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 茶会の夜、一人暮らしのアパートに戻った愛莉は、ぐったりとベッドの上に倒れ込んだ。
 あの後、休日出勤中の会社上司に折り返しの電話を入れたはいいが、仕事上のミスについて、延々と怒られてしまった。
(こっちは休日だっていうのに……ついてない……)
 はあ、と重たい息が溢れる。
 もしも自分がノベルマの大賞――賞金500万円――を獲ることができたら、もういっそのこと会社を辞めてしまおうかな、なんて、夢みたいなことを考えて、すぐに頭を振る。
 無理に決まってる。そんなことできるわけがない。
 憂鬱な気分を追い払おうと、愛莉は机上に置きっぱなしになっていたスマホに手を伸ばし、画面を開く。なにか気分が上がる話題はないかと期待するようにツブヤイターを立ち上げると、DMに新着メッセージが届いていた。
[今日はあざっした! さっそくなんですが電車で話してたツブのグループDMの件、今日のメンバー集めて、配信を企画したり、檄を飛ばしあったり、情報交換したりできればいいなーと思ってるんすけど、どうでしょう? もし愛莉さんが迷惑じゃなければ、他のメンバーにも声をかけようと思うんですが]
 ――田島からだ。
 さすがの行動力だと感心する。
 なぜ真っ先に自分へ声をかけてくれたのかはわからないが、今日の茶会においても、田島は愛莉を中間地点において会話を進めることが多かった。
 おそらく他の二人に比べて一番話しやすいと思われているのだろう。頼られること自体は、悪い気はしない。
[今日はありがとうございました。帰り際、バタバタしてしまってすみません。グループDMの件、全く問題ないですよ。むしろ、そうやって共に切磋琢磨できるのって嬉しいです! いつも田島さんにお任せしっぱなしで申し訳ないですし、よかったら私の方からも他メンバーに声をかけてみましょうか?] 
 気を利かせてそう返信を送る愛莉。
 すると瞬時に既読マークがつき、ほどなくして田島からの返信が届いた。
[よかったっす! 愛莉さんいないと盛り上がらないと思うんで助かります! えと、そしたら自分、とりあえず春奈ちゃんに声かけてみます]
 そうくるだろうと思っていた。田島と青木は、互いに気を使いながらも蟠りなく会話を交わしていた。むしろ田島が声を掛けづらそうな相手といえば――。
[ありがとうございます。じゃあ私は、ひとまず宵町さんに声をかけますね]
 愛莉は進んで、田島が苦手そうな宵町の名を挙げる。
 するとやはり田島は、即座に食いついてきた。
[え、いいんすか]
[はい。DMしたことはないですが、特に問題なくやり取りできると思うので……]
[うわー助かるっす。実は自分、ヤミさんちょっと苦手なんで……]
 ――やはり。田島の返信には、泣き笑いの顔が付いていた。
[だと思いました。ついでに日暮さんにも私から声かけてみましょうか?]
 愛莉がさらに一歩踏み込むと、田島は再び素早いレスを返してくる。
[うおっ。まじすか? セイさん、もし呼ぶとするなら、面識があるっていう春奈ちゃんから誘って貰おうかとも思ってたんですが……]
[その方が良ければ、もちろんそれでも構わないですよ。日暮さん、きっかけがなくて話しかけられずにいたんですが、私自身、一度話してみたいなーとは思っていた方なので……]
 半分は事実で、半分は嘘だ。
 きっかけがなくて話せなかったのは事実だが、話してみたいな、と思ったことは、正直あまりない。
 ただでさえ忙しいというのに、育休者の穴埋めでキャパオーバーの作業を振り分けられ、日夜馬車馬のように働く愛莉と、二十四時間ワンオペで双子育児と家事をこなしつつ気ままにツブヤイターを更新する育休者、あるいは休職者の日暮。
 ノベ大の選考通過の際に勢いでフォロー関係になったものの、生活環境があまりにも真逆すぎて話が合いそうにはないし、なんならむしろ、日々の呟きや写真で、密かに張り合っている空気すらあった。
『育休者の穴埋め大変だけど、働く自分は好き。キャリアを積む女、格好良いでしょ?』
『育児大変だけど、子どもは可愛いし癒される。仕事も大変だろうけど家事育児も大変。ワンオペこなす私、頑張ってるでしょ?』
 口にせずともぶつかり合う無言の圧と自己顕示欲。
 もちろんそんなことを実際に口にしているわけではないし、日暮が本心で何を思って呟きや写真を流しているかはわからないが、愛莉にはそう見えていたし、認めたくはないけれど正直、二十四時間自由に時間を使える日暮に、愛莉は妬みのようなものを感じる瞬間がたびたびあった。
 本当は自分だって、彼氏を作って結婚して子どもを産んで育休をとって仕事に縛られず二十四時間ずっと家にいて、隙間時間に読書したり小説を書くような、余裕のある生活を味わってみたい。
 しかし、どう考えても自分にはそんな時間や精神的、経済的余裕はない。育休を取得したとして、自分の会社では白い目でみられることが確実だし、復職した時に自分の地位が残されているかもわからない。
 だから、実際にはそれをしたいと思えないし実現できないからこそ、日暮の芝生が青く見えてしまう。
 なぜ相互フォローになったのだろうと首を捻りたくなるぐらい、二人は交わらずに今までやってきた。自分から話しかけようとはしないくせに、相手のつぶやきだけは常にチェックしてしまう。
 愛莉と日暮は、愛莉のそんな不健全な感情で成り立っているような間柄だったように思う。