右耳が音を拾えなくなったのは、八歳のころからだ。左耳は問題なく聞こえるが、右耳に関しては完全に機能が失われてしまっていた。
 苦労はあった。だが、耳が聞こえない、そのことで、人から同情されるなんてまっぴらだったから、必要を感じない限り、自分から伝えることはなかった。聴力に関するトラブルが煩わしかったために、人を遠ざけるようにもなった。
 しかし、まったく人と関わらないわけにもいかない。スムーズに生活したくて唇を読む術は身に着けた。それでも時々、かけられた言葉を拾いきれないことはある。そうならないために、極力、正面から人と接するようにしてきた。どうしても隣り合わせで話をしなければならないときは、左側を向けて話すように心がけていた。
 けれど、思い返してみれば、その努力を、香坂の前ではした覚えがない。
 気づいていてもよさそうなものなのに、まったく気づかなかった。
 それは多分、香坂があまりにも自然に左隣にいたから。
 そう気づいてから、どうしても香坂に会えない。
 文芸部に籍を置いて以来、委員会や、バイト、やむを得ぬ用事がない限りは部活へ出ていたが、文化祭が終わってこの一週間、部室に顔を出せずにいる。
 どんな顔をしていいのか、本気でわからないのだ。
「杉村」
 今日は雨だ。渡り廊下で、軒下から滴り落ちる雫を眺めていると、声が聞こえた。声を辿ると、東野が立っていた。
「ああ、なに」
「部誌読んだ。今回もけなしてくれてどうも」
「ああ、どういたしまして」
 投げ捨てるように返事をする。東野はむっとした顔をしたが、苛立ちを口に出すことはせず、渡り廊下の手すりに背中を押し当ててこちらを見た。
「部誌の話はともかくさ、ちょっと相談があるんだけど」
「お前が? 俺に?」
「なに、その言い方」
 東野が嫌そうに眉間にしわを寄せる。そう言われても、東野が相談などと自分に言ってきたことなど、これまで一度もなかった。唖然としながらもとりあえず促してみる。
「相談って?」
「部誌、好評だったの、聞いてる?」
 手すりに寄りかかり前髪を掻き上げて東野が問いかけてくる。
「そうなのか」
「杉村って本当に周りの噂とか興味ないんだな」
 呆れた顔をしながら、東野は肩に落ちてきた雨の雫を片手で払う。
「地味ながらもなかなか面白いものを書くってんで、そこそこ噂になってるよ。まあ、やっぱり伊藤のミステリーが一番人気みたいだけど」
「そうか」
 当たり障りなく相槌を打つ。東野は咳払いをして続けた。
「本題に入ると、新聞部から、コラムを書いてみないかって話があってさ」
「新聞部? なんで」
 校内新聞は月一回発行されていて、校区内で起こったニュース、誰それが書道のコンクールで入賞したとか、物理の安田先生に女の赤ちゃんが、とか、近隣の商店街にてイベント開催とか、ローカル情報を細々と掲載しているものだ。それほど注目されてはいないが、ほのぼのとしたカラーは校内で肯定的に捉えられている。
「俺のクラスに新聞部の部長がいてね、文芸部の部誌を読んで、新聞部の感性とは違う風を入れてみるのも面白いだろうって。一応コラムってことにしてるけど、紙面のその部分は好きに使っていいって話だ」 
「へえ……」
「へえじゃなくて。面白いと思うんだけど。やってみないか」
 呆れた顔をしつつ、東野が身を乗り出してくる。
「それ、伊藤には?」
 確認すると、東野は目に見えて嫌な顔をした。
「何度言わせる。あのお飾りの部長に言うよりお前に言うほうが早いだろう」
「……香坂には」
 香坂、と名前を口にするとき、なぜか緊張した。ぎこちなく響いただろうその名前に、東野はさして異変を感じなかったのか、けろりとした顔で頷いた。
「話した。さっき会ったから。いいと思いますが、杉村先輩に相談してみてくださいって」
「……そうか」
 あいつらしい答え方だ。
「とりあえず、お前と香坂で詳細話してみてくれ。必要であれば俺も書くし」
 さて話は終わった、と言いたげに手すりから身を起こした東野を、内心慌てながら麻人は引き留めた。
「新聞部の部長から言われたのはお前だろ。お前が詳細詰めればいいだろうが」
「俺にはそういうのは向かない。知ってるだろう」
「丸投げか」
「丸投げじゃない。適材適所で動くべきだと言っただけだ。もともとうちの部はほとんど活動らしい活動なんてしてないんだから問題ないだろ」
 こいつ、なんてこと言いやがる。
 気分を害した麻人は、憤然と言い返す。
「お前は活動していないと言っているが、活動はしている。研究発表も隔週でしている」
「杉村と香坂だけだろ。それやってるの」
 鼻で笑われ、むっとしたものの、言い返せなかった。確かに真面目に活動しているのは自分と香坂だけだ。
──香坂は……やはり俺が好きだから、文芸部にいるのだろうか。俺と一緒にいたいから、隔週の研究発表も面倒な顏一つせず毎回行っていたのだろうか。
 もしそうだとしたら、文芸に対する冒涜だ。
 拳を握りしめる麻人になど頓着せず、東野は話をまとめにかかる。
「まあそういうわけだから、あとはそっちで決めてくれ」
「いや……それは……困る」
「なんで」
 東野が面倒そうに目を細める。いや、と口ごもった麻人をしばらく眺めてから、はあっとため息をついて、東野は手すりにもう一度背中を預けた。
「俺たちは三年だし、もうすぐ引退だけど、後輩のためにも、文化祭以外での発表の場っていうの、考えてやってもいいんじゃないのか。俺たちが卒業しても香坂は残るんだから」
 東野の言葉がまっすぐに胸に突き刺さり、麻人は目を見開いた。
──俺は本当にだめだ。
 真っ先に胸を占めたのは、猛烈な自己嫌悪の感情だった。
 香坂が個人的な思慕から文芸部に入部したのだとしても、彼が文芸部に貢献してきた事実は変わらない。
 彼は……この自分が倒れた後も、必死に部誌を作るため奔走してくれたのだ。おそらくとても忙しかったろうに、それでも働き続けた。それこそがゆるぎない事実だというのに。
 入部の理由はどうであれ、香坂は文芸部の部員だというのに。
 彼がこの先、この部をつぶそうと、活動を休止することになろうと、それは彼の自由だ。けれども、もしも続けていきたいと思うのならば、その機会を摘み取っていいわけがない。
 自分は……香坂の先輩なのだ。彼を、先輩として指導する立場にあるのに。
 どうかしていた。
「香坂と……話してみる」
「おう」
 頼んだ、と軽く片手を上げると、東野はすたすたと渡り廊下を遠ざかっていく。
 雨粒が、軒先を流れ落ちる。激しさを増した雨をもう一度見てから、麻人はそっと呼吸を整えた。
 とはいうものの、あいつだって顔を合わせるのは、気まずいのではないだろうか。
 だとしたらここにはいないよな、と思いつつ、科学準備室の扉を開けると、予想に反し、室内では香坂がマグカップ片手に読書をしていた。
「あれ、杉村先輩」
 麻人に気づいた彼は、本を開いたまま、にっこりと笑う。
 まったくいつも通りに。
「今日は委員会の日じゃなかったんですか?」
「明日になった」
 表情を取り繕いながらそう言い、麻人は扉を閉める。香坂は、そうですか、と言って棚からもう一つマグカップを出す。
「先輩も飲みます?」
 ああ、とぎこちなく頷いて、指定席である窓を背にした椅子に腰を下ろす。
「東野先輩がさっき来ましたよ」
 コーヒーメーカーからコーヒーを注ぎながら、香坂が言う。このコーヒーメーカーは科学教師が自分用に持ち込んだものだが、文芸部の顧問でもある彼はめったにここに来ないため、いまや文芸部の備品と化している。
 どうぞ、と、ことんと、机にカップが置かれる。その横には、麻人しか使わないスティックシュガーとスプーンが添えられていた。
 考えてみれば、これもそうだ。
 香坂は、なにも言わなくてもスティックシュガーを添える。
 全然、意識していなかったが、毎回、そうだった。
 勝手に頬が熱くなる。赤くなる顔をごまかすように意味なく咳払いをしながら、麻人は砂糖をコーヒーへ勢いよく投入する。
 本気で、困った。
「先輩は聞きました? 新聞部のコラムの話」
 言いながら、香坂は椅子を引いて座る。それは麻人が座る椅子の左前、いつも香坂が座る席だった。
「ああ」
「どう思います?」
 香坂は机の上に伏せてあった本を広げながら訊ねる。宮沢賢治全集、とある。少し意外だ。
「お前は、どうしたいんだ」
「そうですねえ。面白いとは思いますけど、ただ、コンスタントに書くとなると、うちの部は人が少ないし、いろいろ難しいですね」
「……俺たちも、卒業するしな」
「……そうですね」
 そう言って香坂は横顔だけでひっそりと笑う。
 その顔を見ていたら、胸が詰まった。カップをかたんと置くと、ふっと香坂が本から目を上げた。
「香坂は……」
「はい?」
 きょとん、と香坂が目を瞬く。本当にいつも通りの、まったく変わらない顔で。
「先輩、どうかしました?」
 だめだ。
 やっぱりまっすぐにこいつの顔が見られない。
 多分、かなり不自然だったはずだが、麻人は事務椅子を回し、壁際に置かれた備品棚のほうへ体を向けた。
「香坂は、書くの、好きか」
「好きですけど」
 淡々とした声が背中から聞こえてくる。そうか、と呟いて、麻人は次の言葉を探す。
 その間も頬に宿った熱は、まったく散ってくれない。
「顔、赤いですけど、熱、まだあるんですか?」
「いや」
 彼のほうを見ないまま首を振る。心配してくれていることはわかるのだが、いかんせん、振り返る勇気がない。頑な態度のせいか、背後で香坂も沈黙する。
 気詰まりな時間が数秒過ぎたときだった。
 いきなり、視界が回転した。
 眩暈か、と慌てたがそうではなく、突然の視界のぶれは、座っていたキャスター付きの椅子を容赦なく回されたためだった。
「こっち、向いて」
 椅子を回した犯人の硬い声が降ってくる。見上げるしかできない麻人の額に、乾いた掌がつと、触れた。間近く見えるのは、曇りのない双眸。
「熱は、なさそうですね」
 そのとき、先ほどまで雨雲によって遮断されていたはずの陽光が、すうっと窓辺に落ちた。窓を透かし、室内へと広がる夏の始まりの白んだ日差しが、降りかかってくる。麻人の目の前で、彼の鳶色の瞳が淡く、透けた。
「もしかして、意識しちゃってます?」
 瞳に吸い寄せられていた意識が、かけられた声と共に戻ってきて、麻人は動揺した。
 あたふたと香坂の手から遠ざかろうと頭を引くのと、香坂がすっと麻人から手を引いたのは同時だった。
 彼の顔には朗らかないつもの笑みが浮かべられていた。
「困るんですよね。そんなんじゃ、部活にならないし」
「俺が悪いのか!」
 どうかしている。まったく、どうかしている。
 見とれてしまっていた自分を隠すように怒鳴ると、香坂は、いいえ、と首を振った。
「俺が悪いですよ」
 あっさりと言って、香坂はふうっと息をつく。
「まさかこんなに避けられると思ってなくて。この一週間、俺がどんな気持ちでここに通っていたか、わかってます?」
「なんで俺が責められる」
 そもそもの原因はお前じゃないか。不満を声に宿して返すと、香坂は細い腕を組んで麻人を見下ろしてきた。
「まったく、人の気持ちを好き勝手掻き乱すんだから。先輩らしいですね」
「どっちが掻き乱した!」
 怒りを覚え、立ち上がるが、香坂はまったく動じない。くすっと笑って目を細めただけだ。しかも、
「まあ、こんな言い争いより建設的な話、しませんか」
などと、至極淡々と言う。苛立ちながらも麻人が椅子に不承不承座り直すと、香坂は事務的な調子で話を戻した。
「新聞部の件、難しいかもしれないけど、俺は受けたいです。先輩はどうですか」
「それは……」
 口を開きかけて、麻人は迷った。香坂は黙って麻人の返事を待っている。
……数秒考えたがやはり、事務的に話を進められそうにはなかった。
「お前、なんで文芸部に入った」
「は?」
「その……お前が部に入ったのは……ふ、不純な動機からじゃ……ないよな……」
「不純な動機?」
 言われた意味がわからなかったらしく、香坂は首を傾げる。しかしこれ以上言葉を重ねて説明するなんて麻人には無理だった。
 真っ赤になって顔を背ける。と、突然、笑い声が響いた。
「先輩って……なんでそんなに可愛いんですか」
「なに!」
 かっとなって再度椅子から立ち上がるが、香坂は構わずにしつこく笑いながら、自席に戻った。椅子に腰を落ち着けたものの、顔を伏せてまだ笑っている。
「おい! お前、なんなんだ!」
「二年の香坂千影ですが」
 笑みがたっぷりと含まれた、ふざけ調子の名乗りが返ってくる。おい! と怒鳴ると、香坂は笑いを収めて、伏せていた本を引き寄せた。
「まさかそんな馬鹿みたいなことを訊かれると思わなくて。失礼しました」
「馬鹿みたいってなんだ! 馬鹿みたいって! ようするにやっぱりお前、俺をからかって……」
 言いかけてふっと麻人は口を噤む。
 博人の声を思い出す。
──あいつ、お前のこと本気で好きだよ。
「なんでそうなるんですか」
 呆れ果てた顔をし、香坂は一度取り上げた本を再び机に戻して、こちらを見た。
「あのですね、言わせていただきますが、俺は色恋で部活を選んだりするようなそんなロマンチックな性格していませんよ」
「じゃあ……なんで……」
「先輩と同じだと思いますよ。読書が好きで、文章で表現したいと思っているから」
 それに、と笑って香坂は手元にあった部誌をぱらぱらとめくる。
「俺好きなんですよ。こうやって原稿集めたり、編集したりするの。ゆくゆくはそっち方面に進みたいと思っていますし」
「そう、なのか」
「そうです」
 頷いて、香坂は麻人にまっすぐ顔を向ける。
「安心しました?」
 なんと返していいか本気でわからない。頬がまだ赤いだろうことが自分でもわかって困惑していると、香坂は、やれやれ、と肩をすくめた。
「別にふたりきりだからって襲いかかったりしませんし。そんな緊張されても困るんです。こっちだってどれだけ恥ずかしいかわかってます?」
「じゃあなんであんなこと言うんだよ!」
 全部麻人が悪いみたいな口ぶりだ。憤りが止まらず、麻人は怒鳴った。
「お前が変なこと言うから……俺は……非常に困ってる。お前が困る以上にだ。大体、なんだってよりにもよって俺にあんなこと言う。もっと他にいいやついるだろう。お前は趣味が悪すぎる」
 先輩は卑屈ですねえ、とか、いつもの軽い口調で返事はある。そうタカをくくっていた。が、彼はなにも言わない。あれ、と戸惑っている麻人の前で、香坂が唐突に立ち上がった。椅子がぎぎい、と不穏な音を立てた。
 なに、と言いかけた麻人に向き直った彼が、不意に歩を踏み出す。なぜかそのまま詰め寄られ、間合いがほとんどなくなり、麻人は慌てふためいた。
「ちょ、香坂?」
 動揺して下がろうとしたが、それを許さぬというように香坂の手が麻人の腕を掴む。引っ張られて前屈みにつんのめると、自分より頭半分背の低い香坂の顔に顔が近づいた。
「先輩のこと好きですけど、そういう発言は本気でムカつきます」
「意味が、わからないんだが」
「ああ、まったく」
 香坂ははああっとため息をつくと、掴んだままの腕をさらに引いた。なに、と言いかけて……言えなかった。
 温かいなにかに唇が塞がれていた。
 目の前にあるのは、先ほど麻人を捉えた、湖面のように艶やかな瞳。
──これはまさか、キスされているんじゃなかろうか。
 キス、の二文字を頭の中で思い浮かべたとたん、ひっくり返りそうになった。だが、完全に脳がバグってしまっているのか、体がまったく動かない。
 唇越しにじわじわと伝わってくる熱さにくらくらする。が、掴まれた腕も振りほどけぬままでいる間に、熱はすうっと遠のいた。
 唇が解かれていた。
「俺、冗談でこういうことはしないです」
 言葉を失ってただ呆然と間近く彼の顔を見返すと、耐え兼ねたように視線が逸らされた。
「言ったじゃないですか。こんなことしちゃうくらい好きなんで。趣味が悪いとか、なんで俺にとか、もっと他にいるだろうとか、そういうの本気で腹が立つんで」
「こう……さか……」
「ほんと、嫌になる」
 吐き散らすようなため息と共に、香坂が勢いよく麻人の胸を突いた。
「一つだけ言っておきますけど、先輩を好きなことと、部活のことは別物ですから。先輩が俺を避けてここに来ないとしても、俺は部活を辞めたりしません。見損なわないでください」
「あ、ああ」
 勢いに押されて頷くと、香坂はふっと肩から力を抜く。そのまま、すたすたと戸口へと向かう彼を、麻人はとっさに呼び止めた。
「待てよ」
 扉に手をかけた香坂が振り返る。少し頬が赤い。
 多分、自分はもっと赤面しているに違いない。そう思ったけれど、悔しくて、麻人は平静を装った声で言った。若干声は裏返っていたし、完全に失敗はしていたがそれよりも、このまま出ていかせるわけにはいかないという気持ちが勝っていた。
「し、新聞部の件、話すべきだろ」
 香坂が驚いたように目を見張る。しばらく言葉もなくこちらを見つめてから、彼は小さく笑みを零した。
「そういうとこ……やっぱり好きです」
 新聞部からの依頼であるコラム執筆を引き受けることとなり、話し合った結果、文芸部全員で月ごとに持ち回りで書く、ということで話はまとまった。
 ただ、新聞であるということ、連続小説となると一人への負担が大きいことから、基本読み切りで書くことが決まった。
 今月は言いだしっぺの東野が書く予定だ。次の月には香坂、その次の月には麻人に回ってくる。アンカーは部長の伊藤だ。文字数は八百字。少ないだけにまとめるのが難しい。
「伊藤先輩はぶーぶー言ってましたけど」
 笑って言いながら、香坂は読書に勤しんでいる。いつもの放課後だ。正直、まだ落ち着かない。でも、麻人は部室に通っている。
 意識してしまっていて、集中できていないのだが、だからと言って活動をおろそかにすることはできない。
 しかし、動揺を胸に飼ったまま過ごす麻人とは対照的に、香坂の表情はいつも凪いでいた。曇りも焦りもまったくない。
 にこやかで、毒舌で、生意気な、後輩のままだ。
「東野は、コラム大丈夫そうか」
「苦戦しているらしいですけど。でも、あの人のことだから期日には上げてくれますよ。ただ一応、落ちた場合を考えて、予備は用意しておいたほうがいいかもですね。初めてのことですし」
 淡々と返しながら、彼は本のページをめくる。今日の本は、安部公房の砂の女だ。
 こいつはなにを考えているのだろう。
 自分も本を開きながら、麻人はそっと香坂を窺う。彼はまったく気づかぬ様子で、読書に没頭している。
 さざ波ひとつ立たない顔で。
 なんだかどきどきしてしまっている自分が、馬鹿のようだ。
 ふっと香坂が目を上げる。彼から慌てて目を逸らし、麻人は本に目を落とす。香坂もなにも言わず、黙って読書に戻る。
 変な感じだ。
 やはり、前とは少し違う気がする。
 からり、と音を立てて引き戸が開いたのはそのときだった。
「千影」
 呼ばれた名前になぜかどきりとする。顔を上げると、見たことのある男子生徒が佇んでいた。
 あれは確か、香坂と同じクラスの矢島だ。
「あれ、清衣(きよえ)
「あれ、じゃなくて。今日、一緒に帰る約束してたと思うけど。LINEも送ったのに」
 香坂がふっと本を置いて立ち上がる。そうだっけと呟いてスマホカバーを、ぱかり、と開く。表にフクロウが印字されたスマホカバーだった。
「ほんとだ。来てた」
「スマホの意味ないじゃん」
 呆れ果てた顔をした矢島が、今気づいたと言いたげにこちらに視線を向けてくる。
「あ、杉村さん」
 矢島の顔に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
 矢島 清衣。香坂と同じクラスのこいつは、かなりの問題児だ。
 深夜、繁華街で歳の離れた大人たちの中に混じって遊び回っているとか、他の学校のやつともめごとを起こしてけんかをしたとか、良くない噂を常に背負っている。さぼりの常習でもあり、麻人自身、授業終わりでもないのに、悠々と校門を出て行こうとする現場に出くわして、風紀委員として厳しく注意したことがある。
 そんなに素行が悪いくせに、矢島の見た目には乱れが一切見えない。制服だって着崩さず、髪色も黒いままだ。黙って立っていれば、絵の中の少年のような清廉な見た目をしている。
 ただし、東野といい、こいつといい、姿が綺麗なものは、中身に難があるのが基本なのだろうか。性格はかなり悪い。
「杉村さんって文芸部だったんだ。知らなかった。なんか年中開店休業中って雰囲気ですね、ここ」
 コーヒーが注がれたマグカップを見て目を眇める矢島に、香坂がため息交じりに声をかけた。
「っていうか、そもそもお前、俺のノートちゃんと読んだ? 次追試引っかかったら留年だってのに」
「そうなると困るから、勉強教えてって頼んだんじゃん」
「俺じゃなくてもいいだろ。別に」
「千影に、教えてもらいたいんだよ」
 くすっと笑って矢島が言う。その言葉になぜか麻人はどきっとした。
 千影に……。
 しょうがないな、と首を振ってから、香坂は本をぱたりと閉じ、こちらを見る。
「先輩、すみません。今日はこれで失礼してよろしいですか」
「あ、ああ」
 ぎくしゃくと頷くと、香坂は、すみません、ともう一度頭を下げてから本を片手に立ち上がった。
「ごめん、鞄、教室だ。ちょっと待ってて」
「わかった」
 ひらひらっと矢島が手を振る。香坂はその彼の脇を通り過ぎて、科学準備室を足早に出て行った。
 振り返ることなく、あっさりと。
「杉村さん」
 ぼんやりと戸口を見送っていた麻人は、呼びかけられて我に返った。え、とそちらを向くと、戸口横の壁に背中をもたせかけた矢島がこちらを見ていた。
「ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
「なに」
 矢島はしげしげとこちらを見つめてから、唐突に言った。
「千影のこと、どう思ってます?」
 なんでこいつがそんなことを訊いてくるのだろう。
 黙りこんだ麻人をじいっと矢島は見つめる。その彼の唇が皮肉な笑みを形作った。
「杉村さんって、風紀委員のときはなんでもはっきり言う気持ち良い人なのに、仕事離れると、結構卑怯なんですね」
「なにを言ってる」
 やけに引っかかる言い方だ。むっとして言い返すが、矢島は、だって、とせせら笑ってきた。
「千影、告白したんじゃないんですか? あなたに。なのに、なんにも返してあげないんですね。好きとも嫌いとも。どっちつかずで。最低ですよね。そういうの」
 一気に押し寄せてきた言葉にフリーズしてしまった。
 こいつがなんで、告白のことを知っているのだろう。香坂が話したのか? なんで。
 ぐるぐるしつつも、苛立ちに胸の内が支配されていくことは止められなかった。
「なんでお前にそんなことを言われなきゃならない」
 怒りのせいで声が震える。だが、矢島は動じた様子もなく、軽く肩をすくめてみせた。
「悪いですけど、千影はあなたといるより、俺といるときのほうが楽しそうにしてますよ。これ、どういう意味かわかります?」
「知らん。だから、どうした」
「どうした、か」
 ため息交じりにそう言った矢島の顔から、すっと笑みが消えた。
「そんなんじゃ、千影、もらっちゃいますけど」
 もらっちゃう?
 がたん、と思わず椅子を蹴立てて立ち上がったときだった。扉が開き、香坂が顔を出した。
「悪い、待たせて。どうかした?」
「なんでも」
 気のない調子で矢島はそう言い、すたすたと扉を抜け、廊下へと向かう。出て行く間際、ちらっとこちらを流し見たのがわかった。
「先輩?」
 香坂が不思議そうに声をかけてくる。そうされて、まだ腰を浮かせたままだったことに今更気がついた。
「いや」
 首を振って、のろのろと椅子に座り直すと、香坂は一瞬、なにか言いたげな目をした。が、結局なにも言わず、軽く会釈して出て行った。
 閉じた扉の向こう、楽しげに話しながら遠ざかっていく声がする。切れ切れに聞こえるそれを遠ざけたくて、麻人は無意識に手を上げ、左耳を覆った。
 千影、とあいつは呼んだ。そして香坂も彼を苗字ではなく名前で呼んだ。
 それがどうしたと思う。普通のことだ。まして、香坂は自分と違って社交的だし、皆に慕われている。名前で呼び合うことになんの違和感もない。そう思うのに、なんでだか、空気がうまく胸に入っていかない。
「しっかりしろよ」
 呟いて麻人は額を押さえる。
 これじゃあまるで、物語の世界で言うところの恋する乙女のようだ。
 過った思いに、自分で自分に狼狽した。
 あり得るはずがない。そんなこと。
 一度空気を入れ換えようと立ち上がり、窓を開けた麻人の目に、校門を出て行く二人連れの姿が映った。
 楽しそうに笑いながら歩く、香坂と矢島だった。
 音を立てて窓を閉め、麻人は呼吸を整える。
 これは本当に、ヤバいかもしれない。
 自宅に帰り、叔母の部屋を覗くと、キーボードに屈みこむようにタイピングをしていた叔母が振り返った。
「少し、本を見てもいい?」
 訊ねた麻人に叔母は太い黒縁の眼鏡を押し上げ、いいよ、と軽やかに言った。
 今日は執筆が順調らしい。
 叔母は作家だ。専門はホラーであり、年中、どうやれば人を恐怖させられるかを考えている。今日は表情が明るい。ということは、何人か葬り終えた後ということだろう。
「好きなだけ見なさいな」
 作家という職業柄か、叔母の部屋の壁は一面本棚で埋められている。叔母に引き取られて以来、麻人はここの本を読んで育った。文芸部に所属しているのも叔母の影響が少なからずある。
 そそり立つ本棚を見回し、麻人は目を細める。作家仲間から献本もされるせいか、叔母の本棚は相変わらず多様なジャンルが入り乱れていて、雑然としていた。
 視線で吟味し、背表紙をそうっと指先で撫でる。一冊取ってページをめくっていると、ねえ、と叔母が声をかけてきた。
「麻人も恋愛小説なんて読むのね」
「は……あ、まあ。部活、俺、文芸部だし」
 叔母の目は、麻人の手の中に向けられている。ぼそぼそと口の中で答えつつ、不自然にならないように手の甲で額の汗を払った。言い訳がましいと思ったが、いまだに叔母には本音で語れない。
 が、次の叔母の発言で、麻人の努力は徒労だったとわかった。
「なんだ、てっきり恋の勉強かなにかだと思った。麻人、告白されたのよね」
「は⁉ え? なんで、それ」
 なんで、と問いかけつつ、麻人はぎっと天井を睨んだ。しゃべるのは博人以外にいない。
「ああ、博人は悪くないから。私が麻人のこと気になって博人に訊いただけ」
 憤怒の表情が出ていたのか、叔母が慌てたように手を振る。きいっと椅子を回してこちらに体を向けながら叔母は眼鏡を外して麻人を見た。
「ここのところ、あなた変だったし。体調崩していたせいかな、とも思ったけど、なんだかそわそわしてるっていうか。だから博人に訊いたの。麻人、なにかあったのかな、って。そしたら、告白されたみたいだよ〜って」
「軽くばらしていいことじゃないだろ、あの野郎」
 呟く麻人の手の中を叔母は興味深そうに眺める。恋愛小説の金字塔、と謡う帯を興味深げな目がなぞっていた。
「それで? 麻人はどう答えるの? 付き合うの?」
「付き合……いや、それは……あの……よくわかんないし、現状維持できる方法とか、見つけられたら……」
──結構卑怯なんですね。
 不意に矢島の声が蘇り、麻人は息を詰める。
 卑怯。現状維持を望むことは卑怯なのか? 
「俺は、卑怯じゃない」
 そうだ。そもそもにおいて、自分がここまで悩む必要はないのだ。香坂は勝手に好意を押し付けてきているだけだし、矢島に至っては見当違いの嫉妬心を燃やしているだけなのだから。
「決めた」
 開いていた本をぱたりと閉じ、目の前にはいない矢島を見るように、麻人は叔母を睨みつけた。戸惑った顔で、叔母が、え、と訊き返してくる。その彼女に向かい、麻人は宣言した。
「現状維持はやはり無理だ。あいつに嫌いって言うことにする」
「ええと」
 叔母が怪訝そうに瞬きをする。そうされて、相手が叔母だと思い出した。
「あ、いや、ごめん。なんかごちゃごちゃしてたけど、叔母さんと話してたら整理ついた。ありが……」
「なんで?」
 ふっと声が差しはさまれ、麻人は固まる。叔母は肘掛けに片肘で頬杖を突いてこちらを眺めている。
「なんで、嫌い、なんて言わなきゃいけないの? 現状維持を考えていたくらいの相手に、あえて言う必要もないでしょう」
 淡々と諭され、麻人は唇を引き結ぶ。叔母は薄い唇を皮肉に吊り上げて笑う。
「もしかして、傷つけたいの? その子を」
「ちがっ……」
 傷つけたい。そうなのだろうか。そういうことではないと思う。そうではなくて。ただ。
「あいつのこと考えるとものすごく気持ちが乱れるから。あいつが他のやつに名前を呼ばれてるの見るだけで意味なくいらっとしたりする。こういうのはもう、ごめんだから」
──俺がもらっちゃいますけど。
 あんな性格の悪そうなやつと付き合うのは大変かもしれないが、それでも、香坂にしてみれば良いことかもしれない。嫌われ者の自分よりも矢島のほうがよほどましだ。イケメンだし、香坂の気持ちも汲んでやれそうだ。
「あいつの時間だって、勿体ない。俺なんかに関わってるのは……」
「麻人は傲慢ね。案外」
 さらりと言い捨てられ、ぎょっとした。まさか卑怯と言われた同じ日に、今度は叔母に傲慢と言われるなんて思ってもみなかった。口をぱくぱくする麻人を、叔母は首を傾げ、仰ぎ見るように見ている。
「その人がなにに時間を割くかなんてその人の自由でしょう。それを勿体ないって決めつけるのはどうかな。そもそも今の麻人の言葉からして、ひとつの結論にしか私は辿り着けないんだけど」
「……なに」
 叔母のこの整然とした口調が麻人は少し苦手だ。口では負けないはずの自分が、いつだって圧倒されてしまう。
 叔母は切れ長の目でじいいっと麻人を見据えて言った。
「私には、今の麻人の言葉、その子のことが気になって仕方ない、と言っているように聞こえた。気になって仕方ないのは好きか嫌いか。嫌いという感情には、往々にして好きも内包されているもの。つまり、麻人はその子のことが好きということに……」
「いい! いい! 全部言わなくていい!」
 思わず手を振って遮ると、叔母は、ふふ、と小さく笑った。
「自分でも薄々そう思ってるってことね。その顔は」
「そう、いう、わけじゃなくて、俺は、ただ……」
「博人がね、言ってたのよ」
 膝を解き、皮張りの椅子の背もたれにゆったりと背を預けながら叔母は、片肘を机に突く。
「告白される前からその子のことだけは、麻人が妙に気にしてたって。人と関わるのを避けるみたいにしてた兄貴が、億劫がらずに相手をするなんて珍しいって」
「あいつ、なんでそんな、なんでもかんでも話してるんだよ……」
「ふふふ」
 叔母はゆったりと笑ってから、麻人の手の中の本を軽く指で突いた。
「まあ、恋愛小説で勉強するのも悪くはないでしょう。麻人がまだ知らない感情も本の中にはたくさんあるものね。ただ、一個だけ覚えておいたほうがいい」
 叔母の顔からすっと笑みが消える。
 もともとそれほど表情豊かな人ではない。けれども、こんなふうに真剣な顔でまっすぐ見られることは、あまりない。
 目を見張る麻人の前で叔母は低い声で続けた。
「いい? 言葉はね、よく考えて使いなさい。そうじゃないと後悔することになる」
 デスク上のパソコンのモニター画面から漏れる白光が、叔母の顔に反射している。そのせいか顔色が悪く見える。棒立ちになる麻人の前で、叔母は頬に落ちていた髪を気だるげな仕草で耳に掛け直した。
「特に、想いを打ち明けられたことに対する返事は、適当にしちゃだめ。好きにしろ、嫌いにしろ、言うことって覚悟が伴うものなのよ。麻人に告白をしてきた子だって、きっとそれは同じ」
「いや、でも、そんなふうには見えない。毎日、平気な顔して笑ってるよ、あいつは」
 そうだ。あいつはいつだって笑っていた。
──困っちゃうんですよね。そんなんじゃ。
 告白の後、初めて顔を合わせたあのときだって、あいつは冗談めかしてそう言ってのけたのだ。覚悟なんて。
──こんなことしちゃうくらいに好きなんで。
 言葉と同意に唇に感触が蘇り、麻人はとっさに口許を押さえる。叔母はそんな麻人を興味深そうに眺めてから、肩をすくめた。
「まあ、好きも嫌いも、言うのはあなただし、自由にすればいいけれど。ただ」
 ふっと叔母が言葉を切る。見ると、叔母は先ほど見せた険しい顔が嘘のように、ふんわりと笑っていた。
「素直になるの、そんなに悪いことじゃないんだから。肩から力抜きなさい。あなたはいつも頑張りすぎよ。たまには人に頼りなさい」
──もっと頼ってくれればいいのに。
 香坂の声が聞こえた気がした。息を止める麻人に叔母は微笑んだまま、きいっと椅子を軋ませ、デスクに向き直る。
「叔母さんも……告白とか、そういうの、されたことある」
 つい訊ねてしまったのはなぜだろう。こんなふうに叔母の過去に立ち入ったことは、これまで一度もなかったのに。
 申し訳なくて、できないと思っていたのに。
 叔母は答えず、キーボードを叩いている。
 気を悪くさせただろうか。
 不安を覚えたが、その麻人の気持ちをよそに、叔母は一区切りついたのか、手を止めて、そうね、と背中で笑った。
「小説ばっかりに夢中にならず、もっとあの人に向き合っていればよかったって人はいるよ。それなりにね」
 頑張りなさい、と声だけが投げられる。かたかたと鳴り始めたキーボードの音を耳に収めながら、麻人は手の中の本を見下ろした。
『あなたが、好きです。』
──好きなんですけど。
 帯に黒々と書かれた文字を麻人はそうっと指でなぞる。と、同時に、やけにまっすぐな香坂の目を思い出した。千影、と呼んだ矢島の声も。
 どうしようもないくらい、思い知った気がした。
 叔母に言われるまでもなかった。
──俺は、香坂が、好きなのだ。
 結局、夜通し恋愛小説を読んでしまった。ハートが乱れ飛ぶ恋の睦言を綴ったものから、数多の試練を乗り越え、手に手を取り合う大恋愛ものまで。恋愛小説の幅広さに終始圧倒されただけで、大した収穫もなく、無駄に寝不足になっただけだった……と、吐き捨てたかったが、多くの恋愛小説に描かれていた感情に麻人は共感せざるを得なかった。
──千影、もらっちゃいますけど。
 矢島にそう言われたとき覚えた胸のむかつきと同じものが、小説の世界には随所に仕込まれていたから。
 もやもやを解消できぬまま、麻人は本を閉じた。大きく伸びをし、窓の外を見る。
 両腕で世界を丸ごと抱え込んで夏へと変えようとするかのような、真っ青な空が見えた。
 今日は土曜だ。読書のし過ぎで頭が重いし、少し眠りたかったが、その空を見ているうち、課題があるのを忘れて数学の教科書を学校へ置いてきたことを思い出してしまった。
 やるべきことはやる。そのポリシーが地味にのしかかってくる。
 盛大なため息を漏らしつつ、麻人は着替えて外に出た。
 学校は高台にあるので坂を上らなければならない。しかもかなり長く傾斜のある坂で、毎年恒例のマラソン大会では、リタイアを申し出る生徒が必ず出る。病み上がりにこの坂はさすがにきつく、思った通り、麻人は坂の中腹で力尽きた。休憩しようと足を止め、額の汗を拭う。
 上って来た道のりを見下ろすと、武家屋敷やら神社仏閣が坂道に沿ってひしめいている。見慣れた町並みだが、観光客には物珍しいらしく、今も、旅行者らしい女性の二人組が甲高い声で話しながら通り過ぎていく。旅行者というのは体力のゲージが地元住民とは違うのか。よくあんなに話しながら歩けるものだといつも感心する。
「うるさいな……」
 気がついたら、そう零してしまっていて、麻人は自分自身に落ち込んだ。
 気持ちがささくれているのだろうか。いつもはこんなことはないのに。
 こんなのは八つ当たりだ。
 自嘲気味にため息を零したとき、足元になにやら気配を感じた。視線を落とした麻人は、ぎょっとした。
 足元にチワワがいた。背中に茶色い毛の入った、白いチワワが。
 どこから来たのだろう。犬には赤いリードがついているが、飼い主の姿は見えない。
 ここは道は細いが、車も通る。危ないな、と道に膝を突き、チワワを抱き上げると、チワワは怖がる様子もなく大人しく腕に抱かれた。人懐っこい性格なのか尻尾がはたはたと揺れている。
 思わずその丸い頭をぐりぐりと撫でると、尻尾の振りがますます大きくなった。犬を飼ったことなどなかったが、実は犬が好きだ。丸く見開いた目を見ているとほっとする。が。
「へええ」
 不意に声が聞こえてきて、犬を落っことしそうになった。よしよし、と犬をあやしつつ、声の主を振り返る。こちらを面白そうに眺める相手が誰か認めたとたん、麻人は完全に石化してしまった。
 矢島だった。
「杉村さんでもそんな顔するんだ」
 意外そうに、矢島が肩を揺らして笑う。麻人は頬が熱くなるのを感じたが、口調だけは荒々しくいつも通りに言った。
「お前こそ、なんでこんなところにいる」
「なんでって。散歩ですよ」
 言いながら矢島は近づいてきて、麻人の腕の中の犬を取り上げた。
「こいつの」
「お前の犬なのか」
 こんなところで離すな、と非難しようとした麻人を、矢島はちらっと眺めてから、チワワの背中を撫でる。
「違いますよ」
 矢島の瞳に、悪戯っぽい笑みがたゆたう。
「これ、千影の犬です。さとみくんです」
「さとみ……」
「なかなか古風な名前だと思いません?」
 くすくす笑う矢島から、麻人はぎくしゃくと目を逸らす。
 なんで休みの日に、香坂の犬を矢島が散歩させているのだろう。
「杉村さんって、思ったこと全部顔に出るタイプだったんですね」
「はあ?」
「なんで矢島が香坂の犬を休日に散歩させてるんだ、って思ったんじゃないですか?」
 図星だ。息を呑んだ麻人を見て、矢島はなおも肩を震わせて笑ってから、犬を麻人の腕に戻した。
「ちょっと、付き合ってくれます?」
「なに」
「いいですから」
 矢島はすたすたと坂を上っていく。逡巡したものの、麻人はその後に続くしかなかった。腕にチワワを抱えたままだったからだ。
 あんな誘い文句を言うくらいだし、普通、何らかの説明があってしかるべきだと思うが、矢島は背中を向けたきり、なにも語らない。
 一体、どういうつもりなんだろう。
 数分歩いて、矢島が足を止めたのは、学校から程近い寺の前だった。
 門柱には、浅見寺(せんげんじ)、と刻まれている。
「矢島……ここは……」
 問いかけた麻人にやっぱり答えることなく、矢島はすたすたと山門を抜け、本堂に向かう。が、そこが目的地ではなかったようで、彼は本堂の脇を通り、隣接した建物の裏口らしき扉をがらりと開けた。
「ああ、矢島くん」
 着物に割烹着姿でお盆を抱えた初老の女性が、行き過ぎる途中で慌ただしく声をかけてきた。
「おばさん。さとみの散歩行ってきました」
「ごめんなさいね。今日年忌法要入っていて、忙しくて。千影くんなら本堂のほうで手伝いをしてるから」
「じゃあ勝手に部屋上がってますんで」
「ええ、そうして。あら、そちらは?」
 女性の視線がこちらに向く。動揺しながらもぎこちなく頭を下げると、矢島が飄々とした顔で女性に麻人を紹介する。
「この人、千影の先輩です。杉村麻人さん」
「杉村さんって。まあ、あなたが」
 女性の目が丸くなった。
「千影くんからよく話を聞いてます。いつもお世話になって」
「あ……いえ……」
 恐縮しながら首を振ると、女性は、まずは上がって、と微笑みながら促してきた。遠くで誰かが呼ぶ声がする。それを聞くと、彼女は慌てたように手にした盆を抱え直した。
「千影くんにも言っておくわね」
「どうも」
 忙しなく女性が廊下を去ってしまうと、勝手知ったるなんとかというように矢島は靴をさっさと脱いだ。戸惑っている麻人を、目だけで促す。
 随分横柄な態度だ。やっぱりこいつは好きになれない、と思いつつ、しぶしぶ靴を脱ぐと、矢島は先導するように先ほど女性が進んだ廊下とは逆方向へと向かった。母屋を抜け、小さな渡り廊下で繋がれている離れらしい建物に入った彼は、入ってすぐのところにある階段を上った。
 上がった先には短い廊下がある。その廊下の突き当たりにある障子を矢島はするりと開けた。
「どうぞ」
 声をかけられ、麻人はそろそろと室内へと足を踏み入れる。
 まず目に入ったのは壁にかけてある制服だった。ああ、やっぱりここは香坂の家なのか、と納得しつつ、視線を転じる。あまり物のない部屋だ。ただ、壁際に本棚があり、ぎっしりと本が詰め込まれているところは香坂らしい。
「千影の家、来たの初めてですか」
「普通、あまり行かないものだろう」
「杉村さんってそもそも家を行き来したりしなさそうですもんね。友達いなさそうだし」
 遠慮容赦というものがこいつにはないらしい。怒るのも疲れ、抱えたままだったチワワを下ろすと、チワワのさとみはかしかしと爪の音を立てながら床を歩き、部屋の隅にある水の入った器に顔を突っ込んだ。
「否定はしない。知っての通り、仁王だからな」
 憮然としながら言うと、矢島は数秒黙ってから、ふっと息を吐く。
「まあ、俺だって、こんなふうに家に遊びに行くの千影のとこくらいですけど」
 胸がずきり、と痛んだ。
 それを隠したくて、チワワのさとみが水を飲む姿をひたすら見つめていると、脈絡なく矢島が言った。
「さとみって捨て犬だったんですよ」
「そうなのか」
「ここの門の前に捨てられてたんですって」
 呟きながら、矢島はそっと犬の背中を撫でる。犬は水を飲みながら尻尾を振っている。
「千影って、いつもそうですよね。可哀相なものを見るとつい声をかけたくなっちゃうというか」
 可哀相。その言葉をつい最近聞いた。言っていたのは宮川か。思い至ったとたん、麻人は苛立ちのあまり思わず声を上げていた。
「俺のことも、そうだと言いたいのか」
 矢島は、窓枠に腰を下ろしかけて動きを止める。穴が開くほどこちらを見つめてから、彼は唐突に笑い出した。
「なんだよ」
「杉村さんって……」
 笑いを収め、矢島は、はああ、と息をついた。
「なんにも知らないんですね」
「なにを」
「だから、なんにも」
 矢島は憐れむような顔をしてから、窓枠にひょいと座る。
「前にも言いましたけど、中途半端なことするなら、千影には構わないでほしいんですよね」
「俺がいつ、あいつを構った」
「確かに構ってるのは千影ですけど」
 矢島は前髪を引っ張りながら呟く。
「見てられないんですよね。千影のあんな顔」
「あんな……?」
「わかりませんか」
 矢島がふっと顔から笑みを消す。返す言葉を持たず、彼の顔を見返すと、矢島は低い声で言った。
「むちゃくちゃ無理してますよ、あいつ」
 思わず矢島の顔を凝視した麻人を、彼はじっと見つめ返してから言葉を継いだ。
「俺は、あいつのしんどそうな顔、見たくないんです。あいつは俺の」
 言いかけて矢島は口を噤んだ。階段を上がってくる軽快な足音が聞こえた後、さらっと障子が開く。
「杉村先輩!」
 声とともに顔を出したのは、香坂だった。
 茶器の載ったお盆を持ち、黒い作務衣を着た彼の姿に、麻人は目を見張る。着慣れていることを思わせる着こなしだったからだ。
「どうしたんですか? びっくりした」
 香坂はにっこりと笑ってから、矢島に目を向ける。
「清衣が連れてきたの」
「散歩の途中で偶然会ったから」
 矢島はさっきまでの会話などまるでなかったかのようにけろりとした顔でそう言い、水を飲み終わってぬいぐるみで遊んでいるさとみを抱き上げる。
「さとみのリードうっかり放しちゃって、杉村さんに捕獲してもらったんだ」
「え、どこで」
「そこの坂道」
「気をつけろよ。あそこ車多いんだから。……先輩、ありがとうございます」
 軽く頭を下げてから、香坂は室内へ入って、障子を閉める。
「仕事いいの」
「後は親族とやるって。母さんに言われて」
 言いながら、香坂はちゃぶ台の前に座り、手にしていたお盆を置く。ポットから急須にお湯を入れ、茶碗に注ぐ。
「粗茶ですが」
 茶たくに載った茶碗が、つつっと麻人の前に置かれた。
「千影、杉村さんに自分のこと、全然話してないんだね」
 お茶と共に置かれた饅頭をつい、と取り上げ、矢島が言った。香坂は不思議そうな顔をしつつ、自分の分の茶碗にもお茶を注いでいる。
「なに? 自分のことって」
「寺の息子ってこととか。犬のこととか」
「してないけど」
「すればいいのに。好きなんじゃないの」
 香坂の口がぱかりと開く。茶碗を乱暴に置いた彼は、躍起になって身を乗り出した。
「なんで清衣がそんなこと知ってるんだよ」
「文化祭のとき、俺、図書室でさぼってたんだよ。そしたら階段のとこにふたりが来て、勝手に話し始めちゃって」
「そうだったんだ……」
 香坂が額を押さえる。真っ赤になった香坂を、麻人は複雑な気持ちで眺めた。
 なんでこいつはこんなに真っ赤になっているのだろう。
 好き、と言ったあの言葉はやはり本気だったと思っていいのだろうか。
 じゃあ矢島は香坂にとってなんなのだろう。まるで自分の家のようにくつろいでいる矢島をちらりと窺う。
 香坂は、こいつの前ではリラックスして見える。からかいあったり、ふざけあったり、とても楽しそうだ。
 対して自分の前ではどうだろう。背筋を伸ばして、てきぱきと仕事をこなし、皮肉ばかり言う。
 どちらが自然体かなんて……考えるまでもない。
「帰る」
 立ち上がると、香坂が驚いたように顔を上げた。
「先輩?」
「邪魔した」
 彼の顔が見られない。俯いたまま、障子を開け廊下へ出る。階段を駆け下り、渡り廊下へ差しかかったところで、追ってくる足音が聞こえた。むんずと後ろから手を掴まれる。
「先輩ってば!」
 必死に呼びかけられて、胸が痛む。掴まれた手が香坂によって揺さぶられた。
「一体、どうしたんですか。なんで急に……」
「別に」
「清衣がなにか言いましたか」
 声はいつもと変わらない。波のないそれに、なぜかかっとなった。乱暴に腕を振って手を払うと、香坂は弾かれたように麻人の顔を見た。
「俺はお前が嫌いだ」
 声が渡り廊下に落ちる。香坂は、声もなく、ただそこにいる。
「同情とか、そういうのも、もうたくさんなんだ」
 そっと息を吸う。彼にわからないように。
「だから、もう俺に構うな」
 重ねてそう言うが、香坂は黙ったままだ。ただじっと探るようにこちらを見つめている。その目から目を逸らそうとしたとたんだった。
「目、逸らさないで」
 低い声で、香坂が言った。次いで、黒い袖に包まれた腕が伸ばされ、乱暴に胸倉を引っ掴まれた。なに、と言いかけた麻人を香坂が遮った。
「目、逸らさないで、もう一回言ってもらえますか。わかるように」
「あのな、これ以上ないくらい明確に言ったはずだ」
 声が震えそうになる。自分を必死に叱咤しながら返すと、そうですか、と低く応えがあった。
「俺が男だから嫌いとか、そういうのなら我慢できるんですけどね」
 乱暴に胸倉を掴んでいた手が離される。よろめいた麻人を、香坂はぎらぎらした目で睨んでまくしたてた。
「同情とか、どこまで自分のこと蔑めば気が済むんですか。俺が、同情なんかで人に好きなんて言うと本気で思ってるわけですか。だとしたら侮辱もいいとこだ」
「なにを怒ってる」
「あんたが馬鹿過ぎるから」
 唇を噛んで、香坂は俯く。そっとその顔を覗き込んで、麻人は仰天した。
 彼の白い頬に雫が落ちるのが見えた。それは、すうっと滑り、顎の先から床へと儚く散っていく。
「俺は、どんなだっていい。口が悪すぎたって、厳しすぎたって。石頭で順応性皆無だって構わない。でも、あんたがあんた自身を貶めるようなことばかり言うのだけは我慢できない」
「こう、さか……」
「俺は……見てきたのに。先輩の良いところ、見てきて……だから、好きだと思ったのに。先輩には全然、届かない」
 黒い袖で瞼を乱暴に抑え、香坂は怒鳴った。
「一回くらい、ちゃんと周りを見てみろよ。あんた自身をもっと大事にしろよ。大馬鹿!」
 香坂、と呼びかけた麻人の声を振り切るようにして、彼は麻人の脇を通り過ぎる。あっという間に視界から消えた彼の背中を呆然と見送る麻人の背後から、大げさなため息が聞こえた。
「馬鹿じゃないの、あんた」
 矢島が、心底軽蔑したような眼差しをこちらに向け、渡り廊下の手すりに身を預けていた。
「千影のこと泣かせるとか。ほんと、最低だし」
「なんで……あいつが泣くんだ……」
「言ってたじゃん。あんたのせいだよ」
 なんで、と腹立ち紛れに矢島を睨むと、矢島は鋭い目でこちらを睨み返してきた。
「あんたが少しも自分を大事にしないから。むちゃくちゃ頑張って、でもそれを人に悟られないように壁を作って、誰も入れないから。いつもいつも自分のことを嫌っているから」
 心にまっすぐ刃を差し込まれた気がした。呆然と見返すと、矢島はふっと息をついた。
「ねえ、あんたは俺にやきもちを焼いたんじゃないの。千影を取られるみたいで嫌だったんじゃないの」
 かっと頬が熱くなる。顔を背けると、矢島は、馬鹿じゃないの、ともう一度言った。
「そんなふうに思ってるのに、なんでそう言わないの。千影はもっとあんたと話したいんだろうに。あんたがそんなんだからなんにも言えないんだよ」
「だったら……お前がわかってやればいいだろう」
 どろどろと暗い感情が胸の中でとぐろを巻く。押し殺した声でそう言うと、矢島は三度、馬鹿じゃないの、と吐き捨てた。
「千影がそんなの望んでないのにそんなことしてなにか意味があるの。大体、俺は千影のことを恩人だと思ってるけど、そういう意味で好きじゃない」
「は……」
 耳を疑った。聞こえている左耳もついにおかしくなったのか、と思わず耳を押さえてから、麻人は矢島に食ってかかった。
「お前っ! 香坂をもらうって、構うなとか、いろいろ言ったじゃないか!」
「ああでも言わないとあんたには伝わらないと思ったから言っただけ。ってか、普通気づくでしょうが。俺と千影が付き合うとかあり得ない」
「なんで」
「千影と俺じゃ、まったく考え方違うし。そもそもあいつ、きちんと生きてないやつ、嫌いだもん」
「どういう意味だ」
 矢島はちょっと黙ってから、まあいいか、とこめかみを揉んだ。
「俺、中学の時から付き合ってた彼女がいたんだけどさ、その彼女が死んだんだよ。一年の終わりに。自分で自分を終わらせちゃう感じで」
 言葉を失う麻人の前で、矢島は睫毛を下ろす。
「彼女の家、親がひどくて。父親には殴られて、母親はそれを見て見ぬふりする人で……。そういうの、俺も聞いてたから、帰らなくていいよう、俺の家泊めたりもしてた。でも、親に殴られてること、彼女、俺以外に知られるのすごく嫌がって……。だから俺も俺の親に言えずにいて」
 ふうっと少ない酸素を取り込もうとするように、矢島が息継ぎをするのが見えた。絞り出された声は、はっきりと滲んでいた。
「そのうち、うちの親が彼女を何拍もうちに泊めるの渋るようになった。元通り家に帰らなきゃいけなくなって。彼女、大丈夫って笑ってたくせに……結局、耐え切れずにいっちゃった」
 仏事の準備をする人々の声が聞こえてくる。けれどその声すら矢島の声によって霞んでいく気がした。
「俺がもっと大人で、彼女の意思なんて関係なく、周りに助けを求めてればって、あの後、何回も思った。同時に悔しかった。俺の存在じゃ、あいつを繋ぎ留められなかったんだなあって。俺がいるのに、それでもあいつはあっちに行きたいって思っちゃったんだもん。ようは、あいつにとって俺っていらない存在だったってことなんだ。きっと」
 そんなことない。そう言いかけて麻人は口を噤む。
 自分には、言えない。
 心の奥に仕舞いこんでいた、あの光景が浮かび上がってくる。
 畳の匂いと、裸足で立つ足。そして……ビール瓶。
 痛みはすべての感情を薙ぎ払うだけの力があることを、自分は知っている。おそらく、矢島の彼女もそうだったのだろう、と想像もつく。けれど、それを今、自分が口にしたところで目の前の彼の心を癒す手助けにはならない。いや、それどころか、かえって彼を傷つける気がした。
 痛みを知る者の言葉は、痛みを知らずに生きてきた者にとって、あまりにも重すぎる。
 無言の麻人を黙って見つめてから、矢島は小さく笑った。
「まあそんなわけで。彼女が死んで以来、ちゃんと生きるのを俺はやめてしまった。なにもかもどうでもよくなっちゃって。俺の親も俺になにも言わなくなった。俺が学校に行かなくても喧嘩してもなんにも」
 だけどね、と矢島は目を細める。
「そんな中で、千影だけは叱ってくれた。そのことは……とても感謝してる。俺がここにいる意味はまだわからないけれど、俺の人生はまだ存在しているんだって思えてきたのは、千影のおかげだと思うから。だからこそ、俺は千影が好きと思う人と一緒にいてほしいんだ」
 矢島は不意に姿勢を正し、まっすぐに立ってこちらを見た。これまで見せたことのない、真剣な眼差しがこちらに向けられていた。
「杉村さん、千影は同情とかそういうので告白なんてできないよ。そもそもああ見えてプライドが高いんだから、自分から誰かに好きなんて絶対言わない。でも、あんたにはそう言った。意味、わからないわけないよね」
 大体、と矢島の声が柔らかく諭すように投げられる。
「あんただって、千影を好きだよね」
「俺は……」
 好きじゃない。いつもならそう言っていた。でも、今はもう、言えない。
 好きじゃないなんて、言いたくなかった。
「千影なら、きっと、裏の墓地のとこにいるよ」
 矢島はすっと離れの横を指差す。墓地、と怪訝な顔をした麻人に、彼は痛ましげに眉を寄せて笑んだ。
 その笑顔を見て、麻人は驚いた。香坂とよく似た笑顔に見えたから。
 このふたりの仲が良いわけが、わかった気がした。
「杉村さん」
 その笑顔のまま、矢島は囁くように言った。
「千影とたくさん話してあげて」
「矢島……」
 嫌なやつだと思っていたのに。
「ごめん……その……ありがとう……」
 やっとのことでそう言うと、矢島は形の良い目を大きく見開いてから、くすくすと笑い出した。ひとしきり肩を揺らして笑った後、彼は目尻を拭いながら言った。
「なるほどなあ、千影が好きになっちゃうわけだ」
 本堂の裏手、離れの横に、墓地はあった。
 高台の傾斜を利用して作られた敷地に、町を見下ろす形で段々に墓石が立ち並んでいる。大小さまざまの墓石が初夏の光を反射して静かな光を広げるそこには、墓地特有の線香の懐かしい香りがうっすらと漂っていた。
 ここに彼はいるという。
 家族らしい数人とすれ違い、墓地を見回した麻人は、本堂から一番離れた場所、墓地の端、傾斜の最下部に設けられた木戸の前にいる彼を見つけた。
 背中を木戸に預け、彼はぼんやりと空を仰いでいるようだ。けれど、ぽかんと開いた彼の瞳は、寺の屋根の先にあるくっきりとした青に当てられていながらも、それを映してはいないように麻人には見えた。
 かける言葉を持たず、それでも立ち去ることもできなくて、そろそろと坂を下って歩み寄ると、ふっと香坂が中空に向けていた瞳をこちらに向けてきた。
 その目は少し、赤かった。
「泣いてたのか」
 言わずもがなのことを言うと、香坂はついっと顔を背けた。
「なにか用ですか」
 声が硬い。怒らせているのはわかっていたけれど、こんなときどう言えばいいかが皆目わからない。
 随分前、博人に言われた。兄貴は本をたくさん読んでいるくせに、使い方を知らないと。その通りだと思う。思いやりを込めた台詞を探しても、よろしければお気持ちを詳しくお聞かせいただけないでしょうか、なんて、妙ちきりんなビジネス会話のセンテンスしか浮かんでこない。
 でも、ここで黙りこくっているのは、卑怯なことだと感じていた。
 だって、目の前のこいつは、全力でぶつかってきたのだから。麻人にも想像はできる。自分の想いを包み隠さず口にすることがどれほど怖いか。けれど彼は偽らずに、気持ちを正々堂々と伝えてきた。
 こいつは、そういうやつなのだ。
 だから。
「訂正したいことがある」
 声が震える。大きく息を吸って言うと、香坂は無言のままこちらを見返してきた。感情の読めない視線が注がれて、いたたまれなさを覚えたけれど、ここでやめるわけにはいかなかった。
「嫌いって言ったこと、訂正したい」
 香坂は黙っている。眼差しの色は変わらない。ああ、まったく、と香坂の口癖を頭の中で呟いて、麻人は呼吸を整える。
「嫌いじゃない。その、ええと」
 だが、麻人の言葉を遮るようなタイミングで、ふいと瞳が逸らされた。横顔をこちらに向けた彼の唇は、いびつに吊り上げられていた。
「無理しなくていいですよ」
「無理ってなに」
「無理に慰めてくれなくていいってことです」
 疲れた顔で笑い、香坂は木戸から身を起こす。
「杉村先輩は優しいから、追いかけてきてくれたんでしょう? でもそういうのは、本当に優しいのとは違いますよ」
 こちらに向けられた瞳が、困った者を見るように細められる。
「癇癪を起こしてしまって。すみません」
 声は穏やかだ。けれどどうしようもなく中身のないもののように聞こえた。
「清衣が待ってるし、戻りましょうか」
 とどめのように明るさをまとった声で言われ、麻人の中でなにかが切れた。脇を行き過ぎようとした香坂の二の腕を手荒に引っ掴む。
「先輩?」
「お前の、そういうとこ、嫌いだよ」
「そういうとこって?」
 香坂が大きな目を眇める。醒めた大人の顔だ。憤りのせいで声が止められなかった。
「自分で勝手に完結するとこ。変に我慢強いとこ。やけに大人なとこ」
「たくさんあるんですね、嫌いなところが」
 香坂が苦笑いする。その表情にも苛立ちを覚えた。
「そういう笑い方も嫌いだ」
「すみません」
 麻人が怒鳴るように付け足すと、ぼそりと香坂が謝った。その不貞腐れたような口ぶりに麻人は少しほっとした。ああ、こいつはやっぱり素直なやつだ、と思った。
「訊きたいんだが。俺のどこを好きなのか」
「……そんなこと、訊いてどうするんですか」
 香坂が僅かに赤くなる。こちらまで頬が熱くなったが、それでも訊いておきたかった。
「また怒鳴られそうだが……あのな、俺はあんまり自分が好きじゃない。人と接することも怖い」
 香坂は突如語りだした麻人を、呆然と見つめている。彼の視線から逃れるように目を逸らし、麻人はこれまで誰にも告げてこなかった話を、彼に向けて話し始めた。
「俺たちには親がいない。母親は俺たちを生んですぐ死んだ。父親は……傷害事件を起こして、今は服役している。お前、知ってるんだろ、俺の耳のこと」
 訊ねると、香坂は息を呑んだ。その顔を見て思わず麻人は微笑んでしまった。
 知っていてもずっと触れずにいてくれた。そこに目の前のこいつの優しさを見た気がして胸が熱くなった。
「俺の右耳が聞こえないのも、父親にビール瓶で殴られたとき負った怪我のせいなんだ」
 香坂は口を閉じ、麻人の顔を凝視している。その澄み切った目が、彼の気質そのものに思えて眩しくて、麻人は目線を足元へと落とした。
「あれ以来、俺は人を信用できない。親父はとてもしっかりした人だったはずなのに、突然、壊れていった。他の人間も、あるいは自分だってそうなんじゃないか……そう思ってしまう。だから俺は、人と接することがうまくできない。右耳が聞こえないことも周りに覚られまいとしてきた。知られれば、相手の態度が変わる。同情かからかいか。過度な気遣いか。いずれにしてもこれまでとは違う感情を向けられるようになる。それが俺は、怖かったんだ」
 掴んだままの彼の腕。自分より細いけれど、握りしめるとじわり、と熱が掌に染みた。その温もりにすがるように、麻人は大きく息を吸った。
「そんなふうに考えている自分が俺は嫌いなんだ。だから……お前が、自分を卑下する俺を嫌いと言ったこと……驚いて……訊きたくなったんだ。俺のどこに好きになれるところがあるのか」
「先輩がそんなにたくさん自分のこと話すの、初めてだ」
 うっとりと言われ、麻人は真っ赤になって彼の腕から手を離す。
「うるさい! とっとと教えろ」
「それ、人にものを頼む態度じゃないです。けど、そう、ですね」
 香坂は躊躇うように睫毛の下で目を彷徨わせてから、ふいっとこちらを見る。透明度の高い目に空の青が映っていた。
「真面目なところ。いつも一生懸命なところ。頑張っているのにそれを誰にも見せないところ。すごく、人のことを考えているところ」
「俺はそんな良いやつじゃない……」
「訊いておいて否定することもないでしょうに」
 呆れた顔をしてから、香坂はふうっと微笑んだ。
「先輩は覚えてないでしょうけど、俺と先輩が会ったの、部活でが初めてじゃないんですよ」
「え、いつ」
「もっと前。俺が中三のころ。受験前に学校見ておこうって思って、菊塚に来たことがあるんです」
 香坂は風によってさらりと流された前髪を軽く手で払う。髪の隙間から見えた形の良いおでこに、どきりとした。
「正門前の階段を上ってるとき、銀杏並木が綺麗で、つい見とれてて……俺は、足を踏み外して階段を落ちて。でも怪我をせずに済んだ。下から上ってきた人が、受け止めてくれたから」
 思い出すように、香坂の目が細められた。
「その人は、俺を支えてくれながら、とんでもない剣幕で怒鳴ったんですよ。ふらふらするな、怪我したらどうするんだ、馬鹿者って。それが先輩だった。覚えてます?」
 そういえばそんなことがあったような気がする。だが……わからない。
「どうしてそれで俺を好きになる」
「俺ね、あんまり叱られたことなくて」
 香坂の目がゆっくりと本堂に向けられる。法要が本格的に始まったのか、木魚の音、読経が空気を縫うようにこちらへも広がってくる。
「俺も、親がいません。生まれてすぐ、ここに、この木戸のところに捨てられてて、それをここの住職である今の父が拾って育ててくれたんです。墓地に捨てるなんて、ほんと、生みの親はひどい親だったんだろうって思うし、だからこそ、そんな俺を育ててくれた今の父親に感謝してもしきれない。そんな父を困らせたくなくて、絶対に叱られるようなことしちゃいけないって思ってて。実際、叱られたこと、ほとんどなくて」
 だから、と香坂は目を伏せる。白い頬に睫毛の影が落ちた。
「怒鳴られて、それがうれしかった。先輩は迷惑だったのかもしれないけど、あんな長い階段で、それでも走って受け止めてくれて。この人は優しい人だと思った。その人と文芸部で会って、運命かもって、思って」
 香坂の頬に朱が差す。俯いて、彼はぼそぼそと言った。
「でも先輩は周りとの間にいつも線を引いている人で、なにを考えているのか、全然わからなかった。先輩のことが知りたくて、先輩が書いた評論を何度も読みました。硬い文体だったけど、この人はとても実直で裏がない人だなって、それがなんか、読んでてわかった気がして」
 麻人の評論は確かに直線的だ。厳しすぎると東野などによく言われるが、香坂はそれを、裏がない、と感じたと言う。
「お前は、変わってる」
「そうですか?」
 香坂は瞳を和ませてこちらを見る。
「さとみってチワワの名前は、先輩の南総里見八犬伝考察を読んでつけました。難しい言葉で書かれていたけれど、先輩が八犬伝をとても好きなこと、すごく伝わったから。先輩のようにまっすぐに育ってほしいと思って」
「俺みたいに育ったら、チワワなのに恐れられるぞ」
 照れ隠しでそう言うと、香坂はゆっくりとかぶりを振った。
「そんなことはありません。俺の目は間違っていない。先輩は、とても優しい人です。俺が好きになった、素敵な人です」
「そ……」
 自分で訊いておいて、麻人は絶句した。まさかそんなにも直球で言われると思っていなかった。
 正直、自分が優しいとはかけらも思えない。だが、俺は優しくない、と否定しても香坂は聞かないだろうなと思った。こいつこそこんな優しげな面立ちをしているくせに頑固なやつだ。本当に人は見た目だけではわからない。
 でも、そんな頑なでまっすぐなところが、自分はとても……。
「フェアじゃないと思うから、俺も言う」
「なにをです?」
「……お前の好きなところ」
 さら、と彼の髪がまたそよぐ。風にかき分けられ、覗いた額を見た瞬間、今度ははっきりと心の内で声がした。
 触ってみたい、と。
 衝動のまま手を伸ばし、前髪の隙間を縫って額に触れる。自分とは違う少し高めの体温にどきり、とする。けれど、手を引っ込めたくはなかった。額からそうっと指を滑らせ、彼の頭に手を落ち着かせたとき、こちらを見つめる香坂と目が合った。
 頬を染めた彼の目は潤んでいて、その目を見たらさらに心音が激しくなったのがわかった。
「が、頑固なところ。まっすぐなところ。明るいところ。愚痴を言わないところ」
 早口でいくつもいくつも言葉を紡ぐ。言いながらどんどん恥ずかしくなってきた。でも、香坂の頭の上に置いた手を離したくはなかった。
「優しい、ところ」
「あの、訊いていいですか」
 声が震えている。びっくりして彼の頭から手を離して顔を覗き込むと、香坂は恥らうように目を伏せた。
「好きってそれ……俺と同じ、意味で……ですか」
 ぎゅっと作務衣の胸元を握り締めた手が震えている。緊張しているらしい彼の様子に、麻人は胸の奥が甘く疼くのを感じた。
 こいつは本当に俺を好きでいてくれるのだ。
「同じ、意味、で」
 一気に顔から火が出そうになったが、香坂の顔を見たとたん、熱は胸を締めつける甘い痛みとなった。
 本当にどうかしていると思う。
 目の前でふわりと綻んだ笑顔を見ただけで、こんなに心臓が破裂しそうになるなんて。
 仁王なんて呼ばれている自分が、こんな心持ちになる日が来るなんて。
 戸惑いながらも、それでも胸に宿った望みは止められず、麻人はそろそろと手を伸ばす。いまだ自身の胸の辺りを握ったままの彼の手に触れると、拳が解けた。麻人より幾分か小さなその手を彼の胸からはがし、掌で包む。応えるようにきゅっと握り返されて、なぜか泣きたくなった。
 香坂、好きだ。
 そう言いたかった。が、麻人より先に口を開いたのは香坂だった。
「清衣が、待ちくたびれていますね」
 彼の顔は赤い。だから……照れ隠しかもしれない。しれないけれども。
「……なんで今、この瞬間に、あいつの名前が出る」
「やきもちですか?」
 くすっと香坂が笑う。馬鹿言え、と口の中で言う麻人の手がぐいっと引っ張られた。
「あいつは大事な友達なんだ。だって、あいつだけは先輩の陰口を一度も言わなかった」
「香坂と矢島って……少し似てるな」
 矢島は問題が多いけれど、それでも曲がったところがない。そのまっすぐさは目の前の彼と重なって見える。
「俺は清衣みたいにイケメンじゃないもん」
 拗ねたような顏で言う彼に、麻人は思わず笑ってしまった。たまらず、握った手と逆の手でぐりぐりと頭を撫でる。
 どうしようもなく……可愛いと思ってしまった。
「お願いがあるんですけど」
 麻人が頭を撫でてしまったために乱れた前髪を細い指で押さえ、香坂が囁く。
「なに」
 首を傾げて問う。声が自分のものとも思えぬほど柔らかく響いてやはり照れ臭い。その麻人の手に重ねられていた香坂の手にわずかに力が込められた。
「名前、呼んでもらえませんか。これからは」
 風がふっと耳元を通り過ぎる。
 固まってしまった麻人に、香坂はまっすぐな目を向けてくる。猫を思わせる瞳には、やはり儚すぎる青が映り込んでいた。
「だめ、でしょうか」
「だめじゃないけど……こっぱずかしい」
「こっぱずかしいって」
 くすくすと香坂が笑う。先輩はいちいち言葉が古い、としつこく笑う彼に、麻人は、笑うな、と憮然とする。
「大体、矢島にも呼ばせてるよな、名前」
「呼ばせてるっていうか、呼ばれてるが正しいですけど。問題ですか?」
「問題じゃないが」
 気に食わない。心の奥で付け加えると、香坂は不思議そうな目でこちらを見上げてから、ええと、と呟いた。
「先輩が嫌ならやめてもらいます」
「嫌だなんて言ってない」
 まるで駄々っ子だ。羞恥心から、語調も荒くなる。香坂は大きな目を数度瞬いて麻人の言葉を受け止めてから、宥めるような手つきで、繋いだ手を上下に振ってみせた。
「清衣はわりと誰のことも名前で呼びますよ」
「俺は呼ばれてない」
「それは先輩だし。大体、あいつがそんなことしてたら、さすがに俺が困ります」
「困るって、なんで」
「いいじゃないですか、別に」
 ぷいと顔を背けてから、とにかく、と香坂は断言した。
「先輩が気にするようなもの、俺と清衣の間にはない。そもそも清衣には忘れられない人がいるんだから」
「俺は、気にしてなんて……」
 言いかけて麻人は反省した。
 偽ることは彼の前ではしたくなかった。
「いや、気にはなる。あいつは悪いやつじゃなさそうだが……なれなれしい。お前に」
 香坂がぽかんと口を開く。
 なに、と彼のほうをそろそろと窺うと、香坂は開いたままだった口を閉じた後、ついと麻人から視線を外した。
「やっぱり先輩は仁王のままでいいです」
「なんだ、それは。意味がわからん」
「わかるでしょ。さすがにわかってほしい」
「いや、本当にわからんし。はっきり言えよ」
「だから! 他の人には先輩の素直で可愛いとこ見せてほしくない、ってこと!」
 言いざま、握られていた手がぽいっと放り出される。そのまま歩き出す彼の、ぴんと背筋が伸びた後姿に、香坂、と呼びかけようとして麻人は思い直した。
「ち……」
 香坂が足を止める。ちかげ。たったの三文字を舌に乗せるだけなのに、続けられない。
 彼はしばらく黙って背中を向けていたが、肩で息を吐くとこちらに向き直った。
「ほら、頑張って」
「うるさい」
 怒鳴ると、やれやれ、と言いたげに首を振って再び彼は歩き出す。遠ざかっていく背中に、麻人の中で焦燥感が湧き上がってきた。
 気がついたら大股で彼を追いかけていた。
 ぐいっと腕を掴むと、香坂が驚いた顔でこちらを見た。
「ちかげ」
 ただでさえ大きな瞳が、ふうっと見開かれる。呼べと言ったのはそっちのくせに慌てているようだ。少し胸がすっとした。
「ま、まいったか」
「なんですか、その変な反応は」
 もう余裕の顔を取り戻している。苛立たしくなって、麻人は歯噛みした。
「お前、生意気だよな」
「嫌いになりましたか?」
 うってかわって不安そうに表情が曇る。矢も盾もたまらず、麻人は手を伸ばした。ぐりぐりと頭を撫でると、香坂ははにかむように一度視線を落としてから、顔を上げた。
 こちらに向けられた彼の顔には、柔らかく、空にほどけてしまいそうな笑顔が浮かんでいた。
 ああ、まったく。
 香坂の口癖を心の中で呟いて、麻人は彼の頭をゆさゆさと揺さぶる。
「頼むから、そういう顔を学校でするな」
「なんでですか?」
「やかましい」
 今日はあまりにもたくさん自分らしくない台詞を吐いてしまった。くすぐったくていたたまれない。香坂の頭から手を引いた麻人は、首の後ろを忙しなく掻く。
「行くぞ」
 素っ気なく言いつつ、もう一度手を差し出すと、はい、とかすかな応えの後、そっと手の中に彼の手が滑り込んできた。

 並木道 偶然触れた 手の熱さ 落ち葉見る度 思い出されて 

 香坂が詠んだ歌がふっと脳裏に蘇ってくる。
 彼は思い出し続けていたのだろうか。初めて会ったあのときに触れた、麻人の手の熱をずっと。
 自分はそれにまったく気づかなかった。
 ごめん、と心の内でそっと謝りつつ、麻人は香坂の手を握る手に力を込める。
 彼の中に残る熱を自分は知ることはできない。
 けれど、思い出の熱をもう、求めなくていいくらい、伝えることはできる。
 だから、これからも繋ごう。俺と。
 心の中で香坂に呼びかけつつ、麻人は坂道をゆっくりと上り始めた。

───了───

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