◇
春色のカラーブラウスに白いフレアスカートとブーティ。
軽く羽織ったトレンチコートの袖口から覗く細い手首には華奢な腕時計を巻き、肩にはハイブランドのトートバッグ。
完璧な装いに身を包んだ、恋愛小説部門受賞候補者の【皇 愛莉】は、土曜午後のオフィス街を颯爽と歩く。
(ええと……ここの道を曲がって横断歩道を渡ったところにあるスターライト本社ビル……あっ、あった!)
目の前に現れた十五階建てのスターライト本社ビルを見上げ、期待と緊張で胸を弾ませる愛莉。
今日はこのビルの十階に用意された一室で、『第五回ノベルマーケット大賞』最終選考にあたっての個別の説明会が行われる。
数日前、サイトで最終選考に関する発表があったと同時に、ノベルマの編集部より受賞候補に選ばれた旨を知らせるメールが届いた時は、心底驚いた。
狙ってノベルマのサイトへ作品を掲載していたとはいえ、まさかこんなにも早く晴れ舞台へ駆け上がることになるとは、思ってもみなかった。
編集部からのメールには、最終選考を迎えるにあたって簡単な説明会が個別に開かれる旨が記載されており、候補日の一つである今日がたまたま予定の空いた日だったことから、愛莉は午後の程よい時間帯をおさえ、今ここに至るというわけだ。
(緊張するなあ……)
単なる説明会とはいえ、今、自分の目の前には、夢にまで見た『受賞』の二文字が見え隠れしている。審査はあくまで作品の内容と読者投票の結果に基づくものだとはいえ、できる限り編集部の人間にも良い心象を与えておいた方がいいに違いない。
深呼吸をして横断歩道が赤から青に変わるのを待つ。
――ふと、コートのポケットに入れていたスマホがブルブルと振動した。
愛莉はビクッと肩を跳ね上げ、慌ててスマホを取り出しディスプレイを見る。
(びっくりした……会社からかと思った)
大手企業で務める愛莉は、日々、激務に追われて忙しい。
まさか休みの今日にトラブル発生か、と一瞬ひやっとしたものの、受信通知は会社からのものではなく別人からのものだった。
[送信者:田島チイト]
第五回ノベルマ大賞ファンタジー小説部門で受賞候補となっている田島だ。
ノベルマ大賞にエントリーするまで全く縁のなかった田島とは、二次選考通過が発表された際に、ツブヤイターの相互関係となった。
普段活動しているジャンルが全く違うため、何か細かくやり取りをするわけでもなかったが、[二次通過おめでとーっす!]という挨拶に[田島さんもおめでとうございます。お互い良い結果になるといいですね]といったような、知人以上友人未満程度の挨拶を交わし、それと同じ調子で受賞候補発表があった後も[選考通過おめでとうございます]と声をかけたところ、早々に田島からダイレクトメールが届いた。
[ちわっすアイリさん! やりましたね受賞候補!! 編集部から説明会の連絡きました⁉︎ これ、多分候補者全員呼ばれてますよね? 噂によれば受賞候補者は大賞から漏れても拾い上げになって同期になる可能性が高いみたいですし、純粋に色々情報交換もしたいですし、よかったら説明会の後に、みんなでこっそり会いません⁉︎]
内容は、興奮だだ漏れのお茶会の誘いだった。
数日前に届いた編集部からのメールには、但し書きで[※本メールの内容は、外部に洩らさないようお願いいたします]と注意書きがあったはずなのだが、これはセーフなのだろうか……と、一瞬、迷う。
だが、万が一編集部に知られても、元々付き合いのある創作仲間で、説明会の帰り道に偶然あったことにすればいいかもしれない。
なにしろ、家族や身近な人間に小説を書いていることを秘密にしている愛莉にとって、現実世界で創作活動の情報交換ができる機会など滅多になく、田島からの誘いは非常に魅力的なものに思えた。
結果、迷いながらも[最終選考に差し障らない形でなら、ぜひ]と、快く了承し、説明会が終わり次第近隣のアジアンカフェにあるパーティールームで落ち合う約束を交わして、やり取りを一旦終えていたはずなのだが――。
[どもー! こちら説明会終わり! ヤミさんと落ち合ったんだけど、早くも会話詰んでる件。頼むアイリさんマジ早くきてー]
疑問に思いつつ開いたメッセージには泣き笑いの絵文字がたくさんついており、田島からの渾身のSOSが詰まっていた。
(わ、チイトさんもう終わったんだ。ヤミさんって、あのホラー部門の宵町さんだよね。いかにもムードメーカーな感じのチイトさんが会話に詰まってSOSって、よっぽどなのかも……)
申し訳なくも、田島の必死さに笑いをこぼしてしまう愛莉。
説明会といっても、案内には所要時間三十分程度だと記載されていたので、そう長引きはしないだろう。
説明会が終わったらすぐ行きます、とだけ返事をして、スマホをコートのポケットにしまう。そこでちょうど信号が青に切り替わったので、愛莉は再び背筋を伸ばして胸を張り、いざ、目の前のスターライト本社ビルに向かって歩みを進めた。
春色のカラーブラウスに白いフレアスカートとブーティ。
軽く羽織ったトレンチコートの袖口から覗く細い手首には華奢な腕時計を巻き、肩にはハイブランドのトートバッグ。
完璧な装いに身を包んだ、恋愛小説部門受賞候補者の【皇 愛莉】は、土曜午後のオフィス街を颯爽と歩く。
(ええと……ここの道を曲がって横断歩道を渡ったところにあるスターライト本社ビル……あっ、あった!)
目の前に現れた十五階建てのスターライト本社ビルを見上げ、期待と緊張で胸を弾ませる愛莉。
今日はこのビルの十階に用意された一室で、『第五回ノベルマーケット大賞』最終選考にあたっての個別の説明会が行われる。
数日前、サイトで最終選考に関する発表があったと同時に、ノベルマの編集部より受賞候補に選ばれた旨を知らせるメールが届いた時は、心底驚いた。
狙ってノベルマのサイトへ作品を掲載していたとはいえ、まさかこんなにも早く晴れ舞台へ駆け上がることになるとは、思ってもみなかった。
編集部からのメールには、最終選考を迎えるにあたって簡単な説明会が個別に開かれる旨が記載されており、候補日の一つである今日がたまたま予定の空いた日だったことから、愛莉は午後の程よい時間帯をおさえ、今ここに至るというわけだ。
(緊張するなあ……)
単なる説明会とはいえ、今、自分の目の前には、夢にまで見た『受賞』の二文字が見え隠れしている。審査はあくまで作品の内容と読者投票の結果に基づくものだとはいえ、できる限り編集部の人間にも良い心象を与えておいた方がいいに違いない。
深呼吸をして横断歩道が赤から青に変わるのを待つ。
――ふと、コートのポケットに入れていたスマホがブルブルと振動した。
愛莉はビクッと肩を跳ね上げ、慌ててスマホを取り出しディスプレイを見る。
(びっくりした……会社からかと思った)
大手企業で務める愛莉は、日々、激務に追われて忙しい。
まさか休みの今日にトラブル発生か、と一瞬ひやっとしたものの、受信通知は会社からのものではなく別人からのものだった。
[送信者:田島チイト]
第五回ノベルマ大賞ファンタジー小説部門で受賞候補となっている田島だ。
ノベルマ大賞にエントリーするまで全く縁のなかった田島とは、二次選考通過が発表された際に、ツブヤイターの相互関係となった。
普段活動しているジャンルが全く違うため、何か細かくやり取りをするわけでもなかったが、[二次通過おめでとーっす!]という挨拶に[田島さんもおめでとうございます。お互い良い結果になるといいですね]といったような、知人以上友人未満程度の挨拶を交わし、それと同じ調子で受賞候補発表があった後も[選考通過おめでとうございます]と声をかけたところ、早々に田島からダイレクトメールが届いた。
[ちわっすアイリさん! やりましたね受賞候補!! 編集部から説明会の連絡きました⁉︎ これ、多分候補者全員呼ばれてますよね? 噂によれば受賞候補者は大賞から漏れても拾い上げになって同期になる可能性が高いみたいですし、純粋に色々情報交換もしたいですし、よかったら説明会の後に、みんなでこっそり会いません⁉︎]
内容は、興奮だだ漏れのお茶会の誘いだった。
数日前に届いた編集部からのメールには、但し書きで[※本メールの内容は、外部に洩らさないようお願いいたします]と注意書きがあったはずなのだが、これはセーフなのだろうか……と、一瞬、迷う。
だが、万が一編集部に知られても、元々付き合いのある創作仲間で、説明会の帰り道に偶然あったことにすればいいかもしれない。
なにしろ、家族や身近な人間に小説を書いていることを秘密にしている愛莉にとって、現実世界で創作活動の情報交換ができる機会など滅多になく、田島からの誘いは非常に魅力的なものに思えた。
結果、迷いながらも[最終選考に差し障らない形でなら、ぜひ]と、快く了承し、説明会が終わり次第近隣のアジアンカフェにあるパーティールームで落ち合う約束を交わして、やり取りを一旦終えていたはずなのだが――。
[どもー! こちら説明会終わり! ヤミさんと落ち合ったんだけど、早くも会話詰んでる件。頼むアイリさんマジ早くきてー]
疑問に思いつつ開いたメッセージには泣き笑いの絵文字がたくさんついており、田島からの渾身のSOSが詰まっていた。
(わ、チイトさんもう終わったんだ。ヤミさんって、あのホラー部門の宵町さんだよね。いかにもムードメーカーな感じのチイトさんが会話に詰まってSOSって、よっぽどなのかも……)
申し訳なくも、田島の必死さに笑いをこぼしてしまう愛莉。
説明会といっても、案内には所要時間三十分程度だと記載されていたので、そう長引きはしないだろう。
説明会が終わったらすぐ行きます、とだけ返事をして、スマホをコートのポケットにしまう。そこでちょうど信号が青に切り替わったので、愛莉は再び背筋を伸ばして胸を張り、いざ、目の前のスターライト本社ビルに向かって歩みを進めた。