八木沢(やぎさわ)くんの出演が決まったドラマは……)

 教室の中が賑やかに動き回る中、珍しく自分の思考は本の中に向かっていた。
 いつもは友達と喋って休み時間を終えることが多いけど、今日だけは気合いを入れて文字を追いかける。

(とある高級住宅街を舞台にした殺人事件の話)

 文庫本を読む自分は普段らしくなくて、外見だけならかっこいいとは思う。
 けど、それらはあくまで思い込み。
 実際の自分は知的でもなんでもないことに溜め息が溢れそうになるけど、物語の中の没頭しようと意識を集中させる。

(八木沢くんが演じる役は、高級住宅街に住む越智一家の長男)

 父、母、弟、長男の四人家族。
 親は再婚同士で、弟とは血が繋がっていない。

(その弟さんと恋に落ちるって展開……)

 なんでミステリー作品なのに、弟との禁断の恋愛関係が描かれるのか意味が分からなくて溜め息が溢れる。

築島(つきしま)ー」

 二つ後ろの席に座るのは、昔からの付き合いがある築島(つきしま)
 築島の方を振り向くと、築島は次の授業の予習をしていた。

「ねえ」
「邪魔すんなよ」

 口では邪魔すんなよと言いながらも、俺に呼ばれたことで築島は顔を上げてくれる。

「この本のネタバレできる?」
「自分で読めよ」

 昔から付き合いがあるはずなのに、築島は肩を落として鋭い目つきでクラスメイト()のことを突き放してくる。

「読むよ! もちろん読むけど! なんでミステリーなのに、弟と恋に落ちるのかなって気になるんだよ!」

 自分は世にも珍しいネタバレ大丈夫タイプの人間ということもあって、チャラけているようで実は勉強ができる築島へと助けを求めた。

「結論を言うと、弟が兄に抱いた恋愛感情が事件のきっかけだからだよ」
「ネタバレするなー、梅里(うめさと)ー」

 俺の助けに入ってくれた梅里に向かって、築島から教科書が投げ飛ばされてくる。
 教科書を上手く避けて、落ちた教科書を拾い上げる梅里。

「犯人は言ってないんだから、それくらい許してよ」
「ねー、築島くんは心が狭すぎると思うよっ」

 梅里と二人で協力して築島と応戦しようとすると、別の教科書が俺の席を目がけて投げ飛ばされてくる。

「教科書は投げるものじゃないよ、一輝(かずき)くん」
「投げつけたくなるような言動をする方が悪いだろ」

 不当な扱いを受けた教科書を受けた教科書に同情するような表情を浮かべる梅里は、拾い上げた二冊を築島の元へと持っていく。

(しゅう)も、読書するんだな」

 梅里が築島に教科書を返しに行っている間に、新たな登場人物が教室に入ってきた。
 小学生の頃からの付き合いでもあり、今は隣のクラスに在籍している西ノ宮(にしのみや)が俺に声をかけてくることで久しぶりの再会を果たす。

西ノ宮(にしのみや)! 久しぶりっ」
「っていっても、俺、隣のクラスにいるんだけど」

 オタク感のある眼鏡ではなく、おしゃれを意識した眼鏡をかけている西ノ宮。
 アニメには微塵も興味ありませんって外見をしているのに、中身は立派なアニメオタクで梅里と西ノ宮は仲がいい。

「俺が読書なんて、らしくないよね」
「んなこと気にすんなって」

 たいして身長が伸びなかった自分に対して、周囲は恐ろしいくらい身長を伸ばしていくところが恐ろしい。
 築島に負けず劣らずの高身長を誇るオタク()は、俺の肩をポンと叩く。

「その作品、アニメもやるんだよ」
「へえ、力が入ってんだね」
 
 眉をひそめながら、明らかに落ち込んでますよという態度を見せてくる西ノ宮。

(みね)の弟役をやる声優が、ドラマでも弟役をやるという……」

 自分から話題を振っておきながら、西ノ宮は一人で勝手に肩を落としていく。
 でも、肩を落としたいのは西ノ宮だけじゃない。

「今から、嶺とキスシーンがあるかと思うと……」
「西ノ宮のファン心は否定しない」

 後方の席から、築島の声が飛んでくる。

「でも、俳優にキスシーンにあれこれ言うところは気持ち悪い」

 西ノ宮の繊細な気持ちを否定する築島に対抗するため、俺は西ノ宮の味方をすることを決める。

「西ノ宮、俺も同じ」
「…………ん?」

 人を応援する気持ちの何が悪い。
 西宮は声優オタクで、推している相手は別でも推しへの愛を理解し合える同士だと思ってる。

「俺だって、八木沢くんにキスシーンがあるとか考えたくないから!」

 身を乗り出して、自分の気持ちが西ノ宮に届くようになるべく大きな声を出して援軍に入る。

「……(しゅう)、まだ嶺のこと好きなのか」

 なぜか、風向きが変わろうとしている。
 西ノ宮の応援に入るはずが、なぜか彼は腕組みをしながら瞬きを繰り返す。

「っ、そうだよ! 大好きだよ! 大ファンだよ!」
「小学生のときで終わったものだと……」
「今も絶賛! 片想い中!」

 小学生から付き合いがあるって、ある意味ではありがたくもあり、ある意味では辛くもある。
 自分で言っておきながら、小学生時代から進歩のない推し心があまりにも虚しくなって下を向く。

「はいはい、落ち着こうかな」
「うーめーさーとー」

 そんな俺の態度を見ていられなくなった梅里は築島のところから戻ってきて、入りすぎた肩の力を解してくれる。