「この納豆雑炊とか、抵抗ない?」
「これ?」
「そう! 好き嫌いはなくても、八木沢くん、無理に口の中に入れちゃいそうだから」
でも、美味しくなさそうっていうのは先入観でしかなかった。
独特な風味と食感が楽しめるところが癖になってしまって、八木沢くんの朝食になってしまうくらい俺は好んでいる。
「一応、納豆は好きなんだけど……」
八木沢くんは恐る恐るではなく、何も抵抗感を見せずに雑炊を口に運んでいく。
これがプロの役者かって戸惑っているうちに、八木沢くんの口角がほんの少し上を向いたことを俺は見逃さなかった。
「うまっ」
「よしっ! ありがと、八木沢くん」
俳優八木沢嶺矢として活動するときは爽やかな笑顔を浮かべる八木沢くんだけど、普段はあんまり笑う人じゃない。
だから、こういう些細な変化に気づけるってことが何よりも嬉しいと思った。
「この納豆の粘り気と雑炊の柔らかさが堪らないんだよねー」
「雑炊の出汁の風味と相まって、なんて言うんだろ……なんか、全部がまとまってて美味いなって」
どうしても納豆の香りが強くなってしまうから、納豆嫌いの人には厳しい料理かもしれない。
初めての人には少しどころか大きな挑戦になるかもしれないけど、八木沢くんはその挑戦すらも楽しんでくれた。
「このネギとか海苔も、いいアクセント」
「あー、八木沢くん褒め上手! やばい、うれしい!
「喜びすぎだって……」
自然と笑みが広がる食卓なんて最高じゃんと思いながら、俺たちは学校に向かうための英気を養っていく。
「この料理は塩辛すぎるとか、甘すぎるとか、味覚の不快感は必ず教えて」
「大丈夫だよ」
ゆっくり微笑んで、感謝の気持ちを伝えてくる八木沢くん。
そんな彼を見ているだけで、緊張しっぱなしの体に安らぎの感情が届き始める。
「必ず覚えるから。八木沢くんの好みは必ず!」
「そんなに意気込まなくても……あー、でも……」
今日の天気の話とか、このあと何気ない話が広がっていくという予感に心臓が高鳴る。
「ありがとう、柊」
「食べよっ」
八木沢くんと同居するのは、高校を卒業するまでの三年間という期間限定。
その三年間の中で、俺は八木沢くんとの距離を縮めたい。
「未成年だけど、食事に連れて行ってもらうことがあって」
八木沢くんは適切な言葉を探しながら、芸能界のことを知らない俺にも分かりやすく話しかけてくれる。
「もちろん楽しいし、嬉しい」
人を不快にさせない笑顔が得意な俳優の八木沢嶺矢ではなく、俺を安心させるために柔らかく笑おうとしてくれる八木沢嶺矢くんと一緒に食事を進めていく。
「その気持ちは本当」
「八木沢くんの顔、すっごく幸せそう。幸せな疲れって感じ」
「でも」
小学生の頃から変わらない『八木沢』くん呼び。
縮まらない距離感に寂しさを抱くこともあるけど、それはそれで俺には身分相応なんてことも思ってしまう。
「柊の手料理が食べられることも、俺にとっての幸せ」
でも、この、八木沢くんが俺に向けてくれる笑顔に応えたい。応えられるようになりたい。
「ありがと、早起きしてくれて」
八木沢くんの気持ちが込められた、ありがとうって言葉に心臓が速まる。
(八木沢くんと一緒にご飯を食べれるって……)
平然と食事を進めたいって思うけれど、照れたようなにやついた顔を抑えられない。
(一緒に暮らしてる特権なんだ……)
三年間の最後。
俺は八木沢くんのことを、名前で呼べるようになりたい。
「これ?」
「そう! 好き嫌いはなくても、八木沢くん、無理に口の中に入れちゃいそうだから」
でも、美味しくなさそうっていうのは先入観でしかなかった。
独特な風味と食感が楽しめるところが癖になってしまって、八木沢くんの朝食になってしまうくらい俺は好んでいる。
「一応、納豆は好きなんだけど……」
八木沢くんは恐る恐るではなく、何も抵抗感を見せずに雑炊を口に運んでいく。
これがプロの役者かって戸惑っているうちに、八木沢くんの口角がほんの少し上を向いたことを俺は見逃さなかった。
「うまっ」
「よしっ! ありがと、八木沢くん」
俳優八木沢嶺矢として活動するときは爽やかな笑顔を浮かべる八木沢くんだけど、普段はあんまり笑う人じゃない。
だから、こういう些細な変化に気づけるってことが何よりも嬉しいと思った。
「この納豆の粘り気と雑炊の柔らかさが堪らないんだよねー」
「雑炊の出汁の風味と相まって、なんて言うんだろ……なんか、全部がまとまってて美味いなって」
どうしても納豆の香りが強くなってしまうから、納豆嫌いの人には厳しい料理かもしれない。
初めての人には少しどころか大きな挑戦になるかもしれないけど、八木沢くんはその挑戦すらも楽しんでくれた。
「このネギとか海苔も、いいアクセント」
「あー、八木沢くん褒め上手! やばい、うれしい!
「喜びすぎだって……」
自然と笑みが広がる食卓なんて最高じゃんと思いながら、俺たちは学校に向かうための英気を養っていく。
「この料理は塩辛すぎるとか、甘すぎるとか、味覚の不快感は必ず教えて」
「大丈夫だよ」
ゆっくり微笑んで、感謝の気持ちを伝えてくる八木沢くん。
そんな彼を見ているだけで、緊張しっぱなしの体に安らぎの感情が届き始める。
「必ず覚えるから。八木沢くんの好みは必ず!」
「そんなに意気込まなくても……あー、でも……」
今日の天気の話とか、このあと何気ない話が広がっていくという予感に心臓が高鳴る。
「ありがとう、柊」
「食べよっ」
八木沢くんと同居するのは、高校を卒業するまでの三年間という期間限定。
その三年間の中で、俺は八木沢くんとの距離を縮めたい。
「未成年だけど、食事に連れて行ってもらうことがあって」
八木沢くんは適切な言葉を探しながら、芸能界のことを知らない俺にも分かりやすく話しかけてくれる。
「もちろん楽しいし、嬉しい」
人を不快にさせない笑顔が得意な俳優の八木沢嶺矢ではなく、俺を安心させるために柔らかく笑おうとしてくれる八木沢嶺矢くんと一緒に食事を進めていく。
「その気持ちは本当」
「八木沢くんの顔、すっごく幸せそう。幸せな疲れって感じ」
「でも」
小学生の頃から変わらない『八木沢』くん呼び。
縮まらない距離感に寂しさを抱くこともあるけど、それはそれで俺には身分相応なんてことも思ってしまう。
「柊の手料理が食べられることも、俺にとっての幸せ」
でも、この、八木沢くんが俺に向けてくれる笑顔に応えたい。応えられるようになりたい。
「ありがと、早起きしてくれて」
八木沢くんの気持ちが込められた、ありがとうって言葉に心臓が速まる。
(八木沢くんと一緒にご飯を食べれるって……)
平然と食事を進めたいって思うけれど、照れたようなにやついた顔を抑えられない。
(一緒に暮らしてる特権なんだ……)
三年間の最後。
俺は八木沢くんのことを、名前で呼べるようになりたい。