◇
ドクン、と鳴る心音。
まるで不意打ちで襲いかかる地震の緊急速報を聞いた後のような、嫌な圧迫感と緊張感が全身に漲る。
「え、あ、あの……」
うまく声がでない。口の中がカラカラに乾いていき、全身から血の気が引いていく。脈も不穏なぐらいに早まり、額に汗が滲んだ。
「……」
視線を泳がせても、誰も何も言わない。
ショックだったのは、田島までもが、辛そうな表情で自分をまっすぐに見ている。
彼の言いたいことはわかる。でも違う。自分じゃない。
「ま、待ってください。私じゃないです。私はっ」
「田島も違う、アタシも違う、青木サンも日暮サンも違う。そうなったらもう、あなたしか残ってないじゃない」
「やめてください、違います! 私は告発文なんて書き込んでません!」
宵町に冷たい眼差しを向けられ、痛いぐらいに心臓が高鳴り、徐々に呼吸が苦しくなってくる。
落ち着け、落ち着け愛莉――と、自分自身に言い聞かせる。
確かに自分は、魔がさして悪戯の告発文をあげようかと一瞬は考えたが、それは単なる妄想。神に誓って書き込んではいない。すでに削除されている書き込みなので履歴を見返したところでどうにもならないが、どうしてもというなら情報開示して調べてもらったって構わない。
自分が告発文の犯人ではないと、それは断固として断言できるのに、こんなにも恐怖心が這い上がってくるのはなぜだろう。
二の句が継げない愛莉に、日暮が白い目を向けた。
「まあ俺も、おかしいとは思ったよ。『事実』を指摘されて言い逃れができない俺らと違って、アンタだけは堂々と『否定』の声明文あげてたもんな」
「だ、だって私は、本当に盗作なんてしてな――」
「そりゃ、口ではなんとでも言えんだろ。『盗作』ってのは線引きが難しくて事実の認定が難しいって話だし、アンタが認めない限りやられた側は完全に泣き寝入りだ。その現状を逆手に取れば、危険な賭けではあるけど、唯一、自分だけが告発を受けてもほぼノーダメージで、安全区域にいながらライバルを蹴落とせるってわけ」
「……っ」
あまりの暴論に開いた口が塞がらず、握った拳が小刻みに震える。
待ってほしい。理論上はそれで告発文の犯人としての動機が成り立つけれど、そんなのは言いがかりだ。たとえそれで犯行に及んだとしてもあまりにもリスクが大きすぎるし、こじつけも甚だしい。
「あ、ありえな……」
「500万だぜ? 賞金500万がかかってて、三作品の刊行も約束されてる。さらに今波に乗ってるスターライト出版の推し作家にまでなれるんだ、俺がアンタの状況なら、ハイリスクハイリターンを覚悟でやると思うから、決してあり得ない話じゃない」
「……」
――ダメだ。実際に不正という抜け道を選んでしまった日暮にそう言われてしまうと、どれだけ常識的な意見で対抗しようとしても、それは都合のいい綺麗事だと結論づけられて、まともに取り合ってもらえる気がしない。
ドクン、ドクン――。
妙に昂ってくる心音。返す言葉がない。必死に自身の潔白を主張しようとするも、言葉を選ぼうとすればするほど得体の知れない焦燥感が増していき、次第に何を主張していいのかわからなくなってくる。
「違う、私じゃないです、盗作だって、してない。盗作なんかじゃ……」
妙に息が苦しくなってきて、言葉が出てこなくて、愛莉はどうしていいかわからなくなって、縋るように田島を見た。
彼は困り顔をしつつも、さすがに不憫に思ったのか、慌てたように口を挟もうとしたのだが――。
「あ、あの、セイさん、ヤミさん。ちょ、ちょっと待ってください、えと、愛莉さんは、その――」
「本当に、『盗作』じゃないんですか?」
田島の、頼りない決死のフォローは、あっけなくかき消された。
話を遮ったのは、青木だ。
それまでのおどおどとした控えめな態度ではなく、意を決して自身の主張を貫こうとしているかのような、そんな、逞しい声色と顔つきだった。
「は、春奈ちゃん……?」
「なん……」
「『ユッコ』『優葉』『亜恋』」
「……!」
突如として青木が放った名前。
それが耳に届いたとき、暴走するように心臓が跳ね上がり、全身が凍りついたかのように硬くなった。
「以前〝NARERUYO〟で恋愛小説を書いていた、私の創作仲間の名前です。今はもう活動していない方達ばかりですが……愛莉さん。この三人の名前に、聞き覚えはありませんか?」
突然の言及に、息が止まりそうになる。
――その名前は知っている。だが、思い出したくない。耳を塞ぎたい。そんな関係性だ。
返事ができずにいる愛莉を見て、興味深そうな表情を浮かべる日暮と宵町。元〝NARERUYO〟ユーザーの田島は、その名前には心当たりがなさそうに首を捻っている。
「え、ごめん、俺、結構〝NARERUYO〟での活動期間長かったけど、その名前は聞いたことないや。誰だろ……?」
「愛莉さん以外の皆さんはご存知ないと思います。私が恋愛小説を書いていた頃なのでだいぶ前の話ですし、それぞれ皆さん、そこまでランキングに強い方たちではありませんでしたから」
知っている。だからこそ、当時そこまで大きな騒ぎにはならなかった。
もう当時のことを思い出すことはないと思っていたのに……まさか青木の〝NARERUYO〟時代の創作仲間が、自分と縁のある人物だったとは。
青木の意外なネットワークの広さに戦慄し、愛莉は自分のこめかみから、一筋の冷や汗が伝っていくのを肌で感じた。
「そか。えと、それで、その三人がどうしたの?」
何も知らない田島はきょとんとした顔で、再び首をひねる。青木は静かに苦笑したのち、真っ向から対峙するよう愛莉に視線を向ける。
まっすぐで純粋な瞳が、今の愛莉には、ひどく耐え難いものに感じた。
そんな愛莉を追い込むよう、青木がきっぱりと告げた。
「彼女たちは、『盗作』を主張し、愛莉さんと散々揉めた子たちです」
「なっ」
「でも結局、折り合いがつかずに心と筆が折れて、皆、泣き寝入りするように辞めていってしまいました」
揺るぎのない瞳で現実を突きつける青木と、ふるふると無言で首を横に振る愛莉。
日暮と宵町は神妙な面持ちで息をのみ、ただ一人、田島だけが狼狽えるように青木と愛莉を交互に見比べている。
ドクン、と鳴る心音。
まるで不意打ちで襲いかかる地震の緊急速報を聞いた後のような、嫌な圧迫感と緊張感が全身に漲る。
「え、あ、あの……」
うまく声がでない。口の中がカラカラに乾いていき、全身から血の気が引いていく。脈も不穏なぐらいに早まり、額に汗が滲んだ。
「……」
視線を泳がせても、誰も何も言わない。
ショックだったのは、田島までもが、辛そうな表情で自分をまっすぐに見ている。
彼の言いたいことはわかる。でも違う。自分じゃない。
「ま、待ってください。私じゃないです。私はっ」
「田島も違う、アタシも違う、青木サンも日暮サンも違う。そうなったらもう、あなたしか残ってないじゃない」
「やめてください、違います! 私は告発文なんて書き込んでません!」
宵町に冷たい眼差しを向けられ、痛いぐらいに心臓が高鳴り、徐々に呼吸が苦しくなってくる。
落ち着け、落ち着け愛莉――と、自分自身に言い聞かせる。
確かに自分は、魔がさして悪戯の告発文をあげようかと一瞬は考えたが、それは単なる妄想。神に誓って書き込んではいない。すでに削除されている書き込みなので履歴を見返したところでどうにもならないが、どうしてもというなら情報開示して調べてもらったって構わない。
自分が告発文の犯人ではないと、それは断固として断言できるのに、こんなにも恐怖心が這い上がってくるのはなぜだろう。
二の句が継げない愛莉に、日暮が白い目を向けた。
「まあ俺も、おかしいとは思ったよ。『事実』を指摘されて言い逃れができない俺らと違って、アンタだけは堂々と『否定』の声明文あげてたもんな」
「だ、だって私は、本当に盗作なんてしてな――」
「そりゃ、口ではなんとでも言えんだろ。『盗作』ってのは線引きが難しくて事実の認定が難しいって話だし、アンタが認めない限りやられた側は完全に泣き寝入りだ。その現状を逆手に取れば、危険な賭けではあるけど、唯一、自分だけが告発を受けてもほぼノーダメージで、安全区域にいながらライバルを蹴落とせるってわけ」
「……っ」
あまりの暴論に開いた口が塞がらず、握った拳が小刻みに震える。
待ってほしい。理論上はそれで告発文の犯人としての動機が成り立つけれど、そんなのは言いがかりだ。たとえそれで犯行に及んだとしてもあまりにもリスクが大きすぎるし、こじつけも甚だしい。
「あ、ありえな……」
「500万だぜ? 賞金500万がかかってて、三作品の刊行も約束されてる。さらに今波に乗ってるスターライト出版の推し作家にまでなれるんだ、俺がアンタの状況なら、ハイリスクハイリターンを覚悟でやると思うから、決してあり得ない話じゃない」
「……」
――ダメだ。実際に不正という抜け道を選んでしまった日暮にそう言われてしまうと、どれだけ常識的な意見で対抗しようとしても、それは都合のいい綺麗事だと結論づけられて、まともに取り合ってもらえる気がしない。
ドクン、ドクン――。
妙に昂ってくる心音。返す言葉がない。必死に自身の潔白を主張しようとするも、言葉を選ぼうとすればするほど得体の知れない焦燥感が増していき、次第に何を主張していいのかわからなくなってくる。
「違う、私じゃないです、盗作だって、してない。盗作なんかじゃ……」
妙に息が苦しくなってきて、言葉が出てこなくて、愛莉はどうしていいかわからなくなって、縋るように田島を見た。
彼は困り顔をしつつも、さすがに不憫に思ったのか、慌てたように口を挟もうとしたのだが――。
「あ、あの、セイさん、ヤミさん。ちょ、ちょっと待ってください、えと、愛莉さんは、その――」
「本当に、『盗作』じゃないんですか?」
田島の、頼りない決死のフォローは、あっけなくかき消された。
話を遮ったのは、青木だ。
それまでのおどおどとした控えめな態度ではなく、意を決して自身の主張を貫こうとしているかのような、そんな、逞しい声色と顔つきだった。
「は、春奈ちゃん……?」
「なん……」
「『ユッコ』『優葉』『亜恋』」
「……!」
突如として青木が放った名前。
それが耳に届いたとき、暴走するように心臓が跳ね上がり、全身が凍りついたかのように硬くなった。
「以前〝NARERUYO〟で恋愛小説を書いていた、私の創作仲間の名前です。今はもう活動していない方達ばかりですが……愛莉さん。この三人の名前に、聞き覚えはありませんか?」
突然の言及に、息が止まりそうになる。
――その名前は知っている。だが、思い出したくない。耳を塞ぎたい。そんな関係性だ。
返事ができずにいる愛莉を見て、興味深そうな表情を浮かべる日暮と宵町。元〝NARERUYO〟ユーザーの田島は、その名前には心当たりがなさそうに首を捻っている。
「え、ごめん、俺、結構〝NARERUYO〟での活動期間長かったけど、その名前は聞いたことないや。誰だろ……?」
「愛莉さん以外の皆さんはご存知ないと思います。私が恋愛小説を書いていた頃なのでだいぶ前の話ですし、それぞれ皆さん、そこまでランキングに強い方たちではありませんでしたから」
知っている。だからこそ、当時そこまで大きな騒ぎにはならなかった。
もう当時のことを思い出すことはないと思っていたのに……まさか青木の〝NARERUYO〟時代の創作仲間が、自分と縁のある人物だったとは。
青木の意外なネットワークの広さに戦慄し、愛莉は自分のこめかみから、一筋の冷や汗が伝っていくのを肌で感じた。
「そか。えと、それで、その三人がどうしたの?」
何も知らない田島はきょとんとした顔で、再び首をひねる。青木は静かに苦笑したのち、真っ向から対峙するよう愛莉に視線を向ける。
まっすぐで純粋な瞳が、今の愛莉には、ひどく耐え難いものに感じた。
そんな愛莉を追い込むよう、青木がきっぱりと告げた。
「彼女たちは、『盗作』を主張し、愛莉さんと散々揉めた子たちです」
「なっ」
「でも結局、折り合いがつかずに心と筆が折れて、皆、泣き寝入りするように辞めていってしまいました」
揺るぎのない瞳で現実を突きつける青木と、ふるふると無言で首を横に振る愛莉。
日暮と宵町は神妙な面持ちで息をのみ、ただ一人、田島だけが狼狽えるように青木と愛莉を交互に見比べている。