彼の父が、王の権限を剥奪したことにより
彼が次期王としての即位をすることになった

そのことで国中は慌ただしくて、婚約の話は即位後になった

少し残念に思うが、彼が即位することは喜ばしいことであった

なので彼に会えないことも我慢すべきと思った
忙しい身なのに、会いたいと、ただそれだけの為に押しかけるのはどうかと思った

私はまだ自分に自信がない
迷惑になったらどうしようと、まだマイナス思考でいてしまうのだ

彼がそんなこと言うはずないのに
内心ではわかっている

これはずっと私の中で染み付いてきたもの
すぐに変えることはできるわけない
誰だってそうだから

けれど、少しずつ変わることはできるから
私は御母様の言葉を思い出した

『自信を持ちなさい 女の子はいつだって
 綺麗になれるのよ
 ほんの少しの勇気があれば、いつだって』

着飾ることをすれば、少しは自分に自信がつくだろうか?
蔑まれされていた日々を過ごしてきた私にとっては、着飾ることに対して皆無に近い

自分の衣装ケースを見ても、服が数着とアクセサリー類が多少ある程度
あとは御母様にもらった耳飾りくらいだ

『どうしよう、何もないわ』

着飾るものすらないことに、私は少し涙目になった

あたふたしていると、ノックの音がした
声をかけると、彼が私を訪ねて来たそう

『姫、中々会えなくてすみません
 けれど、もうすぐで落ち着きますので』

『いえ、お気になさらず。私は、大丈夫なので』

嘘をついてしまった
寂しいはずなのに、素直になれない
正直に言えば、彼を困らせてしまうと
そう思ってしまったから

彼は私に近づいて、目元を優しく撫でた
温かくて、優しい指先に私は嬉しく感じた  

『姫、泣いていたのですか?』

首をゆっくり横に振り、否定するが彼は納得しないようで

『目元が少し赤いです 
 何か困っていることがあるのでは
 ないですか?』

『そ、それは…』

彼に着飾る話をしたとして、どうすればいいのだろう
けれど、彼は私に頼られたいと
好意に甘えてもいいのだろうか

『姫、私は貴女に甘えられたいのです
 どんな些細なことでも構いません
 話してはいただけませんか?』

その優しさに縋るように私は頷き、言葉を口にした

『わ、私 自分に自信をつけたくて
 女性の嗜みといいますか、着飾ろうと
 思ったのです
 
 けど、服とかもアクセサリーとかも
 数少なくて…』

彼の視線が気になり、横目に見ると
顔を手で覆うようにしていて、まるで自分を恥じているような様子だった

声をかけようと、彼に触れようとすると
勢いよく私の手を取り、駆け出した

そこからは、慌しかった
女性用の服や、アクセサリー、靴、バッグなど
それらを見て回った

私は訳もわからず、試着室へ押し入れられ
服を袖に通しては脱ぎを繰り返す

一着、一着彼に見せると、優しく微笑んでくれた
試着終わり彼の元へ行くと、何やら会計をしてたようで受け取れない、と言っても

『私が貴女に贈りたいのです
 それに貴女はもう私の伴侶となる方なのですから
 私の気持ちと思って受け取ってください』

その言い分に断れられる訳もなく、受け取った

それからと、彼といろんなところを回った
まるで世間で言う、恋人同士の逢瀬、デートと
言うもののようだった

愛しい人と二人きりで過ごす時間は、こんな楽しいものだとは思わなかった

それから近くのお店へ入り、お茶と会話を楽しんだ

『姫、今更ですが申し訳ないです
 貴女にいろんな贈り物をしようと
 そう思っていたのに蔑ろにしてしまって

 言い訳にしか聞こえないですよね』

彼は以前私に贈り物をしたい、とそれを
覚えていてくれていたのだろう

だが、あの事件や国中が荒れたことによって
それどころではなかった

そのことに対しても、謝罪しているのかもしれない
私は小さく微笑み、今の気持ちを伝える

『いえ、そんな事はないですよ
 私、貴方と今日一緒に過ごせて
 とても嬉しかったです』

それは本当の気持ち 
二人っきりで過ごす時間は嬉しい
けど、別れる時はとても寂しく感じる

あの時もそうだった
城で別れを告げて、彼の後ろ姿を見た瞬間
喪失感が私の中で芽生えていた

彼には全てお見通しのようで

『姫、寂しいなら寂しいと言ってください
 そう言葉にしてもらうと、嬉しいです』

『私は…大丈夫です』

表情に出ていただろうか
彼の言葉が体に響き渡るように、私の手は少し震えていた 動揺していたのかもしれない

『私は…寂しいです
 ずっと姫に会えることを心待ちにしています
 姫は、どうですか?』

彼の瞳の奥は少し揺れていて、寂しさが募っているようだった
素直になれ、と言われているみたいで
彼は私の素直な言葉を聞きたがっている 

俯いていると、彼はゆっくりと私の手に自分の手を重ねる

その手はあったかくて、けれど想像以上に大きかった
指先は細く、男らしい
この手に守られていると、感じられた

『わ、私も寂しい…です 
 もっと一緒にいたい 
 けれど、大事な時だから邪魔したくなくて
 会いに行ったら、迷惑じゃないかって…

 そんなこと言わないってわかってるのに
 不安で仕方がないんです…』

今まで言えなかった、胸の内に秘めていた思いを吐き出す

『私も不安ですよ 姫と同じですね』

けれど、彼の言葉と表情は不安なそぶりなど見えず、私に気遣っているのかと思ってしまう

『貴方でも、不安になったりするのですね
 そういう時はどうしたらいいですか?』

彼は迷いのない瞳で、微笑んで口にする

『今日みたいに貴女に会いにいきます
 それでは答えにはなりませんか?』

不安になったら会いに行く
素直な彼だから言えるのかも

けれど納得する自分もいた
不安になったら会いに行って、思いをぶつけ合うということも、大事なことかもしれない

『私が貴方に会いに行ったら嬉しいですか?』

自信なさげに、彼の様子を伺いながら問いかけるが、彼は満面笑みを浮かべながら

『とても、嬉しいです
 貴女より大事なことなんてないですから』

ここがお店ではなかったら、きっとお互いに口づけを交わしていたのかも

その代わりに彼は、私の手を取り、手の甲に口づけを落とす
愛してる、と言われているように

別れ際に彼に大事なことを伝えた
父が近々、彼に挨拶にしに行くことを

いろんな問題が積み重なって言うのが遅くなってしまった
それを彼に告げると、どう言えばいいのかわからない、という表情をしていた

父と私との仲について、説明をした
すべて誤解であり、私を守るためにしたこと

それを聞いても、彼の表情は変わらなかった

『貴女は…それでいいのですか
 事の経緯がそうであっても、私は許せません

 あんな、傷だらけで目覚めない姫に
 見舞いに来ないなんて…』

悲しかったのは事実だ
けれど、その中でも父は私を愛していた

失った時間は元に戻らない
やり直す事は叶うことなどない
人生は一度きりなのだから

だけどその中で、私は少しずつだが
確かなものを築いていきたいと思った
親子という絆を

『貴方の言いたいことはわかります
 悲しかった、苦しかったことは消えません
 私の中で生き続けます
 
 けどお父様の思いを聞いて嬉しかったのです』

その時の嬉しさを思い出すように、私は微笑んだ

『私は、愛されていたんだって
 ひとりぼっちじゃ、なかったって…』

感極まって私は涙を流す
その涙は悲しみではなく、嬉し涙

止まらない涙に、彼は優しく拭ってくれた
一粒、一粒の涙を、掬うように

私の紡ぐ言葉をゆっくり、待っててくれる
しゃくり上げながらも、私は思いを伝える

『お父様を許してあげたかった
 ずっと一人で苦しんでいたんです
 何度も私に謝って…

 苦しかったのは私だけじゃないって
 結果がどうであっても
 私は許さずにはいられなかったのです』

『貴女は、とても優しいですね
 私には、できないことです』

ゆっくりと顔を横に振り、彼の頬に触れる

『貴方がいるから…』

『私ですか…?』

彼は何故、という表情をしていて
その反応に私は微笑みを隠せなかった

『貴方がいるから、私は前へ進めるのです
 そう思わせてくれた、変えてくれた
 他にも…言葉以上のものを
 私にくれました

 だから父と向き合えた。感謝しかないのです』

言い終えたと同時に彼は私を抱きしめた
いつもよりも強く
私はそれに答えるように、彼の背中に腕を回した

『すみません、言葉が出なくて…
 貴方を強く抱きしめてしまいました』

彼の頬は、ほんのりと赤みを帯びていて
少し照れ屋な一面を見てしまった

『構いませんよ
 貴方に触れられることがとても嬉しいから』

『さっきよりも、素直ですね』

『ええ、嘘はつきたくないと思ったのです
 特に貴方の前では』

好きな人の前では、素直な自分でいたい
可愛いと、綺麗と思われたい

恋は人を変えるものかもしれない
醜いままの自分だったらきっと、信じることもなかった

彼の言葉は綺麗事、と思ったのかも
今はそう思わない
どんなことがあっても、私はこの人を離したくない

手離したくない、と思えたから
初めての恋心を捧げた相手だから

貴方は私を希望の光と言った
なら私は貴方を、一筋の光へと導いてくれる存在

貴方を知らなかったあの頃にはもう戻れない
戻りたくない

別れ際はとても寂しい 胸が締め付けられるように
瞳がそう語っていたのか、彼はゆっくりと微笑んだ

『今はお互いに寂しいですが、もう少しで
 貴女は私の妻になるのですよ?

 嫌というほど毎日顔を合わせることに
 なるでしょう』

私の妻、その言葉に寂しかった心が嘘のように、じんわりと温かくなっていくような気がした

自分の頬も真っ赤に染まっていることだろう

『私、まだ現実味が湧かないです
 夢のようで』

ここ数ヶ月の出来事が、夢のようだった
醜い姿は呪いのせいだと

女神が現れ、呪いが解けたおかけで今に至るが月日が経つのは早いとそう思った

『夢では終わらせません
 これから先、どんなことがあっても
 貴女を愛し、支えましょう。後悔はさせません』

彼の言葉は嘘、偽りのない 
言葉にしたことを現実にする力があるのかも

この先、私は彼を支えていく立場になるのだろう
その覚悟はあるのか、というとないのかも知れない

だけど諦めることは絶対にない
それを乗り越えてこそ、新しい道を切り開いていけると思う

私は彼と共に生きる未来を選んだのだから
後悔なんて、ない

私は彼の頬に手を添えて、微笑んだ
彼と私の背の高さは多少あるが、届かない距離ではないと思い、少し背伸びをして
私は彼にキスをした

私の決意の思いを一緒に、キスに込めた
不意打ちだったこともあって、彼は驚いていた
けれどそれも一瞬で、彼は私のキスを受け入れた

そして戴冠式の日がやってきた
前王の代わりに、義母が彼に王冠を被した
その後、盛大に祝われた
前王の息子という理由で、批判されないのは幸いだった

きっと皆、彼の内面を知ってるからこそ信頼できるのだろう
それが彼の中にある王の素質なのかもしれない

皆、花束や祝いの品を新王に献上していた
その光景に私は嬉しかった
一緒に賑やかな場を見ていた父は、咳払いをし

『新王に挨拶しに行かないのか?』

そんな言葉が出てくるとは思わず、言葉を選びながら、私は今の思いを父に伝える

『ええ、いいのです
 彼が祝福されている場をこの目で
 見ることができるだけで
 私は幸せなのです』

それは本当に思ったこと
誰よりも新王を祝福したいのは、皆同じ気持ちだから
私だけ彼を独り占めしてはいけない

『お前はそれでいいかもしれないが
 新王はお前を待っている
 行ってあげなさい』

そんなことないと思い、彼の方を見ると
目線を配り私を捉えていた
まるで私を招くように

父に視線を配ると、ゆっくりと頷いてくれた
そして子供のように駆け出した
ドレスの裾が汚れようとも、靴が脱ようが
私はなりふり構わずに彼の元へ急いだ

そして彼は私に気づくと、跪いて私に手を差し出した

『この手を取っていただけますか?』

それに応えるように私は、彼の手に自分の手を重ねた
ゆっくりと壇上に二人で上がった
私は彼に導かれるまま、これから何が起こるのか分からずに行く末を見届けた

『新王になったばかりですが、この場を借りて
 私は皆様に祝福してもらいたい

 私と、彼女の婚姻をここに発表します』

宣言と同時に、祝福の声と拍手、花束の吹雪が鳴り止まなかった

私の努力は無駄ではなかったと
容姿ではなく、内面を見て祝福してくれているのだと、民の表情、歓声を聞いて理解した

ゆっくりと涙が頬を伝った
涙が溢れて止まらないのに、拭うことはしなかった

この光景を目に焼き付けたいから、涙でぼやけた瞳でも見える、美しい彼らの表情を目に焼き付けた瞬間であった

涙が止まる頃、彼は小さな箱を私にくれた
ゆっくり開けると、それは婚約指輪だ

シルバーリングで、周りには星の光のように小さな石が埋め込まれていた

『言ったでしょう 
 貴女に似合う美しい指輪を贈ると』

私の手を取り、左手の薬指にその指輪を嵌めた
サイズもピッタリで、なんとも言えない気持ちでいっぱいだった

『これから永遠に、貴女を愛すと誓います
 決してこの手を離したりしません
 この命が尽きる限り、ずっと』

そして私の甲に口付ける
私も同じ気持ちだ

『私も貴方を愛します 
 絶対に離したりしません
 私の居場所は、貴方の隣なのですから』

そしてお互いの呼吸が合ったように
そっと優しく口づけを交わした

神に誓う前に、自分達の中で誓う
お互いを愛し合うということを

そしてこの国では、婚姻する儀式は二人で行う
神に誓いを立てた後、お互いに名前を告白するのだ

婚姻前の男女は、家族以外は他人に名前を明かしてはいけない、というしきたりがある
それはとある神が決めた決まり事だ

それを夫婦になった彼らは口にする
自分の命名を


新王は、『真(まこと)』 嘘偽りない心で自分も真っ直ぐな心で生きるようにと

姫は、『紬(つむぎ)』 真綿で包むような繊細な太く長い糸のように、真っ直ぐ道を違えず生きるようにと

『ああ、やっと貴女を、本当の名で呼べる
 愛しています、紬』

『私も愛しています、真』

お互いの名を口にし、夫婦の絆が一層深くなる
彼らが夫婦になった瞬間、始まっていくのだ

これは醜いと呪われた姫が、呪いと共に生きることを選択した物語の序章に過ぎない

彼らがこの後、どのように生を全うするのかはまた別の物語で