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「ち、チイトさん、なんでここに……」
 思いがけない遭遇に、愛莉は狼狽しながら田島に問う。
 すると彼は、ダウンコートの裾をぎゅうと握りしめたまま素直に頭を下げ、その経緯を説明し始めた。
「ストーカーみたいな真似してホントすみません。自分も今日、編集部に呼ばれてヒアリングがあったんですけど、担当の人、かなり忙しかったみたいで結構バタバタしてて。相手が離席した時に、今日の面談予定が書かれた表が見えちゃったんです」
「……! じゃあ」
「はい。同じ時間帯の別室で愛莉さんがヒアリングを受けているのを知って、いてもたってもいられなくて。思わず待ち伏せしちゃったっていうか……。その、俺、あの告発文の件、愛莉さんの誤解だけはどうしても解いておきたくて。ちょっとでいいから、話をさせてもらえないかなって……」
 青ざめた顔で、声を震わせながらそう訴える田島。
 普段の陽気さが微塵もない。怒られることに怯えながらも、重い罪を必死に告白しようとしている子どものように、この時の田島はいつもより小さく見えた。
 今、目の前にいる田島の意気消沈した姿は、おそらく演技ではなく本物だろう。それは見るからにわかるけれど、誹謗中傷をしていたという事実や宵町を脅していたという事実が同情する気持ちを遠ざけ、ただ、胸が押し潰されそうになる。
「お話しすることなんてありません。受賞候補者の中に告発文の犯人がいるのならもう誰も信じられませんし、こんな状態で最終選考が進んでいる以上、私たちはもう関わらない方が……」
「なら、今日、もう一度だけ受賞候補者達を集めて、告発文の犯人を突き止めませんか」
「え……」
「今日の俺らの後に、ヤミさんも、春奈ちゃんも、それからセイさんも、編集部での面談の予定が入ってるみたいでした。だから、呼びかけて集めるか、それが難しそうなら、いまみたいに本社ビルから出てきたところを捕まえるなりして、話し合いぐらいさせてもらってもいいと思うんです」
 予想だにしていなかった言葉に、愛莉は目を見張って田島を見る。
 田島は目に薄らと涙を溜めながらも、必死に食らいついて懇願するように言った。
「俺、本当に犯人じゃないから……。愛莉さんに誤解されたまま終わるのなんて嫌だし、誰がこんなことをしたのか、俺だってちゃんと知りたい。だから……」
 お願いします、と。最後は掠れかかったような声で、深々と頭を下げる田島。
 田島は思っていた以上に自分への思い入れがあるようで、ひどく困惑していた。
 彼を信じるべきか、否か。
 信じたい気持ちがじわりと湧いてきてしまうが、もしかしたら、ノベルマ大賞のために騙されているのかもしれないという疑心暗鬼も消えてはくれない。
「……」
「頼むよ愛莉さん……。少しでいいから話を聞いてください……」
 ――でも結局、愛莉にはその頼みを断る勇気なんかなかった。
 躊躇いながらも浅く短く頷くと、田島は「あざます……」と何度も何度も繰り返し、一旦呼吸を整えてから、二人は前回茶会で集まったアジアンカフェに、速やかに移動することとなった。