「……思い出したわ。確かにそんな約束した。てことはカオル、今晩だけじゃなくて今日から私と一緒に暮らすつもり?」

「ご名答!」

 ふふん、と得意げに鼻を鳴らす彼女を見ていると、高校時代の底抜けに明るい彼女の姿と重なった。やっぱり変わっていない。
 
「なるほど、あんたの言いたいことは分かった。でもね、まず前提が間違ってる。私、まだ三十歳になってないよ。誕生日、来月だよ。だからまだ約束の期限は来てないの」

「えーそうだっけ? あ、そっか。日波の誕生日、十一月だったか。てっきり十月だと思い込んでた。ごめんごめん」

「……そう。だからあいにくだけど、まだルームシェアするには早くない?」

「え、でもさ、一ヶ月なんて誤差だよ誤差。それとももしかして、日波って来月までに結婚する予定とかある!? そうだったら諦める……だってさすがに新婚夫婦の邪魔はできないし」

「いや……そんな予定はございませんが」

 しまった。自ら失恋の傷を抉るような話の持っていき方をしてしまったと後悔する。カオルと話している間は健太のことなど忘れられていたのに、結婚の話になるとつい健太の顔が浮かんでしまう。

「そっか、それならいいじゃん! 誕生日、私が盛大にお祝いしてあげるから!」

 ぱあっと子供みたいに純粋な笑顔をこちらに向けて、両手で私に握手を求めてくるカオル。私は、強引に迫ってくる彼女のその手を振り払うこともできず、握ってしまった。結局私は、今でもカオルに対して憧れがあるのだ。仕事や上手くいかない恋愛に囚われてうじうじ悩んでしまう自分とは対極にいる人間、それが彼女で。だから彼女の隣にいれば、人生が明るい方向へと転じていくような気がするのは、昔から変わらなかった。

 カオルは私の手を取って「よろしく!」とブンブン上下に振った。お、おう、とその勢いに流されるだけの私。それでも心はなぜか充足している。健太にフラれたからって何だってんだ。あんな男、こっちから願い下げてやる——なんて、強気で言い返せそうなぐらい、今の私はカオルの波のような激しい勢いに押されていた。
 
 こうして私は、かつての友人、浪江カオルと共同生活を始めることになったのだ。