「一人は、エッセイ・ブログ部門の〝日暮セイ〟さんです」
「ああ! いましたねえ! あれ、その方って今は……」
「ランキング不正を告発されて、ノベルマは強制退会させられてるはずです。その後、自粛期間を挟んだのちに、名義をちょこっとだけ変えて〝NARERUYO〟に移住して……」
亜恋がそこまでいうと、加藤はようやく思い当たったように「あ〜! そうそう! 新名義、ヒグラセイジさんね!」と手を叩いてみせた。
「確かその方は、ツブヤイターや〝NARERUYO〟さんのプロフィールで性別をカミングアウトされて、シングルファザーになるまでの経緯や、妻に寄り添えなかったさまざまな後悔、仕事でパタハラを受けた経緯、ノベルマさんにエッセイを投稿し始めた経緯や、不正に至るまでの経緯なんかを赤裸々にエッセイに書き綴って、大バズりしたんですよね?」
「……です。ご存知でした?」
苦笑する亜恋に、加藤はカラカラと笑う。
「ええ。新名義の方で覚えてました。すでに情報公開になってるんで亜恋さんも知ってるかもですが、今度うちの出版社の別レーベルから、その新名義の方でエッセイが出版されるんですよね。書籍名が『シンパパの懺悔』だったかな……。転んでもタダでは起きないというか、たくましいというかなんというか……」
うんうんと頷く加藤に、亜恋はくすくすと笑いをこぼして同調する。
「まあ、その方は双子のお子さんがいらっしゃるそうですからね。将来、お子さんがそのエッセイを読んだらどんな気持ちになるんだろうってちょっと心配ですが、今じゃ新しい会社に転職して真面目に働きながら、ブラック企業を告発するようなエッセイを何本も書き続けて、支持者や応援してるファンも多いみたいですし、何よりありのままの生活や自分を、生き生きと書き綴れるのが楽しいみたいですから。結果オーライなんじゃないですかね?」
特にそこまで思い入れのないヒグラセイジのことを、雑にまとめる亜恋。
楽しそうに見えているだけで、実際は見えない悩みを抱えているのかもしれないが、それはそれだ。
パパではなくママだと欺き、うまくいかない人生をうまく行っているように見せかけて、弱音も吐けず、助けも求められず、苦しいだけのエッセイストでいるよりは今の生活の方がはるかにマシだろうし、二人の子どものためにも、不正を犯した罪はきちんと償って、前を向いて歩いていってほしい。
「ですねえ。亜恋さん、本当によくご存知ですよね。そこまで聞いちゃうと、最後のもう一部門の人も気になっちゃうじゃないですか」
興奮しているのか、ハンカチで額を拭う加藤に亜恋は二本目の指を立ち上げる。
「最後の一人は、ホラー・ミステリ部門の方ですよ」
「あー、そうそう。ホラー! 逆方向にキラキラした感じのダーク系ペンネーム……悪、じゃない、魔? 邪? 暗?」
「ちょっと加藤さん、それわざとですか?」
「違いますよ! 本当に思い出せないんですってば」
思わず吹き出す亜恋に、加藤が情けない顔で眉をハの字に寄せる。
加藤が首を捻るのも無理はない。
ホラー・ミステリ部門の受賞候補者だった〝宵町闇〟は、第五回ノベ大結果発表後、親を殺すことになってしまった経緯を自分なりの言葉で世間に向けて公表し、心の拠り所として創作活動をしていたが、騒動の影響を受けて今後は活動を続けていくことが困難だと感じているため、宵町闇としての活動を終了すると宣言し、それ以降、ぱったりと消息を絶ってしまった。
ツブヤイターやノベルマのサイトの登録自体は残っているものの、三年が経った今日に至るまで、一切更新などはされていない。世間からも忘れられた存在となっている。
彼女はぽっと出の新人だったため、生み出した作品数も少ない。特に恋愛小説ジャンルを生業としている加藤が、ホラージャンルで活動していた宵町闇の名を思い出せなくても、仕方のないことだろう。
「そのホラーの方は、もう完全にやめたみたいですよ」
「へえ。勿体ないですよねえ。例のガヤが気になるなら、名義を変えてやればいいのに……」
「まあそうですよね。でも、もう新しい名義は立ち上げる気がないって宣言してるようですし、一説によると、そのホラーの方が告発文の犯人で、ケジメをつけるためにやめたんじゃ⁉︎ って噂してる人もいるみたいですから」
「え、そうなんですか?」
目を瞬きながら尋ねてくる加藤に、亜恋は小さく頷き、今一度、手元のタブレットに視線を落とす。打ち合わせ用に準備してきたプロット画面を指先で軽く触れながら、彼女は続けた。
「あくまで噂話ですけどね。その方、ホラーを書くのには限界があった、って、一部の読者さんに愚痴っているツブヤイター履歴が残ってたそうで、それにめざとく気づいた人に、色々と邪推されてたみたいですから」
「へえ。そうなんですね。結構個性的な作品で勢いがあったような記憶があるんですが、見た目によらず意外と行き詰まっていたんですかねえ」
「さあ、どうですかねえ……」
亜恋は物憂いげな顔で顎に指を置き、首を捻る。
「ああ! いましたねえ! あれ、その方って今は……」
「ランキング不正を告発されて、ノベルマは強制退会させられてるはずです。その後、自粛期間を挟んだのちに、名義をちょこっとだけ変えて〝NARERUYO〟に移住して……」
亜恋がそこまでいうと、加藤はようやく思い当たったように「あ〜! そうそう! 新名義、ヒグラセイジさんね!」と手を叩いてみせた。
「確かその方は、ツブヤイターや〝NARERUYO〟さんのプロフィールで性別をカミングアウトされて、シングルファザーになるまでの経緯や、妻に寄り添えなかったさまざまな後悔、仕事でパタハラを受けた経緯、ノベルマさんにエッセイを投稿し始めた経緯や、不正に至るまでの経緯なんかを赤裸々にエッセイに書き綴って、大バズりしたんですよね?」
「……です。ご存知でした?」
苦笑する亜恋に、加藤はカラカラと笑う。
「ええ。新名義の方で覚えてました。すでに情報公開になってるんで亜恋さんも知ってるかもですが、今度うちの出版社の別レーベルから、その新名義の方でエッセイが出版されるんですよね。書籍名が『シンパパの懺悔』だったかな……。転んでもタダでは起きないというか、たくましいというかなんというか……」
うんうんと頷く加藤に、亜恋はくすくすと笑いをこぼして同調する。
「まあ、その方は双子のお子さんがいらっしゃるそうですからね。将来、お子さんがそのエッセイを読んだらどんな気持ちになるんだろうってちょっと心配ですが、今じゃ新しい会社に転職して真面目に働きながら、ブラック企業を告発するようなエッセイを何本も書き続けて、支持者や応援してるファンも多いみたいですし、何よりありのままの生活や自分を、生き生きと書き綴れるのが楽しいみたいですから。結果オーライなんじゃないですかね?」
特にそこまで思い入れのないヒグラセイジのことを、雑にまとめる亜恋。
楽しそうに見えているだけで、実際は見えない悩みを抱えているのかもしれないが、それはそれだ。
パパではなくママだと欺き、うまくいかない人生をうまく行っているように見せかけて、弱音も吐けず、助けも求められず、苦しいだけのエッセイストでいるよりは今の生活の方がはるかにマシだろうし、二人の子どものためにも、不正を犯した罪はきちんと償って、前を向いて歩いていってほしい。
「ですねえ。亜恋さん、本当によくご存知ですよね。そこまで聞いちゃうと、最後のもう一部門の人も気になっちゃうじゃないですか」
興奮しているのか、ハンカチで額を拭う加藤に亜恋は二本目の指を立ち上げる。
「最後の一人は、ホラー・ミステリ部門の方ですよ」
「あー、そうそう。ホラー! 逆方向にキラキラした感じのダーク系ペンネーム……悪、じゃない、魔? 邪? 暗?」
「ちょっと加藤さん、それわざとですか?」
「違いますよ! 本当に思い出せないんですってば」
思わず吹き出す亜恋に、加藤が情けない顔で眉をハの字に寄せる。
加藤が首を捻るのも無理はない。
ホラー・ミステリ部門の受賞候補者だった〝宵町闇〟は、第五回ノベ大結果発表後、親を殺すことになってしまった経緯を自分なりの言葉で世間に向けて公表し、心の拠り所として創作活動をしていたが、騒動の影響を受けて今後は活動を続けていくことが困難だと感じているため、宵町闇としての活動を終了すると宣言し、それ以降、ぱったりと消息を絶ってしまった。
ツブヤイターやノベルマのサイトの登録自体は残っているものの、三年が経った今日に至るまで、一切更新などはされていない。世間からも忘れられた存在となっている。
彼女はぽっと出の新人だったため、生み出した作品数も少ない。特に恋愛小説ジャンルを生業としている加藤が、ホラージャンルで活動していた宵町闇の名を思い出せなくても、仕方のないことだろう。
「そのホラーの方は、もう完全にやめたみたいですよ」
「へえ。勿体ないですよねえ。例のガヤが気になるなら、名義を変えてやればいいのに……」
「まあそうですよね。でも、もう新しい名義は立ち上げる気がないって宣言してるようですし、一説によると、そのホラーの方が告発文の犯人で、ケジメをつけるためにやめたんじゃ⁉︎ って噂してる人もいるみたいですから」
「え、そうなんですか?」
目を瞬きながら尋ねてくる加藤に、亜恋は小さく頷き、今一度、手元のタブレットに視線を落とす。打ち合わせ用に準備してきたプロット画面を指先で軽く触れながら、彼女は続けた。
「あくまで噂話ですけどね。その方、ホラーを書くのには限界があった、って、一部の読者さんに愚痴っているツブヤイター履歴が残ってたそうで、それにめざとく気づいた人に、色々と邪推されてたみたいですから」
「へえ。そうなんですね。結構個性的な作品で勢いがあったような記憶があるんですが、見た目によらず意外と行き詰まっていたんですかねえ」
「さあ、どうですかねえ……」
亜恋は物憂いげな顔で顎に指を置き、首を捻る。