◇
立ち話もなんだからと、移動先に先日のアジアンカフェを選んだのには理由がある。一度利用したため使い勝手がわかっているからというのも勿論だが、何よりも、場所がスターライト本社ビルの目の前で、選んだ個室によっては窓から本社ビルの入り口が見えるところが利点だと思ったからだ。
本社ビルの入り口を一番チェックしやすそうな部屋を選んで入室すると、田島は早速、ツブヤイターの個別DMに、今日、編集部からの緊急の呼び出しがあったと思うが、告発文のことで話がしたいから面談が終わり次第アジアンカフェに集まってほしい――といった旨を送信する。
田島を除く四人のうち、三人はすぐに既読マークがついたそうだ。送信者の田島いわく、一人は愛莉。残る二人は宵町と青木。
未読となっている日暮は、面談中なり諸用なりで携帯が触れない状態にあるのか、あるいはもう田島からのDM自体に警戒心、もしくは忌避感を抱いてしまって、意図的にスルーされている状態なのか。
そのどちらなのかは判然としなかったが、本社ビル入り口が見える部屋を選んでいるので、最悪、それらしき人物が見えたら体当たりで捕まえにいくのも一つの手かもしれない。……日暮の顔、把握はしていないけれど。
重苦しい沈黙の後、テーブルにスマホを置いた田島は、おもむろに口を開いた。
「愛莉さんっ、その……〝ぷんぷん丸〟の件、本当にすいませんでした」
ストレートに飛んできた謝罪に、愛莉は深く胸を抉られる。
それはつまり、やはりあの誹謗中傷の犯人――〝ぷんぷん丸〟は、田島本人だと確定したようなものだからだ。
「やっぱりチイトさん……だったんだ……」
拳を震わせながら呟く愛莉に、血の気の引いた顔を強張らせた田島は、慌てたようにソファから滑り降り、その場に膝と両手をつくと、愛莉に向かって平身低頭、許しを乞うように土下座をし始めた。
「本当にごめんなさいっ。単なる嫉妬なんです……! 言い訳なんか聞きたくないかもしれないすけど、俺、昔からどう頑張っても一位が取れない万年二位とか三位の男で……ずっと……ずっと、周りの才能に嫉妬してました」
頭を床に押し付けて、誠心誠意謝罪してみせる田島を、愛莉はただ黙って静かに見つめる。
「特にヤミさんとか……俺にはない個性の塊って感じで、なんであんなに怖いもの知らずな尖った作品が書けるんだってずっと嫉妬してたし、愛莉さんのことも……実は〝NARERUYO〟の頃から、なんとなく存在だけは知ってたんです。総合ランキングでよく名前見かけて、恋愛ジャンルでもいっつも一位で、信者みたいなファンの人たちからすっげぇ愛されてて。俺が必死こいて宣伝しまくってようやく勝ち取ったノベ大の選考突破で、愛莉さんもさらーっと選考突破してきたんで、すっげえ悔しくて粗でも探してやろうと思ってツブヤイター覗いたら、たまたま視界に入ったのがイケメン彼氏に愛されてるような感じの呟きで……」
「……」
「創作でもリアルでも一位になれない、誰からも愛されない俺なんかとは全然違うんだなって、この人はきっと色々と恵まれてるんだなって思ったら……つい、意地悪な感想コメントを書き込んでて……」
身勝手な田島の言い分に、声を荒げて非難したい衝動に駆られるが、震えながら頭を下げる田島に、今さら何を言っても仕方がないだろう。
愛莉は今にも破裂しそうなどす黒い感情をなんとか心の内に閉じ込めて、乱れそうになる呼吸を整えると、努めて冷静に返す。
「誰からも愛されてないだなんて……そんなの信じられません。チイトさん、創作仲間にだって恵まれてる感じだし、確かに一位はとれてないのかもしれませんけど、それでも、〝NARERUYO〟でランキング入りできるだけでもすごいことじゃないですか」
「それは……」
「それだけじゃないです。リアルのことに言及するなら、チイトさん、就職活動しなくても親の会社に入れるようなこと、仰ってませんでした? 内定を勝ち取るために散々苦労してきた人間からすれば、それって充分恵まれた環境だと思いますし、チイトさんって、外見もお洒落で結構モテそうな感じですよね? 誰からも愛されてないとか、そんなの、自分が勝手にそう思ってるだけなんじゃないんですか」
一度口を開いたら、もう止まらなかった。
田島の一方的な言い分に対し、思いのままに反論してみせると、田島は心底困ったように眉尻を下げ、愛莉の指摘について必死に弁明を始める。
「それは、その……確かに、女子に言い寄られることはあるんすけど、でも、いつも当て馬に利用されるだけっていうか、本命にはされずに良い人止まりで終わるって感じで……って、こんなこと、愛莉さんに言っても仕方ないんすけど」
「……」
俯いて苦笑する田島を見て、愛莉は思う。
確かに彼は、世話焼きだし行動的だ。しかし、人が良すぎるせいか、周囲に雑に扱われているような印象はあった。
だからといって同情するわけでもないが、田島は、その理由とも原因とも言えるべき自分の欠点を、素直に吐露し続ける。
「創作仲間が多いのも、俺が『いい人』だから、扱いやすいってだけだと思います。自分、昔っから親に否定されて育ってきたんで、常に『良い子』でいなきゃ、みたいなマインドが染み付いててアホほど自己肯定感低いし。ここぞというときに人と争えなくて、進路についても結局、言いたいことが言えずに親の言いなりになったってだけの話で……」
「……」
「でも匿名なら、自分の思ってることを好きに言えるじゃないですか。普段我慢してることも何も気にせず言えるし、誰の顔色も気にしなくていい。好きなだけ本音をこぼせるって思ったら止まらなくて、それで……」
「それで匿名を名乗って、好き勝手誹謗中傷をしてたって言いたいんですか?」
愛莉は話を遮り、冷ややかな目で田島を見下ろす。
田島はそんな愛莉の表情を見て、今にも泣き出しそうな顔で唇を引き結んでから、小さくこくんと頷いた。
立ち話もなんだからと、移動先に先日のアジアンカフェを選んだのには理由がある。一度利用したため使い勝手がわかっているからというのも勿論だが、何よりも、場所がスターライト本社ビルの目の前で、選んだ個室によっては窓から本社ビルの入り口が見えるところが利点だと思ったからだ。
本社ビルの入り口を一番チェックしやすそうな部屋を選んで入室すると、田島は早速、ツブヤイターの個別DMに、今日、編集部からの緊急の呼び出しがあったと思うが、告発文のことで話がしたいから面談が終わり次第アジアンカフェに集まってほしい――といった旨を送信する。
田島を除く四人のうち、三人はすぐに既読マークがついたそうだ。送信者の田島いわく、一人は愛莉。残る二人は宵町と青木。
未読となっている日暮は、面談中なり諸用なりで携帯が触れない状態にあるのか、あるいはもう田島からのDM自体に警戒心、もしくは忌避感を抱いてしまって、意図的にスルーされている状態なのか。
そのどちらなのかは判然としなかったが、本社ビル入り口が見える部屋を選んでいるので、最悪、それらしき人物が見えたら体当たりで捕まえにいくのも一つの手かもしれない。……日暮の顔、把握はしていないけれど。
重苦しい沈黙の後、テーブルにスマホを置いた田島は、おもむろに口を開いた。
「愛莉さんっ、その……〝ぷんぷん丸〟の件、本当にすいませんでした」
ストレートに飛んできた謝罪に、愛莉は深く胸を抉られる。
それはつまり、やはりあの誹謗中傷の犯人――〝ぷんぷん丸〟は、田島本人だと確定したようなものだからだ。
「やっぱりチイトさん……だったんだ……」
拳を震わせながら呟く愛莉に、血の気の引いた顔を強張らせた田島は、慌てたようにソファから滑り降り、その場に膝と両手をつくと、愛莉に向かって平身低頭、許しを乞うように土下座をし始めた。
「本当にごめんなさいっ。単なる嫉妬なんです……! 言い訳なんか聞きたくないかもしれないすけど、俺、昔からどう頑張っても一位が取れない万年二位とか三位の男で……ずっと……ずっと、周りの才能に嫉妬してました」
頭を床に押し付けて、誠心誠意謝罪してみせる田島を、愛莉はただ黙って静かに見つめる。
「特にヤミさんとか……俺にはない個性の塊って感じで、なんであんなに怖いもの知らずな尖った作品が書けるんだってずっと嫉妬してたし、愛莉さんのことも……実は〝NARERUYO〟の頃から、なんとなく存在だけは知ってたんです。総合ランキングでよく名前見かけて、恋愛ジャンルでもいっつも一位で、信者みたいなファンの人たちからすっげぇ愛されてて。俺が必死こいて宣伝しまくってようやく勝ち取ったノベ大の選考突破で、愛莉さんもさらーっと選考突破してきたんで、すっげえ悔しくて粗でも探してやろうと思ってツブヤイター覗いたら、たまたま視界に入ったのがイケメン彼氏に愛されてるような感じの呟きで……」
「……」
「創作でもリアルでも一位になれない、誰からも愛されない俺なんかとは全然違うんだなって、この人はきっと色々と恵まれてるんだなって思ったら……つい、意地悪な感想コメントを書き込んでて……」
身勝手な田島の言い分に、声を荒げて非難したい衝動に駆られるが、震えながら頭を下げる田島に、今さら何を言っても仕方がないだろう。
愛莉は今にも破裂しそうなどす黒い感情をなんとか心の内に閉じ込めて、乱れそうになる呼吸を整えると、努めて冷静に返す。
「誰からも愛されてないだなんて……そんなの信じられません。チイトさん、創作仲間にだって恵まれてる感じだし、確かに一位はとれてないのかもしれませんけど、それでも、〝NARERUYO〟でランキング入りできるだけでもすごいことじゃないですか」
「それは……」
「それだけじゃないです。リアルのことに言及するなら、チイトさん、就職活動しなくても親の会社に入れるようなこと、仰ってませんでした? 内定を勝ち取るために散々苦労してきた人間からすれば、それって充分恵まれた環境だと思いますし、チイトさんって、外見もお洒落で結構モテそうな感じですよね? 誰からも愛されてないとか、そんなの、自分が勝手にそう思ってるだけなんじゃないんですか」
一度口を開いたら、もう止まらなかった。
田島の一方的な言い分に対し、思いのままに反論してみせると、田島は心底困ったように眉尻を下げ、愛莉の指摘について必死に弁明を始める。
「それは、その……確かに、女子に言い寄られることはあるんすけど、でも、いつも当て馬に利用されるだけっていうか、本命にはされずに良い人止まりで終わるって感じで……って、こんなこと、愛莉さんに言っても仕方ないんすけど」
「……」
俯いて苦笑する田島を見て、愛莉は思う。
確かに彼は、世話焼きだし行動的だ。しかし、人が良すぎるせいか、周囲に雑に扱われているような印象はあった。
だからといって同情するわけでもないが、田島は、その理由とも原因とも言えるべき自分の欠点を、素直に吐露し続ける。
「創作仲間が多いのも、俺が『いい人』だから、扱いやすいってだけだと思います。自分、昔っから親に否定されて育ってきたんで、常に『良い子』でいなきゃ、みたいなマインドが染み付いててアホほど自己肯定感低いし。ここぞというときに人と争えなくて、進路についても結局、言いたいことが言えずに親の言いなりになったってだけの話で……」
「……」
「でも匿名なら、自分の思ってることを好きに言えるじゃないですか。普段我慢してることも何も気にせず言えるし、誰の顔色も気にしなくていい。好きなだけ本音をこぼせるって思ったら止まらなくて、それで……」
「それで匿名を名乗って、好き勝手誹謗中傷をしてたって言いたいんですか?」
愛莉は話を遮り、冷ややかな目で田島を見下ろす。
田島はそんな愛莉の表情を見て、今にも泣き出しそうな顔で唇を引き結んでから、小さくこくんと頷いた。