「あ、あー、えっと、まあ確かに、誹謗中傷コメントって書き手やってると誰しもが直面する問題ですよね〜。私も今まで散々あったなぁ。……そうだ、宵町さんは、ノベルマ以外の投稿サイトとかに登録はしていないんですか?」
いっそのこと宵町を会話から外して、三人で盛り上がったほうが楽なのでは……とも思ったが、それはそれで大人気ないし、そうして三人で盛り上がったところで、今さっきのように空気をぶち壊されたのでは元も子もない。そのため、愛莉はあえて差し障りのない話題を宵町に振ることにする。
すると宵町は、ポツリと一言。
「ないです」
味気ない一言で会話が終わってしまった。
宵町は気だるそうな顔で足を組み、そっぽを向いている。
めげない愛莉は、喰らいつくように笑顔で話を膨らませることにした。
「えっ。じゃあノベルマが初です? 受賞候補作、以前に読ませてもらったことがあるんですが、結構手慣れてる感じに見えたんですが……」
自分の作品を読んでもらえたと知って、喜ばない作者はまずいないだろう。
宵町はちらりと視線をあげて愛莉の顔を見たあと、今一度ポツリと言った。
「投稿サイトはノベルマが初です。公募なら、このペンネームを立ち上げた頃に一度だけ溝波日本ホラー大賞に出したことあるけど、二次であっさり落ちたんで」
そのコンテスト名が出た瞬間、田島と愛莉の口から「おお」と感嘆の声が漏れる。
溝波日本ホラー大賞といえば、一次審査通過率が3%ぐらいだと囁かれる、一般文芸・ホラージャンルの最高峰とされる新人小説賞だ。
「あー、なる。WEB小説じゃなくて一般文芸かー。ヤミさんならあり得そう」
これには田島も、顎に手を当てて真剣に頷いている。
「まあ、そっちはちょっと、自分には厳しいと思ってすぐに諦めましたけどね。ちょうどその頃、友人がWEB小説で書籍化したっていうのを風の噂で聞いて、それなら自分もと思って、何も調べず一番使いやすそうなノベルマで書くようになって、初投稿作が運よく受賞候補に選ばれたって感じです」
宵町は無表情で淡々と答えているが、溝波日本ホラーの一次通過にしても、初投稿先のノベルマで受賞候補に選ばれたりという事実にしても、この人は元々才能がある人間なのかもしれない。
(すごい。私なんて五年以上続けてても全然コンテスト突破できてないし、営業活動死ぬ気で頑張って読者さんつけて、ようやく受賞候補の座に上がれたっていうのに……)
そう思うと、愛莉はやはり、いいしれぬ嫉妬めいた気持ちを感じずにはいられなかった。
だが、それでも、そんな醜い感情を剥き出しにするわけにもいかず、つとめて明るい表情で会話を繋げる。
「溝波さんの一次通過もですが、初投稿サイトの初投稿作品でいきなり受賞候補だなんて……すごいですね! 尊敬します」
「ね! マジでうらやまっすわ〜。俺なんか〝NARERUYO〟の元トップランカーとか言われてても出版社からの打診とか一度も来たことないし、WEB系のコンテストに応募しまくってても一次すら通らないのが常っすもん……」
田島が苦笑気味に同調した。大手投稿サイト〝NARERUYO〟では、閲覧数や評価数を稼いで総合ランキング入りし、なおかつ『トップランカー』と呼ばれるトップ圏内の順位に入ることができると、高確率で出版社からの打診――いわゆる拾い上げというやつだ――の声がかかるというが、田島ほどのランキング常連者で、一度も声がかかっていないとは、それもそれで慰めたくなる話だなと、愛莉は思う。
「田島サンは、狙いすぎなんじゃない」
そんなことを思っていたら、まるで自分の心の声を見透かすように、宵町がズバリと指摘した。
ぎょっとする愛莉。青木もさらに顔を強張らせて宵町を見ている。
当の田島はウッと呻きつつも、取り繕うようにへらりと笑って、その場の空気を茶化すように言う。
「あ〜……確かに創作仲間たちからもよく言われるっす。なんつーか、ちゃんと実績を残してる他の書籍化ランカーたちは、世の中の需要に応えつつも、その中でしっかり〝個性〟を出して差をつけてるけど、俺のは、狙いすぎてて中身がない。設定もキャラもストーリーも全部小手先だけ。何もかもがペラッペラで薄い。本気度が足りないんじゃね? みたいな……」
ヘラヘラ笑いながらの発言だったため、だいぶ軽率には聞こえたが、言っていること自体は割とまともだ。
自分の弱みをきちんと把握しているからこそ、出てきた言葉なのだろうと愛莉は思う。
「別にそこまでは言ってないです。……でも、それがわかってるなら、あなたもヘラヘラ笑ってないで、他のランカーたちみたいに、個性や本気出して書けばいいだけなのでは?」
宵町はやはり、クールな態度を崩さなかった。傷口を深く抉るような宵町の一言が、田島を突き刺す。
さすがにこれには田島も、ぐ、と悔しさを噛み締めるように唇を引き結んでいた。
(さ、さすがに言い過ぎじゃ……)
不穏な空気にハラハラする気持ちが止まらず、愛莉は見かねて何か口を挟もうと思ったのだが――。
「あはは。まあそうっすよね。でも、俺みたいに才能ないやつが個性出したところで、誰にも見向きされないっていうか。ランキング入りすらできなくなるのがオチっすから」
「……」
「チイトさん、そんなことは……」
「いやいやマジで世知辛い世の中っすからね〜。だってほら、俺、本気出したら異世界なのに謎に凝ったバイクとか出しちゃいますよ? 自分、創作以外だとバイクが趣味なんで。そういうのってWEB小説じゃ誰も求めてなさそうじゃないっすか〜」
「チイトさん……」
「……っと、すいません、話の途中なんすけど、ドリンク飲みすぎたんでちょっと便所いってきますね」
言うだけ言って、席を立つ田島。愛莉が心配するように見上げると、田島はニコ、と笑って言葉を付け加えた。
「あ、ついでに愛莉さんと春奈さんのドリンクもとってきますよ。何がいいっすか?」
宵町の容赦ない発言で場が荒れるのではないかと一瞬肝を冷やした愛莉だったが、思いのほか、田島は空気が読める、穏やかな性格だったようだ。
「あ、すみません。そ、それじゃあ私はアイスティで」
「ういっす、春奈ちゃんは?」
「わ、私も愛莉さんと同じで……」
少しだけホッとしたように愛莉が答えると、田島はわずかに微笑み、「リョーカイ!」と言い残して、部屋を出ていった。
いっそのこと宵町を会話から外して、三人で盛り上がったほうが楽なのでは……とも思ったが、それはそれで大人気ないし、そうして三人で盛り上がったところで、今さっきのように空気をぶち壊されたのでは元も子もない。そのため、愛莉はあえて差し障りのない話題を宵町に振ることにする。
すると宵町は、ポツリと一言。
「ないです」
味気ない一言で会話が終わってしまった。
宵町は気だるそうな顔で足を組み、そっぽを向いている。
めげない愛莉は、喰らいつくように笑顔で話を膨らませることにした。
「えっ。じゃあノベルマが初です? 受賞候補作、以前に読ませてもらったことがあるんですが、結構手慣れてる感じに見えたんですが……」
自分の作品を読んでもらえたと知って、喜ばない作者はまずいないだろう。
宵町はちらりと視線をあげて愛莉の顔を見たあと、今一度ポツリと言った。
「投稿サイトはノベルマが初です。公募なら、このペンネームを立ち上げた頃に一度だけ溝波日本ホラー大賞に出したことあるけど、二次であっさり落ちたんで」
そのコンテスト名が出た瞬間、田島と愛莉の口から「おお」と感嘆の声が漏れる。
溝波日本ホラー大賞といえば、一次審査通過率が3%ぐらいだと囁かれる、一般文芸・ホラージャンルの最高峰とされる新人小説賞だ。
「あー、なる。WEB小説じゃなくて一般文芸かー。ヤミさんならあり得そう」
これには田島も、顎に手を当てて真剣に頷いている。
「まあ、そっちはちょっと、自分には厳しいと思ってすぐに諦めましたけどね。ちょうどその頃、友人がWEB小説で書籍化したっていうのを風の噂で聞いて、それなら自分もと思って、何も調べず一番使いやすそうなノベルマで書くようになって、初投稿作が運よく受賞候補に選ばれたって感じです」
宵町は無表情で淡々と答えているが、溝波日本ホラーの一次通過にしても、初投稿先のノベルマで受賞候補に選ばれたりという事実にしても、この人は元々才能がある人間なのかもしれない。
(すごい。私なんて五年以上続けてても全然コンテスト突破できてないし、営業活動死ぬ気で頑張って読者さんつけて、ようやく受賞候補の座に上がれたっていうのに……)
そう思うと、愛莉はやはり、いいしれぬ嫉妬めいた気持ちを感じずにはいられなかった。
だが、それでも、そんな醜い感情を剥き出しにするわけにもいかず、つとめて明るい表情で会話を繋げる。
「溝波さんの一次通過もですが、初投稿サイトの初投稿作品でいきなり受賞候補だなんて……すごいですね! 尊敬します」
「ね! マジでうらやまっすわ〜。俺なんか〝NARERUYO〟の元トップランカーとか言われてても出版社からの打診とか一度も来たことないし、WEB系のコンテストに応募しまくってても一次すら通らないのが常っすもん……」
田島が苦笑気味に同調した。大手投稿サイト〝NARERUYO〟では、閲覧数や評価数を稼いで総合ランキング入りし、なおかつ『トップランカー』と呼ばれるトップ圏内の順位に入ることができると、高確率で出版社からの打診――いわゆる拾い上げというやつだ――の声がかかるというが、田島ほどのランキング常連者で、一度も声がかかっていないとは、それもそれで慰めたくなる話だなと、愛莉は思う。
「田島サンは、狙いすぎなんじゃない」
そんなことを思っていたら、まるで自分の心の声を見透かすように、宵町がズバリと指摘した。
ぎょっとする愛莉。青木もさらに顔を強張らせて宵町を見ている。
当の田島はウッと呻きつつも、取り繕うようにへらりと笑って、その場の空気を茶化すように言う。
「あ〜……確かに創作仲間たちからもよく言われるっす。なんつーか、ちゃんと実績を残してる他の書籍化ランカーたちは、世の中の需要に応えつつも、その中でしっかり〝個性〟を出して差をつけてるけど、俺のは、狙いすぎてて中身がない。設定もキャラもストーリーも全部小手先だけ。何もかもがペラッペラで薄い。本気度が足りないんじゃね? みたいな……」
ヘラヘラ笑いながらの発言だったため、だいぶ軽率には聞こえたが、言っていること自体は割とまともだ。
自分の弱みをきちんと把握しているからこそ、出てきた言葉なのだろうと愛莉は思う。
「別にそこまでは言ってないです。……でも、それがわかってるなら、あなたもヘラヘラ笑ってないで、他のランカーたちみたいに、個性や本気出して書けばいいだけなのでは?」
宵町はやはり、クールな態度を崩さなかった。傷口を深く抉るような宵町の一言が、田島を突き刺す。
さすがにこれには田島も、ぐ、と悔しさを噛み締めるように唇を引き結んでいた。
(さ、さすがに言い過ぎじゃ……)
不穏な空気にハラハラする気持ちが止まらず、愛莉は見かねて何か口を挟もうと思ったのだが――。
「あはは。まあそうっすよね。でも、俺みたいに才能ないやつが個性出したところで、誰にも見向きされないっていうか。ランキング入りすらできなくなるのがオチっすから」
「……」
「チイトさん、そんなことは……」
「いやいやマジで世知辛い世の中っすからね〜。だってほら、俺、本気出したら異世界なのに謎に凝ったバイクとか出しちゃいますよ? 自分、創作以外だとバイクが趣味なんで。そういうのってWEB小説じゃ誰も求めてなさそうじゃないっすか〜」
「チイトさん……」
「……っと、すいません、話の途中なんすけど、ドリンク飲みすぎたんでちょっと便所いってきますね」
言うだけ言って、席を立つ田島。愛莉が心配するように見上げると、田島はニコ、と笑って言葉を付け加えた。
「あ、ついでに愛莉さんと春奈さんのドリンクもとってきますよ。何がいいっすか?」
宵町の容赦ない発言で場が荒れるのではないかと一瞬肝を冷やした愛莉だったが、思いのほか、田島は空気が読める、穏やかな性格だったようだ。
「あ、すみません。そ、それじゃあ私はアイスティで」
「ういっす、春奈ちゃんは?」
「わ、私も愛莉さんと同じで……」
少しだけホッとしたように愛莉が答えると、田島はわずかに微笑み、「リョーカイ!」と言い残して、部屋を出ていった。