◇
土曜の夕方、オフィス街の片隅にある駅ホーム。
やってきた快速列車に乗り込んだ田島と愛莉の二人は、車両の繋ぎ目付近にある空席に腰をかけた。
人はまばらで、家族連れや友人同士、子連れが多い。
隣にはふーっと安堵の息を吐く田島。先ほどの集まりの中で、彼は現在大学三年生で、間もなく四年生になると言っていた。
自分の方が年上とはいえ、そこまで年が離れているわけでもない。私服を着ている今、側から見ればひょっとしたら恋人同士に見られているかもな、なんて、特に意味のないことを考えながらぼんやり窓の外の景色を眺めていると、田島が場を和ますような明るい口調で言った。
「いやあ、最初はどうなることかと思いましたけど、意外に最後の方はみんな、そこそこ普通に話してましたね」
「……ですね。途中ハラハラもしましたけど、宵町さんも離席してからは気分を入れ替えたように、雰囲気が少し柔らかくなってた感じがしましたし」
「あっ。それ自分も思いました! 最初の方、緊張してただけなのかなー」
「かもしれないですねえ」
差し障りのないことを言って、話を合わせる。
もちろんあれからも、宵町の探るような態度はしばらく続いていたのだが、途中からは露骨に空気を乱すようなことはしていなかったように思う。
淡々と会話に加わり、淡々と会話を抜けたかと思えば黙々とドリンクを啜り、こちらをじっと見て何かを逡巡する。その繰り返しだ。
攻撃的な態度をとっていては情報を集める上で真相が探りにくいと判断した可能性もあるし、ひょっとしたら、田島の気立ての良さに絆されて、途中で田島が誹謗中傷の犯人であるという考えを改めたのかもしれない。……というのは、都合の良すぎる解釈だけれど。
いずれにせよ、あれから大きな衝突もなく差し障りのない情報交換をして解散できたことは、全員にとって悪くない結末だっただろうと思う。
「自分、ファンタジー界隈でもよく人を集めてワイワイ晩飯会とかやるんですけど、たまにいるんすよね、ヤミさんみたいにちょっと尖ったヤツ。自分に自信があって、周りの目を気にせず堂々と自分の意見言えて、まじでうらやましー限りなんすけど、そういう人って俺みたいに自信がないやつの気持ち、きっとわかんないんだろーなって、ちょい思ったりもするんすよね」
「……え? チイトさん、自分に自信がないんですか?」
思ってもみなかったフレーズが聞こえた気がして、つい、目を瞬いて隣にいる田島を見る。すると田島は、苦笑を交えて本音を吐露した。
「あー、俺、基本ポンコツなんで全然自信ないっす」
「ポンコツだなんてそんな……」
「いやいや、ホントダメなんすよー。どんだけ必死こいても、いつも〝一位〟にはなれないみたいな。よくて二位とか三位止まりなんすよね。だからいつのまにか、結果がダメでも自分が傷つかない程度の本気しか出せなくなっちゃった、みたいな……」
「チイトさん……」
「って、すんません。ついネガティブ入っちゃいました。やめやめ、せっかくリーチかかってんのに、今さら弱気になったってしょうがないっすよね! 俺、今回のノベ大こそは絶対に……」
「……気持ち、なんとなくわかります」
「へ?」
田島の本音を聞いて、つい、ぽろりと溢れる。
きょとんとした田島から目を逸らし、愛莉はぼんやり窓の外の景色を眺めながら続けた。
「私も自信なんてないですよ。私の場合は、常に自分のことを認めてもらえないような環境にいたので、自信を持ちたくても持てない、というか、自信を持とうとしたところで、ダメ出しを食らってへし折られてきたというか……」
「え! 愛莉さんが……⁉︎」
「はい。行き詰まっていた時に出会ったのが創作の世界だったんです。現実を忘れられる夢のような時間がものすごく新鮮で、最初は読み専だったけど、自分でもやってみようと思って見様見真似で書いた作品に感想がついて。それが嬉しくって毎日続けるようになって、気づいたらここまで来てた……みたいな」
目を細めて、当時のことを思い出す愛莉。
地に落ちていた自己肯定感を、拾い上げてくれた読者からの感想や褒め言葉は、今でも心の支えとして胸の中に大切にしまっている。
「愛莉さん……」
だからこそ――と、愛莉は思う。
「なので、今回のノベ大が負けられないのは私も一緒です」
「……!」
「負けませんからね、チイトさん。私、読者投票期間は毎日一話ずつ人気の溺愛ショートストーリーを公開して集客を画策するつもりなので覚悟してくださいよ」
田島が誹謗中傷の犯人かどうかなんて、この際、関係ない。
自分のためにも、自分を応援してくれる読者のためにも、絶対に大賞をとる。
大賞をとったら、全く消化できていない有給をとって、優雅に海外旅行でもするんだ……と、愛莉は、希望に満ち溢れたような笑みを浮かべてみせた。
すると田島は、急にふわっと頬を赤く染めて、あわあわと愛莉から視線を外した。
「ちょ、ずりー。なんすか今の神々しい笑み。ライバルなのに、めっちゃ溺愛SSとか読みにいきたくなっちゃうじゃないっすか!」
「あは。大歓迎ですよ。私の小説、たまに男性の読者さんも読みに来てくれるので」
「そうなんだ。まあ今は性別関係なく書く人も読む人も多いっすもんね。……つか愛莉さん、仕事とか忙しそうなのに毎日更新とか体大丈夫なんすか?」
ふと、田島が愛莉の体を気遣った。
土曜の夕方、オフィス街の片隅にある駅ホーム。
やってきた快速列車に乗り込んだ田島と愛莉の二人は、車両の繋ぎ目付近にある空席に腰をかけた。
人はまばらで、家族連れや友人同士、子連れが多い。
隣にはふーっと安堵の息を吐く田島。先ほどの集まりの中で、彼は現在大学三年生で、間もなく四年生になると言っていた。
自分の方が年上とはいえ、そこまで年が離れているわけでもない。私服を着ている今、側から見ればひょっとしたら恋人同士に見られているかもな、なんて、特に意味のないことを考えながらぼんやり窓の外の景色を眺めていると、田島が場を和ますような明るい口調で言った。
「いやあ、最初はどうなることかと思いましたけど、意外に最後の方はみんな、そこそこ普通に話してましたね」
「……ですね。途中ハラハラもしましたけど、宵町さんも離席してからは気分を入れ替えたように、雰囲気が少し柔らかくなってた感じがしましたし」
「あっ。それ自分も思いました! 最初の方、緊張してただけなのかなー」
「かもしれないですねえ」
差し障りのないことを言って、話を合わせる。
もちろんあれからも、宵町の探るような態度はしばらく続いていたのだが、途中からは露骨に空気を乱すようなことはしていなかったように思う。
淡々と会話に加わり、淡々と会話を抜けたかと思えば黙々とドリンクを啜り、こちらをじっと見て何かを逡巡する。その繰り返しだ。
攻撃的な態度をとっていては情報を集める上で真相が探りにくいと判断した可能性もあるし、ひょっとしたら、田島の気立ての良さに絆されて、途中で田島が誹謗中傷の犯人であるという考えを改めたのかもしれない。……というのは、都合の良すぎる解釈だけれど。
いずれにせよ、あれから大きな衝突もなく差し障りのない情報交換をして解散できたことは、全員にとって悪くない結末だっただろうと思う。
「自分、ファンタジー界隈でもよく人を集めてワイワイ晩飯会とかやるんですけど、たまにいるんすよね、ヤミさんみたいにちょっと尖ったヤツ。自分に自信があって、周りの目を気にせず堂々と自分の意見言えて、まじでうらやましー限りなんすけど、そういう人って俺みたいに自信がないやつの気持ち、きっとわかんないんだろーなって、ちょい思ったりもするんすよね」
「……え? チイトさん、自分に自信がないんですか?」
思ってもみなかったフレーズが聞こえた気がして、つい、目を瞬いて隣にいる田島を見る。すると田島は、苦笑を交えて本音を吐露した。
「あー、俺、基本ポンコツなんで全然自信ないっす」
「ポンコツだなんてそんな……」
「いやいや、ホントダメなんすよー。どんだけ必死こいても、いつも〝一位〟にはなれないみたいな。よくて二位とか三位止まりなんすよね。だからいつのまにか、結果がダメでも自分が傷つかない程度の本気しか出せなくなっちゃった、みたいな……」
「チイトさん……」
「って、すんません。ついネガティブ入っちゃいました。やめやめ、せっかくリーチかかってんのに、今さら弱気になったってしょうがないっすよね! 俺、今回のノベ大こそは絶対に……」
「……気持ち、なんとなくわかります」
「へ?」
田島の本音を聞いて、つい、ぽろりと溢れる。
きょとんとした田島から目を逸らし、愛莉はぼんやり窓の外の景色を眺めながら続けた。
「私も自信なんてないですよ。私の場合は、常に自分のことを認めてもらえないような環境にいたので、自信を持ちたくても持てない、というか、自信を持とうとしたところで、ダメ出しを食らってへし折られてきたというか……」
「え! 愛莉さんが……⁉︎」
「はい。行き詰まっていた時に出会ったのが創作の世界だったんです。現実を忘れられる夢のような時間がものすごく新鮮で、最初は読み専だったけど、自分でもやってみようと思って見様見真似で書いた作品に感想がついて。それが嬉しくって毎日続けるようになって、気づいたらここまで来てた……みたいな」
目を細めて、当時のことを思い出す愛莉。
地に落ちていた自己肯定感を、拾い上げてくれた読者からの感想や褒め言葉は、今でも心の支えとして胸の中に大切にしまっている。
「愛莉さん……」
だからこそ――と、愛莉は思う。
「なので、今回のノベ大が負けられないのは私も一緒です」
「……!」
「負けませんからね、チイトさん。私、読者投票期間は毎日一話ずつ人気の溺愛ショートストーリーを公開して集客を画策するつもりなので覚悟してくださいよ」
田島が誹謗中傷の犯人かどうかなんて、この際、関係ない。
自分のためにも、自分を応援してくれる読者のためにも、絶対に大賞をとる。
大賞をとったら、全く消化できていない有給をとって、優雅に海外旅行でもするんだ……と、愛莉は、希望に満ち溢れたような笑みを浮かべてみせた。
すると田島は、急にふわっと頬を赤く染めて、あわあわと愛莉から視線を外した。
「ちょ、ずりー。なんすか今の神々しい笑み。ライバルなのに、めっちゃ溺愛SSとか読みにいきたくなっちゃうじゃないっすか!」
「あは。大歓迎ですよ。私の小説、たまに男性の読者さんも読みに来てくれるので」
「そうなんだ。まあ今は性別関係なく書く人も読む人も多いっすもんね。……つか愛莉さん、仕事とか忙しそうなのに毎日更新とか体大丈夫なんすか?」
ふと、田島が愛莉の体を気遣った。