「え、ちょ、いやまさか……。な、なんでそう思ったんです?」
「アタシのところにきた批判の内容が、いかにもノベ大を意識していて、最終選考への辞退を促しているような内容だったので」
「え、そうなんです?」
「うん。そんなことして得するのって、他の受賞候補者か、受賞候補者の熱狂的なファンくらいでしょ?」
「! それは確かに……」
「アンチや愉快犯の仕業なら無視一択なんだけど、アタシ、別にネット上の誰かに恨まれるようなことなんて何もしてないし、もしも受賞候補者の中に、そういう卑怯な手を使う奴がいるんだったら、絶対許さないと思って。だからアタシ、今日は確かめるつもりでここにきたの」
「……!」
 ――なるほど。それで宵町は、始終ギスギスした空気を醸し出していたのかと、ようやく愛莉は腑に落ちる。
 だがしかし、だとすれば自分にも疑いをかけられているわけで、それはさすがに気持ちが良いものではない。
「そうだったんですね……。でも、もちろん私は違いますよ? 自分じゃないことの証明ってどうすればいいのかよくわからないんで否定するしかできないですが、そんなことをして、もし宵町さんに訴えられでもしたら会社や実生活に影響しますし、それに何より、ようやく掴んだ受賞候補の座なので、揉め事なんて起こしたくありませんから」
 つとめて冷静に、自分の身の潔白を口にする愛莉。
 すると宵町は、それを遮るようにキッパリと言った。
「皇サンだとは思ってないです」
「あ、そうなんですね。ならよかったです。むしろ、どなたか目星がついてるんですか?」
 ほっとしたついでに、何気なく口にしてしまってから、ハッとした。
 視界の隅で、青木が異様に縮こまって青ざめた顔している。
 いや、まさか? と、一瞬でも疑ってしまった自分がイヤになる。
 こんなに愛らしくて、才能に恵まれ、出版社からも推されていて、ツブヤイターでも日々充実したような呟きしかしていない、なんの悩みも不自由もなさそうな女子高生が、わざわざ誹謗中傷だなんて手を使って、最終選考を有利に進めようと考えるはずがない。
 元々彼女は誹謗中傷を強く警戒して頑なに避けているきらいがあるし、そもそも彼女は何もしなくても、おそらく自然と学生層の票を集めるはずだ。
 ならばなぜ、あんなに縮こまって震えているんだろう。
 疑問と、妙な緊張感を抱いたまま宵町に視線を注ぐと、彼女は手に持っていたスプーンを皿の上に置いて、言った。
「目星、ついてます」
「……! だ、誰なんです?」
「田島サンです」
「……え」
 思わず、素の声が溢れた。
「え、いや、まさか……」
 そんなはずは……と言いかけて、口を噤む。
 今日初めて会ったばかりの田島。彼はとても気が利くし、思いやりがあるし、雰囲気も良くて、どこからどうみても社交性に溢れる好青年に思えた。
 もちろんそれは、ツブヤイターの日々の呟きを見ていたってわかる。
 そんな人懐っこそうな田島が、わけのわからないハンドルネームを使って、自分や、他の候補者たちに誹謗中傷を送っていただなんて、そんな気配は微塵も感じられない。
 だから真っ向から反論したいところだったが、正直、自分は田島チイトのリアルを、何一つ知らない。擁護しようにも、うまく言葉が出てこなかった。
「ど、どうしてそう思ったんですか?」
 だから愛莉は、思わず震え声でそう尋ねてしまった。
 すると宵町は、淡々とした口調で答える。
「自分、時間だけはあったんで、しらみ潰しにネットで情報収集したんです。そうしたら、ある匿名掲示板で田島サンの名前が引っかかってきて。それで警戒していたら……」
「ういっす、お待たせでしたー。絶品アイスティ淹れてきたっすー」
 ――と、そのとき。
 当の本人である田島が、部屋の扉を開けた。