ぺたんとその場に座り込む私。じゅわりと背中から滲み出てくる汗。
 握りしめたままの青色の歯ブラシを胸に押し当てる。
 こんな時、カオルがそばにいてくれたら。

「カオル……」

 カオルと過ごした時間より、健太と恋人として一緒にいた時間の方が密度が濃い。それなのに、どうして胸の中が彼女でいっぱいなんだろう。

 震える身体を抱きすくめるようにしながら、健太が去ったあとの部屋の中で、カオルからもらった手紙を手に取った。カオルが家を出て行ってから二日間、自室の机の上の棚にしまっておいたものだ。彼女を追い出してしまった罪悪感からなんとなく読めなくて、未開封のままだった手紙の封を、ようやく切った。


『日波へ

 二ヶ月間、お世話になりました。
 突然押しかけたにも関わらず、受け入れてくれてありがとう! 
 しっかり者の日波は高校生の頃から変わってなくて、日波が仕事を頑張る姿を見て、私も日本で地に足つけて仕事を頑張りたいと思っていました。

 でも、変わり者の私はやっぱり書類選考で落ちてしまうことも多くて……。
 やっと面接に漕ぎ着けた! と思ったら、海外周遊していたことをつっこまれたり……。日波みたいにさ、論理的に話したりできなくて、しどろもどろに答えちゃって、面接はダメダメ。もう、どうしようーって困り果ててたんだけど、ようやく夢を見つけました。
 
 日波と生活するうちに、日波って真面目なのに食生活がとんでもないって気づいて。
 海外旅行中にさ、いろんな文化圏の料理を食べてきたんだけど、私、やっぱり和食がいちばん好きだなーって改めて思ったの。
 だから、日波に美味しい和食を食べてほしいって思って、料理教室に通ってました!
 へへん、知らなかったでしょ? でもそのせいで、やっぱりろくに就活ができずに金銭面で日波に迷惑をかけてしまったことは、本当に申し訳ないと思ってます。

 実は、その料理教室でできた友達——まあ、歳は私より一回り以上上なんだけど、その人が、幡ヶ谷二丁目に新しく和食カフェを開くことになったんだ。私、そこで働かせてくれって懇願して、なんとご厚意で働けることになりました!

『旬菜ダイニング和華菜(わかな)』っていうお店です。
 住所、載せておくのでよかったら食べにきてください。

 今まで本当にありがとう。
 昔から変わらない、優等生の日波の背中がまぶしくて、いつだって私の憧れでした。
 幡ヶ谷三丁目の日波の家は、私にとって船の停泊所だったみたい。ずーっと進み続けてたけれど、休みたくなることもあって。ささやかな休憩の時間を、日波と過ごせて最高に楽しかった!
 身体には気をつけて、日波が嫌じゃなければこれからも友達でいてくれたら嬉しいです。

 浪江カオル』


 ほろり、ほろり、と便箋の上に落ちていくものが涙だと分かったとき、私は掌の中でそれを握りしめていた。くしゃ、という感触がして紙には皺が寄ってしまった。大事に折りたたんで封筒にしまうと、財布とスマホだけひっつかんで、手紙を持ったまま自宅を飛び出した。