◇
思わず、ビクッと飛び跳ねるように姿勢を正す。
「あッ、ありがッとうございますっ」
「……?」
慌てて取り繕うように礼を述べたが、笑えるぐらいに声が裏返ってしまった。
青木も手に持っていたスマホを取り落としそうになるほど動揺しており、相変わらず宵町だけが、感情のこもらない冷淡な表情で足を組み替えていた。
「ん? なんの話っすか?」
「あ、いえ、ホラー話が得意な宵町さんに、その、ちょっとした怖い話を聞いてました……」
咄嗟に出てきた言葉だったが、あながち間違ってもいない。
田島はなおも不思議そうに首を捻っていたけれど、それまでギスギスしていた空間が、ある意味盛り上がっているように見えたのか、ほっとしたような表情で間に入ってくる。
「え、なんすかそれ。俺も聞きたい、まぜてー!」
「悪いけどアタシ、ちょっとトイレいってくるんで」
「エッ。まじすか⁉︎ ってか俺だけ仲間はずれ⁉︎」
だがやはり、宵町は相変わらずだった。
先ほどの殺伐としたやり取りを打ち消すようなハイテンションの田島に構うことなく、宵町はすいと席を立ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
「……」
「なにさー。やっぱり俺、ヤミさんに嫌われてる⁉︎」
むすっと唇を尖らせながら、愛莉の隣に腰をかける田島。
やはりどこからどう見ても、人懐っこくて、嫌味がなくて、気遣いに溢れる好青年に見える。
先ほどの宵町の言葉を思い浮かべて、ついごくりと生唾を飲み込むが、宵町の発言はただの『疑惑』にすぎない。
素性がわからないのは田島だけでなく宵町だって同じだし、ひょっとしたら宵町の方が、何か思惑があって自分を嗾けているだけの可能性だってあるんじゃないか? ――と、もはや混乱気味の自分にそう言い聞かせてから、愛莉は、必死に愛想笑いを浮かべる。
「い、いえ、誰にでもあんな感じみたいですし、気にする必要はないかと……」
「だといいんだけどなぁ……っと、はい、絶品アイスティ。まじ五臓六腑溶けるレベルで美味いっすから。心して飲んでくださいねー」
「ありがとうございます」
自分と青木の前にアイスティーのグラスを置いてくれた田島に、小さく礼を述べて、ちらりと視線を上げると、彼はちょっと照れたように、へへ、と笑った。
「……」
どうしよう。モヤモヤする。
いっそのこと、『チイトさんのところにも誹謗中傷きました?』と、当たり障りのない感じで探りをいれてみようかとも思ったが、反応を見るのが怖い気もする。
喉がからからだ。田島が淹れてきてくれたアイスティにストローを通し、口をつける。潤いを求めて液体を吸い込んだものの、ひんやりと冷たい感覚はあっても味がしない。味わう余裕がないぐらい、動揺していた。
どうしたものかとあれこれ考えていると、ふと、田島がちょっとした異変に気付き、首を傾げた。
「っと、春奈ちゃん、どした? 大丈夫?」
「……っ」
そういえば、先ほどから青木の顔が青ざめたままだ。
「なんかすげー顔青いけど……よっぽど怖い話しでもしてたん?」
「……」
「あ、いや、まあ、ちょっと。でも私もちょっと気になってたんだけど……春奈ちゃんって、宵町さんと初対面だよね? 宵町さんと何かあった?」
何も言わない青木を気遣うよう、愛莉が口を挟む。
青木は警戒するような目で田島を見た後、唇をかみしめて逡巡し、やがてぽつりと答えた。
「その、私……」
「うん?」
「ヤミさんがノベルマにきてまもない頃、作品を読んで、感想を送ったことがあるんです」
「え、まじ?」
「えっ。そうなの?」
田島と声をハモらせる愛莉。
意外だった。いかにもキラキラした話が好きそうな青木が、宵町のホラーを読むとは。
「……はい。その頃、ちょっと親と色々あって、悩んでて。暗い話が読みたかったんで、当時話題になってたヤミさんの受賞候補作の小説を読んだら、すごいハマっちゃって……」
「そうなんだ」
「はい。それで勢い余ってツブヤイターのDMに長文感想を送ったら、ヤミさん、すごく丁寧にお返事くれて。そこから少し、やりとりするようになったんですけど……ちょっと色々と、私が〝やらかして〟しまって……」
「やらかした? 何を?」
愛莉が首を捻ると、青木は泣きそうな顔で続けた。
「いえ、その……それはちょっと言えないんですが……でもあの、怒られて当然のことをしたというか。それ以来、フォローも解除されて会話できなくなっちゃって……」
苦笑し、悲しそうに俯く青木。
いったい何をやらかしたというのか。そこは気になるが、青木もこれ以上宵町に迷惑をかけたくないと思ってるのか言葉を濁しているし、わざわざこちら側から無粋につっこんで聞けるような空気でもない。
仕方なく愛莉は、差し障りのない相槌を打つにとどめた。
「そっか……そんなことがあったんだね……」
「はい。なので今日、もしヤミさんが来られるなら、そのことを謝りたいなと思ってたんですけど、やっぱりダメそうですね……。目も合わせてくれないし、めちゃくちゃ怒ってるみたい……」
悲しそうな青木の呟きに、愛莉もつられたように苦笑する。
「でも、勇気あるし偉いよね。いったいどんなことを〝やらかした〟のかはわからないけど、普通だったら気まずくて来ようとも思わないだろうし」
「それは……確かに勇気がいりましたが、私、意外と、作品が気になった作者さんには積極的に声をかけたり、コミュニケーションとかもとりたがる方なんです」
「えっ。そうなの?」
これもまた、意外だ。
そもそも青木は、作品のコメント欄を閉鎖しているだけでなく、ツブヤイターの発信も一方的なことが主。あまり他者とやりとりしている姿はほとんど見かけないので、特定の人間以外とはあまりつるまないのかと、愛莉は思っていた。
その印象を覆すように、青木は自ら素顔を曝け出す。
「はい。前は相手の作品のコメント欄に感想書いて交流したりとか、自分のツブヤイターで長文感想書いたりとかもしてたんですが、一部のアンチっぽい人たちから『媚びてる』とか『鼻につく』みたいに言われちゃって……それ以来、表立っては動かないようにしてるんです。でも、DMとかメールフォームとかがあれば人目を気にする必要ないと思って、心おきなく感想送ったり絡みにいって、裏ではひっそり交流してたりするんですよ」
へへ、と笑いながらそんな隠された一面を明かす青木。女子高生人気作家は大変だな、と思うと同時に、愛莉はちょっとだけ心の中がざわついた。
恋愛ジャンルの書き手たちの間ではそこそこ名の知れている自分のことを、〝NARERUYO〟時代から知っていたという青木。
しかし自分には、青木からDMなり感想なり個人的な声がけをしてもらえたことは一度もない。それはつまり、作品を読んだ上で気に入ってもらえなかったということなのか、それとも、そもそも名前は知っていたけれど作品には興味がなくて一度も読まれたことがないという事なのだろうか、と、卑屈になる気持ちがじわりと湧いたが、みっともないのですぐに雑念は振り払った。
思わず、ビクッと飛び跳ねるように姿勢を正す。
「あッ、ありがッとうございますっ」
「……?」
慌てて取り繕うように礼を述べたが、笑えるぐらいに声が裏返ってしまった。
青木も手に持っていたスマホを取り落としそうになるほど動揺しており、相変わらず宵町だけが、感情のこもらない冷淡な表情で足を組み替えていた。
「ん? なんの話っすか?」
「あ、いえ、ホラー話が得意な宵町さんに、その、ちょっとした怖い話を聞いてました……」
咄嗟に出てきた言葉だったが、あながち間違ってもいない。
田島はなおも不思議そうに首を捻っていたけれど、それまでギスギスしていた空間が、ある意味盛り上がっているように見えたのか、ほっとしたような表情で間に入ってくる。
「え、なんすかそれ。俺も聞きたい、まぜてー!」
「悪いけどアタシ、ちょっとトイレいってくるんで」
「エッ。まじすか⁉︎ ってか俺だけ仲間はずれ⁉︎」
だがやはり、宵町は相変わらずだった。
先ほどの殺伐としたやり取りを打ち消すようなハイテンションの田島に構うことなく、宵町はすいと席を立ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
「……」
「なにさー。やっぱり俺、ヤミさんに嫌われてる⁉︎」
むすっと唇を尖らせながら、愛莉の隣に腰をかける田島。
やはりどこからどう見ても、人懐っこくて、嫌味がなくて、気遣いに溢れる好青年に見える。
先ほどの宵町の言葉を思い浮かべて、ついごくりと生唾を飲み込むが、宵町の発言はただの『疑惑』にすぎない。
素性がわからないのは田島だけでなく宵町だって同じだし、ひょっとしたら宵町の方が、何か思惑があって自分を嗾けているだけの可能性だってあるんじゃないか? ――と、もはや混乱気味の自分にそう言い聞かせてから、愛莉は、必死に愛想笑いを浮かべる。
「い、いえ、誰にでもあんな感じみたいですし、気にする必要はないかと……」
「だといいんだけどなぁ……っと、はい、絶品アイスティ。まじ五臓六腑溶けるレベルで美味いっすから。心して飲んでくださいねー」
「ありがとうございます」
自分と青木の前にアイスティーのグラスを置いてくれた田島に、小さく礼を述べて、ちらりと視線を上げると、彼はちょっと照れたように、へへ、と笑った。
「……」
どうしよう。モヤモヤする。
いっそのこと、『チイトさんのところにも誹謗中傷きました?』と、当たり障りのない感じで探りをいれてみようかとも思ったが、反応を見るのが怖い気もする。
喉がからからだ。田島が淹れてきてくれたアイスティにストローを通し、口をつける。潤いを求めて液体を吸い込んだものの、ひんやりと冷たい感覚はあっても味がしない。味わう余裕がないぐらい、動揺していた。
どうしたものかとあれこれ考えていると、ふと、田島がちょっとした異変に気付き、首を傾げた。
「っと、春奈ちゃん、どした? 大丈夫?」
「……っ」
そういえば、先ほどから青木の顔が青ざめたままだ。
「なんかすげー顔青いけど……よっぽど怖い話しでもしてたん?」
「……」
「あ、いや、まあ、ちょっと。でも私もちょっと気になってたんだけど……春奈ちゃんって、宵町さんと初対面だよね? 宵町さんと何かあった?」
何も言わない青木を気遣うよう、愛莉が口を挟む。
青木は警戒するような目で田島を見た後、唇をかみしめて逡巡し、やがてぽつりと答えた。
「その、私……」
「うん?」
「ヤミさんがノベルマにきてまもない頃、作品を読んで、感想を送ったことがあるんです」
「え、まじ?」
「えっ。そうなの?」
田島と声をハモらせる愛莉。
意外だった。いかにもキラキラした話が好きそうな青木が、宵町のホラーを読むとは。
「……はい。その頃、ちょっと親と色々あって、悩んでて。暗い話が読みたかったんで、当時話題になってたヤミさんの受賞候補作の小説を読んだら、すごいハマっちゃって……」
「そうなんだ」
「はい。それで勢い余ってツブヤイターのDMに長文感想を送ったら、ヤミさん、すごく丁寧にお返事くれて。そこから少し、やりとりするようになったんですけど……ちょっと色々と、私が〝やらかして〟しまって……」
「やらかした? 何を?」
愛莉が首を捻ると、青木は泣きそうな顔で続けた。
「いえ、その……それはちょっと言えないんですが……でもあの、怒られて当然のことをしたというか。それ以来、フォローも解除されて会話できなくなっちゃって……」
苦笑し、悲しそうに俯く青木。
いったい何をやらかしたというのか。そこは気になるが、青木もこれ以上宵町に迷惑をかけたくないと思ってるのか言葉を濁しているし、わざわざこちら側から無粋につっこんで聞けるような空気でもない。
仕方なく愛莉は、差し障りのない相槌を打つにとどめた。
「そっか……そんなことがあったんだね……」
「はい。なので今日、もしヤミさんが来られるなら、そのことを謝りたいなと思ってたんですけど、やっぱりダメそうですね……。目も合わせてくれないし、めちゃくちゃ怒ってるみたい……」
悲しそうな青木の呟きに、愛莉もつられたように苦笑する。
「でも、勇気あるし偉いよね。いったいどんなことを〝やらかした〟のかはわからないけど、普通だったら気まずくて来ようとも思わないだろうし」
「それは……確かに勇気がいりましたが、私、意外と、作品が気になった作者さんには積極的に声をかけたり、コミュニケーションとかもとりたがる方なんです」
「えっ。そうなの?」
これもまた、意外だ。
そもそも青木は、作品のコメント欄を閉鎖しているだけでなく、ツブヤイターの発信も一方的なことが主。あまり他者とやりとりしている姿はほとんど見かけないので、特定の人間以外とはあまりつるまないのかと、愛莉は思っていた。
その印象を覆すように、青木は自ら素顔を曝け出す。
「はい。前は相手の作品のコメント欄に感想書いて交流したりとか、自分のツブヤイターで長文感想書いたりとかもしてたんですが、一部のアンチっぽい人たちから『媚びてる』とか『鼻につく』みたいに言われちゃって……それ以来、表立っては動かないようにしてるんです。でも、DMとかメールフォームとかがあれば人目を気にする必要ないと思って、心おきなく感想送ったり絡みにいって、裏ではひっそり交流してたりするんですよ」
へへ、と笑いながらそんな隠された一面を明かす青木。女子高生人気作家は大変だな、と思うと同時に、愛莉はちょっとだけ心の中がざわついた。
恋愛ジャンルの書き手たちの間ではそこそこ名の知れている自分のことを、〝NARERUYO〟時代から知っていたという青木。
しかし自分には、青木からDMなり感想なり個人的な声がけをしてもらえたことは一度もない。それはつまり、作品を読んだ上で気に入ってもらえなかったということなのか、それとも、そもそも名前は知っていたけれど作品には興味がなくて一度も読まれたことがないという事なのだろうか、と、卑屈になる気持ちがじわりと湧いたが、みっともないのですぐに雑念は振り払った。