[ここだけの話なんですけど、その……宵町さん、前科持ちって話なんですよ]
[前科持ち? え、いったいなんのですか??]
これまたずいぶん穏やかではないことを言い出したなと、軽い気持ちで返したら、目を疑うような文言が返ってきた。
[人殺しです]
愛莉はつい「はい?」と、声をこぼす。
人を殺した? 小説の世界ではなく現実世界で? 宵町が? 誰を?
意味がわからない。いや、さすがにそれは非現実的すぎるし、不謹慎すぎる噂だろうと、愛莉は自然と半笑いをこぼした。
メッセージには続きがある。
[――いや、なんかほら、宵町さんって普通のホラーも書くけど、凄惨な感じで誰かを殺しちゃう、みたいな、わりと猟奇的な作品もちょいちょい書かれてるみたいなんですよね。それがどうも、ご自身の実際の体験からきてるものなんじゃないかって、一部の界隈では噂されていて……]
一部の界隈って、いったいどこの界隈だ。
いかにもサスペンスドラマが好きそうな主婦っぽい発想に思えた。
証拠があるならまだしも、単なる噂話であるなら、田島のとき同様、さすがに鵜呑みにはできない。
[そんな噂話があったんですね。全然知らなかったです……。でも、これといった証拠があるわけじゃないんですよね? だとしたら、さすがに単なるデマなんじゃないですかね?]
あくまで確証のない話は信じない主義を貫く愛莉。
そもそも愛莉は、だいぶ前に一度、宵町の受賞候補作ではない別の話題作を読んだことがあるのだが、生々しい描写に大きな刺激は受けたとしても、内容にそれほど大きな問題を感じるようなこともなかった。
創作は、想像して書くもの。作品に出てくる登場人物の思想や内容が、全て作者の実体験に基づくものだとは当然思っていないし、あくまで創作として書かれた範疇のものだと思っていたのだが……。
[だといいんですが……一応根拠というか、一部、ご自身が認めてるみたいなんです。自分も信頼できる人伝に聞いた話なので、これ以上は詳しく話せないんですが、確かに宵町さんってツブヤイター見てても働いてる気配なさそうだし、かといって学生でもなさそうだし。前科があるのが理由で思うように働けないのかなぁとか色々勘ぐっちゃって……。って、ちょっと失礼すぎたかな。いきなりすみませんっ。ただ、これからグループでやりとりするようになるわけだし、念のため情報共有しといたほうがいいかなと思って]
意外にも日暮には日暮なりのソースがあるようで、それはそれでゾッとした。
確証もない相手を殺人犯扱いするだなんてかなり失礼だとは思うけれど、ふと、昨日の茶会のことを思い返す。
宵町は〝ぷんぷん丸〟から届いた誹謗中傷がエスカレートし、〝脅し〟になったと言っていた。
もしもそれが、〝人殺しの前科〟に関することの脅しだったら――。
(いやいやいやいや、ないな……。〝人殺し〟だなんて、さすがにそれは……)
やはりどう考えても、不謹慎すぎる。
愛莉がしばし押し黙って返信に悩んでいると、日暮から重ねてメッセージが届いた。
[っとすみません、子が暴れてるのでまた! 今のは絶対にここだけの話で……!! 後ほどグループの方でも挨拶しておきますねっ]
忙しないメッセージに[もちろん了解です、ではまた!]と返信を送って、日暮とのやりとりを終える。
メッセージのやり取りを終えて、ツブヤイターの新着アイコンが消える。スマホを閉じると、急に仮想の世界から現実の世界に引き戻されたような、そんな感覚に陥った。
誹謗中傷。
不正ランキング。
人殺し。
宵町は田島のことを誹謗中傷の犯人だと疑い、田島は日暮のことを不正ランキングかもしれないと疑い、日暮は宵町のことを人殺しの前科持ちかもしれないと疑っている。
(そんな馬鹿なこと、あるはずないって……)
それぞれがどういう意図で愛莉にそれを話そうと思ったのかはわからない。
情報共有のため? 警戒を促すため? それとも……相手を蹴落とすため?
みんな必死なのはわかる。だが、そんな確証のない話をされても、疑心暗鬼の種にしかならないではないか。
(誹謗中傷、不正ランキング、人殺し……か。それ、もしもノベルマの公式掲示板に匿名で書き込んだら、三人の人気はダダ下がりだよね。そうしたら今年のノベ大、ライバルが三人減って、私と春奈ちゃんの一騎打ちじゃない?)
――よからぬ妄想が、むくむくと膨れ上がる。
(いやまって。一番強そうなのは書籍化作家の春奈ちゃんだもの。どうせ書き込むなら、春奈ちゃんにも〝パパ活常習者〟とか、アリそうな感じになってもらって……)
――頭の中でなら、どんな薄汚いことだって自由に考えられる。
(……なんてね)
もちろんそんなことを実行する気は微塵もないのだが、そうなったら楽に大賞が獲れるのではないかという薄汚い考えを抱いてしまう浅ましい自分に、心底ため息が出た。
負けたくないと思う一方で、愛莉は、自分の作品で、プロである青木の作品に勝てるのだろうかという不安に押しつぶされそうになることが多々あるのもまた事実。
(バカなこと考えてないで、顔洗ってご飯食べたら、昨日できなかった分、今日はたくさん読みにいって、たくさん物語を書こう)
そんな不安を吹き飛ばすように、愛莉はベッドから起き上がり、貴重な休日の朝を回し始めるのだった。
[前科持ち? え、いったいなんのですか??]
これまたずいぶん穏やかではないことを言い出したなと、軽い気持ちで返したら、目を疑うような文言が返ってきた。
[人殺しです]
愛莉はつい「はい?」と、声をこぼす。
人を殺した? 小説の世界ではなく現実世界で? 宵町が? 誰を?
意味がわからない。いや、さすがにそれは非現実的すぎるし、不謹慎すぎる噂だろうと、愛莉は自然と半笑いをこぼした。
メッセージには続きがある。
[――いや、なんかほら、宵町さんって普通のホラーも書くけど、凄惨な感じで誰かを殺しちゃう、みたいな、わりと猟奇的な作品もちょいちょい書かれてるみたいなんですよね。それがどうも、ご自身の実際の体験からきてるものなんじゃないかって、一部の界隈では噂されていて……]
一部の界隈って、いったいどこの界隈だ。
いかにもサスペンスドラマが好きそうな主婦っぽい発想に思えた。
証拠があるならまだしも、単なる噂話であるなら、田島のとき同様、さすがに鵜呑みにはできない。
[そんな噂話があったんですね。全然知らなかったです……。でも、これといった証拠があるわけじゃないんですよね? だとしたら、さすがに単なるデマなんじゃないですかね?]
あくまで確証のない話は信じない主義を貫く愛莉。
そもそも愛莉は、だいぶ前に一度、宵町の受賞候補作ではない別の話題作を読んだことがあるのだが、生々しい描写に大きな刺激は受けたとしても、内容にそれほど大きな問題を感じるようなこともなかった。
創作は、想像して書くもの。作品に出てくる登場人物の思想や内容が、全て作者の実体験に基づくものだとは当然思っていないし、あくまで創作として書かれた範疇のものだと思っていたのだが……。
[だといいんですが……一応根拠というか、一部、ご自身が認めてるみたいなんです。自分も信頼できる人伝に聞いた話なので、これ以上は詳しく話せないんですが、確かに宵町さんってツブヤイター見てても働いてる気配なさそうだし、かといって学生でもなさそうだし。前科があるのが理由で思うように働けないのかなぁとか色々勘ぐっちゃって……。って、ちょっと失礼すぎたかな。いきなりすみませんっ。ただ、これからグループでやりとりするようになるわけだし、念のため情報共有しといたほうがいいかなと思って]
意外にも日暮には日暮なりのソースがあるようで、それはそれでゾッとした。
確証もない相手を殺人犯扱いするだなんてかなり失礼だとは思うけれど、ふと、昨日の茶会のことを思い返す。
宵町は〝ぷんぷん丸〟から届いた誹謗中傷がエスカレートし、〝脅し〟になったと言っていた。
もしもそれが、〝人殺しの前科〟に関することの脅しだったら――。
(いやいやいやいや、ないな……。〝人殺し〟だなんて、さすがにそれは……)
やはりどう考えても、不謹慎すぎる。
愛莉がしばし押し黙って返信に悩んでいると、日暮から重ねてメッセージが届いた。
[っとすみません、子が暴れてるのでまた! 今のは絶対にここだけの話で……!! 後ほどグループの方でも挨拶しておきますねっ]
忙しないメッセージに[もちろん了解です、ではまた!]と返信を送って、日暮とのやりとりを終える。
メッセージのやり取りを終えて、ツブヤイターの新着アイコンが消える。スマホを閉じると、急に仮想の世界から現実の世界に引き戻されたような、そんな感覚に陥った。
誹謗中傷。
不正ランキング。
人殺し。
宵町は田島のことを誹謗中傷の犯人だと疑い、田島は日暮のことを不正ランキングかもしれないと疑い、日暮は宵町のことを人殺しの前科持ちかもしれないと疑っている。
(そんな馬鹿なこと、あるはずないって……)
それぞれがどういう意図で愛莉にそれを話そうと思ったのかはわからない。
情報共有のため? 警戒を促すため? それとも……相手を蹴落とすため?
みんな必死なのはわかる。だが、そんな確証のない話をされても、疑心暗鬼の種にしかならないではないか。
(誹謗中傷、不正ランキング、人殺し……か。それ、もしもノベルマの公式掲示板に匿名で書き込んだら、三人の人気はダダ下がりだよね。そうしたら今年のノベ大、ライバルが三人減って、私と春奈ちゃんの一騎打ちじゃない?)
――よからぬ妄想が、むくむくと膨れ上がる。
(いやまって。一番強そうなのは書籍化作家の春奈ちゃんだもの。どうせ書き込むなら、春奈ちゃんにも〝パパ活常習者〟とか、アリそうな感じになってもらって……)
――頭の中でなら、どんな薄汚いことだって自由に考えられる。
(……なんてね)
もちろんそんなことを実行する気は微塵もないのだが、そうなったら楽に大賞が獲れるのではないかという薄汚い考えを抱いてしまう浅ましい自分に、心底ため息が出た。
負けたくないと思う一方で、愛莉は、自分の作品で、プロである青木の作品に勝てるのだろうかという不安に押しつぶされそうになることが多々あるのもまた事実。
(バカなこと考えてないで、顔洗ってご飯食べたら、昨日できなかった分、今日はたくさん読みにいって、たくさん物語を書こう)
そんな不安を吹き飛ばすように、愛莉はベッドから起き上がり、貴重な休日の朝を回し始めるのだった。