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 ――それから三年後の五月某日。
 小説投稿サイト・ノベルマーケット! にて、『第八回 ノベルマーケット大賞』の結果発表が行われた。
 過去の騒動により、いっとき選考基準が飛躍的に上がり、入賞は困難だと噂されていた小説賞だったが、今年は三年ぶりに大賞受賞者が出たとあって、その界隈は大いに賑わっていた。

〝第八回ノベルマーケット大賞《大賞》恋愛小説部門『契約ラブゲーム』赤草(あかくさ) 波留(はる)

 太陽(たいよう)出版、第一編集局 フラワーロマンス文庫編集部、本社オフィスのミーティングルームにて。
 自身が持ち込んだタブレットで、ノベルマ大賞の結果発表のページを眺めていた新人恋愛小説作家の【亜恋(あこ)】は、友人の輝かしい栄光に、心からの賛辞を送るよう優しく目を細めた。
「いやあ、お待たせしました亜恋さん〜。遅くなってすみません。新作の打ち合わせ始めましょうかぁ」
「あ、お久しぶりです加藤さん。今作もよろしくお願いします!」
 気心の知れた男性編集者の登場に、亜恋は気さくな調子で挨拶を交わす。
 大人の女性に人気のフラワーロマンス文庫で文庫編集者をしている加藤との付き合いは、今年で二年目になる。今から約一年半前、小説投稿サイト〝NARERUYO〟にて、書籍化の打診をもらったことをきっかけにして紡いだご縁だ。
 ファンタジー一色となっている〝NARERUYO〟からは珍しい『恋愛小説』での作品刊行も、なんだかんだで今作を含めると三作品目。
 とある盗作被害の精神的ダメージにより、いっときは活動を休止していた亜恋だったが、執筆を再開して約二年半。今では順調に駆け出しの恋愛人気作家として、その地盤を固めつつあった。 
「っと、あ。もしや今、ノベ大さんの結果発表見てました?」
「あ、はい。ついに大賞が出たな〜と思って! 見てくださいよこれ、この『赤草波留』って、私の昔からの創作仲間で、親友みたいなもんなんですよ〜」
「えっ⁉︎ ご友人だったんですか?」
 驚いたようにこちらを見てくる加藤に、亜恋は得意げな顔でへへんと鼻を鳴らす。
「はいー。前は違う名義で全く別のジャンルを書いてた子なんですけどね」
「あ、それは知ってます。前は青春系のジャンルを書かれていて『第五回ノベ大』で奨励賞を獲られた『青木春奈』さんですよね?」
「え! なんで知ってるんですか!」
 とっておきの情報を伝えたつもりだったがあっさりと切り返されてしまい、亜恋は衝撃を受けた顔で加藤を見た。
「あはは。編集者の間では割と有名な話ですよ。彼女の場合、事情が事情ですし、うちでもすでに声をかけている方なんで、社内で情報共有されてますからねえ」
「そうなんだあ。残念、私だけが知ってる秘密の情報だと思ったのに……」
 しょげてみせる亜恋だが、彼女の裏事情を考えれば、加藤の言うことは至極妥当なのかもしれない。
 ――というのも、昔から懇意にしていた元・青春小説作家の〝青木春奈〟は、毒親から逃れるため彼女が奨励賞をとった第五回のノベ大と、作業途中だった新刊の刊行を最後に、活動を無期限休止。
 無事に高校を卒業し、親からも逃れて自立した後、今では名義を変えて大人向けの恋愛小説ジャンルにて創作活動を行い、最近では今回大賞をとったノベルマや、同出版社が運営している小説投稿サイト・ブルーベリーテラスで、大人向け恋愛小説の新刊予定をポツポツと発表し、その界隈で頭角を現し始めている。
 ただ、縁を切った親が片っ端から出版社に電話をかけて娘の行方を追っているそうだから、彼女を取り巻く編集者同士が、彼女を守るために密に連絡を取り合っていたとしても不思議ではない。
 本人からちょこちょこと近況報告を受けていた亜恋は、秘密が筒抜けだったことに拍子抜けしつつも、何より彼女がきちんと信頼できる編集者に囲まれて順調に新しい世界を築いていっていることを間接的に知り、どこか安堵するような気持ちを覚えた。
「いやあ、世間は狭いもんですね。いっときは如何わしい告発文が出回って大変だったみたいですけど、青木先生……じゃなかった、赤草先生としては、今の方が親からも離れられて、好きなジャンルを好きなように書けるようになったって話なんで、本人としては、あの告発文がある意味良い転機になったんじゃないですかねえ」
 前向きな感想をこぼす加藤に、亜恋も賛同を示す。
「ですねえ。私も毒親のこととかパパ活のこととか色々相談されててずっと心配してたんで、彼女が今幸せな道を歩んでいるんだとしたら、友達としても嬉しい限りです」
 友を思い、優しい表情で微笑む亜恋。
 そんな亜恋を見て、ふと、思い出したように加藤が話題を切り替えた。