二月二十八日 二十二時五十分。
 愛莉はその書き込みを、帰宅直後のリビングにて確認した。
(え……)
 仕事から帰宅し、普段通り、遅すぎる夕食――といっても今日も今日とてコンビニ飯だが――をとりながらツブヤイターのチェックでもしようかとスマホを立ち上げてすぐ、フォロワーからの通知で、現実を知らされることになった。
(ちょっと待ってなにこれ……)
 とんでもないことが書かれているから公式掲示板を見てほしいと促され、確認に飛んだ先には、【第五回 ノベルマ大賞 受賞候補者五名 詳細】と題されたスレッドが立ち上げられており、愛莉を含む受賞者五名の〝裏の顔〟の詳細が、それぞれソースという名のエビデンス付きで晒されていた。
(やだ……うそ、なんで……)
(なに、これ……ガセ……?)
 愛莉は、震える指で一つ一つのソースを辿っていく。

【誹謗中傷魔】と晒された田島の《ソース画像》には、各種投稿サイトのアカウント切り替え画面にて、〝田島チイト〟と〝ぷんぷん丸〟のアイコンが並んで映っている証拠写真。また、《批判レビュー一覧》には、〝ぷんぷん丸〟が今までに投稿した数百件にのぼる毒々しい批判レビューの数々が記載されていた。

【人殺しの前科持ち】だと晒された宵町の《ソース画像》には、個人DM――ただしやりとり相手の名は塗りつぶされていて特定不可――にて、『自分はフィクションではなく実際に親を殺してしまった』と自白しているスクリーンショット画像。また、《ニュース記事》とされたウェブアドレスの方には、とある地方の数年前のニュース記事へのリンクが貼られており、その記事内に、某県某市内に住む四十代女性が、高層マンションの十七階から突き落とされて死亡、現在現場を検証中、とした旨の記事が掲載されていた。

【パパ活常習者】だと晒された青木の《ソース画像》には、〝Jおぢたん〟という、とあるツブヤイターのアカウント(〝五十代男/会社経営/お友達になってくれる子募集中!〟と書かれたプロフィール画像付き)が、『ボクのお気に入りの春奈たんがラノベ? で書籍化だって。すごくない? お祝いに五十冊ぐらい買って周りに配る予定っ』という陽気なコメントと共に、それを裏付ける中年男性と、サイン入り書籍を持った女子高生の2ショット写真(顔にはモザイク入り)が貼られており、《ツブヤイター魚拓》とされたアドレスには、今はアカウント凍結されている〝Jおぢたん〟のアカウント画像と、該当するそれらの投稿の魚拓が記されていた。

【ランキング不正者】と晒された日暮の《ソース画像》には、〝創作支援〟を謳う専門業者の裏サイトに〝山田花子〟と名乗る人物が不正な評価を依頼しているログ画像が貼られており、そこに併記されているメールアドレスが、〝金魚の森〟というゲームアプリにいる日暮セイのサブアカウントキャラの登録メールアドレスと完全に一致していることを示す証拠画像が、あわせて掲載されていた。無論、《業者専門サイト依頼ログ》には、そのソース画像の元となるリンク先が提示されている。

 ――愛莉はもちろん、震える指で自分の項目についても画像とリンク先を確認する。

【パクリ魔】と書かれた皇 愛莉の《ソース画像》には、これまでに各種投稿サイトのレビュー欄に書き込まれたパクリを指摘するコメント――もちろんすぐさま運営に通報したため現在では削除済みとなっている――の証拠画像や、ツブヤイターのDMで創作仲間と盗作云々で揉めたときのやり取り記録――差出人は塗りつぶされているため不明――が、複数枚貼られており、《盗作検証サイト》とされたウェブアドレスには、いつの間に立ち上げられていたのか、自分の作品と他者の作品の類似点を挙げ連ねて検証する記事が掲載されており、サアッと血の気が引いた。

(ちょっと待って、なんなのこれ……!)
(パクリじゃない……)
(パクリなんかじゃない……)
(なんで……どうして……)
(誰よ……誰よこんなことを書き込んだのは……!!!)
 
 悪質すぎる書き込みに、怒りと恐怖とよくわからない感情で全身の震えが止まらず、愛莉は机上のコンビニ袋を勢いよく横にかき分けて突き落とし、頭を掻きむしって項垂れた。
 しばしそのまま、放心する愛莉。ばくばくと鳴る心音がうるさい。心臓がはち切れそうなほどに痛い。
 冷静になろうと何度も浅い深呼吸を繰り返し、震える唇をかみしめる。
 確かに昨晩、いや、その前もだが、受賞候補者の裏の顔――あくまで証拠のない噂レベルでの裏の顔だ――を、どこかに晒してしまえば自分が楽に大賞を獲れるのではないかという、不謹慎なことを一瞬は考えた。でも本当に、一瞬考えただけの悪しき妄想だ。
 勝利を掴むため、日々の苦しい生活に終止符を打つため、甘い妄想に毒されそうになったものの、すぐに正気に戻ってきちんと自制した。
 書き込んだのは、自分ではない。
 断じて自分なんかではない。
 そもそも書き込むならば、自分で自分の首を絞めるような書き込みをするはずがなかった。
 動揺のあまりしばらくそのままなにもできずにいたのだが、やがてこのままじゃ大変なことになってしまうと我を取り戻し、慌てて今一度、ノベルマの公式掲示板に飛ぶ。
 該当スレッドの『通報する』ボタンから悪質な書き込みであることを理由に、『書き込みの削除』の依頼をかけようと思った。
 ――だが、しかし。