『ねえ虎太郎、君は宝物を手に入れたらどうする? ……俺はね、わざと手放してしまうかもしれない』

 同時に瑛二の言葉を思い出す。
 思い出しても分かるもんじゃねぇけど。

「なんなんすか、宝物って。宝物なら、普通、大事にされるものなんじゃないんすか?」

 お父さんはきっとなにも悪くねぇのに、俺は尖った口調をやめることができなかった。

「私が悪いんだ」

 だから、お父さんはそんなことを言った。
 それから、ただ淡々と話を続ける。

「君も気付いていると思うが、うちには母親がいない。瑛二が小さい頃、俺は家で仕事を始めたばかりで、妻に育児を任せっきりにしていた」

 お父さんの言う通り、俺もあの家に母親の存在がないことは気付いていた。
 どうしてなのか、その話の続きを聞くために黙って耳を傾ける。

「赤ん坊の頃は目が見えていないことなんて、さほど気になることはなくて、妻は息子を宝物のように大事にして可愛がっていた。瑛二も母親を宝物のように思っていたと思う。でも……、小学校に上がると、妻は瑛二を責めるようになった。どうして、周りの子のように普通にできないの? どうして、できるはずのことができないの? って」

 そこでお父さんは溢れそうな感情を我慢するように一度唇を噛んだ。
 そして、数秒後、また口を開く。

「私も途中で気付いて妻を止めたんだが、止まらなかった。外出先など、私のいないところで続けてたんだ。それで結局、妻は心を壊して、瑛二を見捨てて家を出た」

 ――それがあの家に母親がいない理由……。

「それから瑛二は一人でなんでもできるように死ぬ気で努力をして、無理に一人でできる人間になってしまった。それは母親に認められなかったトラウマがあったからだ」

 いつも目が見えないことなんて感じさせない瑛二だったが、その下には努力の山があった。

「瑛二が君から離れたのは、何年経ってもあいつの中から、母親に見捨てられたトラウマが消えなくて、君もいつか自分から離れるときがくるんじゃないかと怖くなってしまったからだと思う。君から離れていくなら、いっそ自分から離れようと考えたんだよ。それくらい、君はあいつにとって宝物になってしまったんだ」

 そこでお父さんの話は終わった。
 瑛二はバカだ。自分の口から言ってくれればよかったのに。
 話し合えれば、どうにかなったのに。

「グミ……」

 おもむろに思い出して、つぶやく。
 瑛二が気に入って、なくなってもずっと買っていた子供が食べるような甘いグミのことだ。

「ああ、あのグミね。瑛二が小さいときに母親があげたものなんだ」

 お父さんに言われて気付く。
瑛二が物や人に執着するのは、母親からのトラウマが原因だったのか。

「それと、虎太郎くんに助けてもらった日ね、あいつ、たぶん私に黙って母親に会いに行こうとしてたんだ」