優葉ちゃん――ダメだ、創作の話で軽く揉めてからほとんど話していない。
亜恋――ダメだ、彼女も作品の話でぶつかって以来、ぱったり見かけなくなってしまった。
雅――ダメ。彼女は結婚したっていう呟きから全く動いてない。
ユッコ――ダメだ。読み合いをやめてから、全く連絡をとっていない。
この人も、この人も、この人も……全部、駄目だ。
愛莉は〝NARERUYO〟時代、の創作仲間のアイコンを一つずつ辿ったものの、誰一人として自分を応援してくれそうな人間は現存していなかった。
理由は様々だ。リアルが忙しくなった、彼氏ができた、結婚した、子どもができた、仕事が忙しい、嫉妬を拗らせた、創作のことで揉めた、音信不通になった、いつの間にかいなくなっていた――。
率先してやりとりする創作仲間が多かった反面、当時は刺激が多く、嫉妬をしたり受けたり、揉めることも多々あった。
愛莉は、数年前の日付で時が止まったままになっている、かつての創作仲間とのDM履歴を開く。
[ねえ愛莉。この作品、ユッコさんの『甘恋シュガーラブ』に似てない? それから、最近出した新作の『溺れる夜の〜』も。亜恋さんの『泡沫の恋夢』とかぶってるよね――?]
サッと血の気が引くような感覚が、全身に駆け巡る。
見たくない過去に蓋をするように、慌てて履歴を閉じた。
(やめてよ、そんなの。言いがかりじゃない……)
脳裏に蘇る、かつての全身が千切れそうな感覚。
ぜぇ、ぜぇ。
息が切れる。目の前が暗くなってくる。
当時のことを思い出すと、動悸が止まらなくなってくるのはいつものことだ。
――ピロピロと、追い打ちをかけるように携帯が鳴った。
「……っ」
会社からのメールだ。
こんな時間だというのに、『至急』とされた件名に並々ならぬ圧を感じて、さらに息苦しくなる。
ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。
愛莉が小刻みに震えながらメールを開こうとしているとき、ふっとツブヤイターのDMに新着通知がついた。
[愛莉さん、大丈夫すか? グループの会話、なんか途中で途切れてましたけど]
田島から、グループの方ではなく、個人の方にメッセージが届いていた。
中途半端に打ちかけていた文章を、誤って送信してしまっていたようだ。
[大丈夫です。すみません。打ってる途中に会社から連絡きて、びっくりしたついでにうっかり誤送信しちゃって……。ご心配、ありがとうございます]
[そうだったんすね、ならいいんですけど。相変わらず愛莉さんのところの会社、ずいぶん遅い時間にメールしてくるんすねえ]
苦笑いの絵文字付きメッセージが届く。気遣ってくれているのだろう。今の愛莉にとっては、そう思ってくれる人が身近に一人いるだけでも、救われる思いだった。
[あは。本当ですよね。着信ならもっと困りますけど、まぁ、メールなので……]
[無理しないでくださいね。なんか愛莉さんの仕事、すげー忙しそうですし、宣伝や集客はこっちでやっておくんで!]
田島は尚も愛莉の仕事環境について色々と言及したがっているように見えたが、プライバシーの壁に配慮してか、それ以上あまり強くは踏み込んでこなかった。
[ありがとうございます。投票開始日の夜、配信時間までにきちんと帰ってこられるよう明日明後日は早出して仕事頑張らないとなので、お言葉に甘えて、早めに就寝させて頂きますね]
[ういっす! おやすみなさい!]
インプット作業や執筆作業もあるし、すぐに寝る気などないのだが、必要最小限の返信して、愛莉は逃げるようにDM画面を閉じる。
申し訳ないが、田島の言葉に甘えて呼び込み関係は彼らに任せることにしよう。
「……」
どくどくと鳴る心音が、妙にうるさく聞こえる。
気がつけば、ツブヤイターの通知欄は、配信告知を喜ぶファンたちからのリプライで埋まっていた。
今の自分には、このファンたちからの応援の声だけが支えだ。
すぐに反応を返したいところだったが、これから会社からのメールに対応しなければならない。
(お礼のリプライは、明日の朝起きてからにしよう……)
愛莉は会社からの未開封新着メールを見つめながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。
――500万円さえあれば、きっと会社を辞められる。
すぐに次の会社が見つからなくても、当面は生活していけるし、ファンサービスにもっと時間を割ける。もう二度とこんな血の気が引くような感覚を味わうこともないだろう。
なにより早く、この不安な気持ちから解放されたかったし、なにより早く、『受賞』という名の確かな手応えが欲しかった。
500万円と、〝受賞者〟という絶対的な名誉さえあれば――。
「……」
ふつりと、再び湧き上がる邪念。
(誰かが〝アレ〟を晒してくれれば、楽に勝てるのに……)
そんなこと考えたってどうしようもないのに、今はその毒のような妄想に縋りたくなるぐらい、追い詰められてもいた。
(いっそのこと、もう、自分で……)
ぼんやりとそんなことを考えながら、手持ち無沙汰に動かした指で公式掲示板のボタンを押しかけたところで、愛莉は、ハア、と大きく息を吐き出し、震える指で会社からの至急メールを開く。結局、その対応は深夜にまで及び、その日もまた、脳内が麻痺するまで神経をすり減らしたことはいうまでもなく……――。
かくして、それぞれが配信イベントや読者投票に向けて、着々と準備を進めていた……そのさなかの読者投票開始前夜。
まるで予想だにしていなかった不測の事態が、五人の受賞候補者たちに襲いかかったのだった。
亜恋――ダメだ、彼女も作品の話でぶつかって以来、ぱったり見かけなくなってしまった。
雅――ダメ。彼女は結婚したっていう呟きから全く動いてない。
ユッコ――ダメだ。読み合いをやめてから、全く連絡をとっていない。
この人も、この人も、この人も……全部、駄目だ。
愛莉は〝NARERUYO〟時代、の創作仲間のアイコンを一つずつ辿ったものの、誰一人として自分を応援してくれそうな人間は現存していなかった。
理由は様々だ。リアルが忙しくなった、彼氏ができた、結婚した、子どもができた、仕事が忙しい、嫉妬を拗らせた、創作のことで揉めた、音信不通になった、いつの間にかいなくなっていた――。
率先してやりとりする創作仲間が多かった反面、当時は刺激が多く、嫉妬をしたり受けたり、揉めることも多々あった。
愛莉は、数年前の日付で時が止まったままになっている、かつての創作仲間とのDM履歴を開く。
[ねえ愛莉。この作品、ユッコさんの『甘恋シュガーラブ』に似てない? それから、最近出した新作の『溺れる夜の〜』も。亜恋さんの『泡沫の恋夢』とかぶってるよね――?]
サッと血の気が引くような感覚が、全身に駆け巡る。
見たくない過去に蓋をするように、慌てて履歴を閉じた。
(やめてよ、そんなの。言いがかりじゃない……)
脳裏に蘇る、かつての全身が千切れそうな感覚。
ぜぇ、ぜぇ。
息が切れる。目の前が暗くなってくる。
当時のことを思い出すと、動悸が止まらなくなってくるのはいつものことだ。
――ピロピロと、追い打ちをかけるように携帯が鳴った。
「……っ」
会社からのメールだ。
こんな時間だというのに、『至急』とされた件名に並々ならぬ圧を感じて、さらに息苦しくなる。
ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。
愛莉が小刻みに震えながらメールを開こうとしているとき、ふっとツブヤイターのDMに新着通知がついた。
[愛莉さん、大丈夫すか? グループの会話、なんか途中で途切れてましたけど]
田島から、グループの方ではなく、個人の方にメッセージが届いていた。
中途半端に打ちかけていた文章を、誤って送信してしまっていたようだ。
[大丈夫です。すみません。打ってる途中に会社から連絡きて、びっくりしたついでにうっかり誤送信しちゃって……。ご心配、ありがとうございます]
[そうだったんすね、ならいいんですけど。相変わらず愛莉さんのところの会社、ずいぶん遅い時間にメールしてくるんすねえ]
苦笑いの絵文字付きメッセージが届く。気遣ってくれているのだろう。今の愛莉にとっては、そう思ってくれる人が身近に一人いるだけでも、救われる思いだった。
[あは。本当ですよね。着信ならもっと困りますけど、まぁ、メールなので……]
[無理しないでくださいね。なんか愛莉さんの仕事、すげー忙しそうですし、宣伝や集客はこっちでやっておくんで!]
田島は尚も愛莉の仕事環境について色々と言及したがっているように見えたが、プライバシーの壁に配慮してか、それ以上あまり強くは踏み込んでこなかった。
[ありがとうございます。投票開始日の夜、配信時間までにきちんと帰ってこられるよう明日明後日は早出して仕事頑張らないとなので、お言葉に甘えて、早めに就寝させて頂きますね]
[ういっす! おやすみなさい!]
インプット作業や執筆作業もあるし、すぐに寝る気などないのだが、必要最小限の返信して、愛莉は逃げるようにDM画面を閉じる。
申し訳ないが、田島の言葉に甘えて呼び込み関係は彼らに任せることにしよう。
「……」
どくどくと鳴る心音が、妙にうるさく聞こえる。
気がつけば、ツブヤイターの通知欄は、配信告知を喜ぶファンたちからのリプライで埋まっていた。
今の自分には、このファンたちからの応援の声だけが支えだ。
すぐに反応を返したいところだったが、これから会社からのメールに対応しなければならない。
(お礼のリプライは、明日の朝起きてからにしよう……)
愛莉は会社からの未開封新着メールを見つめながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。
――500万円さえあれば、きっと会社を辞められる。
すぐに次の会社が見つからなくても、当面は生活していけるし、ファンサービスにもっと時間を割ける。もう二度とこんな血の気が引くような感覚を味わうこともないだろう。
なにより早く、この不安な気持ちから解放されたかったし、なにより早く、『受賞』という名の確かな手応えが欲しかった。
500万円と、〝受賞者〟という絶対的な名誉さえあれば――。
「……」
ふつりと、再び湧き上がる邪念。
(誰かが〝アレ〟を晒してくれれば、楽に勝てるのに……)
そんなこと考えたってどうしようもないのに、今はその毒のような妄想に縋りたくなるぐらい、追い詰められてもいた。
(いっそのこと、もう、自分で……)
ぼんやりとそんなことを考えながら、手持ち無沙汰に動かした指で公式掲示板のボタンを押しかけたところで、愛莉は、ハア、と大きく息を吐き出し、震える指で会社からの至急メールを開く。結局、その対応は深夜にまで及び、その日もまた、脳内が麻痺するまで神経をすり減らしたことはいうまでもなく……――。
かくして、それぞれが配信イベントや読者投票に向けて、着々と準備を進めていた……そのさなかの読者投票開始前夜。
まるで予想だにしていなかった不測の事態が、五人の受賞候補者たちに襲いかかったのだった。