「それはそうと……第五回のノベ大さんといえば、亜恋さんも当時は『盗作騒ぎ』で大変でしたでしょう?」 
「あー……」
 それを言われると、当時を思い返して、つい苦い表情を浮かべてしまう。
 亜恋は元々、第五回ノベルマ大賞にて、恋愛小説部門の受賞候補となっていた〝皇愛莉〟に、自身の作品を盗作されたと訴えていた側の〝被害者〟だ。
「確かにあの頃は大変でした。盗作だと訴えても取り合ってはもらえないし、精神的ダメージで恋愛小説も書けなくなってしまって、長いこと休筆してる間に、その作品がノベ大さんにエントリーされたり、受賞候補作に入ってるのを知って相当ショックでしたし……」
「ですよねえ。亜恋さんからしたらかなりの精神的ストレスですよね」
「そうですね……。でも、もうだいぶ前の話ですし、第五回の結果発表後、当事者からも謝罪メールをもらって決着はついてますし、今の私は、ちゃんと気持ちが切り替わってますよ」
 加藤に心配かけまいと、労わってみせる。すると加藤は、
「あの騒ぎももう完全に鎮火してるって感じですもんね。でも謝罪メールをもらったぐらいで、相手のことを許せるもんなんですか?」
 と、一歩踏み込んだ疑問をふっかけてくる。
 気心の知れている編集担当者の質問に真摯に向き合うよう、亜恋は真顔で逡巡した。
「ん〜……正直、許してはないですよ? メールの返信もしてませんし、盗作された作品は、ネット上から下げたままお蔵入りの状態だし。ただ……悔しいけど、その人気作家さんが謝罪や休止をされたことで、被害者である私の名前の方が注目されるようになって、加藤さんのような方と書籍化のご縁が繋がったのは事実だと思うんですよね」
「あー、それは確かにあるかもです。お恥ずかしながらうちも最初は、『ノベ大さんの受賞候補者に盗作をされた〝被害者さん〟』みたいな認識で作品を見に行きましたし」
「うう。加藤さんってば、ほんと正直ですよね……」
「はは。裏表ないんですよ僕。まあ、そうはいっても亜恋さんは当時、活動を再開されたばかりで、盗作元作品は掲載されてないし、その他の再公開作品も、PV数がほとんどついてないような作品ばっかりで、『えっ』って思った記憶が……」
 加藤に言われ、複雑な心境で「ええ」と、相槌を打つ亜恋。
「そういう注目のされ方はちょっと悔しいんで、活動を再開しても、意地でも被害元となった作品は再公開しなかったんですよ。私の恋愛小説作品は、盗作をした側の作者さんの作品とは違って、自分の趣味全開で書いてるような自給自足作品ですし、見た目もそこまで華やかじゃないっていうか……実力だけじゃ誰にも見向きされなかったのは事実ですからね」
「相変わらずご自身に厳しいですねえ。でも、亜恋さんの作品はハマる人にはハマるというか。中毒性がありますし、注目されていなかったってだけで、設定とかストーリー展開はやっぱり面白くて、売り上げも好調なんですよ。自信持ってください」
 加藤に励まされ、亜恋は照れくさくなりつつも「ありがとうございます」と、素直に会釈をする。
「いずれにせよ、盗作は辛い思い出でしたが、それを乗り越えたから今があると思ってはいますので、もう、彼女のことを恨もうという気持ちはないです」
 さわやかな声色で、すっきりとそう明言する亜恋。
 その言葉にきっと嘘はない。それぐらい彼女は晴れやかな表情をしていた。
「そうでしたかあ。だったらよかったです! その盗作した側の作者さんも、これに懲りて二度と過ちを犯さなければいいですね。……って、そもそもその当事者だった受賞候補者の作者さん、名前思い出せないんですけど」
「〝皇愛莉〟さんです」
「ああ、そんな感じの名前でしたよね。その作者さんの名前、今全然見かけない気がするんですけど、もうやめちゃったのかなあ」
 ぽつりと呟いた加藤に、亜恋は手元のタブレットに視線を落としつつ、ふっと笑みながら答える。
「いえ、やめてないと思います。謝罪メールに、もう二度としない旨と、しばらく活動を休んだら、新しい名義で一から出直すと、正直に書いてありました」
「え、そうなんですか?」
 きょとんとしたように目を瞬く加藤に、亜恋は静かに頷いてみせた。
 彼女に執着していると思われても困るので、この先は加藤には言わないでおいたことなのだが……。