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 ノベルマ編集部での説明会は、ノベルマ大賞の担当者だと名乗る『赤入』という中堅らしき女性編集者と、担当補佐を名乗る『西』という、比較的若めの男性編集者の合計二人と挨拶を交わし、その後は簡単なアンケートの記入、最終選考に進む意思確認、そしてノベルマ大賞最終選考ついての注意事項や読者投票についての説明といった工程を経て、あっさり終了となった。
 説明会、というよりは、大賞担当者との顔合わせと、身辺調査のアンケート用紙記入、それから最終選考に進むための意思確認が重要視されたものだったようにも思う。
 最後にスターライト出版社の企業パンフレットが入った紙封筒を手渡され、愛莉は本社ビルを後にする。

 外に出ると、愛莉はさっそく田島が予約してくれたアジアンカフェに向かった。
 場所はビル前の大通り沿いに建っていたのですぐに見つけることができた。
 アジアン、とはいえ、派手すぎず地味すぎずオフィス街の一角に馴染むような、シックな色合いの瀟洒な店で、テラスにはやや遅めのランチを楽しむファッショナブルな客で賑わっている。
 ステンドグラスが嵌められた扉を開け、中にあるカウンターで『田島』の名前を告げると、にこやかな女性フタッフが店内の奥にあるパーティールームまですみやかに案内してくれた。
 本社ビルの編集部で担当者に会うこともかなり緊張したが、面識のない創作仲間たちに会う今も相当緊張している。
 扉の前で今一度身なりを確認し、小さく深呼吸してから、勇気を出してドアノブを捻ろうとして――。
「あれっ。もしかして愛莉さん?」
「……!」
 背後から若々しい男の声が飛んできて、びくっと体を強張らせる。
 反射的に振り返るとそこには、モックネックのインナーにダボっとしたカーディガンを羽織り、下はすっきりとしたカジュアルパンツを穿いた大学生ぐらいの青年が、ドリンクを持って立っていた。
「は、はいっ。皇愛莉です。え、えっと。も、もしかしてチイトさんですか……?」
「わ、まじかー。予想以上の麗しさじゃないっすかー! あ、自分、チイトっす。待ってましたよ愛莉さん!」
 愛莉だと名乗った瞬間、ふわっと人懐っこい笑顔を浮かべる田島。
 麗しい、だなんて独特な褒め方をされたのは二十四年間生きてきて初めてだ。
 かくいう田島の方だって、サラサラの茶髪にシルバーの片耳ピアスと、それに合わせたようなネックレスと指輪。服装からしてもお洒落で、さらに切れ長の目が印象的な端正な顔立ちとくれば、完璧にイケメンの部類だといえる。とてもファンタジー小説を書いているようには見えないし、現実世界でも相当モテているに違いない。
 とはいえ、初対面だし、もちろんそんな軽率な褒め言葉は口にしなかったけれど。
「お待たせしてしまってすみません。こちらこそ、チイトさんがツブヤイターの印象通り話しやすそうな方でよかったです。宵町さんは中にいらっしゃるんですか?」
 愛莉は染みついた営業スマイルを浮かべ、差し障りのない話題で会話を繋ぐ。すると田島は「あー……」と、わずかな苦笑を浮かべてわずかに身を乗り出した。
 中には聞こえないような小声で、愛莉にだけ聞こえるようこそっと呟く。
「いますいます。いま、中でカオマンガイ食ってると思います」
 カオマンガイといえばアジアン料理の定番だ。田島はぽりぽりと頬をかきつつ、それまでの苦労を添えた。
「それがその、なんかだいぶ変わった人みたいで、二人きりだと会話詰みすぎてやばいんすよね。俺、わりと初対面でも会話とか全然ヘーキな方なんすけど、ヤミさんだけは斜め上をいく強者っていうか……会話が弾まなすぎて、何杯ジュース飲んで何度便所いったことか……」
 よっぽど大変だったのだろう。田島の苦笑から、ここ数十分の彼の心労が伝染してくるようだった。
「ふふ。気さくなチイトさんがそう言うって、相当ですねきっと」
「ですよー。あまりにもノリ悪くて、なんで来てくれたのか疑問に思うぐらいっすもん。……まあでも、途中で急に飯注文しだして一人で食い始めてくれたんで、それからは多少間が持ったっていうか。ただ見てるだけってのも暇なんで、気を利かせて飲み物でも取ってこようと思って、ドリンクバーへ行って帰ってきたところです」
「なるほど。そういうことだったんですね。お疲れ様です」
 くすくすと笑いながら田島を(いた)わる愛莉。田島は愛莉に(ねぎら)われて少し嬉しそうだ。
 ――ふと、愛莉は疑問に思ったことを尋ねてみる。
「ちなみに他のジャンルの方々は来られていないんですか?」
「ああ、全員ツブヤイターに登録があったんでDMで聞いてみたんですけど、エッセイ部門のセイさんはお子さんの都合で説明会自体パスってるらしいから参加NGで、青春の春奈さんは親の都合で説明会の予定が明日にずれちゃったみたいなんすけど、たまたま今日、この界隈にある学校へ来る用事があったから、諸用が終わったら駆けつけるって言ってました」
「そうだったんですね。セイさんは残念ですが仕方ないですね……チイトさん、お声がけありがとうございました」
 にこ、と笑ってみせると、田島はへらりと笑って「いえー。じゃ、とりあえず入りますか」と、愛莉の代わりにドアを開けた。