――ずきん、と、胸が痛む。
(もしかしたら私が、彼を追い込んだのかな……)
 もちろん直接的な原因はないにしろ、どことなく当てつけるような日々の呟きを思い返せば、キャリアの脱線にジレンマを抱いていた日暮が、追い詰められて躍起になってしまったという経緯もわからなくはない。
 日暮にかける言葉が見つからなくて、ただ茫然と寄り添う二人を見つめていると、それまで無言だった宵町が、ふいに口を開いた。
「……涙ぐましい慰め合いは結構なことだけどさぁ。どんな事情があるにせよ、あなたの場合、不正は不正でしょ」
 相変わらずの容赦のなさでバッサリ斬り捨てる宵町に、ギョッとする愛莉。
 痛恨の一撃を喰らって心底苦しそうに顔を顰める日暮を、田島があわあわとした表情で見つめている。
「そ、そんなのわかって……」
「本当にわかってんの? あなたが不正にランキングを操作したことで、本来舞台に上がるべきだった人間が、ランク外に追いやられた可能性だってあんのよ」
「そ、それは……」
「まあ、アタシだって少なからずランキング不正の影響を受けた被害者の一人だから言わせてもらうけどね、真面目にやってる人間からすればたまったもんじゃないっての。いくら現実が厳しいからって、お子さんのためなんだったら、もっとお子さんに恥じないやり方を考えなさいよ。楽して這い上がったっていつかボロが出るわよ」
「……っ」
 泣きっ面に蜂とはこのことをいうのかもしれない。宵町は同情の余地なくそう言い放って、ふんと鼻を鳴らす。
 日暮は返す言葉なく、沈痛な面持ちで唇を噛み締めた。
「わかってるよ、そんなの。今まで応援してくれてたママ友パパ友にも散々叩かれまくって炎上してるし、春奈ちゃんだって悲しませたくないし……もう充分に身に染みた……不正はもう絶対にしない……それは誓う……」
 すんと鼻を鳴らしながら、決意を示すようにそう呟く日暮。だが彼は、キッと顔を上げると、せめてもの悪あがきをするように、宵町や田島、愛莉をギリと睨みつけてから言った。
「でも。それとこれ――告発文の犯人探しの件は全くの別物だ。大事な時期に、こんな理不尽な方法で人のプライバシーを晒して、最終選考を引っ掻き回したヤツを、俺は絶対に許さない」
「それはこっちのセリフなんだけど」
 呆れたように言い放つ宵町。間に挟まれた青木は、日暮と宵町、双方の顔をハラハラと見比べている。日暮は自分の意見を押し通すよう、さらに続けた。
「先に言っとく。俺は、俺と春奈ちゃんが告発文の犯人ではないことを断言できる。そんなことしたって俺にはデメリットしかないし、春奈ちゃんは人を貶めるような人間じゃないってこと、俺はよくわかってるからな。もちろん証拠なんてもんはないけど、お前らがどう思おうが関係ない。……で、いったい誰なんだよ。俺のサブ垢の存在を知ってたのはこの五人だけだ。さっさと白状しろよ」
 やはり彼の中では、五人の中に告発文の犯人がいることが確定事項であるらしい。
 言葉に詰まり、愛莉は困ったように視線を伏せる。
 正直、日暮が登場するまでは、告発文の犯人たる人物は彼しかいないであろうと考えていた。
 田島も、宵町も、青木も、告発文の内容を認めているし、自身の闇の部分を晒したところでなんのメリットもない。むしろ、今後の執筆活動に悪影響を及ぼすだけだ。
 しかし――。残る一人、日暮の言い分にも不自然な部分はないし、なにより、不正を認めているのであればなおさら、彼には自分の罪を晒したところでデメリットしかない。有無を言わさぬ迫力も、当然、演技ではなく本物だろう。
 だとすれば、いったい誰が?
 いったい誰が、嘘をついているというのだろう――。
「すみません。チイトさんも宵町さんも春奈ちゃんも、お話を聞いて嘘はないように思えたので、わたしはてっきり、日暮さんなのかと思ってたんですが……」
「だからなんで俺が、こんな崖っぷちの状況で、自滅すんのがわかってて自分の罪晒すんだよ……あり得ないだろ」
「で、ですよね……。で、でも……」
「もしかして俺が嘘ついてるとでも言いたいのか? だったら、クビにされた勤務先なりなんなり教えてやっから、電話して確認すればいい。悲しいぐらいに事実しかねーから」
「いっ、いえ。そこまでは! 日暮さんの仰ることもきっと本当だと思いますし、疑ってません。だけど、でも、それじゃあいったい誰が……」
 沈黙に耐えきれず、思っていたことを正直に伝えたところ、日暮の猛抗議に合い、その迫力に気圧されるように後退る愛莉。
 告発文の真相を探るつもりだったが、ここへ来て頓挫してしまった。
 もう一度はじめから情報を整理した方がいいだろうかと思いかけて……ハッとする。
(あれ……)
 田島でも宵町でも青木でも日暮でもない。
 自分以外の全員が告発文の内容を認めており、告発文を翻すことが不可能な状態にある。
 だとすれば……自ずと、疑いの目は一点に集中するだろう。
(ちょ、ちょっと待って……)
 ――案の定、『ただ一人告発文の内容を認めていない自分』に、全員の視線が集まっていたのだった。