夜だというのに、空は煌々と明るい。遠くには燃える建物が見えていた。
「ソティル……王太子、殿下?」
「そうだよ、カリノ。迎えにきたよ」
 明日には逆移送される予定だったカリノを助けにきた騎士がいた。
 それはファーデン国の王国騎士団に所属する騎士服を身にまとっていたものの、カリノが見たことのない騎士だった。
 地下牢から地上にあがったが、王城内が異様に静かだったのが不思議に思えた。
 いくら夜であっても、見張りの者はいるだろうに。
 だが、助けに来た騎士が言うには、今、王城にいる者たちは深い眠りについているとのこと。だから、こうやって誰にも知られずに助け出すことができたと。
 そして外に出たとき、背後から大きな爆発音が聞こえ、一瞬のうちに空が明るくなった。
 そこからカリノは、騎士に抱きかかえられて、ここまでやってきたのだ。
 彼はファーデン国の騎士服を身につけながらも、グラニト国の者であった。
「ラクリーア、様の?」
 目の前にいる見目麗しい男性。その彼はラクリーアに瓜二つであり、血の繋がりがあるとすぐにわかった。
「そう。兄だ。君のことはラクリーアから頼まれている。だから私は、君を幸せにしなければならない」
 そう言った彼の視線の先には、炎に包まれる王城がある。
「わたしが、ラクリーア様に兄を会わせてしまったから……ラクリーア様は聖女として生きることを拒んだのです。だから、聖女様を殺したのはわたしです」
「例え君が聖女を殺したとしても、ラクリーアという一人の女性を救ったんだよ。彼女は、聖女としてではなく一人の女性として愛する者とすすむ道を選んだ」
 それでもラクリーアがキアロと出会わなければ、二人は生きていたかもしれない。
 ゴォーゴォーと激しい音を立てて、炎が王城も大聖堂も飲み込んでいく。
 炎によって包まれた白い尖塔は、黄金に輝く。夜だというのに、朝のようにまばゆい。
「この国はもう終わりだよ……王族も、聖職者も、みな、炎に包まれて死ぬ……」
 真実を暴くために、カリノをずっと信じてくれたあの女性騎士の顔が思い出された。そして、彼女と一緒にいた男性騎士も。
 恋人同士ではないとわかっていたけれど、二人の間には信頼があった。その関係が羨ましかった。
 どこかラクリーアとキアロの関係に重ねていたのかもしれない。
 彼女たちは、この炎から無事、逃げ出せただろうか。
 だけど、そうであってほしいと、カリノは心のどこかで願っていた。
 魔道具を用いて火をつけたから、消火も容易ではないし火の周りも早いはずだと、彼は言う。
 数日前からグラニト国の騎士らが、ファーデン国に潜入していた。そして大聖堂、王城、騎士団本部に魔道具をしかけたのだ。この魔道具の作り方を教えたのは、ラクリーアらしい。
 神聖力を手に入れた彼女は、遠く離れた異国にいる兄と連絡ができるようになった。
 もちろん、ラクリーアが外部とやりとりしていたことなど、教皇らが知るはずもない。
「おいで、カリノ」
 彼はカリノに向かって右手を差し出した。
「真実を明らかにしてくれてありがとう。大聖堂が行った仕打ち、そして王太子アルテールがラクリーアを弄んだこと。それらがすべて明らかになった」
 ラクリーアはすべての真相を暴かれるのを望んでいた。
 そして、亡くなったあと、遺体を大聖堂の地下で管理されるのを拒んでいた。
 だから、そうならないように細工をするよう指示したのはラクリーアだ。
 左手だけはキアロが持っていった。ラクリーアの一部と共に眠りたいというのが、彼の願いだった。そして、穢れた証は誰の目にも晒されないようにと――。
 男の右手には、うさぎのぬいぐるみが握られている。大聖堂のカリノの部屋に置いてきた、あのうさぎのぬいぐるみだった。
 しかし彼は、うさぎのぬいぐるみに埋め込まれていた魔石を抜き取って、ぽーんと遠くに投げ捨てた。
 万が一のときにカリノがそれを使うことを、彼は読んでいたのだ。もしかしたらラクリーアから聞いていたのかもしれない。
「聖女のいない国を僕と作ろうか。それが、ラクリーアの願いだよ。君だけは、生きてほしいってね」
 つつっとカリノの頬に涙が伝う。
「はい」
 涙を拭うようなことはせずに、力強く返事をしたカリノは、うさぎのぬいぐるみを受け取った。
 明らかになった真実は、炎と共に呑み込まれていく。
 だが、火が消えたとき、そこには希望の芽が息吹くはず――。

【完】