◇
胃がキュッとなるような沈黙を挟んだまま数分ほど待っていると、田島が背の低い、制服姿の愛らしい女子を連れて部屋に戻ってきた。
「お待たせっす! 青春部門の青木春奈さん入りま〜す」
田島の一言に再び顔を上げた宵町は、ドア口に立っておどおどしている女子高生に、冷ややかな視線を向けた。
(あれ、なんだか私や田島さんの時とはちょっと違う……?)
宵町の反応に首を傾げる愛莉。気のせいかもしれないが、自分の時は威嚇して睨みつけるように、田島の時はいかにも不機嫌そうに、そして青木がきた今は、冷めた目線で虐げるように、いずれも険しい表情をしていたように見えた。
まだ十代であろう青木は、宵町の強烈すぎる態度に顔を強張らせて、怯えたようにサッと田島の背に隠れた。
「あ、あの。青木……です……。はっ、はじめまして」
彼女がぺこりと頭を下げると、一度も染めたことがなさそうな、艶めいたセミロングの黒髪がさらりと前に垂れる。
身長は百五十センチくらい。ブレザーの制服に、チェックのスカートと学校指定と思われる清楚なハイソックス。首元にはふわふわなマフラーが巻かれていて、顔の半分ぐらいを覆っているが、パッチリとした瞳に素朴なメイクと、非常にナチュラルな印象を受ける。
青木のみずみずしい肌質を見て、若いって良いなあ、なんて、密かに羨ましく思いながらも、愛莉は青木にはない大人びた笑みを添えて挨拶を返すことにした。
「はじめまして。恋愛小説部門の皇愛莉です。私もさっき来たところですし、そんな緊張しなくて大丈夫ですよ〜。どうぞ座ってください」
「! ほ、本物の愛莉さん……イメージ通りだ……」
年上の社会人らしく気を遣ってそう声をかけると、青木が食いつくようにこちらをじっと見てきた。思っても見なかった反応に、愛莉は驚いて目を丸くする。
「私のこと、知っててくださったんですか?」
「知ってます。私もノベルマに投稿する前は〝NARERUYO〟で、憧れの大人向け恋愛小説を書いていたので……」
照れたように目を逸らしてそう呟き、ソッと近くのソファに腰かける青木。
「そうなんですね。意外です」
「よく言われます……。でも、その頃は無名だったし、〝ルヨ〟の読者さんたちからも『現実味がない』とか『作者さん働いたことないでしょ?』とか『こんなガキみたいなヒーローやだ』みたいに散々叩かれちゃって全然ダメで。それで今は、ノベルマで高校生向けの青春恋愛とか、青春小説を書いてます……」
今時らしく〝NARERUYO〟を〝ルヨ〟と呼び、苦笑しながら頬をかく青木に、愛莉はなるほどな、と納得する。
〝NARERUYO〟は最大手であり老舗の小説投稿サイトだ。書籍化を目指す書き手の大半は掛け持ちで登録しているサイトといっても過言ではないため、同ジャンルを書いていたのなら、自分のことを知っていても不思議はなかった。
「そうだったんですね。知ってもらえて嬉しいです。私もノベルマ大賞に応募するときに、参考にさせてもらおうと思って春奈さんの『君色レモン』とか『泡夢シンドローム』とか、読ませてもらいましたよ」
気をよくした愛莉が、社交辞令ではない事実を告げる。すると愛莉の隣に座った田島が、話題を盛り上げるように加勢してくれた。
「おっ。俺もその作品知ってる! スターライト出版の短編コン入賞作品で、今イチオシ青春恋愛小説ですよね。自分、ファンタジー畑の人間なんで読んではいないんですけど、創作仲間で春奈ちゃんのファンだっていう奴がいて、DMで感想とかやりとりしたことあるんだーって、飲みの席でめちゃくちゃ自慢してるヤツいましたよー」
田島にもにこにこ笑顔を向けられた青木は、ようやく表情を緩めて、少し照れたように笑う。
「え、誰だろう? なんか恥ずかしいですけど、嬉しいです。ありがとうございます……」
「多分名前言っても知らん奴だと思います。ソイツ、最近はずっとアプリゲーやってるヤツなんで」
「そうなんですね。……いずれにしても、私、人見知りなのでこういう場所ってちょっと苦手なんですが、皆さんにお会いできて光栄です」
「こちらこそ、あの話題作の作者さんにお会いできで嬉しいです」
微笑ましげに目を細める愛莉と、うんうんと頷く田島、はにかんでモジモジとする青木。
良い感じにほんわかした空気が流れかけた……のだが。
「――他人の批判コメントなんて気にせず、自分の好きに書けば良いのに」
ぼそりと、宵町の口から辛辣な呟きが溢れる。
全員の視線が、一人だけ離れた席で、空になった皿をスプーンで弄んでいた宵町に集中した。
「……」
「ちょ、ヤミさん」
「だってそうでしょ。なんか脅されたとか嫌がらせされて別ジャンル書いてるとかなら話は別だけど。他人を貶したり下げることだけが目的で書かれてるコメントだったり、批判することで自分のエゴを満たすような、しょうもない暇人の無責任な発言に、あなたが屈する必要も、自分を曲げる必要もないと思うんだけど」
まるで包み隠すことなく、己の本心を独り言のようにつぶやく宵町。
愛莉は苦笑して、本当にこの人は……と、ぼやきそうになるのをぐっと堪えた。
さらりと流されたセンシティブな話題を、わざわざ蒸し返してまでほじくらなくたっていいのに。
愛莉が「それは、まあ」と、曖昧に言葉を濁していると、ムードメーカーの田島が気を利かせて会話を挟んでくれた。
「ま、まあヤミさんはメンタル強そうだし、批判とか気にしないタイプかもだけど……普通は批判コメきたら傷つくし、春奈ちゃんぐらいの年代なら尚更……ねえ?」
「……」
「年齢は関係ないかと。ま、納得して今のジャンル書いてるってんなら、別にアタシが口を挟むことじゃないけどね。ちょっと気になったんで」
自由奔放な宵町の態度に、引き攣ったように笑う田島。
その後ろにいる青木は、返す言葉もなく怯えた様子で宵町を見ている。
宵町は、前世で青木に八つ裂きにされた恨みでもあるのだろうかとでも思いたくなるような、毒々しい突っかかりぶりだった。
一瞬にして室内がシン……と静まり返る。
愛莉が困ったようにチラ見すると、田島が泣き笑いの絵文字みたいな顔で『すんません、ヤミさんに声かけたの間違いだったかも』と、訴えるような目をしていた。
致し方なく愛莉は、今度は自分が助け舟を出すような気持ちで、話題を切り替えることにする。
胃がキュッとなるような沈黙を挟んだまま数分ほど待っていると、田島が背の低い、制服姿の愛らしい女子を連れて部屋に戻ってきた。
「お待たせっす! 青春部門の青木春奈さん入りま〜す」
田島の一言に再び顔を上げた宵町は、ドア口に立っておどおどしている女子高生に、冷ややかな視線を向けた。
(あれ、なんだか私や田島さんの時とはちょっと違う……?)
宵町の反応に首を傾げる愛莉。気のせいかもしれないが、自分の時は威嚇して睨みつけるように、田島の時はいかにも不機嫌そうに、そして青木がきた今は、冷めた目線で虐げるように、いずれも険しい表情をしていたように見えた。
まだ十代であろう青木は、宵町の強烈すぎる態度に顔を強張らせて、怯えたようにサッと田島の背に隠れた。
「あ、あの。青木……です……。はっ、はじめまして」
彼女がぺこりと頭を下げると、一度も染めたことがなさそうな、艶めいたセミロングの黒髪がさらりと前に垂れる。
身長は百五十センチくらい。ブレザーの制服に、チェックのスカートと学校指定と思われる清楚なハイソックス。首元にはふわふわなマフラーが巻かれていて、顔の半分ぐらいを覆っているが、パッチリとした瞳に素朴なメイクと、非常にナチュラルな印象を受ける。
青木のみずみずしい肌質を見て、若いって良いなあ、なんて、密かに羨ましく思いながらも、愛莉は青木にはない大人びた笑みを添えて挨拶を返すことにした。
「はじめまして。恋愛小説部門の皇愛莉です。私もさっき来たところですし、そんな緊張しなくて大丈夫ですよ〜。どうぞ座ってください」
「! ほ、本物の愛莉さん……イメージ通りだ……」
年上の社会人らしく気を遣ってそう声をかけると、青木が食いつくようにこちらをじっと見てきた。思っても見なかった反応に、愛莉は驚いて目を丸くする。
「私のこと、知っててくださったんですか?」
「知ってます。私もノベルマに投稿する前は〝NARERUYO〟で、憧れの大人向け恋愛小説を書いていたので……」
照れたように目を逸らしてそう呟き、ソッと近くのソファに腰かける青木。
「そうなんですね。意外です」
「よく言われます……。でも、その頃は無名だったし、〝ルヨ〟の読者さんたちからも『現実味がない』とか『作者さん働いたことないでしょ?』とか『こんなガキみたいなヒーローやだ』みたいに散々叩かれちゃって全然ダメで。それで今は、ノベルマで高校生向けの青春恋愛とか、青春小説を書いてます……」
今時らしく〝NARERUYO〟を〝ルヨ〟と呼び、苦笑しながら頬をかく青木に、愛莉はなるほどな、と納得する。
〝NARERUYO〟は最大手であり老舗の小説投稿サイトだ。書籍化を目指す書き手の大半は掛け持ちで登録しているサイトといっても過言ではないため、同ジャンルを書いていたのなら、自分のことを知っていても不思議はなかった。
「そうだったんですね。知ってもらえて嬉しいです。私もノベルマ大賞に応募するときに、参考にさせてもらおうと思って春奈さんの『君色レモン』とか『泡夢シンドローム』とか、読ませてもらいましたよ」
気をよくした愛莉が、社交辞令ではない事実を告げる。すると愛莉の隣に座った田島が、話題を盛り上げるように加勢してくれた。
「おっ。俺もその作品知ってる! スターライト出版の短編コン入賞作品で、今イチオシ青春恋愛小説ですよね。自分、ファンタジー畑の人間なんで読んではいないんですけど、創作仲間で春奈ちゃんのファンだっていう奴がいて、DMで感想とかやりとりしたことあるんだーって、飲みの席でめちゃくちゃ自慢してるヤツいましたよー」
田島にもにこにこ笑顔を向けられた青木は、ようやく表情を緩めて、少し照れたように笑う。
「え、誰だろう? なんか恥ずかしいですけど、嬉しいです。ありがとうございます……」
「多分名前言っても知らん奴だと思います。ソイツ、最近はずっとアプリゲーやってるヤツなんで」
「そうなんですね。……いずれにしても、私、人見知りなのでこういう場所ってちょっと苦手なんですが、皆さんにお会いできて光栄です」
「こちらこそ、あの話題作の作者さんにお会いできで嬉しいです」
微笑ましげに目を細める愛莉と、うんうんと頷く田島、はにかんでモジモジとする青木。
良い感じにほんわかした空気が流れかけた……のだが。
「――他人の批判コメントなんて気にせず、自分の好きに書けば良いのに」
ぼそりと、宵町の口から辛辣な呟きが溢れる。
全員の視線が、一人だけ離れた席で、空になった皿をスプーンで弄んでいた宵町に集中した。
「……」
「ちょ、ヤミさん」
「だってそうでしょ。なんか脅されたとか嫌がらせされて別ジャンル書いてるとかなら話は別だけど。他人を貶したり下げることだけが目的で書かれてるコメントだったり、批判することで自分のエゴを満たすような、しょうもない暇人の無責任な発言に、あなたが屈する必要も、自分を曲げる必要もないと思うんだけど」
まるで包み隠すことなく、己の本心を独り言のようにつぶやく宵町。
愛莉は苦笑して、本当にこの人は……と、ぼやきそうになるのをぐっと堪えた。
さらりと流されたセンシティブな話題を、わざわざ蒸し返してまでほじくらなくたっていいのに。
愛莉が「それは、まあ」と、曖昧に言葉を濁していると、ムードメーカーの田島が気を利かせて会話を挟んでくれた。
「ま、まあヤミさんはメンタル強そうだし、批判とか気にしないタイプかもだけど……普通は批判コメきたら傷つくし、春奈ちゃんぐらいの年代なら尚更……ねえ?」
「……」
「年齢は関係ないかと。ま、納得して今のジャンル書いてるってんなら、別にアタシが口を挟むことじゃないけどね。ちょっと気になったんで」
自由奔放な宵町の態度に、引き攣ったように笑う田島。
その後ろにいる青木は、返す言葉もなく怯えた様子で宵町を見ている。
宵町は、前世で青木に八つ裂きにされた恨みでもあるのだろうかとでも思いたくなるような、毒々しい突っかかりぶりだった。
一瞬にして室内がシン……と静まり返る。
愛莉が困ったようにチラ見すると、田島が泣き笑いの絵文字みたいな顔で『すんません、ヤミさんに声かけたの間違いだったかも』と、訴えるような目をしていた。
致し方なく愛莉は、今度は自分が助け舟を出すような気持ちで、話題を切り替えることにする。