カオルが私の家から出て行ったのは、それから三日後のことだ。
 その日、仕事から帰ってきた私は、カオルの気配がないことにすぐに気づいた。あれだけ存在感のある人がいなくなったのだ。お腹の中に空洞ができて、なんだか気持ち悪かった。鳩尾を抑える。乱れそうになっていた呼吸を整える。部屋の中にゆっくり入っていくと、リビングの食卓の上にメモ書きと、封筒に入った手紙。それから、どういうわけか、ラップのかけられたお皿が並んでいた。

「なにこれ……」

 震える手でラップを引き剥がす。  
 白ごはんと豆腐の味噌汁、酢豚、副菜のほうれん草、デザートのピンクグレープフルーツが下から現れた。信じられないものを目にして一瞬にして身体が固まる。動悸がする。視界の端に映ったメモ書きに「今までお世話になりました。作ったのでよかったら食べてください」と一言添えられていた。恐る恐る、その隣に置かれた封筒を掴んだ。中身を開けようとしたけれど、それよりも先にお腹がくうと鳴る。ご飯と酢豚だけ温めなおして、食卓についた。

 あれ、私、なんで冷静にご飯を食べようとしているんだろう。
 理性的な自分が頭の中で問いかける。けれど、温かいご飯を前に、思考はいったん停止した。それ以上何も考えられなくなって、無我夢中で貪り食うようにして料理を口に運んだ。

「美味しい……手作りのご飯、久しぶり」

 そう。健太がうちにいる時以外はほとんどコンビニ弁当かスーパーの作り置きの惣菜、外食をしていた私にとって、手作りのご飯は本
当に久しぶりだった。カオルがやってきてからも、自炊をしようという気にはなれず、やっぱり買ってきたご飯ばかり食べていた。カオルもそういう生活に慣れていたようで、二人して冷えたご飯を食べるのが日課になってしまっていた。

 久方ぶりの酢豚は、甘辛いタレが絡んで私の胃袋をどんどん満たしていく。甘い玉ねぎと、よく火の通ったごろごろの人参が、ビタミン不足の身体に染み渡る。豚肉は柔らかく、ほどよくタレと絡んで最高に美味しかった。

 副菜のほうれん草も、白ごはんも味噌汁も、プラスアルファで用意してくれたグレープルーツも、全部やさしい味がした。気がつけばお腹いっぱいになっていて、仕事終わりに疲れていた身体でそのままベッドに寝そべっていた。

 カオルがこんな料理を作るなんて。
 まったく予想外すぎて、いまだに信じられない気持ちだ。
 料理ができるなんて一言も言っていなかった。
 わざと隠していたのか、できないふりをしていたのか分からない。けれど、カオルが作ったご飯は間違いなく私の胃袋を掴んだ。カオルにお礼を伝えなければならないと思ったけれど、あんなふうに家から追い出してしまった手前、こちらから連絡をとる勇気がない。私は臆病だった。座礁した船から助かる方法を考えるのすら、ままならない。

 その日私は、カオルが書いた手紙を読む前に、気がつけばすっと意識が途切れていた。