――四人目は、青春小説部門の《青木 春奈》。ノベルマ登録情報によると十八歳。
 受賞候補者の中では最年少だが、彼女はすでに商業作家として駆け出し程度の実績を積んでおり、スターライト出版からも二作品の青春小説を出版している。
 彼女には学生層のファンが多く、今、各出版社が大注目している女子高生作家だ。
(ああ、そうはいっても青木さん、もう高校卒業するんだったっけ……)
 沙穂はかつて編集部に打ち合わせに来ていた彼女とその母親の顔を思い浮かべながら、カチカチとツブヤイターのアカウントに接続する。
 アイコンは自身と思しき後ろ姿。フォロワー数約二千三百人に対し、フォロー数は約三十人程度。三十人の中に友人らしき創作アカウントも何人か見受けられるが、その大半は公式や出版社のものとなっている。
 つまり、彼女には相互関係と呼ばれるフォロワーよりも圧倒的に純粋なファンが多いのだ。
『ノベルマ大賞さん、受賞候補に選ばれた〜!』
『みんなのおかげだよ、ありがと〜っ』
 語尾にはウィンクしながらチュッとしている愛らしい絵文字。
 呟きにはたくさんの『いいね』がついているが、コメント機能を閉じているため、一方的な発信となっている。
 そもそも彼女は、ツブヤイターのコメント機能だけでなく、各小説投稿サイトのコメント欄やレビュー機能でさえ閉じていることを、沙穂はすでにチェックしていた。
 以前、編集部に遊びにきていた彼女に、彼女の担当者がそれとなく理由を聞いたことがあるのだが、女子高生で書籍化しているというだけで妬まれることが多々あり、一時期、コメント欄やレビュー機能にひどい誹謗中傷を受けて、深く傷ついた経験があったせいだと言っていた。
 それ以来、コメント欄等非表示にできるものは全て非表示にし、エゴサーチもしない。もちろん、出版済みの作品についても口コミは絶対に目にしない。唯一、きちんと中身を確認した上で本人に渡される出版社宛のファンレターだけは穴が開くほど読み返し、しっかり返事も書くらしい。
 メンタルを保つためだとはいえ、普通は自分の作品の感想が気になるだろうのに、十八歳とは思えないプロ意識の高さだと感心した記憶がある。
(繊細な感性の持ち主だからこそ、多感な年頃の読者に響く作品が書けるんだわ、きっと。うちのレーベルカラーにもピッタリだし、看板作家にするのにはもってこいの存在。今以上に注目を浴びることにはなるけど、彼女にもぜひ頑張ってほしいわ)

 ――五人目。最後にクリックしたのは、ハートマークのフレームに乳飲み子と思しき男女双子の後ろ姿が映ったアイコン。
 エッセイ・ブログ部門の受賞候補者、《日暮 セイ》のものだ。
 ノベルマ情報によると年齢は二十六歳。ツブヤイターのプロフィール欄には。
[6m双子育児中のズボラソロ親。エッセイ? みたいなブログやってます。今は放置気味だけど〝金魚の森〟にもいるよー。ママ友からのフレンド申請大歓迎! 楽しくおしゃべりして育児のストレス一緒に発散しましょー♡︎]
 ブロガーらしい、親しみやすそうな紹介文が記載されている。
 フォロワー数は三千人を超えているのだが、そのほとんどがママ友らしくmとかyといった表記で溢れている。
 独身の沙穂は最近偶然知ったのだが、このyとかmは、子どもの月齢を示すものらしい。
 yはyear、mはmonth。つまり、日暮の子どもは生後六ヶ月ということだ。ツブヤイターのメディア欄を覗くと、目隠しスタンプが施された愛らしい子どもの写真で溢れている。
『信じられない! ノベルマのブログ(じゃないエッセイだってば!)が、ノベルマ大賞の受賞候補に選ばれましたー!《パチパチ》』
『はじめは単なる育児記録のつもりだったけど、慣れないサイトで日間一位とれたり、十三週連続総合ランキング入りできたり、マジで奇跡としかいいようがない。途中で辞めなくてよかったぁ。しんどい時、いつもママ友のみんなが応援してくれたおかげだよ。本当にありがとう《チュッ》』
『来月から投票期間始まるみたいだから、ぜひ、引き続きの応援をよろしくお願いしますっ』
 絵文字や記号に溢れた、感謝に溢れる呟き。それぞれの呟きには◯◯ママや◯◯パパ、あるいは子どもの写真をアイコンにした、育児アカウントの同士たちが一斉に〝いいね〟をつけている。
(日暮さんの好感度の高さ、ママ友界の口コミの強さはさすがね! 育児エッセイ系はWEB小説になじみのない一般層にも大きく響くはず。ノベルマ編集部も去年からかなりエッセイジャンルに力を入れてるし、万が一、受賞作に選ばれたら二年連続エッセイジャンルの受賞でサイトの風向きも変わるかもしれないわね。いい起爆剤になるといいな)
 頬を緩ませたところで、受賞候補者五人全員分のチェックが終わる。今一度、ノベルマのサイトトップへ戻ろうとした――そのとき。

「赤入せんぱーい、土曜の個別説明会の資料、広報担当のチェック終わりましたー」
 視界の端に、資料の束を持った後輩社員の姿を認めた。
「あ、ごめんありがとう西(にし)くん! ……西くんも土曜の説明会、立ち合うよね?」
「はい。自分も出ます! 第六回からサブ担当になる予定なので……」
「ああそうだっけ。西くんもいよいよノベ大のサブ担かー。まだ入社一年目なのにすごいわね」
「えー、赤入先輩だって二年目でサブ担になったって聞いたし、僕も四月で二年目に入るんで、同じようなモンじゃないですか」
「言われてみればそれもそうね……」
 もうだいぶ前の話だからすっかり忘れていた。ぽりぽりと頬をかいた沙穂に、西はくすくすと笑う。
「とにもかくにも、第五回のノベ大はいよいよクライマックスって感じだし、今年は前年以上に良作揃いって言われてますから、社会全体を巻き込んで盛り上がるといいですねー」
「本当にそうね。さしあたってまずは、土曜の説明会で候補者たちに会えるのが楽しみだわ」
 沙穂は説明会資料の一部を手にし、一年間分の想いを込めるように目を細める。
 数日後の土曜日には、受賞候補者たちを編集部に招いて、最終選考進出にあたっての意思確認と、読者投票期間についての説明会が行われる予定だ。
 それぞれ魂がこもった力作をサイトに投稿してくれた候補者たちは、いったいどんな素顔なんだろう。
 考えるだけでもワクワクしてくる。
「っと、いけない。別件の打ち合わせの時間になっちゃう。西くん、資料多めにコピーして、ノベルマの編集部にも回しといてくれる?」
「あ、はい。了解です!」
 沙穂は開いていたパソコンを閉じると、手帳と打ち合わせ用の原稿を手にし、気持ちを切り替えて社内の会議室へ向かった――。


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