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 またしてもシン、とした、拷問のような沈黙が流れる。
 宵町は青木に、なんらかの恨みでもあるかのようなキツい当たりをするし、当の青木は萎縮したように縮こまって、手に握りしめたスマホを手持ち無沙汰に弄んでいるだけ。
 この三人じゃ、何か会話をしても、また胃がキリキリする結果になる未来しか見えない。
 まいったな――と、愛莉は気まずい顔で俯きながら、さりげなくスマホをいじる。
[大丈夫です……?]
 念のため、田島当てに通信アプリのメッセージを飛ばしてみる。
 今回はきちんと携帯電話を持って部屋の外に出ていたのだろう。ほどなくして田島から返信がきた。
[あ、気を使わせちゃってすみません。大丈夫っすよ〜! 愛莉さんと春奈さんのために、死ぬほど美味いアイスティ淹れてきますから、ちょい待っててくださいねー]
 語尾にグッドマークの絵文字がついていたため、普段通りの田島であることが伝わり、妙にホッとする愛莉。
 かなりやりづらいが、せっかく受賞候補者が集まっているんだし、なんとか気持ちを切り替えていこう。
「そういえば、説明会ってどうでした? 青木さんは明日の予定だとお聞きしていますが……」
「ノベルマのコメント欄に、誹謗中傷、きてない?」
 何か有益な情報交換でも……と思い、姿勢を正したところで、ふいに宵町が、空気をぶったぎるようなことを言い出した。
「……え?」
「……」
「特にノベルマ大賞の一次発表の後とか、二次発表の後。それからこないだの受賞候補の発表があったあとに、〝ぷんぷん丸〟ってハンドル名で、作品を下げるような、誹謗中傷的な書き込み……こなかった?」
 淡々とした口調で、今一度、念を押すように宵町が言った。
 愛莉はどきりとして、ごく、と喉を鳴らす。
 ――確かに、その名前には見覚えがあるし、愛莉の元にも、それらしき書き込みはあった。
 ノベルマーケットは、各作品ごとに感想コメント欄があり、その機能を使用するか否かは作者側が自由に決めることができる。
 ただし、コメント機能の『公開』を選択している場合でも、書き込んだメッセージがすぐに公開されるというわけではない。作者側で内容を確認し、悪質なネタバレだったり誹謗中傷だった場合は、『却下』をすることで掲載を拒否することも可能なため、愛莉は事前に、そういった誹謗中傷の類のコメントは、破棄していたのだ。
「もしかして……宵町さんのところも、ですか?」
「うん、きた。いつも、もらったコメントは内容の良し悪しに関わらず承認して公開してるんだけど、ソイツからのコメントはあまりにも陰湿だと思ったから、毎回承認せず無視してたんだよね。そうしたら、そんなアタシの態度が気に食わなかったのか、受賞候補の発表があった後、サイトのコメント欄じゃなくツブのDMの方に、同人物らしきアカウントからちょっとエスカレートしたような〝脅し〟っぽいものが飛んできて……」
「……っ」
 宵町の発言に、青木が青ざめた顔で眉を顰めている。
 メンタルが強そうな宵町ですら『陰湿』だというのだから、きっと、よほどのものだったのだろう。
 愛莉は息を呑んでから、自分の状況についても簡単に説明した。
「そうだったんですね。実は私のところにも受賞候補作や他の連載作品に批判的なコメントが何回かきていました。ただ……私はもう、こういうのには慣れてしまってるというか。仕事が忙しくて、あまり気にしている余裕もなかったんで、よく読まずにコメントを破棄してしまってて……」
 嘘ではない、本当だ。愛莉は女性読者を多く抱えている反面、アンチと呼ばれる批判的な読者もそれなりにいる。その大半が嫉妬であろうと割り切ることでなんとかその場をやり過ごしているのだが、正直、気持ちの良いものではない。投稿歴が浅い頃の自分は、幾度となく心を折られて、何度筆を折ろうと思ったことか。
「春奈ちゃんはどうです?」
 ふと気になって近くにいる青木にふると、彼女は青ざめた顔を伏せ、さも申し訳なさそうな顔をして言った。
「す、すみません。私は、その、そういうのがかなり苦手なので、初めからコメント機能、使用していないんです……」
「あ、そうなんだ。なら……」
「でも、もしかしたらノベルマの公式掲示板の方に、そういった感想が書かれていたかもしれないです。私は詳しくチェックしていないのでわからないですけど、そっちには私の書籍化作品専用のスレッドとかもあるみたいなので……」
「ああ、なるほど。でも、公式の掲示板なら、運営さんがある程度チェックして悪質なものなら削除してくれてると思うから、大丈夫じゃないかな……?」
「だといいんですが……」
 苦笑する青木。するとここで、宵町が冷ややかな声を挟んだ。
「いずれにしても――」
「はい?」
「アタシは受賞候補者の中に、その、誹謗中傷の犯人がいると思ってる」
「……!」
「……っ」
 今日一番、ギョッとするような発言だ。
 愛莉は動揺するように目を見開いて、宵町に懐疑的な視線を注いだ。