* * *

 想定外だった。
 まさかこのタイミングで、俺の過去を暴きにくるとは。
「え、これ、マジなの……?」
「大輔が、あの少年詐欺グループのメンバー? うそだろ……」
「でも確かに、このKさんと似てる……」
 春香に優、透子といったいつも騒がしい連中を中心にあたふたしている。かと思えば、おそるおそるといった様子で俺のほうへ視線を向けてきた。
 まったく、さっきまで取り乱していたくせによ。
 内心舌打ちをしながら、俺はその視線ひとつひとつを睨み返した。優らはすぐに目を逸らして俯く。
 俺は呆れ気味にひとつ息を吐いてから、再び口を開く。
「えーと、議論はどこまでいったか。確か、全員のアリバイを聞いたところからだったか?」
「そ、それどころじゃないだろ……!」
 優が震えた声で叫んだ。俺は真っ直ぐ彼を見やる。
「というと?」
「ここに書いてある話、マジなのかよ? 大輔が、少年詐欺グループのメンバーって……」
「ああ、ほんとだ」
 疑う余地がないよう大きく頷くと、優は口を半開きにしたまま固まった。その表情に浮かび上がっているのは、恐怖。まあ、無理もないだろう。
「そのメールに書いてある通り、俺は過去に詐欺を働いていたグループのメンバー、Kさんだ。でも知っているだろうが、中学の時にあっけなく捕まった。裁判も受けて処分も下りている。詐欺の罪は、償ったんだ」
「……」
「それに、最初に言ったが、メールに書いてある『本性と悪事』はいったん忘れてほしいものだね。そこを結び付けて考えると、あの日舞を殺したやつがいったい誰なのか、冷静に考えられなくなる」
 しかし、誰も言葉を発さない。やれやれ、どうしたものか。
「わかってるよ。わかってるけど……冷静に考えられないの」
 しばらくして、ようやくひとりが言葉を発した。透子だった。
「あたし、大輔のこと結構信頼してた。結構クセの強いメンバーいるのに、上手くみんなのことまとめてて。今日だって、ここまでパニックにならず冷静に来れたのは大輔のおかげ。でも、そんな大輔が、じつは犯罪に加担してたなんて……怖いよ」
 透子の言葉に、隣にいた春香も小さく頷いた。見れば、真斗や正一、芽衣すらも一度は下げた視線を俺に向けていた。
「なるほどね。気持ちはわからんでもない。俺だって、まさか優が浮気魔で、春香や透子が人を自殺に追いやるほどのいじめをしていたなんて、想像すらしてなかったからな」
「そ、それは……!」
「それに、お前らは忘れてるんじゃないのか? あと四時間以内にメールの送り主が求めている『舞を殺したやつ』をあの部屋にぶち込まなければ、ここにいる全員が死ぬんだぞ?」
 また、全員が視線を落とした。ほんとに呆れる。
「しかも、もしその『舞を殺したやつ』がこの中にいるとするなら、そいつは俺以上の罪を犯した殺人者だ。本当の意味で恐怖を抱く相手を履き違えているんじゃないのか」
 俺はそれだけ言い切ってから、ポケットからあるものを取り出し、机に置いた。全員の目が驚愕に見開かれる。
「それ……なくなった、拳銃?」
「お前、まさか……!」
「そうだ。俺はこれで、『舞を殺したやつ』を脅すつもりだった。それと同時に、『罪の償い方』についても指示するつもりだった」
 俺の言葉に、優は首をひねる。やはり、わかっていないらしい。
「四通目のメールを思い出せ。『今から六時間後の午前零時までに、赤嶺舞を殺したやつを突き止めろ。そして懺悔の部屋で罪を告白し、罪に応じた償いをさせろ。』と書いてあった。ここにある、『罪に応じた償い』とはなんだと思う?」
「そんなの……」
 優は言いかけて口をつぐむ。予想通りの反応だった。
「そうだな、言えないよな。おそらく、みんなの頭の中にも思い浮かんだだろう。皮膚を少し切り裂くでもない。指を切り落とすでもない。もっとも明快で、誰が見ても償ったと思える、確かな殺人者の罪の償い方――自殺だ」
 否定の声は上がらなかった。俺は言葉を続ける。
「誰も口にしたくないだろう? でもそれが、危険なんだ。まずそもそも、いざ殺人者に罪を償ってこいと言っても素直に行かない可能性が高い。ましてや、自殺なんてしないだろう。下手すれば、俺がやったみたいに懺悔の部屋の凶器を持ち出し、俺らを殺しに来るかもしれない。一度人を殺しているやつだ。きっと俺らなんてあっという間に物体に成り果てる。それならば、一番強い凶器で以て脅すのが簡単で安全だ。そして脅す時に忘れてはいけないのが、この確実な罪の償い方をするよう仕向けること。償いが中途半端だと、メールの送り主は納得しない。そして結局、俺らは死ぬことになる。つまり、あのメールを見た時に俺たちがやらなければいけないのは、舞を殺した殺人者の特定はもちろんだが、そいつにしっかりと罪を償わせる方法の確立なんだよ」
 一気に言い切って、俺は一度息をついた。その間、やはり誰も言葉は発しない。これだから、常識人は極限状態に追い込まれると途端に弱者になるんだ。
「以上が俺の考えだが、どうだ? 異論のある人はいるか? もっとも、ここで異論を言うことは殺人犯には死んでほしくないと思っていることになるから、必然的に疑われることになるが」
「ちょっと、いい?」
 そこで、おずおずと手を挙げた者がいた。芽衣だ。この状況で手を挙げるのは少々意外で、俺はささやかな嬉しさを覚えつつ彼女を見た。
「なんだ?」
「その方法だと、舞を殺した犯人見つけるの、難しくなっちゃうんじゃないの?」
 小さいながらも芯の通った声とその内容に、俺はほうと感心の息を吐く。
「そもそも、警察がわからなかった二年も前の事件を、今になって私だけで解くのは不可能だよ。だから、話し合いの中で犯人に自供させるしかなかった。その後で、償い方を考えたほうが良かった。最初に償い方を、それも自殺しろだなんて、犯人は絶対、自供しないよ」
「なるほど。確かに、その可能性はかなり高いな」
 小さな身体を震わせて言った言葉には筋が通っている。俺はひとつ同意の意志を示してから、「だが」と否定の言葉を続けた。
「そんなのは、メールの送り主だってわかってるだろ。そのうえで、わざわざ『赤嶺舞を殺したやつ』と書いてあるんだ。そこにはおそらく、物理的に舞を殺したこと以外の意味が込められている」
「物理的に殺したこと、以外の意味……?」
 芽衣が訊き返してきたのに対し、優と春香、透子はぎょっとしたように顔をしかめた。やはりと、俺は確信を強める。
「察しているやつもいるらしいな。まあ、暴露された側に立ってみればわかるよ。『赤嶺舞を殺したやつ』ってのは、物理的殺したやつだけじゃない。過去に舞を苦しめ、傷つけ、そして人生を狂わせたやつも、おそらく候補に入っているんだ」
「そ、それって……」
 絶句した芽衣に、俺は肩をすくめてみせた。それから、あからさまに表情を変えた三人を見やる。
「なんか反論はあるか? 舞も含めて浮気しまくってた優に、舞をいじめて自殺寸前にまで追い込んだ春香と透子の三人は?」
「……ねーよ」
 不機嫌そうに優はつぶやき、春香と透子は静かに俯いた。
「だろうな。かくいう俺もそのひとり。舞の家族を詐欺のターゲットに据え、金を散々毟り取り、挙句には舞の母親が精神的ショックで病気になり死んでしまったんだからな。舞の人生を狂わせたという意味では、三人以上だろうな」
 ――わだしのおがあざんを、かえしてよおぉぉーーーっ!
 今から六年前。中学生の時に聞いた絶叫が唐突に頭に響いた。思わず、下唇をかむ。
「……まっ、そういうわけで、もし物理的に舞を殺したやつがわからないなら、舞の人生をどれだけ狂わせたかで『赤嶺舞を殺したやつ』が決まるんだろうな。どうする? ほかの暴露を待ってみて、最後に投票でもするか?」
「大輔、あんたねえ……!」
「おーこわ。落ち着けよ。そんなに怖がらなくても、物理的に舞を殺したやつがいるならそいつになるのは間違いないんだしさ。それに俺たちは『舞を殺したやつ』を『突き止め』ないといけないんだから、不人気投票みたいなことをしてもダメだろ。それなりの根拠を持って、メールの送り主の意志に沿うようにしないとな」
 鬼のような形相で睨んでくる春香をいなしてから、俺はちらりとあるやつを盗み見た。
 ここまでいろいろと状況を整理してきた。その中で、俺はあえて舞を追い詰めたやつらを挑発し、その悪事をあおってみた。案の定、そいつらは罪の意識に俯き、逆鱗に触れられたことで苛立ち、感情をあらわにしている。
 だが、誰も表立って自分が罪を償うとは言わない。俺が「償い方は自殺が最適だ」と言って先手を打ったのもあるが、その罪の意識に本当の意味で向き合っているやつはまだいない。にもかかわらず、そいつは舞が大切な人だったはずなのに、未だに平静を保っている。責めるでも、怒るでも、泣くでもない。となれば、その理由は自ずと見えてくる。
 まあ、まだ確信には程遠いか。
 実際に殺した可能性だけでなく、俺たちと同じく後ろ暗い過去があるのかもしれない。あいつのことだから、死ぬ直前に大喧嘩をしただとか、そんなしょうもないことで自分を責めて他人を責められないだけかもしれない。
 だから、ここはさらに外堀を埋めていく。
「……じゃ、拳銃を持っていたのは俺だったわけだから検査の必要はないとして、そろそろ議論を再開したい。……が、芽衣の言う通り、二年も前の事件を、証拠品もなく現場検証もせずに犯人をあげるのは至難だ。んでもって、時間もないから舞に酷いことをした過去があるやつは全て自供しろ、なんて言っても誰も言わないだろうし。だから、ここはべつの視点から切り込んでいきたいと思う」
「べつの、視点?」
「ああ」
 首をかしげる正一を横目に、俺は少し時間を溜めてから言った。
「この中にいる、こんなメールを送り付けてきたやつの共犯者から、直接誰が『赤嶺舞を殺したやつ』だと思っているか聞き出すんだよ」
 広間に、どよめきが走った。
 かと思えば、真っ先に優が詰め寄ってくる。
「おい、どういうことだよ!」
 その目は驚き半分、訝しさ半分といった様子だ。本当に、どこまでも幸せなやつだなと思う。
「よく思い出してみろよ、あの邑木先生が突き落とされた写真。おそらくこの山のどこかにある崖から突き落とされた写真だっただろ? しかも、最初は合成かなにかかと疑うくらい画像は荒くブレてて、先生自身の外傷も落ちた拍子に頭から血を流しているくらいだった。服がボロボロだったとか、殴られて顔が腫れ上がっているとか、刺し傷があるとか、そういうのは見当たらなかった」
「だから、なんだよ」
「外傷が少ないってことは、無理やりあの崖まで連れて行ったわけじゃないってことだ。おそらく散策途中に不意をついて突き落としたんだろう。んで、急いで写真を撮ってペンションに戻ったんだ。そんなことができるのは顔見知り……つまり俺たちの中にいるやつだけだ」
「でも、気絶させて運んだとか」
「なんのために? メールを送ってきたやつの目的はおそらく見せしめだ。ペンション内で襲えたならそのままそこで殺したほうが効果的だろ」
「た、確かに……」
「それに、だ。逆説的に考えれば、ペンション内で襲うんじゃなく崖から突き落とすという方法をとったのは、俺たちが各部屋で休んでいる、つまりペンション内にいることを知っていたからだろう。僅か一時間かそこらの間に実行している手際の良さや計画性を加味しても、俺たちのスケジュールやこの辺りの地理を細かに把握していると容易に推測できる。その意味でも俺たちの中に、少なくともこの件に関係しているやつはいるだろ」
 ひと息に話し終えて、俺は小さく息を吐く。それから、広間の中央にあるテーブルに腰を預けた。
 みんなの俺を見る目に込められた恐怖が、またひとつ濃くなったのがわかった。
 それでも、俺は言葉を続ける。
「最初は予約投稿でも使ってお前らの中にメールを送ってきているやつがいると思ってたんだが、さっきの俺への暴露メールでそうじゃないことが証明された。正一、メールの受信時刻は何時になってる?」
「えと……十九時、四十七分?」
 正一が時間を告げたのと同時に、真斗が「あ」となにかに気づいたような声をあげ、優たちもお互いの顔を見合わせた。
「気づいたか? その前までは十五時、十八時、十九時とすべて時間ピッタリに送られてきてたんだ。だから俺も、さっきのメールには驚いた。検査をしている途中にメールが来て中断し、その間に拳銃を別の場所に隠す算段だったのに丸つぶれになったんだからな」
「大輔……お前な」
 怒気をはらんだ優の声に、俺は不敵な笑みを浮かべて応えてやる。
「まっ、それはともかく。あのタイミングでメールが来たのは、なにか意図があるはずだ。そして素直に考えるなら、あれは検査をすることが決まりかけた瞬間だった。つまり、お前たちの中に見てほしくない物を持っているやつがいて、別の場所でここの様子を覗き見している誰かが検査から意識を逸らせるためにここ一番の暴露を急いで叩きつけた……そんなふうに見ることができる」
 俺は広間をおもむろに見渡す。パッと見て監視カメラっぽいものはないが、おそらくこの部屋のどこかに仕込まれているのだろう。あるいは、ペンション全体の至るところにかもしれないが。
「つまり、やる意味もなくなったはずの検査をそのまま続行すればおそらくなにかが出てくる。そんなふうに俺は思っているんだが、どうだ? まだ名乗り出ないか? メールの送り主の共犯者さん?」
 努めて鋭く、険しく、俺はみんなを睨みつけた。先ほどの暴露もあってか、はたまたここまでの一方的な推理のせいか、全員が俺とは目を合わせず気まずそうに俯くか視線を泳がせた。
 当然名乗り出る者はいない。予想通りだった。
「……いないみたいだし、時間もないから検査を始めるしかないな。でも、それでなにか不都合な物が出てきても言い訳しないで教えてね。俺は、ただ理不尽に死ぬのだけはごめんだから」
「って、待てよ!」
 そこで、優が声を荒らげた。
「さっきから散々オレらのことばかり疑ってるけど、お前の可能性だってあるだろうが! それにそのどこかで見ているやつっていったい誰なんだよ!?」
「ああ、それか」
 俺は腰かけていたテーブルから降りると、ゆっくりとみんなのほうへ近づいていく。
「いろいろと推測は立つ。赤嶺舞の家族や親族、かつての親友、恋人、挙げればキリがないが、その中でもあれほどの凶器を調達できてなおかつ拳銃まで用意できるとなるとおそらくは……」
 道を空けたみんなの間の先、パソコンの画面に映った記事を指差す。
「かつて俺と同じ少年詐欺グループに所属していたAくん、もとい赤嶺弘樹。赤嶺舞の兄だろうな」
「え……」
「な、に……?」
 絶句する優らの背後で、雨音がやや弱まった。
 あの日も、こんな天気だったか。
 思い出したくもない記憶が、今もなお鮮やかに俺の脳裏に蘇ってきていた。

 * *

 赤嶺弘樹。
 ……いや。同じ時間を過ごしていた時は、玉城弘樹か。
 彼と出会ったのは、小学校二年生の時だった。
「よっ! 俺は弘樹ってんだ! よろしくなっ!」
 威勢のいい声に反して、彼はかなり小柄なやつだった。母親に連れられ、たまたま近所の公園で遊んでいた時に話しかけられたのだ。当時の僕は内気で、快活な笑みを浮かべて話しかけてくれた弘樹に対してほとんど話せなかった。きっと苛立つようなどもり口調だっただろう。けれど、弘樹は嫌な顔ひとつせずに俺にあれこれ話しかけてきて、やがて出くわすこと三度目にもなる頃にはかなり仲良くなっていた。四度目の時には妹だという舞を連れてきていて、その時に弘樹に俺と同い年の妹がいることを知った。
 俺たちの関係は良好だった。小学校低学年らしく鬼ごっこや鉄棒なんかをして遊び、二年、三年と月日は流れていった。
 それが変わったのは中学に上がる手前、小学校六年生の梅雨だった。
「ごめんね、大輔。お母さん、ちょっと身体壊しちゃったみたいで、しばらく寂しいと思うけど我慢してね」
 母子家庭だったうちは、母ひとりが働いていた。母には兄弟がおらず、祖父母も他界していたため頼れる者がいなかった母は、根の詰めすぎで入院することになった。
 そこで一番困ったのはお金だ。
 ただでさえ生活費だけでも苦しいのに、そこに入院費ときた。もちろんそんなお金なんてあるはずもなく、母と先生が話しているのを盗み聞きした俺は少しでもお金を稼がなければと思うようになった。
 けれど、高校生ならまだしも小学生でお金を稼ぐなんて夢のまた夢だ。普通の方法じゃ無理だ。どうすればいいだろうと途方にくれていた俺は、いつものように公園に遊びに来ていた弘樹に相談した。
「あーじゃあ、知り合いの兄貴に相談してみるわ。お金とかそういうのに詳しいらしいから」
 そして弘樹の紹介で会ったのが、あの配信者だった。
 俺よりもひとつ年上で話が面白く、自然に人を惹き込む魅力のある人だった。彼は俺の話を親身になって聞いてくれ、時には目を潤ませて俺のことを抱きしめてくれた。弘樹以外に相談できる人のいなかった当時の俺にとってはどれほど嬉しく、心強かったかわからない。
 けれどそこから、歯車は少しずつ狂い始めた。
「俺たちは恵まれない、貧しい子どもたちだ。だから、お金のある大人からお金をもらったってなにも悪いことはない。生きていくためには、必要なことなんだ」
 彼はもっともらしい持論を繰り広げ、自分たちの立場を利用した詐欺を提案してきた。よくよく考えればおかしなところはたくさんあったが、当時の俺は彼が言っていることはすべて正しいことのように思えていた。俺は心から同意して、彼の提案に乗った。
 弘樹がターゲットの絞り込みや必要な小道具の準備を行い、俺が情報収集やそれに基づく計画の立案を担当した。弘樹は交友関係が非常に広いらしく、子どもの俺らでは普通用意できないような物まで難なく用意してきた。だから俺も、負けじと緻密かつ隙のない計画を練り上げた。
 そうして気がついた時には、すべてが手遅れだった。
「わだしのおがあざんを、かえしてよおぉぉーーーっ!」
 彼女の叫び声が、耳の奥にこびりついて離れない。
 家裁に送致されたあと、保護観察処分を受けた俺の元へ、彼女は唐突にやってきた。怒りと憎しみに満ちた視線を受けた時、俺は「合わせる顔がない」と言い残してわかれた弘樹の悲しそうな横顔が蘇った。
 その時まで、俺は知らなかった。
 俺たちがターゲットにしてきた人たちの中に、舞の母親がいたことに。
 弘樹が、自分自身の親を、家族を、ターゲットにしたことに……。
 俺はただひたすらに舞からの罵倒を受け続けた。いろいろと訊かれはしたが、なにも答えることができなかった。やがて事態を聞きつけた保護司によってその場は取り成された。
 弘樹との接触を禁じられていたこともあり、結局なぜ彼が自分の家族をターゲットにしたのかはわからなかった。舞ともそれ以来、顔を合わせることはなかったし、合わせるつもりもなかった。
 その、はずだった。
「赤嶺舞です! よろしくお願いしますっ!」
 大学一年生の夏休みから始めたバイト先に、彼女がいたのだ。
 かなり見た目は変わっていたが、俺はひと目見て赤嶺舞は昔俺たちが騙して家庭崩壊させた玉城舞だとわかった。あの明るい笑顔と、溢れ出る無邪気さはまったく変わっていなかったから。
 けれど、舞は俺の正体が誰かはわかっていないようだった。事件後、俺の苗字が死別していた父の「鎌谷」から母方の「黒木」に変えたのも理由のひとつだろう。
 また、詐欺事件を過去の汚点として封印したかった俺は、あの頃の自分とは似ても似つかない格好や性格を目指していた。根暗で陰湿で内気で無口な鎌谷大輔はどこにもなく、爽やかで誠実で朗らかな印象を覚える黒木大輔を演じていたことも、彼女が気づかなかった理由だと思う。
 そうして俺は自身の過去をひた隠しにし、なるべくつかず離れずの距離を保って舞と接していた。まさか舞も同じ大学に通っていて、誘われて同じ邑木ゼミに入ることになるとは思ってもみなかったけれど。
 舞と一緒に勉強したりゼミ活動をする時間は楽しかった。ただ無邪気に遊んでいたあの頃に戻ったみたいな気持ちで、罪悪感こそあれど純粋に俺は彼女と過ごす時間を楽しんでいた。舞は多くの友達に恵まれ、真斗という優しい恋人にも巡り会え、幸せなキャンパスライフを謳歌していた。そのことがなにより嬉しく、そして俺の心に巣食うどうしようもない罪の意識を和らげてくれた。
 ……でも。舞は唐突に、死んだ。
 舞が死んだことをニュースで知ったとき、俺は発狂しそうになった。なにがなんでも犯人を突き止めてやると思った。
 こっそり遺体が見つかった現場にも行ってみたし、個人的に聞き込みだったりもしてみた。でも、いくら探しても舞を死に追いやったやつの行方は知れなかった。
 それから、俺の中にある罪の意識はまた大きく膨れ上がっていった。時おり無性に誰かに話したくなって、優につい舞が幼馴染だと言って昔話をしそうになったくらいだ。なんとか踏みとどまることはできたけれど、俺はどうしようもなく静かに、追い込まれていった。
 俺が、舞の人生をめちゃくちゃにしてしまった。
 舞だけじゃない、数多くの人を騙し、金を奪い、絶望の淵に追いやってしまった。
 だから。ある意味で、このペンションに閉じ込められ、あんなメールが送られてきたことは僥倖だった。
 舞をあんな目にして殺したやつがこの中にいるなら、俺は絶対にそいつを許さない。
 どの口が言ってるんだと俺自身さえも思うところだが、罪滅ぼしとしても俺は『舞を殺したやつ』を突き止めなければならない。刺し違えてでも、『罪』を償わせなければならない。
 そして、舞の人生を壊した俺も、『罪』を償わなければならない。
 絶好の機会だった。
 無関係なゼミのみんなには申し訳ないけれど、俺はこのチャンスを利用させてもらう。
 例え強引な手段で嫌われたとしても、俺は自分の信念を曲げるつもりはない。
 それにもしこの事件を画策したのが弘樹なら、俺は問い質したい。あの時なぜ自分の家族をターゲットにしたのか。いつから後ろ暗いことに手を染めたのか。どうして今、こんな方法で舞を殺したやつに復讐しようとしているのか。
 だから俺は、今だけはまた演じる。
 犯罪者としての顔のほうが、『舞を殺したやつ』も「弘樹に協力しているやつ」も炙り出しやすいから。
 ごめん、みんな。
 心の中で謝ってから、俺は今の自分を殺して昔の自分を演じる。
 まずは弘樹の協力者からだ。
 目星は、ついている。