「え、ちょ、ま、待って。なんで⁉︎」
田島の『なぜ』は、いったい何に対するものなのか。
愛莉の盗作についてなのか。それとも、泣き寝入りするしかなかった理由に対してのものなのか。青木は後者と受け取ったようで、淡々とその事実を詳らかにする。
「セイさんが仰るように、『盗作』は線引きが難しいんです。『アイデア』や『設定』は著作権法で保護されていないので、展開やストーリー設定、キャラが似ているだけじゃ、真正面から訴えても上手く言い逃れされてしまう可能性が高いですし、当時から愛莉さんにはコアな読者さんが多くついてましたから、SNS等で主張しても『言いがかりだ』とか、『売名行為』だとか言われて、逆に袋叩きにあってしまうような状態でした」
「……っ」
「作品自体も、彼女たちの作品より愛莉さんの作品の方が注目度が高くて人気がありましたから、当然、ランキングでも勝ち目はなかったみたいです。自分のアイデアが他人の物になって、声をあげてもかき消されて、挙句に自分の作品より世間に支持されていくのを傍らから眺めるしかないって、当事者からしてみれば相当辛いことですよね」
憐れむようにそう呟く青木。田島は返す言葉なく口を閉ざし、代わりに、興味深そうな顔で話を聞いていた日暮が身を乗り出してきた。
「マジか……。春奈ちゃんが言うくらいだし、それ、確かな情報だよね?」
「はい。信頼できる親友たちから個人的に聞いた話ですし、今はもう彼女たちの作品は削除されてしまっていて現物を確認することができないんですが、当時、私も作品を見比べてみて、やっぱりそうなんだろうなと思うことも多かったので……」
青木が、真摯な表情で答える。
愛莉は何も口を挟めないまま、ただ悪い夢を見ているように、二人のやりとりを見つめた。
ドクドクと、徐々に脈が速まってくるのが自分でもわかる。
「なるほどね……。ツブヤイター見てても、仕事が激務だと言ってる割に異様に更新頻度高いし新連載の告知が多くて、どっからネタ降ってくるんだろうとは思ってたけど……まあ、アイデアを他人からパクってたんなら、納得だわ」
違う、と声にしたいのに、震えてしまって声が出てこない。
納得して呆れ果てるようにこちらを見てくる日暮に続き、宵町からも冷めた目線と台詞が飛んでくる。
「盗作ねえ……。あなたは違うと言い張ってたけど、どうせそんなことだろうとは思ったわ。他人のアイデア盗んどいて素知らぬ顔で相手を潰すとか最低じゃない。アタシだったら相手が認めるまで絶対許さないし、炎上覚悟で戦って、何がなんでも謝罪させてるわ」
「宵町サンが言うと洒落に聞こえないんですけど……」
引き気味に苦笑している日暮に、宵町は肩をすくめた。
「もし自分が盗作なんかされたら当然の権利でしょ。それはそうと、告発文の犯人、案外その子たちが絡んでたりしない?」
「どうでしょう。もう活動していない子たちばかりですし、厳密にいえば、私が知る事例は仲が良かったその三人ってだけで、愛莉さんと裏で揉めていた子たちは他にもたくさんいたはずですから、繋がりを絞るのはちょっと難しいと思います」
「そう……」
神妙な顔つきで青木に相槌を返す宵町。するとここで、再び日暮が間に入ってきた。
「いやでも、盗作された人物からのリークだったら、俺や春奈ちゃん、闇サンや田島クンまで巻き込む必要はなくね? 皇愛莉一人に対して告発すればそれでいいだろ」
「それもそうだけどさ。アタシは彼女が告発文の犯人って説の方が信憑性に欠けると思う。リアルが充実してて、誰よりもプライドが高そうな彼女が、わざわざ大きなリスクを背負って、自分の汚い部分を晒してまで500万を狙うとは到底思えないもの」
「それは……まあ」
宵町に妥当な指摘され、日暮がもごもごと口ごもる。
違う。充実なんてしてない。そんなフリをしているだけだ。
宵町は反論できずにいるこちらを見て、さらに続ける。
「もし彼女を犯人扱いするとすれば……盗作による良心の呵責に耐えきれなくなって、自首するつもりで告発文を書いたけど、途中で怖くなって他の受賞候補者たちを全員巻き添えにしちゃった、とか。そっちの方がしっくりくるかな」
「そ、そんなことしませんっっっ」
「そう? あなた、自分で他の候補者たちは嘘をついてるようには思えないって言ったんだし、もうそれぐらいしか可能性は残ってないじゃない」
反射的に声を上げてしまった愛莉に対し、宵町は冷め切ったような顔で嘲笑う。
青木は元より、宵町も確実に自分を追い詰める気だ。
きっと、自分だけが真実を偽り、罪を認めず、知らぬ存ぜぬを通しているのが気に食わないのだろう。そこまで思考を巡らせてから、愛莉はハッとした。
――真実を偽り……?
(なに言ってるの愛莉……認めちゃ駄目。真実なんかじゃない……)
ドクン、ドクン、ドクン――。
全身が震え始める。息が苦しい。はあ、はあと、乱れる呼吸を必死に整える。
「ほ、本当に違います……告発文なんか、書いてない……」
絶対に認めてはダメだ。
認めたら、全てが壊れてしまう。
今の自分の立場も、未来の自分の立場も、読者からの信頼も――。
「あ、あの、ヤミさん、セイさん、ちょ、ちょっと待ってください!」
言葉が紡げず、涙目になって立ち尽くす愛莉を見かねたのか、田島が間に割って入ってくる。
「なによ田島。これは皇サンの問題でしょ、あなたは関係ない」
「で、でもっ、その、愛莉さんは、マジで仕事が忙しいみたいでですね……」
「は? 仕事が忙しければ盗作していいっていうの?」
「い、いや、べ、別にそういうことが言いたいわけじゃなくてっ、その……」
「じゃあなによ。はっきりしない男ね。言いたいことあんならはっきり言いなさいよ。匿名なら好き放題言えるくせに、丸腰になった途端相手の顔色見て自己主張もできなくなるとか……あんたそれでも物書きの端くれ? いい人ぶってんじゃないわよ」
「……っ」
煮え切らない田島の返答に、宵町がイライラしているのが傍目でも見てわかった。
宵町に正論をつかれ、田島までもが返す言葉なくじわじわと涙目になっている。
――もういい、もうやめてほしい。
田島は悪くない。悪いのはきっと自分だ。
認めてしまえば楽になるのだろうか?
愛莉の中で何かが崩れそうになった……――そのとき。
室内の空気を切り裂くように、誰かの携帯電話がピロピロと鳴った。
田島の『なぜ』は、いったい何に対するものなのか。
愛莉の盗作についてなのか。それとも、泣き寝入りするしかなかった理由に対してのものなのか。青木は後者と受け取ったようで、淡々とその事実を詳らかにする。
「セイさんが仰るように、『盗作』は線引きが難しいんです。『アイデア』や『設定』は著作権法で保護されていないので、展開やストーリー設定、キャラが似ているだけじゃ、真正面から訴えても上手く言い逃れされてしまう可能性が高いですし、当時から愛莉さんにはコアな読者さんが多くついてましたから、SNS等で主張しても『言いがかりだ』とか、『売名行為』だとか言われて、逆に袋叩きにあってしまうような状態でした」
「……っ」
「作品自体も、彼女たちの作品より愛莉さんの作品の方が注目度が高くて人気がありましたから、当然、ランキングでも勝ち目はなかったみたいです。自分のアイデアが他人の物になって、声をあげてもかき消されて、挙句に自分の作品より世間に支持されていくのを傍らから眺めるしかないって、当事者からしてみれば相当辛いことですよね」
憐れむようにそう呟く青木。田島は返す言葉なく口を閉ざし、代わりに、興味深そうな顔で話を聞いていた日暮が身を乗り出してきた。
「マジか……。春奈ちゃんが言うくらいだし、それ、確かな情報だよね?」
「はい。信頼できる親友たちから個人的に聞いた話ですし、今はもう彼女たちの作品は削除されてしまっていて現物を確認することができないんですが、当時、私も作品を見比べてみて、やっぱりそうなんだろうなと思うことも多かったので……」
青木が、真摯な表情で答える。
愛莉は何も口を挟めないまま、ただ悪い夢を見ているように、二人のやりとりを見つめた。
ドクドクと、徐々に脈が速まってくるのが自分でもわかる。
「なるほどね……。ツブヤイター見てても、仕事が激務だと言ってる割に異様に更新頻度高いし新連載の告知が多くて、どっからネタ降ってくるんだろうとは思ってたけど……まあ、アイデアを他人からパクってたんなら、納得だわ」
違う、と声にしたいのに、震えてしまって声が出てこない。
納得して呆れ果てるようにこちらを見てくる日暮に続き、宵町からも冷めた目線と台詞が飛んでくる。
「盗作ねえ……。あなたは違うと言い張ってたけど、どうせそんなことだろうとは思ったわ。他人のアイデア盗んどいて素知らぬ顔で相手を潰すとか最低じゃない。アタシだったら相手が認めるまで絶対許さないし、炎上覚悟で戦って、何がなんでも謝罪させてるわ」
「宵町サンが言うと洒落に聞こえないんですけど……」
引き気味に苦笑している日暮に、宵町は肩をすくめた。
「もし自分が盗作なんかされたら当然の権利でしょ。それはそうと、告発文の犯人、案外その子たちが絡んでたりしない?」
「どうでしょう。もう活動していない子たちばかりですし、厳密にいえば、私が知る事例は仲が良かったその三人ってだけで、愛莉さんと裏で揉めていた子たちは他にもたくさんいたはずですから、繋がりを絞るのはちょっと難しいと思います」
「そう……」
神妙な顔つきで青木に相槌を返す宵町。するとここで、再び日暮が間に入ってきた。
「いやでも、盗作された人物からのリークだったら、俺や春奈ちゃん、闇サンや田島クンまで巻き込む必要はなくね? 皇愛莉一人に対して告発すればそれでいいだろ」
「それもそうだけどさ。アタシは彼女が告発文の犯人って説の方が信憑性に欠けると思う。リアルが充実してて、誰よりもプライドが高そうな彼女が、わざわざ大きなリスクを背負って、自分の汚い部分を晒してまで500万を狙うとは到底思えないもの」
「それは……まあ」
宵町に妥当な指摘され、日暮がもごもごと口ごもる。
違う。充実なんてしてない。そんなフリをしているだけだ。
宵町は反論できずにいるこちらを見て、さらに続ける。
「もし彼女を犯人扱いするとすれば……盗作による良心の呵責に耐えきれなくなって、自首するつもりで告発文を書いたけど、途中で怖くなって他の受賞候補者たちを全員巻き添えにしちゃった、とか。そっちの方がしっくりくるかな」
「そ、そんなことしませんっっっ」
「そう? あなた、自分で他の候補者たちは嘘をついてるようには思えないって言ったんだし、もうそれぐらいしか可能性は残ってないじゃない」
反射的に声を上げてしまった愛莉に対し、宵町は冷め切ったような顔で嘲笑う。
青木は元より、宵町も確実に自分を追い詰める気だ。
きっと、自分だけが真実を偽り、罪を認めず、知らぬ存ぜぬを通しているのが気に食わないのだろう。そこまで思考を巡らせてから、愛莉はハッとした。
――真実を偽り……?
(なに言ってるの愛莉……認めちゃ駄目。真実なんかじゃない……)
ドクン、ドクン、ドクン――。
全身が震え始める。息が苦しい。はあ、はあと、乱れる呼吸を必死に整える。
「ほ、本当に違います……告発文なんか、書いてない……」
絶対に認めてはダメだ。
認めたら、全てが壊れてしまう。
今の自分の立場も、未来の自分の立場も、読者からの信頼も――。
「あ、あの、ヤミさん、セイさん、ちょ、ちょっと待ってください!」
言葉が紡げず、涙目になって立ち尽くす愛莉を見かねたのか、田島が間に割って入ってくる。
「なによ田島。これは皇サンの問題でしょ、あなたは関係ない」
「で、でもっ、その、愛莉さんは、マジで仕事が忙しいみたいでですね……」
「は? 仕事が忙しければ盗作していいっていうの?」
「い、いや、べ、別にそういうことが言いたいわけじゃなくてっ、その……」
「じゃあなによ。はっきりしない男ね。言いたいことあんならはっきり言いなさいよ。匿名なら好き放題言えるくせに、丸腰になった途端相手の顔色見て自己主張もできなくなるとか……あんたそれでも物書きの端くれ? いい人ぶってんじゃないわよ」
「……っ」
煮え切らない田島の返答に、宵町がイライラしているのが傍目でも見てわかった。
宵町に正論をつかれ、田島までもが返す言葉なくじわじわと涙目になっている。
――もういい、もうやめてほしい。
田島は悪くない。悪いのはきっと自分だ。
認めてしまえば楽になるのだろうか?
愛莉の中で何かが崩れそうになった……――そのとき。
室内の空気を切り裂くように、誰かの携帯電話がピロピロと鳴った。