感情のままに書き殴った文章を、一度目を通して確認しただけで、勢いのままアップロードする。
――ぜぇ、ぜぇ。
あまりの精神的ストレスで過呼吸になりそうだ。
自分には、自分の作品を愛してくれる多くの読者がいる。
唯一の救いである創作の場が、あんな理不尽な書き込み一つで潰されてたまるものかと、愛莉は自分を奮い立たせて、自分なりの追求を試みた。
まず過去のDM履歴を辿る。告発文に貼られていたソース画像には、自分がかつて、個人DMで盗作ではないかと指摘され、揉めていた画像が貼られていた。
確かに、昔の創作仲間にそのようなやり取りを交わした相手が何人かいた気がするのだが、かなり昔のことなので記憶がはっきりしないし、相当昔に遡っても、ソース画像に該当するようなやり取り履歴は見つからなかった。
おそらく、相手がアカウントを削除して、個別DMの会話欄自体を消失させてしまった可能性が高いだろう。記憶を巡らせてなんとかやり取りの相手の名前を思い出そうにも、証拠としてあげられていた画像は、肝心な部分――相手の名前や該当作品の名前等――が、全て黒塗りで潰されており、相手を特定できないような状態だった。
(駄目だ……特定できない……)
もしもやり取りした相手が特定できれば、その繋がりを辿って犯人を炙り出すこともできるのではないかと考えたのだったが、甘かった。
〝NARERUYO〟時代は浅く広く、やりとりしていた創作仲間が多い。手に入れようと思えば、画像なんていくらでも手に入れられる気がする。揉めたことを恨まれていたとしたらなおさらだ。
(どうしたらいいの……)
愛莉は疲弊したように項垂れると、犯人の特定を一旦諦める。
コチコチと鳴る時計の針。明日も仕事で朝が早いのに、このままでは眠れる気がしない。
かといって、いつもなら手持ち無沙汰に開くツブヤイターも、今は開けずにいた。
荒れている現状を見るのが辛かったし、先ほど自分があげた声明文に対して、何を言われているか反応を見るのも怖かった。
「……ぜぇ、ぜぇ……」
考えれば考えるほど息が苦しくて、愛莉は救いを求めるようスマホを持ち上げて画像フォルダを開く。
ずらりと並んだ日常写真。マイアルバムの《だいじ》と書かれた仕分けフォルダには、〝NARERUYO〟時代に、読者から寄せられた感想をスクリーンショットしたものが保存してあった。
書き初めの頃の作品で、出来にいまいち納得がいっておらず衝動的に消した作品のものなのだが、読者からの感想だけはどうしても名残惜しく、一つ残らずスクリーンショットして保管していた。
『好きです!!おもしろかったー!』
『初のランキング入りおめでとうございます。超感動しました。本編の続編もお待ちしています!』
『番外編の二人、尊いなぁ。愛莉さんのお話は心が温まります』
『こんな可愛い二人が見られるなんて。仕事辛くて死んでたけど生き返った。明日も頑張れる……!』
『短編、泣きました。素敵なお話をありがとうございます。愛莉さんのお話が生きる活力です!』
読み返せば読み返すほど胸に温かいものが広がり、目頭が熱くなる。
嫌な現実から逃れるように、一枚一枚、時間も忘れてコメントを読み耽っていると、呼吸が少し楽になるようだった。
やがて愛莉の指は、《無名》と題されたフォルダに行き当たる。
「……」
そこには、かつて自分の作品に届いた誹謗中傷コメントや、盗作を指摘するコメントやレビューをスクリーンショットしたものが残されていた。
非承認のまま削除したり、運営に削除依頼をかける前に、万が一に備えて保管しておいたものだ。
もちろんその中には、ノベルマ大賞の一次審査通過後以降に〝ぷんぷん丸〟から届いたコメントも残されている。
今は開くべきではないとわかっているのに、衝動が止まらなかった。
愛莉は息を潜めて、画像をタップする。
『100点中5点。誰にも愛されない寂しい行き遅れ女が理想と妄想を書き連ねたような寒々しい作品。レビューでやたらヒーロー褒められてるけど、こんな顔も性格もスペックもいい完璧男なんて存在しねーよ。完璧男ならすでに付き合ってる女ぐらいいるだろ。イケメンCEOなのにフリーでBAR通いとか設定ぬるすぎだし、隣席からの一目惚れからの告られからの溺愛甘やかされ〜とか、都合良すぎて草生えるレベル。最後クッソ甘いセリフでなんかいい感じに終わってるけど「?」って感じ。ヒロインなんもしてなくね? 女も男もペラッペラすぎ。こんなんでジャンル別日間一位とか、恋愛ジャンルも末期だな。ヒーローより当て馬のヤツの方が断然マシだった。愛莉信者に煽てられて陶酔しながら書いたって感じの駄作。これがノベ大の一次審査通過作とか、編集部も見る目なさすぎ』
改めて読むと、否定しかない。胸が抉られるような心ない言葉だ。
温まりかけていた心が、急速に冷え込んでいく。
「……」
現実世界で出会う前にもらったコメントだとはいえ、これをあの田島が書いたのかと思うと、愛莉は無性に辛かった。
表向きは親身に接してくれていても、本心ではそんな風に思っているのかもしれないと思うと、どうしようもなく息が詰まりそうになる。
(最悪だよ、もう……)
はじめて現実世界で出会った創作仲間。
ライバルだけれど、いつも逐一に自分を気遣ってくれて、一緒に頑張ろうと焚き付けてくれて、少しだけ心を開きかけていたというのに。
情緒が乱れ、再び目頭が熱くなってくるのを感じ、愛莉は慌ててスマホをベッドの隅に放る。
現実から逃れるように布団を頭から被ると、目を瞑って深呼吸を繰り返した。
きっと今頃、他の候補者たちも必死な弁明や声明文をあげていることだろう。
自分と同じように窮地に追い込まれたメンバーたちが、どんな言い訳をして、どんな風に今後のノベ大を戦っていくのかはひどく気にはなったけれど、それを見に行くような気力は、今のところなかった。
愛莉はそれから、一切パソコンやスマホを開くことなく、ただただ現実に怯えながら、翌朝を迎えるのだった。