神に愛されし呪いを受けた姫君

彼女は夢を見た とても素敵な夢だった
父と母が自分を愛してくれる夢
 
その光景を見ていると、羨ましい思いと悲しい思いが溢れた

こんな素敵な幸せな家族団欒とした家庭であったら
きっとあり得たかもしれない
けれどそれは叶う事はない

私が産まれたことにより、歪んでしまったから
女神かけた呪いで、醜く産まれた姫

母はどう思ったのだろう
悲しかったのだろうか、嬉しかったのか

どんな思いで、亡くなっていったのだろうか

母のことを知ることさえできなかった私は
疑問しか生まれない

けれど一番の願いは母に会いたい、それだけだった  
夢の中でだったら、少し願望を吐いてもいいかもしれない

そう思った姫は願いを口にした

『お母様に…会いたい 
 会っていろんな思いを…聞きたい』

決して叶うことのない願い 
その願いは神様に届くのだろうか

届かなかったとしてもいい
ただその願いを口にすることだけは許して欲しい

その願いを聞き届けたのかのように
小さな花吹雪が起こり、目を開けていられなくて、目を瞑った

そして花吹雪が止んだ頃、目を開けると
綺麗な女性がいた

その女性は、姫と瓜二つの様な容姿だった
少し後ずさると、女性は私に歩み寄ってきた

ゆっくりと輪郭を確かめる様に頬を撫で、女性は優しく微笑みながら涙を流した

『こんなに大きくなって…
 愛しい子、会いたかったわ』

その声に聞き覚えがあった
誰と言われてもわからないけれど、自分に向かって
我が子と言う女性はきっと

『お母様…なのですか?』

女性は頷いた そして私の頬にキスを落とす
突然のことに驚きながらも、母は慈しむように口づけを落とすので、私はされるがままであった

落ち着いた頃、母はゆっくりと語った

『私はずっと貴女を見守っていたわ
 苦しくて、悲しかったでしょう
 ごめんなさいね、不甲斐ない母で』

私は首を横に振る その様子に母は微笑み
優しいのね、と小さく零した

『見守っている中で、女神様が私の願いを
 叶えてくださったのよ
時間は少ないけれど、貴女に伝えたくて』

女神様、私に呪いをかけた女神だろうか
呪いをかけることもできれば、願いを叶えることもできるのだろう

母が叶えたかった願いとは、何だったのだろうか
気づけば思いが言葉になっていた

『お母様の願いとは、何ですか?』

『貴女のこれからの幸せを掴む為に
 貴女に会って、話をさせてほしいと』

母は亡くなっても、私を見守り続け幸せをずっと願っていたのだろう

娘の為にこれほどに思っていてくれる母はいないと、そう思った

『私も…ずっと思っていました
 お母様に会いたい、会ってお話ししたいと
 どんな人だったのか、知りたかったです』

『私のことね、大した話ではないのよ
 けど、今の貴女にはとても大事なこと
 なのかもしれないわね』

そして母は語り出した
私が産まれて母が亡くなるまでのことを

母と父は国の為の政略結婚であった
けれど、それは形式上のことであり
父は母に惚れ込み、プロポーズしたことで婚姻したのだった

当時、そんな父に母も微笑ましく、この人と添い遂げたい、そう思い受け入れたのだった
お互いに支え合い、慈しみ、愛し合っていた

後に子供を身籠った時は、嬉しくてどんな子が産まれてくるか、二人で楽しみしていた

けれど産まれた子を見た途端、父は顔面蒼白だったそうだ
『呪われた子が産まれてしまった』と

そんな赤子を抱き、母は父に懇願したそうだ
どんな姿でも我が子には変わりない、と
それを聞いても父は否定しかしなかった

世間の目を気にし過ぎて、我が子を見ることすらしなかったのだ

母はそんな私を胸に抱きながら、毎夜泣いたそうだ

『ごめんね、不甲斐ない私で…
 こんな姿で産んでしまってごめんね

 どんな姿をしても私の子よ
 貴女を愛させてちょうだいね』

何度も自分に言い聞かせるように、赤子に語りかけた
自分だけはこの子を守らなくては
愛したいと思った

けれどそれは長く続かなかった
彼の兄や親戚達が圧をかけてきたのだ

醜い子を愛してどうする、捨てた方がこの子と国の為になる、また身籠ればいいと

誰もが自分の子を否定した
唯一の味方だと思っていた夫にも見放され、母の心はもう限界だった

けれど子供を愛に注ぐごとだけは、やめなかった
子供に罪はない
産まれたことだって、奇跡に近いのだから
どんな状況だとしても、ずっと赤子を抱き、命が果てる瞬間まで子供にぬくもりを、言葉を、子守唄を聞かせ続けていた

子供より先に命が散ってしまうことが、とても悔しかった 
この子の成長を見届けたい
そんなささやかな願いすら叶わない

たとえこのまま命果てても、見守る事はできるだろう
空の上で

『どうか、貴女に幸福があらんことを
 そしてあの人が私の分までこの子を
 愛してくれますように』

その願いは叶う事はないかもしれない
けれど祈る事は自由だから 
母は自分の命が尽き果てるその瞬間まで祈ることをやめなかった  

『欲を言えば、最後に…あの人と…
 この子の顔を見て…朽ち果てたかった…』

そして瞼を閉じた
最後の瞬間は、幸せなそうな笑みを浮かべて
苦しんだ死に顔は見せたくなかったから

生を全うした、そんな表情で逝きたかったから

天に召された後も、心残りのせいか
私は亡霊のように城にいることができた

夫は私が亡くなった日から、変わってしまった
けれど、私を思い続け嘆き続けており
なんとも言えない気持ちになった

私はここで貴方を見守っている、そう言えれば
どれだけよかっただろう
亡者のような今の自分は、何もできない
ただ、寄り添って見守ることしか
それしか、叶わないのだ



母の話を聞き、私は涙した
ずっと母に愛されないでいたと、きっと恨みながら逝ってしまったに違いないと

けど、違ったのだ
母だけは私の味方でいてくれて、私を愛してくれた
それが嬉しくて、私は母に抱きついた
抱きつきながら、子供のように泣いた

母はそんな私に、慰めるように髪を撫でてくれた 
その温もりだけでも涙腺が崩壊していく

これは悲しい涙じゃない、嬉しい涙だから余計に心に響くのだ

思いっきり泣いた後、母は一瞬ためらかったように見えたが、ゆっくりと口にする

『貴女は、お父さんのことどう思ってる?』

お父様、ずっと視界に入らないようにしてきた
それが最善だと思った
私と話す時も目線を合わせることもなかったから

『…わからないです
 ずっと関わるのを遮断されて、知ろうとも
 しなかったから…』

『あの人はきっと、貴女と関わるのを
 怖がっているだけ』

『お父様が…?そんなわけないです
 だって好きにすればいいって
 言うだけで…』

俯きながら否定すると、母が首を横に振った

『あの人は臆病なの 口では娘じゃないって
 言ってる割に、心と体は理解してるのよ
 
 そして貴女に関わりたいと思っている
 顔によく出るのよ、あの人』

懐かしむようた小さく微笑む母

『言葉も足りないのよ
 私に対してもそう、だから余計に
 あの人は後悔してると思うの
 貴女にしてきたことを、悔やんで
 自分を責めてる、私のことに対してもね』

そんな母の言い分に理解できなかった
けど父のことを知らない私にとって、否定することはできない

父のことを愛している母だから、理解できることなのかもしれない
 
『お父様は…私と向き合ってくれますかね』

自信なさげに言うと、母は笑顔で頷いた

『貴女がほんの少し勇気を出せばきっと
 あの人も答えてくれるはず
 
 いままであの人がしてきたこと
 許せとは言わないわ
 けれど、あの人は貴女のことを娘として
 見てること、それだけはわかってほしい』

小さく頷くと、母は寂しそうに微笑み

『もう時間みたいね』

すると母の姿がどんどん透けていった
手を伸ばすが、先ほどまで触れ合った感覚がなくなるように、すり抜けていく

虚しさと焦りが私の中で燻るようだ

『嫌です、せっかく会えたのに
 さよなら、したくないです!』

『愛しい子、別れは必ずあるものよ
 それが私と貴女には早すぎただけ

 私はいつでも貴女を見守っている
 それを忘れないでね』

涙目になりながらも、頷く
そして最後に母は、優しく私を抱きしめ
耳元で囁いた

私の本当の名前を

『さぁ、貴女を待っている人がいるわ
 夢から覚める時間よ

 愛してるわ、ずっと
 必ず幸せになりなさい』

『お母様、大好きです
 私絶対にお母様のこと、忘れません!』

母は透けていてわずかに見える程度になってしまったが、その表情は笑顔で美しかった

それが母と最初で最後の思い出だった




 
 



涙が流れる感覚と、誰かが私を呼ぶ声を聞き
私は瞼を開けた

最初に訪れた感覚は小さな痛み
けれど、次の瞬間優しく手を繋がれた

目覚めたばかりで朧げだが、その手の温かさで誰なのかわかった

『姫、目が覚めたんですね
 よかった…ほんとによかった』

彼は少し涙を浮かべていた
とても心配させてしまったらしい

ゆっくり身を起こそうとすると、彼が背を支えながら起こしてくれた

『ありがとうございます
 心配、かけてしまいましたね』

『いいんですよ、貴女が目覚めてくれた
 それだけで私は十分です』

彼なりの優しさに私はとても嬉しかった

そして私は医者から簡単な検査を受けた
首元には小さな青あざ、手首には身じろぎした時に縄で擦れた後で怪我を負ってしまった

医者からは安静にしてれば治るとのこと
私はあの日から2日ほど眠っていたらしい

目を覚ましたと聞き、お義母様はすぐに駆けつけてくれて、私の姿を見た途端泣いて喜んでくれた
きっと、たくさん心配してくれたのだろう

お義母様の耳飾りを失くしてしまったことを謝ると
そんなものいいのよ、貴女が無事でよかった、と
私も嬉しくて、もらい泣きしてしまった

耳飾りを落としたことによって、私の捜索が早く進んだらしい

目撃者もいて、彼らに気づかないように尾行したら
案の定、眠った姫が運ばれることを目にした

さらに、二人が事を進むように、唆した者もいたらしい
その人物については何も言われなかったが、きっと私を憎いんでいる人に違いない、そう思った

王子は、唆した人物を知り、さらに嫌悪感を拭えなかった
人物に対しての証拠は揃っていた為、行動に移した
その人物は、彼の幼馴染だ

突然の訪問に、彼女は疑いもなく受け入れた
その瞳は、期待に満ちていた
まだ、自分の思い通りになると、希望を捨ててはいないのだろう

『急な訪問、受け入れてくれて感謝いたします』

『嫌ですわ、遠慮なんていらないです
 私と、貴方の中じゃありませんこと』

『そうですか、では本題に入りましょう
 貴女が、姫を抹殺しようと我が父に進言されましたね
 さらに、姫に対しての嘘の証言を言い放って』

その話に、彼女は顔が徐々に青白くなっていき
作り笑いの笑顔もなくなり、視線も彷徨っている
いかにも、動揺を隠せないようだった

『な、何を言っているのか
 分かりませんわ
 私があの、醜い姫を抹殺?あり得ませんわ!
 言いがかりはよして』

『証拠はありますよ、王と文のやり取りをしていた
 みたいですね
 私との婚姻の為の賄賂等、貴女には軽蔑の目でしか
 見えないですね』

冷めた瞳で、声音で、言い放つ
彼女は、体を震わせるだけ
すなわち、肯定のようなものだ

『貴方がいけないのですよ、私の婚姻を断って!
 私が貴方を好いていたのご存知でしょう?
 それなのに何故!?』

彼女は開き直って、不満を言い放った

『将来の伴侶は貴女じゃないと、
 何処まで頭がお花畑なのですか!?
 国の為の結婚、それが一番お互いに利益をもたらす

 なのに、貴方は醜い姫を欲した
 私には考えられません!理解できない!
 
 私が貴方を一番知っている、理解しています
 あんな姫を消せれば、きっと貴方は目が覚める
 そう思っていたのに…!』

ああ、彼女はどこまで自分勝手なのだろう
自分の思い通りになると疑わず、幼馴染という関係だから好きになるのは当然、婚姻もそうだろうと

そんな下心丸見えな彼女を、選ぶわけないのに
私はあの子がいいのだ
純粋で、怖気付くが、心の強さは人一倍あって
私が守りたい、幸せにしてあげたいと
そう思った

『言ったはずですよ、私は貴女を選ぶことはありません
 この先も、生まれ変わっても』

そして兵に任せ、彼女を捕らえた
幼馴染とはいえ、許されない犯行をした

彼女は、まだ諦めきれなくて連行されながら
どうして!と泣き喚いていた

きっと彼女は反省することなどないだろう
生まれ変わってもまた、何度も繰り返すことだろう
これは、天罰が下ったのだ

姫が眠ってる間、目を覚めてからも
いろんなことが起きていたらしい

彼の父と叔父は共犯者として捕らえられており、今は牢屋に入れられているらしい

私の父は、一度伯父と話をする為に訪れた
その時に私の見舞いに来ることはなかったらしい

あの事件は私は衝撃的だった
今でも思い出すだけで体が震えかける

叔父がそんな目で私を見ていたと
今まで殺す機会を伺っていた
その事実が怖かった

きっと彼と出会うことがなければ、私はあのまま殺されていたのかもしれない
叔父の思い通りのままに

彼が私を変えてくれた
だから私は自分の意思でここに立っていられる、前に進める

そんな些細なことが私にとっては大事な一歩でもあった

だから私は、もう一度前に進もうと思う
夢の中であった母の言葉を信じ、父に向き合うことに

私にとって父は関わってはいけない、そう思っていた

父も私と関わることはせず、お互い干渉し合わなかった 
それがいけなかったのかも、親子として向き合うべきだったのかも

だから、父に聞きたい 本当の思いを 
少し怖いけど大丈夫、母の思いが勇気をくれたから

父は断ることもなく、私に会ってくれた
けれど父は私に目をくれず、視線は私をとらえてくれなかった

『お父様、ご迷惑をおかけしました』

父は私の言葉を発した途端、その瞳に私をとらえ驚きを隠せない様子であった

この容姿の私と接するのは初めてだ
今はヴェールも手袋も、身を覆うことない姿
本当の私を父に晒している
見違えるほどの我が子に、どういう反応をするのだろう

『…やはり、お前は私とあいつの子だな』

懐かしむような瞳でこちらを見て、小さく微笑んだ
父はゆっくりと立ち上がり、私の頭のてっぺんから足の爪先まで、じっくりと観察するように見た

こんなに見られるのは初めてで、どうすればいいのかわからなかった

父は壊れ物を扱うように、恐る恐る私の頭を撫でた
優しく、不慣れた仕草に安心した
初めて、父の温もりに触れた瞬間だった
こんなに父の手は大きかったのだと

そしてずっと聞きたかったことを問う

『…お父様は、醜い私でも愛していましたか?
 私を娘と、思ってくれていましたか?』

申し訳なさそうに、父は本音をゆっくり溢した

『…お前が産まれた時、現実を受け入れずに
 否定した 俺の子ではないと

 受け入れらなくて、考えなくてすむように 
 仕事に没頭した
 その結果大切な、最愛の妻に先立たれ
 間違えてしまったと、そう思った』

父は悔しそうに、言葉をゆっくりと紡ぐ
当時のやるせなさが心に響くようだ

『成長していくお前を見て
 あいつが最後まで守ろうとした
 かけがえのないものを今度こそ守ろうと

 その為に、お前に干渉せず酷い扱いをした
 
 王として、父としていや
 人として最低なことをした』

唇をかみしめて、過去を懺悔しているようだ
そしてを意を決したように

『わかってくれとは言わない
 けど、お前を守る為にしたことだ

 あいつとは違うやり方で、
 お前を愛し、守りたかったんだ』

父の思いを聞いて、胸の中に渦巻いていたもやが取れたようだ

父のこれまでの態度は、干渉すればするほど私が危険にあうと思ってしたことで
私は愛されていた 見捨てられていなかった

母の言っていたことがわかった
父は言葉足らずで、けどその不器用な優しさがとても嬉しくて言葉にできなかった

『…ちゃんと、言葉にして欲しかったです
 私…ずっと愛されてないと…思って…
 お父様にとって、私は…いらない子…だと…』

『すまなかった、酷いことをした
 これからちゃんと、言葉にするから

 今からでも、遅くはないか?
 お前と、父と娘の関係を築くことを
 許してくれるか?』

一番欲しかったもの、憧れていたもの

父と母に囲まれて、親子としてのぬくもりを感じたかった 
きっとあったかいものなんだろうなと、子供ながらに想像していた

城の窓から見える親子風景を見ると
羨ましかった

父と母に抱かれながら、子供は無邪気に笑っている 
 
私は嬉しくて、涙を流しながら笑った

『はい、お父様…
 私もお父様と、娘と父の関係築きたいです』

流した涙の光景はぼやけてみえなかったが、
父は私を優しく抱きしめてくれた

すまなかった、と何度も謝りながら
その時私は思った

親子というものは、あたたくて嬉しくて
時には涙もあるけれど、笑い合え、支え合う関係なのだと

それは親子の絆と呼べる関係なのかも知れない

 
見えるものだけが全てじゃない
見えないものにも、愛というものがあるのだと、私はこの時知った

しばらく父と話をした。父と娘の会話を 

話をしてるうちに私は叔父のことを聞いてみた 父の兄の話を

『お父様は、叔父様のことをどう思って
 いらっしゃいますか?兄なのでしょう?』

気まずそうに、父は私から視線を逸らした
あの事件について、気を遣ってくれているのかもしれない

『あの事件のことなら、大丈夫です
 だから、話してください』

まだ完全に吹っ切れてはいないが、叔父のことを知らなくてはいけない、そう思った

父は恐る恐る言葉を口にした
その話は決していい話ではないと物語るように

『私の兄は…とても歪んでいた人だった
 虐げられている人を見ながら微笑み
 家族以外を見下していた 家畜のように

 そして美しい侍女が城にやってくると
 …事に及んだ

 その事に私の父は兄を後継者に選ばず
 私に全てを一任した』

当時を振り返るように、父は遠い目をしていた

『兄はその事に腹を立てた
 あの頃からきっと、私を憎んでいたの
 だろう

 そして国を売った 王族として
 恥ずべき事だ
 あの人は兄ではなく、犯罪者だ

 お前にも危害を加えた
 父として、許せないのだ』

歯を食いしばる父を見て、こんなに怒ってくれるのだと
不謹慎であるが、嬉しく感じた

『叔父様とは、お話をしたのですか?』

『…ああ、兄は全て受け入れると
 自分が犯した罪を全て

 きっとお前の愛した人の言葉が
 心に響いたのだろうな
 そして気付かされたと、過ちに気付いたと
 そう言っていた』

愛した人の言葉、それは彼しかいなかった
あの時、彼は言葉だけで叔父を圧倒していた

そんな彼の強さに、私も惹かれたのだ
自然に笑みを浮かべていて、父もつられたように微笑んでいた

『微笑んだ顔が、妻に似ている』

『お母様に?』

『ああ、とても笑顔が素敵な人だった
 どんな困難な時も笑顔を絶やさなくて
 最後の時も微笑むようにして逝った』

懐かしむように父はゆっくりと亡き母を語った
最愛の妻を亡くして、父はどれだけ悔しかったのだろう

その悔しさがあってこそ、私に結びついて
見守りながらの愛を注いでくれた

『お母様はきっと見守ってくれていますよ
 きっと』

『…そうだな』

あの夢の出来事は私とお母様の秘密
お空の上ではお母様に見守られ、地上はお父様に愛されている

私は幸せ者だ

『お前は、王子と結婚するのだろう?』

急に婚姻の話を振られ、私はゆっくりと頷く

『近々挨拶に行くと、伝えておいてくれ
少し早いかもしれないが…
 幸せになりなさい』

思いを言葉にしてくれたことが嬉しくて 
私は舞い上がったように、父に抱きついた

父は頬を少し赤らめていたが、悪い気はしないようで、その手はとても優しくてあたたかった

言葉って本当に素敵なもの


 
 
父からの祝福の言葉を受け、私は嬉しくて
急いで父の言伝を彼に伝えようと駆け出した

こんな気持ちは初めてで、嬉しさを体で表現したいくらいだ
けど、それ以上に父から祝いの言葉をくれたのが一番嬉しかった

彼の元へと足を運ぶと、城は少し緊迫した空気だったが気にせずに足へと踏み入れた

彼は私に気づくと、ゆっくり微笑んでくれた
けれどいつもとは違う雰囲気に、違和感を感じた

何か邪魔をしてしまったのかと思い、少し怖気付いてしまう

『あの…私お邪魔してしまったかしら
 当然の訪問でごめんなさい
 日を改めたほうがいいかしら…』

『いいえ、そんなことありませんよ
 姫に会えることは私にとって幸せなこと
 一分一秒でも長くいたいくらいです』

私は彼のときめく言葉に、微笑む
それに答えるように、彼は私の髪に口づけを落とす
もう隠す必要はなくなった
あの顔を覆うヴェールも、肌や髪に染粉を塗ることもやめた

あの事件のせいで、叔父によってヴェールと手袋は使い物にならなくなってしまった
彼が私に初めてくれた贈り物なのに、と

物をずっと大切にしているので、大事なのものが無惨な姿で手元に返ってきた時はとても悲しかった

そんな心情を知ってなのか、彼は贈り物と言葉をくれた

『そんなに大事にしてくれて私も
 この子達も喜んでいますよ
 そして、これは区切りではないでしょうか?』

『区切り…ですか?』

小さく頷き、彼は私の髪を一房手に取り告げる

『新たな自分を、周りに見てもらう為の
 その為に、この子達はそうなる運命だった
 物にも役割はあります、この子達は役割を
 果たしたに過ぎないのです

そう考えられませんか?』

彼の考え方がとても素敵で、私は嬉しかった
けれど、私にとって宝物だったものとお別れするのはとても寂しくて、中々決断ができない

悲しくて涙が出てきそうになった時、彼は私に新しい贈り物をくれた

『姫、泣かないで。これを』

王子は、私の髪に飾りをつけてくれた
オレンジ色の綺麗に花を咲かせたガーベラ
自分の髪色と合っていて、それが自身を引き立たせて
いるかのよう

『やっぱり、とても似合っていますよ
 花の一つ一つ、素敵な花言葉が込められています
 色によって異なりますが

 姫にはとてもこの花がしっくりきますね』

『なんていう、花言葉なのですか?』

『前向き、常に前進
 そして、あなたは私の輝く太陽』

『とても、素敵な言葉ですね
 私には勿体ないくらい…』

その言葉に、彼は首を振り私の言葉を、違いますよ
と言い、私の頬を撫でる

『私にとって貴女は勿体ないと、そう思ってしまう
 けれど、今更手離すことはできないのです
 貴女は私の輝く太陽、求めずにはいられません』

そして、彼は私の瞳を見つめ口付けをしようと
瞳で意思を伝えている

『私も、貴方を離すことはできないです
 この気持ちを、恋を、愛を知ってしまった以上
 貴方を愛することしかできません』

そして彼に抱きつくようにして、自分から口付けをした
けれど、彼はしっかりと私を抱き止めてくれて
口付けも軽く触れるものから、欲情のある口づけへと
変わっていった

あの事件がきっかけで、国中が私の容姿について知れ渡ってしまったらしい

醜い容姿は偽りだったと

この緊迫した空気もおそらく、あの事件が原因なのかもしれない
首謀者が彼の父、それも王様だから

民も混乱していることだろう
国を統べる王が、隣国の姫に危害を加えた
 
国中を揺るがすことは、間違いない

その事について、以前彼から意見を委ねられた
私はこの人達をどうしたいのかと
被害者である私だからこそ、決める権利があると

私は争いを好まないし、大罪を犯した方々を
どうすればいいのかもわからない

けれど罪を償わず、表に出すのもよくない
彼らに与える罰は、どうしたらいいのだろう

今私の中では結論は出ないが、彼らと対話をする事で
何かが変わると思い、私は彼に進言する

それを彼に伝えると、渋々だったが了承してくれた

彼の付き添いのもとで

彼らが捕えられている牢は、薄暗居場所だった
私が誘拐された場所よりも酷い場所

小さな蝋燭の灯りだけが、頼りだった
少しの隙間風がこの牢を肌寒くさせていた

彼が立ち止まるとそこには、彼らがいた
私が来た事に驚きもせずに、ただ無表情で見つめるのみ
様子を伺っているようにも見えた

私はゆっくりと深呼吸をして、対話を試みた

『単刀直入に聞きます 何故私を誘拐したの
 ですか?』

王はゆっくりと、掠れたような声で言い放つ
その声音は憎悪も含まれているよう

『お前は王子に相応しくないからだ
 肩書きと容姿は大事だ
 そこに愛というものはいらない

 私がかつてそうだったように
 王子にもそれが必要だ』

自分がそうだったように、息子にもそれが当然のように言い張る

『お義母様についても、それだけで決めたのですか?
 とても可哀想です
 貴方に愛されることを夢を見て、一生支えることを
 覚悟して嫁いだのに、貴方は騙したかのように
 お義母様の一生を貰ったようなものなのですよ?』

お義母様の過去の話を聞いて、私は王に申し入れたかった
まるで、囚われの身のような人生だと思ったから
幸せを夢見て嫁いだのに、愛すことはないと
拒絶されるなんて、耐え切れることではない

『…王妃には言ってある
 それでもあいつは離縁という選択もしなかった』

『それは言い訳にすぎません、貴方は人の情という
 ものがないのですか?』

心当たりがあるのか、お義母様についてはもうそれっきり言葉を発しなくなった
 
『貴方の言い分は疑問しか浮かびません
 王とは言え、それを従わなくてはいけない 
 その必要性、権利はないと思います

 貴方がそうであったとしても
 彼にもそうする必要がどこにありますか?』

思ったことを言葉にしただけだが、それが癪に触ったのか、王は声を張り上げた

『知ったような口を聞くな!
 今まで容姿を隠してたようなお前なんかに!
 どうせそれも王子を自分のものにしようと
 いう策略なのだろう?

 私は騙されないぞ!』

王の声が薄暗い牢に反響する
小さな蝋燭の灯りが、ゆらゆらと揺らめいている

私はその声に動揺せずに、真っ直ぐに王を見つめる

『あなたが私をどう思おうと構いません
 確かに私はあなたに、私と彼の婚姻を
 認めてもらいたかった

 その為に、容姿を偽ったのは謝罪します
 けれどそれは私と彼で決めたことです』

一呼吸置いて私は、当時の思いを
物語るように

『私は、容姿だけで認められたくなかった
 私自身を見て欲しかったから
 偽ったのです

 けれどあなたは、私自身、言葉を
 受け入れることはなかった
 全てを否定しましたよね』

『…』

『人は一人一人、心、意思を持っている
 それが人としての素晴らしい生命です
 価値があります 容姿、肩書きだけが
 全てじゃない

 それをあなたに理解してほしかった
 王としてではなく、彼の父として』

そう彼女は、彼の父として認めてほしかった
だから、容姿は偽りだったとしても
心、言葉は真実であった

けれど彼女の言葉は、彼の父の心には届くことはなかった

冷たい牢の空気が私の心に凍てつかせるようで心が少しずつ痛み出して、結局彼らの処遇の答えは出なかった

けど彼はゆっくりと私の気持ちを汲み取るように、抱きしめてくれて

『大丈夫です、貴女はよくやりましたよ
 姫には私がついていますよ』

いつもならその言葉が胸を温かくするのに、
今の私の心にはその温かさは届かなかった

何をすべきかわかったが、それを実行するには彼に頼るしかなかった

彼に頼ると嬉しそうに微笑んだ
私に頼られたことが、とても嬉しいらしい

私が実行しようとしていることは、きっと他人の目で見たら、甘いと言われるだろう

けれど、その結果何か得られて、変われるなら
私はそれが一番いい

誰か悪いことをしてしまい、その人を正すという名目で受ける罰
罰には代償が必要

だけどその代償は、人によっては悲しみに溢れるものであるのかもしれない

容姿や肩書きしか見ない、彼の父には
きっと今まで見ようともしなかったものを、
与えることで変われると思う

人々が集まる中で、彼の父は罰を与えられる
民は、見守るように見る人や、暴言を吐いたりなど様々だ

私と彼が姿を現すと、その場が静寂に包まれた
深く民に礼をして、罪状を読み上げる

皆、信じられない表情で私たちを見ていた

『王よ、私は貴方の、王としての権限を
 全て剥奪します
 そして、貧困の村に移住してもらいます』

王は憎たらしい目で、私を睨みつけていた
きっとこの人は、一思いに殺して欲しかったのだろう 
けれど、その願いは叶えてあげない

『貧困の村で監視のもと、貴方に知って
 欲しいのです
 人の素晴らしさを 支え合う心の強さを
 それが私が貴方に求める罰です』

王は、何も言わずに後日、貧困の村へと送られた

王という立場であっても、彼はきっと人に触れる機会がなかったのだと思う

書類上に記載されている内容を見るだけで
その場を見たわけではない
だから、その場所を自ら経験し触れることで
きっと理解し合える

人は理解することで、変われるのだから
私は王が乗った馬車を、見えなくなるまで見送り続けた

『大丈夫ですよ、きっとわかってくれます
 私が貴女に惹かれたのと同じように
 きっと』

彼の手は力強く、支えてくれた
私はその手を守られるだけではなくて、同じような立場で支え合うような関係を作っていきたい

貧困の村へと移住し、1ヶ月が過ぎた
最初は何故このような場所へと不満はあったが、貧困の者たちと暮らして理解できたことがある

生きる為には食事が必要だ
その食事は、民の一人一人の苦労と汗で
できているのだと

城にいた頃は、三食食事がつく
けれどここでは、作物次第で決まってくる

1食だけで1日を満たすのが日常で
余裕があれば2食だそうだ
飢えることは日常茶飯事

私はこんな大事なことを忘れてしまっていたのだ

作物を育てる民がいるからこそ、国が成り立つ
民に安心して暮らしてもらう為に、王は彼らに貢献し、援助しなくてはならない

そんな大事なことを、ここにきて知った
王を剥奪されて知ることになるとは、思いもよらなかった

かつて、自分も民に寄り添おうと努力した
けれどそれは上手くいかず、私は逃げ出したのだ

『私は…間違っていた
 これは私が…目を背け続けていた罰だ』

今ならわかる、あの娘の言葉を
これを伝えようとしていたのだ

あの時の自分を恥じた 娘は私にこれを伝えようとしていたのだ 
それを私は身に沁みて、知った

謝罪をしたい
謝罪をして、感謝の言葉を
そして虫が良い話かもしれないが、私ができなかったことを、叶えて欲しい

民に寄り添える、王でありたい
王として、民としてではなく
一人の人間として寄り添え合える存在に









 
 



彼の父が、王の権限を剥奪したことにより
彼が次期王としての即位をすることになった

そのことで国中は慌ただしくて、婚約の話は即位後になった

少し残念に思うが、彼が即位することは喜ばしいことであった

なので彼に会えないことも我慢すべきと思った
忙しい身なのに、会いたいと、ただそれだけの為に押しかけるのはどうかと思った

私はまだ自分に自信がない
迷惑になったらどうしようと、まだマイナス思考でいてしまうのだ

彼がそんなこと言うはずないのに
内心ではわかっている

これはずっと私の中で染み付いてきたもの
すぐに変えることはできるわけない
誰だってそうだから

けれど、少しずつ変わることはできるから
私は御母様の言葉を思い出した

『自信を持ちなさい 女の子はいつだって
 綺麗になれるのよ
 ほんの少しの勇気があれば、いつだって』

着飾ることをすれば、少しは自分に自信がつくだろうか?
蔑まれされていた日々を過ごしてきた私にとっては、着飾ることに対して皆無に近い

自分の衣装ケースを見ても、服が数着とアクセサリー類が多少ある程度
あとは御母様にもらった耳飾りくらいだ

『どうしよう、何もないわ』

着飾るものすらないことに、私は少し涙目になった

あたふたしていると、ノックの音がした
声をかけると、彼が私を訪ねて来たそう

『姫、中々会えなくてすみません
 けれど、もうすぐで落ち着きますので』

『いえ、お気になさらず。私は、大丈夫なので』

嘘をついてしまった
寂しいはずなのに、素直になれない
正直に言えば、彼を困らせてしまうと
そう思ってしまったから

彼は私に近づいて、目元を優しく撫でた
温かくて、優しい指先に私は嬉しく感じた  

『姫、泣いていたのですか?』

首をゆっくり横に振り、否定するが彼は納得しないようで

『目元が少し赤いです 
 何か困っていることがあるのでは
 ないですか?』

『そ、それは…』

彼に着飾る話をしたとして、どうすればいいのだろう
けれど、彼は私に頼られたいと
好意に甘えてもいいのだろうか

『姫、私は貴女に甘えられたいのです
 どんな些細なことでも構いません
 話してはいただけませんか?』

その優しさに縋るように私は頷き、言葉を口にした

『わ、私 自分に自信をつけたくて
 女性の嗜みといいますか、着飾ろうと
 思ったのです
 
 けど、服とかもアクセサリーとかも
 数少なくて…』

彼の視線が気になり、横目に見ると
顔を手で覆うようにしていて、まるで自分を恥じているような様子だった

声をかけようと、彼に触れようとすると
勢いよく私の手を取り、駆け出した

そこからは、慌しかった
女性用の服や、アクセサリー、靴、バッグなど
それらを見て回った

私は訳もわからず、試着室へ押し入れられ
服を袖に通しては脱ぎを繰り返す

一着、一着彼に見せると、優しく微笑んでくれた
試着終わり彼の元へ行くと、何やら会計をしてたようで受け取れない、と言っても

『私が貴女に贈りたいのです
 それに貴女はもう私の伴侶となる方なのですから
 私の気持ちと思って受け取ってください』

その言い分に断れられる訳もなく、受け取った

それからと、彼といろんなところを回った
まるで世間で言う、恋人同士の逢瀬、デートと
言うもののようだった

愛しい人と二人きりで過ごす時間は、こんな楽しいものだとは思わなかった

それから近くのお店へ入り、お茶と会話を楽しんだ

『姫、今更ですが申し訳ないです
 貴女にいろんな贈り物をしようと
 そう思っていたのに蔑ろにしてしまって

 言い訳にしか聞こえないですよね』

彼は以前私に贈り物をしたい、とそれを
覚えていてくれていたのだろう

だが、あの事件や国中が荒れたことによって
それどころではなかった

そのことに対しても、謝罪しているのかもしれない
私は小さく微笑み、今の気持ちを伝える

『いえ、そんな事はないですよ
 私、貴方と今日一緒に過ごせて
 とても嬉しかったです』

それは本当の気持ち 
二人っきりで過ごす時間は嬉しい
けど、別れる時はとても寂しく感じる

あの時もそうだった
城で別れを告げて、彼の後ろ姿を見た瞬間
喪失感が私の中で芽生えていた

彼には全てお見通しのようで

『姫、寂しいなら寂しいと言ってください
 そう言葉にしてもらうと、嬉しいです』

『私は…大丈夫です』

表情に出ていただろうか
彼の言葉が体に響き渡るように、私の手は少し震えていた 動揺していたのかもしれない

『私は…寂しいです
 ずっと姫に会えることを心待ちにしています
 姫は、どうですか?』

彼の瞳の奥は少し揺れていて、寂しさが募っているようだった
素直になれ、と言われているみたいで
彼は私の素直な言葉を聞きたがっている 

俯いていると、彼はゆっくりと私の手に自分の手を重ねる

その手はあったかくて、けれど想像以上に大きかった
指先は細く、男らしい
この手に守られていると、感じられた

『わ、私も寂しい…です 
 もっと一緒にいたい 
 けれど、大事な時だから邪魔したくなくて
 会いに行ったら、迷惑じゃないかって…

 そんなこと言わないってわかってるのに
 不安で仕方がないんです…』

今まで言えなかった、胸の内に秘めていた思いを吐き出す

『私も不安ですよ 姫と同じですね』

けれど、彼の言葉と表情は不安なそぶりなど見えず、私に気遣っているのかと思ってしまう

『貴方でも、不安になったりするのですね
 そういう時はどうしたらいいですか?』

彼は迷いのない瞳で、微笑んで口にする

『今日みたいに貴女に会いにいきます
 それでは答えにはなりませんか?』

不安になったら会いに行く
素直な彼だから言えるのかも

けれど納得する自分もいた
不安になったら会いに行って、思いをぶつけ合うということも、大事なことかもしれない

『私が貴方に会いに行ったら嬉しいですか?』

自信なさげに、彼の様子を伺いながら問いかけるが、彼は満面笑みを浮かべながら

『とても、嬉しいです
 貴女より大事なことなんてないですから』

ここがお店ではなかったら、きっとお互いに口づけを交わしていたのかも

その代わりに彼は、私の手を取り、手の甲に口づけを落とす
愛してる、と言われているように

別れ際に彼に大事なことを伝えた
父が近々、彼に挨拶にしに行くことを

いろんな問題が積み重なって言うのが遅くなってしまった
それを彼に告げると、どう言えばいいのかわからない、という表情をしていた

父と私との仲について、説明をした
すべて誤解であり、私を守るためにしたこと

それを聞いても、彼の表情は変わらなかった

『貴女は…それでいいのですか
 事の経緯がそうであっても、私は許せません

 あんな、傷だらけで目覚めない姫に
 見舞いに来ないなんて…』

悲しかったのは事実だ
けれど、その中でも父は私を愛していた

失った時間は元に戻らない
やり直す事は叶うことなどない
人生は一度きりなのだから

だけどその中で、私は少しずつだが
確かなものを築いていきたいと思った
親子という絆を

『貴方の言いたいことはわかります
 悲しかった、苦しかったことは消えません
 私の中で生き続けます
 
 けどお父様の思いを聞いて嬉しかったのです』

その時の嬉しさを思い出すように、私は微笑んだ

『私は、愛されていたんだって
 ひとりぼっちじゃ、なかったって…』

感極まって私は涙を流す
その涙は悲しみではなく、嬉し涙

止まらない涙に、彼は優しく拭ってくれた
一粒、一粒の涙を、掬うように

私の紡ぐ言葉をゆっくり、待っててくれる
しゃくり上げながらも、私は思いを伝える

『お父様を許してあげたかった
 ずっと一人で苦しんでいたんです
 何度も私に謝って…

 苦しかったのは私だけじゃないって
 結果がどうであっても
 私は許さずにはいられなかったのです』

『貴女は、とても優しいですね
 私には、できないことです』

ゆっくりと顔を横に振り、彼の頬に触れる

『貴方がいるから…』

『私ですか…?』

彼は何故、という表情をしていて
その反応に私は微笑みを隠せなかった

『貴方がいるから、私は前へ進めるのです
 そう思わせてくれた、変えてくれた
 他にも…言葉以上のものを
 私にくれました

 だから父と向き合えた。感謝しかないのです』

言い終えたと同時に彼は私を抱きしめた
いつもよりも強く
私はそれに答えるように、彼の背中に腕を回した

『すみません、言葉が出なくて…
 貴方を強く抱きしめてしまいました』

彼の頬は、ほんのりと赤みを帯びていて
少し照れ屋な一面を見てしまった

『構いませんよ
 貴方に触れられることがとても嬉しいから』

『さっきよりも、素直ですね』

『ええ、嘘はつきたくないと思ったのです
 特に貴方の前では』

好きな人の前では、素直な自分でいたい
可愛いと、綺麗と思われたい

恋は人を変えるものかもしれない
醜いままの自分だったらきっと、信じることもなかった

彼の言葉は綺麗事、と思ったのかも
今はそう思わない
どんなことがあっても、私はこの人を離したくない

手離したくない、と思えたから
初めての恋心を捧げた相手だから

貴方は私を希望の光と言った
なら私は貴方を、一筋の光へと導いてくれる存在

貴方を知らなかったあの頃にはもう戻れない
戻りたくない

別れ際はとても寂しい 胸が締め付けられるように
瞳がそう語っていたのか、彼はゆっくりと微笑んだ

『今はお互いに寂しいですが、もう少しで
 貴女は私の妻になるのですよ?

 嫌というほど毎日顔を合わせることに
 なるでしょう』

私の妻、その言葉に寂しかった心が嘘のように、じんわりと温かくなっていくような気がした

自分の頬も真っ赤に染まっていることだろう

『私、まだ現実味が湧かないです
 夢のようで』

ここ数ヶ月の出来事が、夢のようだった
醜い姿は呪いのせいだと

女神が現れ、呪いが解けたおかけで今に至るが月日が経つのは早いとそう思った

『夢では終わらせません
 これから先、どんなことがあっても
 貴女を愛し、支えましょう。後悔はさせません』

彼の言葉は嘘、偽りのない 
言葉にしたことを現実にする力があるのかも

この先、私は彼を支えていく立場になるのだろう
その覚悟はあるのか、というとないのかも知れない

だけど諦めることは絶対にない
それを乗り越えてこそ、新しい道を切り開いていけると思う

私は彼と共に生きる未来を選んだのだから
後悔なんて、ない

私は彼の頬に手を添えて、微笑んだ
彼と私の背の高さは多少あるが、届かない距離ではないと思い、少し背伸びをして
私は彼にキスをした

私の決意の思いを一緒に、キスに込めた
不意打ちだったこともあって、彼は驚いていた
けれどそれも一瞬で、彼は私のキスを受け入れた

そして戴冠式の日がやってきた
前王の代わりに、義母が彼に王冠を被した
その後、盛大に祝われた
前王の息子という理由で、批判されないのは幸いだった

きっと皆、彼の内面を知ってるからこそ信頼できるのだろう
それが彼の中にある王の素質なのかもしれない

皆、花束や祝いの品を新王に献上していた
その光景に私は嬉しかった
一緒に賑やかな場を見ていた父は、咳払いをし

『新王に挨拶しに行かないのか?』

そんな言葉が出てくるとは思わず、言葉を選びながら、私は今の思いを父に伝える

『ええ、いいのです
 彼が祝福されている場をこの目で
 見ることができるだけで
 私は幸せなのです』

それは本当に思ったこと
誰よりも新王を祝福したいのは、皆同じ気持ちだから
私だけ彼を独り占めしてはいけない

『お前はそれでいいかもしれないが
 新王はお前を待っている
 行ってあげなさい』

そんなことないと思い、彼の方を見ると
目線を配り私を捉えていた
まるで私を招くように

父に視線を配ると、ゆっくりと頷いてくれた
そして子供のように駆け出した
ドレスの裾が汚れようとも、靴が脱ようが
私はなりふり構わずに彼の元へ急いだ

そして彼は私に気づくと、跪いて私に手を差し出した

『この手を取っていただけますか?』

それに応えるように私は、彼の手に自分の手を重ねた
ゆっくりと壇上に二人で上がった
私は彼に導かれるまま、これから何が起こるのか分からずに行く末を見届けた

『新王になったばかりですが、この場を借りて
 私は皆様に祝福してもらいたい

 私と、彼女の婚姻をここに発表します』

宣言と同時に、祝福の声と拍手、花束の吹雪が鳴り止まなかった

私の努力は無駄ではなかったと
容姿ではなく、内面を見て祝福してくれているのだと、民の表情、歓声を聞いて理解した

ゆっくりと涙が頬を伝った
涙が溢れて止まらないのに、拭うことはしなかった

この光景を目に焼き付けたいから、涙でぼやけた瞳でも見える、美しい彼らの表情を目に焼き付けた瞬間であった

涙が止まる頃、彼は小さな箱を私にくれた
ゆっくり開けると、それは婚約指輪だ

シルバーリングで、周りには星の光のように小さな石が埋め込まれていた

『言ったでしょう 
 貴女に似合う美しい指輪を贈ると』

私の手を取り、左手の薬指にその指輪を嵌めた
サイズもピッタリで、なんとも言えない気持ちでいっぱいだった

『これから永遠に、貴女を愛すと誓います
 決してこの手を離したりしません
 この命が尽きる限り、ずっと』

そして私の甲に口付ける
私も同じ気持ちだ

『私も貴方を愛します 
 絶対に離したりしません
 私の居場所は、貴方の隣なのですから』

そしてお互いの呼吸が合ったように
そっと優しく口づけを交わした

神に誓う前に、自分達の中で誓う
お互いを愛し合うということを

そしてこの国では、婚姻する儀式は二人で行う
神に誓いを立てた後、お互いに名前を告白するのだ

婚姻前の男女は、家族以外は他人に名前を明かしてはいけない、というしきたりがある
それはとある神が決めた決まり事だ

それを夫婦になった彼らは口にする
自分の命名を


新王は、『真(まこと)』 嘘偽りない心で自分も真っ直ぐな心で生きるようにと

姫は、『紬(つむぎ)』 真綿で包むような繊細な太く長い糸のように、真っ直ぐ道を違えず生きるようにと

『ああ、やっと貴女を、本当の名で呼べる
 愛しています、紬』

『私も愛しています、真』

お互いの名を口にし、夫婦の絆が一層深くなる
彼らが夫婦になった瞬間、始まっていくのだ

これは醜いと呪われた姫が、呪いと共に生きることを選択した物語の序章に過ぎない

彼らがこの後、どのように生を全うするのかはまた別の物語で





















 
 




 










ここは神々が住む天界と呼ばれる場所
そこには白い翼を持ち、長い髪をなびかせながら空を飛ぶ神々たちがいた

その中の一人、神の頂点に立つ者がいた
神に性別はない、だがこの神は女神と呼ばれ
神を産んだ貢献者として、崇められていた

その神こそ、彼女に呪いをかけた女神であった
女神はこの天界で時を過ごしながら、人間達の行いを見ていた

笑い合っている人もいれば、悲しみに暮れ
残酷な最後を迎えた人 様々な人がいた
退屈しのぎに見ていたのだ
そんな中で、小さな赤子が目に入った

赤子からは、僅かに小さな光を放っていた
この光は、神にふさわしい素質を持ったものにしか与えられない

その光が、赤子に与えられていることは
我が子のように嬉しく感じながら、女神は思った

人間とは違う祝福をあげようと
そう、神と人間の価値観は違う
人間は祝い事がある際は、祝福の言葉、献上品を与えるだろう

けれど神にとっては、その赤子を異端の姿に変えることが祝福
その異端の姿こそが、神に愛されし存在という証になるから

異端の姿を変えてもなお、赤子を愛することがあるようにと込められた呪いのような祝福

それをどう認識するのかは、人それぞれ
だから、真実は言わず偽りの言葉で赤子には伝えよう

真実を伝えても考えは変わらずに、真っ直ぐ生きて成し遂げた彼らは
いつか神よりも
崇め祭られる栄光を手にするだろう

さぁ、あなたはこの呪いと呼べる祝福を受け入れる覚悟はできていますか?

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