね」
視線の先にいる先輩たちは放送に集中していて、ご飯を食べている気配がない。
放送当番の日は早めに昼飯を済ませなければいけないんだろうなってことを、先輩たちの活動風景を見ながら察する。
「いただきます」
「いただきます」
声が重なったことに対して、俺たちは一緒に笑顔を浮かべた。
「ほんと……いつもありがと」
「弁当作ってんのは俺じゃないけど、ありがた~く受け取らせてもらうね」
今日の弁当は味がしっかり染みている炊き込みご飯に、鮭のホイル焼きがメイン。
朝からホイル焼きを作ったんですかって心の中で母親にツッコみたいものの、朝から二人分の弁当を用意してくれる母親に感謝の言葉以外のものを向ける勇気もない。
「今日のご飯、もち米? もちもちしてる」
お弁当箱の中の炊き込みご飯に興味を引かれる八木沢くん。
「ううん、もち米の常備はないから」
「?」
「白米に餅を入れて炊くんだよ」
「ああ、なるほど……え」
八木沢くんの反応を見て、白米に餅を入れて、もち米風を味わうのは自分の家ならではということも察する。
実践しない人がいないわけではないだろうけど、少なくとも八木沢くんの家は白米に餅を入れるということはやらないらしい。
「でも、餅って冷めると硬くなる……」
「理由はわからないんだけど、炊き込みご飯にしちゃうと硬くならないんだよ」
「へえ」
食のプロでもないから、なんで餅で作った炊き込みご飯が硬くならないのかという謎は解けない。
今なら検索すればなんでも出てくるような気もするけど、そこまで好奇心旺盛でもないから調べる気力も湧いてこない。
「米に餅がコーティングされて、無敵になっちゃうのかも」
「二つで一つ……みたいな?」
「みたいな感じなんじゃないかな」
適当に繰り広げている会話なのに、話が弾んだような感覚になるのは八木沢くんの喋りが上手いからなのかもしれない。
(もっと上手く喋れたらいいんだけど……)
その、望んでいるものを得られるのなら苦労しない。
自分だって八木沢くんを楽しませるためのトーク技術を見習ってみたいけど、それができるのなら今頃は陰キャな生活を送っていない。
放送部員が利用できる放送室は、二つの部屋が隣り合っている造り。
ひとつは校内放送ができるようにマイクやミキサーといった機材が置かれている部屋は防音仕様で秘密の相談をするにはもってこいだけど、食べ物飲み物の持ち込みは禁止されている。
「あ、こっちの部屋は声出して大丈夫だから」
もうひとつの部屋はテーブルやパイプ椅子・放送関連の本や、放送部が出場する大会用の原稿が乱雑に置かれている。
自由に飲食できるようになっていて、マイク前の緊張感に怯えなくてもいい仕様。
俺と八木沢くんは、こっちの部屋に置かれているテーブルの上にお弁当を乗せる。
「今日も橘高先輩の声、綺麗すぎる……!」
昼休みは好きな音楽を流していいことになっていて、橘高先輩の滑らかで美しい曲紹介には自然と聴覚が奪われてしまう。
「癒されるー……」
声変わりあとの中途半端さを抜けきった高校三年生の橘高先輩の声には聴覚を幸せにしてしまうような美しさがあって、自然と安らかな気持ちに浸らせてくれる。
「柊が浮気してる」
八木沢嶺矢ファンである俺が、まさかの八木沢くんから指摘を受けてしまった。
「ちーがーう」
「俺のファンって言ってくれてたのに」
意地悪そうな表情を浮かべる八木沢くんだけど、そこには嫌味らしい感情は何ひとつ含まれていないって分かる。感じることができる。
「八木沢くん! そういう意味じゃないって」
「俺も、もっと頑張らなきゃダナ」
「やーぎーさーわーくーん」
そういう八木沢くんなりのからかいを理解できるようになったのも、一緒に住むようになったからかもしれない。
ただの同級生、ただのクラスメイトのままだったら、こんなやりとりすらできないくらい八木沢くんは自分とは無縁の世界を生きる人。
「好きな席に座って、好きなだけ食べて」
マイクや機材が整った部屋で、お昼の放送を担当している放送部の先輩。
一人の先輩はマイク前で、もう一人の先輩は機材担当。
お昼の放送は基本的に音楽を流すだけで、部員が喋る唯一の機会は曲紹介のときくらい。
それでも先輩たちが使用している部屋からは、緊張や期待が入り混じった空気が漂ってくる。
「ゆっくり昼、食べたかったから助かった」
八木沢くんは、放送室から借りていた本を元の位置に戻す。
そして二人で一緒になって、テーブルの上に母さん手作りのお弁当を広げた。
「確かに放送室の方が、落ち着いて食べれるかも」
「かなと思って」
「あ、ちなみに先輩たちがいる部屋は飲食禁止ね」
視線の先にいる先輩たちは放送に集中していて、ご飯を食べている気配がない。
放送当番の日は早めに昼飯を済ませなければいけないんだろうなってことを、先輩たちの活動風景を見ながら察する。
「いただきます」
「いただきます」
声が重なったことに対して、俺たちは一緒に笑顔を浮かべた。
「ほんと……いつもありがと」
「弁当作ってんのは俺じゃないけど、ありがた~く受け取らせてもらうね」
今日の弁当は味がしっかり染みている炊き込みご飯に、鮭のホイル焼きがメイン。
朝からホイル焼きを作ったんですかって心の中で母親にツッコみたいものの、朝から二人分の弁当を用意してくれる母親に感謝の言葉以外のものを向ける勇気もない。
「今日のご飯、もち米? もちもちしてる」
お弁当箱の中の炊き込みご飯に興味を引かれる八木沢くん。
「ううん、もち米の常備はないから」
「?」
「白米に餅を入れて炊くんだよ」
「ああ、なるほど……え」
八木沢くんの反応を見て、白米に餅を入れて、もち米風を味わうのは自分の家ならではということも察する。
実践しない人がいないわけではないだろうけど、少なくとも八木沢くんの家は白米に餅を入れるということはやらないらしい。
「でも、餅って冷めると硬くなる……」
「理由はわからないんだけど、炊き込みご飯にしちゃうと硬くならないんだよ」
「へえ」
食のプロでもないから、なんで餅で作った炊き込みご飯が硬くならないのかという謎は解けない。
今なら検索すればなんでも出てくるような気もするけど、そこまで好奇心旺盛でもないから調べる気力も湧いてこない。
「米に餅がコーティングされて、無敵になっちゃうのかも」
「二つで一つ……みたいな?」
「みたいな感じなんじゃないかな」
適当に繰り広げている会話なのに、話が弾んだような感覚になるのは八木沢くんの喋りが上手いからなのかもしれない。
(もっと上手く喋れたらいいんだけど……)
その、望んでいるものを得られるのなら苦労しない。
自分だって八木沢くんを楽しませるためのトーク技術を見習ってみたいけど、それができるのなら今頃は陰キャな生活を送っていない。