「悪い、行儀が悪くて……」
「ここは八木沢くんが三年間過ごす家だよ。自分の家のように、くつろいじゃって」
「ありがと……」
八木沢くんは帰宅と同時に、リビングにあるソファへと倒れ込んだ。
自分は授業が終わったら部活動をやって、自分の家に帰宅するっていう日常を送った。
一方の八木沢くんは授業が終わったあとに仕事に向かって、顔には心地よさそうな疲労感が広がっている。
「今日の八木沢くんも、すっごく幸せそう」
「うん、今日の撮影すごく楽しくて……」
ソファに倒れ込んだと思ったら、そのまま眠りの世界に向かっていってしまった八木沢くん。
風邪を引いてしまわないように、ブランケットを体にかける。
「お疲れ様、八木沢くん」
八木沢くんを起こさないような小さな声で、お疲れ様ですと呟くことができる幸福感。
八木沢くんの寝顔を見入っていたい気持ちを抑えて、俺はキッチンへと向かう。
(八木沢くんが頑張ってるんだから)
冷蔵庫を開けて、母さんが下ごしらえをしてくれた食材に手を伸ばす。
(俺も頑張らなきゃ)
時計の針が進んで、時計の針が午後9時30分を示す頃。
八木沢くんは、ゆっくりと覚醒した。
「柊……」
どんなに疲れていても、お腹が空いてしまうのが男子高校生というもの。
夕飯も食べずに眠りに落ちてしまった八木沢くんは、まだ眠りたいという気持ちと格好しているらしくて、彼の瞼はかなり重そうに見えた。
「仕事から帰ってきたあと、そのまま寝ちゃったんだよ。寒くない?」
「うん……」
時計の針を確認する八木沢くんは、流れる時間の速さに溜め息を吐いた。
きっと復習やって、予習をやってっていう彼なりの計画もあったんだろうけど、俺は八木沢くんの体を休ませることを優先した。
「まだ寝る? 起きる? それとも夕飯……」
「食べる一択」
「了解っ」
両親のいない我が家は静まり返っているけど、八木沢くんと一緒ってだけで家の中が暖かくなっていくのを感じる。
俺は空腹感が勝った八木沢くんのために、気合いを入れてキッチンへと向かう。
「軽く夜食にする? それともがっつり夕飯……」
「きょうは、がっつり食べたい」
「了解」
八木沢くんがソファから体を起こし、そのまま台本を読むなり好きな事を始めるのかと思っていたけど……予想外の展開がやって来る。
「原作、買ってくれたんだ」
「あ……」
八木沢くんが出演する作品の文庫本を片付けることなく、リビングに投げっぱなしだったことを思い出す。
「推しの出演作品をチェックするのは、ファンにとって大事な使命だから」
途中で、読むのに疲れてしまったとは言い出せず。
なるべく笑顔を作り込みながら、夕飯を温める作業へと集中する。
「いつもと香りが違う」
「塩味の中華丼だからかな?」
テーブルの上には、中華丼とたまごスープとタラのあんかけ。
そして、好きな物を好きなだけ食べられるように小鉢も準備万端。
「いただきます」
「召し上がれ」
八木沢くんは箸を手に取ると、まずは中華丼を一口運んでいく。
「いつもは醤油とか、オイスターソースメインで作るんだけど、今日は塩味だから……」
目を見開いた八木沢くんを心配して、なるべく柔らかい声で話しかける。
食べ慣れていない味に驚いたところを見て、意外と我が家は変わった品を作っているのかと八木沢くんへの配慮が欠けていることに気づかされる。
「あー……もっと早く出会いたかった……」
でも、次に出てきたのは、否定の言葉じゃなかった。
この味に、もっと早く出会っていたかったっていう八木沢くんの気持ちが伝わってきて、自然と口角が上がった。
「ははっ、八木沢くんに気に入ってもらえて良かった」
自分が作る料理に感想を求めているわけではないけど、相手が自分の作ったご飯で喜んでくれる姿に心が弾み始める。
(やばっ……うれしすぎる……)
喜びを感じすぎている顔を隠すために、両手で顔を覆う。
「あんかけって、体があったまるよね」
八木沢くんがいつ目覚めるか分からなかったこともあり、八木沢くんを待たずに夕飯を済ませてしまった自分に後悔。
でも、後悔したところで時間を取り戻すことはできない。
「まあ、夏に向かえば向かうほど、あんかけも煩わしくなっちゃうかもだけど」
食事中の八木沢くんが言葉を返してくれることはなくなったけど、優しい笑顔を向けて気持ちを伝えてくれる。
お世辞なんかで着飾ることなく、表情だけで気持ちを伝えてくるところは役者さんだなって思う。
「まだ、そこまで辿り着いてはいないんだけど……」
八木沢くんが食事を進めている間に、俺は文庫本に手を伸ばして読書を再開しようと意気込む。
「この作品、弟とキスシーンがあるんだってね」
食事のときにするような話でないとは思っていたら、案の定、八木沢くんは咽てしまった。
「ここは八木沢くんが三年間過ごす家だよ。自分の家のように、くつろいじゃって」
「ありがと……」
八木沢くんは帰宅と同時に、リビングにあるソファへと倒れ込んだ。
自分は授業が終わったら部活動をやって、自分の家に帰宅するっていう日常を送った。
一方の八木沢くんは授業が終わったあとに仕事に向かって、顔には心地よさそうな疲労感が広がっている。
「今日の八木沢くんも、すっごく幸せそう」
「うん、今日の撮影すごく楽しくて……」
ソファに倒れ込んだと思ったら、そのまま眠りの世界に向かっていってしまった八木沢くん。
風邪を引いてしまわないように、ブランケットを体にかける。
「お疲れ様、八木沢くん」
八木沢くんを起こさないような小さな声で、お疲れ様ですと呟くことができる幸福感。
八木沢くんの寝顔を見入っていたい気持ちを抑えて、俺はキッチンへと向かう。
(八木沢くんが頑張ってるんだから)
冷蔵庫を開けて、母さんが下ごしらえをしてくれた食材に手を伸ばす。
(俺も頑張らなきゃ)
時計の針が進んで、時計の針が午後9時30分を示す頃。
八木沢くんは、ゆっくりと覚醒した。
「柊……」
どんなに疲れていても、お腹が空いてしまうのが男子高校生というもの。
夕飯も食べずに眠りに落ちてしまった八木沢くんは、まだ眠りたいという気持ちと格好しているらしくて、彼の瞼はかなり重そうに見えた。
「仕事から帰ってきたあと、そのまま寝ちゃったんだよ。寒くない?」
「うん……」
時計の針を確認する八木沢くんは、流れる時間の速さに溜め息を吐いた。
きっと復習やって、予習をやってっていう彼なりの計画もあったんだろうけど、俺は八木沢くんの体を休ませることを優先した。
「まだ寝る? 起きる? それとも夕飯……」
「食べる一択」
「了解っ」
両親のいない我が家は静まり返っているけど、八木沢くんと一緒ってだけで家の中が暖かくなっていくのを感じる。
俺は空腹感が勝った八木沢くんのために、気合いを入れてキッチンへと向かう。
「軽く夜食にする? それともがっつり夕飯……」
「きょうは、がっつり食べたい」
「了解」
八木沢くんがソファから体を起こし、そのまま台本を読むなり好きな事を始めるのかと思っていたけど……予想外の展開がやって来る。
「原作、買ってくれたんだ」
「あ……」
八木沢くんが出演する作品の文庫本を片付けることなく、リビングに投げっぱなしだったことを思い出す。
「推しの出演作品をチェックするのは、ファンにとって大事な使命だから」
途中で、読むのに疲れてしまったとは言い出せず。
なるべく笑顔を作り込みながら、夕飯を温める作業へと集中する。
「いつもと香りが違う」
「塩味の中華丼だからかな?」
テーブルの上には、中華丼とたまごスープとタラのあんかけ。
そして、好きな物を好きなだけ食べられるように小鉢も準備万端。
「いただきます」
「召し上がれ」
八木沢くんは箸を手に取ると、まずは中華丼を一口運んでいく。
「いつもは醤油とか、オイスターソースメインで作るんだけど、今日は塩味だから……」
目を見開いた八木沢くんを心配して、なるべく柔らかい声で話しかける。
食べ慣れていない味に驚いたところを見て、意外と我が家は変わった品を作っているのかと八木沢くんへの配慮が欠けていることに気づかされる。
「あー……もっと早く出会いたかった……」
でも、次に出てきたのは、否定の言葉じゃなかった。
この味に、もっと早く出会っていたかったっていう八木沢くんの気持ちが伝わってきて、自然と口角が上がった。
「ははっ、八木沢くんに気に入ってもらえて良かった」
自分が作る料理に感想を求めているわけではないけど、相手が自分の作ったご飯で喜んでくれる姿に心が弾み始める。
(やばっ……うれしすぎる……)
喜びを感じすぎている顔を隠すために、両手で顔を覆う。
「あんかけって、体があったまるよね」
八木沢くんがいつ目覚めるか分からなかったこともあり、八木沢くんを待たずに夕飯を済ませてしまった自分に後悔。
でも、後悔したところで時間を取り戻すことはできない。
「まあ、夏に向かえば向かうほど、あんかけも煩わしくなっちゃうかもだけど」
食事中の八木沢くんが言葉を返してくれることはなくなったけど、優しい笑顔を向けて気持ちを伝えてくれる。
お世辞なんかで着飾ることなく、表情だけで気持ちを伝えてくるところは役者さんだなって思う。
「まだ、そこまで辿り着いてはいないんだけど……」
八木沢くんが食事を進めている間に、俺は文庫本に手を伸ばして読書を再開しようと意気込む。
「この作品、弟とキスシーンがあるんだってね」
食事のときにするような話でないとは思っていたら、案の定、八木沢くんは咽てしまった。