◇ ◇ ◇

 きらきらと雨上がりの澄んだ秋の空に、翼を大きく広げた渡り鳥が飛んでいく。トワイライトの空の下、頭上とは言えないくらいずっと遠く、高い位置で悠々と羽を広げる。あまりにも潔く、格好の良いその姿に、代々木公園からたった今足を踏み出したばかりの私は、野鳥観察をする人のように呆気にとられた状態で彼らの行末を見守っていた。視界の端っこからちぎれるようにして彼らの姿が見えなくなると、ようやく視線を空から地上へと戻す。ふう、と吐く息が今日一日の出来事をすべて洗い流してはくれないかと、意味もないことを願った。

 十月も半ばに差し掛かり、公園に生える木々が黄色く染まり出した今日、私は付き合っていた彼氏——健太(けんた)にフラれた。

「明日、仕事休みだろ? 代々木公園で会えない?」と言われたのはつい昨日の晩のことだ。交際期間が五年を過ぎて、メッセージや電話でのやり取りは事務的なものが多くなった。付き合いたての頃は取り留めのない日常の話や、後で読み返して自分で恥ずかしくなるほどの愛の囁き合いをしていたというのに、五年も経てばこのザマだった。
 それ自体、まあよくあることだとは思っていたものの、実際に自分がその立場になるとやっぱり寂しかった。事務職の仕事をする傍ら、いつか健太と結婚をして、彼の夢である居酒屋を一緒に開くことを夢見ていたから、今日、彼にフラれたのは衝撃以外の何ものでもない。

 二十九歳——世間的には結婚をして、子供がいてもおかしくない歳に、長年付き合っていた彼氏からフラれた。
 これが人生においてショッキングな出来事ではなくして、一体なんだというのだろう。
 彼が去っていった後の公園から一歩踏み出して視界に映り込んだ渡り鳥の群れを、自分とは正反対のものとして感じてしまったのもそのためだった。

 今の自分には翼がない。
 彼と夢見ていた二人の将来は、突如として潰えてしまった。
 羽をもぎ取られた私は、前に進むことも後ろを振り返ることもできない。
 沈みかけた船に足を踏み入れて、間違えたと思ってももう遅い気がして。
 二十九歳のいい大人の私は、迷子になった子供みたいに、その場に立ち尽くしていた。