「ご、ごめんなさい、私、本当にそんなつもりじゃ……」
 そんなつもりじゃない、と言い切れるのだろうか。
 心のどこかで、自分より時間や余裕があるように見えた日暮のことを、敵としてみなしていた感は否めない。
 彼を目の前にするまでも、彼が告発文の犯人であればいい、そうすれば遠慮なく責め立てられるとすら思っていた。
 口ごもる愛莉や、堰を切ったように憤りを撒き散らす日暮を見て心配になったのだろう。おろおろとした青木が、宥めるように間に入ってくる。
「あ、あのセイさん、お、落ち着いてください……」
「ごめん……ごめんな、春奈ちゃん……」
 ここでようやく、怒りを鎮めて自戒するよう項垂れる日暮。
「やっぱり俺、ここへくるべきじゃなかったかも。何もかも悪いのは自分なのに……反省しなきゃってのはわかってるのに……こいつら見てたらどいつが告発文の犯人だよってイラつきが止まらなくなるし、最終選考をメチャクチャにされた恨みで人を責める気持ちばっかり湧いてくる。みっともないところ見せて、本当にごめん……」
「私のことは気にしないでください。それより……『悪いのは自分』って、不正の件、やっぱりあれは本当なんですか?」
 唯一といって過言ではないほど、信頼しているように見える青木に問われ、日暮は心底申し訳なさそうにこくんと頷く。
「魔がさしたんだ……。休職状態に入った頃、子を抱えながらあちこちかけ回ったけど何もかもうまくいかなくて、もう子と一緒に心中するしかないんじゃないかって時に、偶然、ノベ大の賞金500万の広告が目について、もうコレに賭けようと思った」
 嘆くように告白する日暮に、青木はただ黙って頷き、その先が日暮の口から紡がれるのを待つ。
「春奈ちゃんの作品読んでスターライト出版のこと勉強したけど、自分には小説を書くのなんて時間的にも精神的にも無理だったから、なんとかしてお試しエッセイみたいなブログを書いた。でも、無名じゃどれだけ宣伝しても全く見向きもされなくて……必死に攻略法を探しまくってたら不正評価してくれる業者サイト見つけて、つい、なけなしの貯金つっこんだ。エッセイ自体は面白く書けた自信があったから、ランキングにさえ乗ればなんとかなると思ってた」
 生々しい現実に、挟む言葉すら浮かばない愛莉。その気持ちは田島も、青木も、始終無言を貫いている宵町ですらも同じでいるようだ。
 ただ一人、日暮だけが自身の中の闇を曝け出すように続ける。
「だから……そこから急速にランキングが上がって、読者もついて、完結したらたくさん評価もされて。勢いに乗ってノベ大の審査に引っかかって、一次も二次も通過して、受賞候補に上がれた時は本気で鳥肌が立ったし、いつの間にか増えてた純粋なフォロワー数見て、正直震えた。嬉しかったけどさ、本当にこれでいいのかなって、モヤモヤした気持ちももちろんあったんだ」
「……」
「でももう後には引けないし、やるしかないって思ってた矢先に、あの告発文だ。自業自得なのがわかってても、どうしても割り切れなくて……」
 落胆するように、その場にしゃがみ込む日暮。
 誰も一言も発さない。日暮はただ一人、疲れ切った表情で胸の内を語る。
「本当にごめんな、春奈ちゃん。君は俺のこと、本物の母親のように慕ってくれてたから、本当のことを知ってきっと幻滅したよな。だけど、これが現実なんだ。辛い時に色々励ましてもらったり、話し相手になってもらってたのに……裏で汚いことして、汚い大人で、本当にごめん……」
「謝らないでください。辛い時に話を聞いてもらってたのはお互い様ですし、確かに不正は良くないです。でも、私は……セイさんがお子さんのために必死になって慣れない育児や職探しをしてたこと、よく知ってますから。どうしても責める気にはなれないというか……」
「春奈ちゃん……」
「って、真っ白でもない私が言うのも変ですよね。ごめんなさい……これ以上はうまく言葉がまとまらないです」
「春奈ちゃんは悪くない! 君は何も悪くない……全部、汚い大人が悪いんだ……」
 心底同情するような表情で懺悔を繰り返す日暮と、それを受け止めて励まそうとする青木。そんな二人をいたたまれない思いで見つめる愛莉。