ずっと永遠に続く友情があると思っていた。
永遠なんていうのは理想であって、現実にはないものなのかもしれない。
三人の幼なじみの一人が欠けてしまった日から、俺たちには気づかされる想いがあったのかもしれない。その日から俺たち二人はからっぽな気持ちになっていた。
高校生になり、気づいた時には、幼なじみの智美はとても大人びてきれいになっていた。
双子の弟である和己も同じ遺伝子を持っていて、とても二人は似ていた。
色素が薄い肌色も目の色も、なんとなく際立つ美しさがあったと思う。
智美に似ている和己のことを目で追っていることがあったように思う。
よくあることなのかもしれないが、智美に対して、俺は特別な感情を抱いていたと思う。
多分、恋をしていたんだと思う。
少し男勝りで強気で物おじしない彼女は他の男子から見ても魅力的な性格だった。
人気者で告白する男子も多かったと聞いていた。
傍らには弟である和己がおとなしく存在していた。
それが当たり前で、会話の中心は智美だったと思う。
話題が豊富で、一緒にいると楽しい。
こんな人と付き合ったら楽しいのではないだろうか。
男子ならばたいていの人はそう思うだろう。
和己は見た目は智美に似ていたけれど、対照的におとなしく、気弱な性格で優しかった。
智美は優しいけれど、信念や正義感を持っていて、白黒きっちりしている性格だった。
二人はお互いのないところをおぎなう姉弟だったと思う。
突然悲しみはやってくる。想像もできないくらいに。
智美が事故に巻き込まれて死んでしまった。
あっけない最期だった。
あんなに正義感があって勉強も頑張っていたのに、一瞬にして全てが奪われてしまった。
スマホに連絡が来た時に、俺は一番に和己のことが心配になった。
智美がいない分、俺が守らなければいけないような気がしていた。
生まれた月が少しばかり早いというのもあるが、いつも兄貴分のようにふるまっていた自分がいた。
和己は頼りなく、姉や俺がいないと何もできない子どもだったような気がする。
まっさきに連絡をくれた和己と落ち合った。
和己は一人で死を受け入れられないと言い、一緒に来てほしいとすがるような目をしていた。
和己の体は震えていた。
震えた手のひらをそっとつかんで、一緒に事実を確認しに行った。
両親が泣き、悲しんでいた。
こんなことになるなんて――。
俺は何もできない。
病院で死んだ智美と対面する時に、俺と和己は手を繋ぎ、心を落ち着けていた。
しんとした部屋で対面する。
白い布がかぶされている智美の髪色は和己の髪色と同じ色素だった。
同じ遺伝子を持つ片割れを亡くした悲しみはどんなものだろう。
想像しただけで、耐えられないほどの悲しみに襲われた。
言葉だけなら信じられないことも、目で確認すると、信じるしかない事実となった。
智美は死んだんだ。もう話すこともできない。
その事実に双子である和己はひどく受け入れられない様子だった。
顔色も悪く、他に兄弟がいない和己は日に日に孤独感を増していった。
和己の親は俺に力になってほしいと強く望んだ。
俺も力になりたいと思っていた。
ずっと一緒だと思っていた智美はもういない。
だからこそ、和己とはずっと一緒にいたいと思っていた。
それから、俺たちはいつも一緒にいた。
部屋に遊びに行くと、カーテンを開けずに引きこもる和己がいた。
「大丈夫だよ」
不安そうな和己に寄りそう。手を握ったり、抱きしめて慰めていた。
智美にそっくりな和己をいつの間にか同化させていたのかもしれない。
ふと、唇が触れそうな距離まで顔と顔が近づいた。
どきりと心拍数が上がるのがわかった。
これは、まずい。
そう思い、少し離れる。
これが、和己を意識したはじめだったと思う。
よく見ると和己の顔はきれいで、とても魅力的だった。
女性的な美しさを持った男性だった。
体の線が細く、華奢な体つきは発達途中の十代特有の背中だった。
それから、意識している自分がいてとても恥ずかしい気持ちになった。
その時、彼に対する気持ちが恋愛かもしれないなんて否定しかできなかった。
一般的に好きになるのは異性だと俺たちは刷り込まれていた。
でも、そんなことは誰が決めたのだろう?
同性を好きになることだって普通じゃないのか?
たまたま好きになった人が同性だっておかしいことじゃないだろ。
和己からはとてもいい匂いがすることに気づく。
肌が白くきめ細やかでふと和己の頬に触りたくなった。
触れたら壊れそうな気がして、ふと触るのを辞めた。
「いつも来てくれてありがとう」
いつも和己の部屋で俺たちは寄り添っていた。
時に、ゲームや動画の話をしたり、学校のことも話をした。
和己はよりかかってきた。
俺を頼ってくれる。
俺が和己を守りたい。
俺にしかできないことだ。
そんな優越感のような正義感が芽生える。
この時は、これが恋だなんて思ってなかったんだと思う。
好きになる境界線や瞬間なんて本人にもわからない。
「好きな人とかいる?」
あまり恋バナなどしたことがない俺だが、思い切って聞いてみた。
「いるよ」
和己は躊躇なく答える。
これってつまり和己には既に想い人がいるということなのか。
今まで一度もそんなこと言ってなかったのに。
「なんで相談してくれないんだよ。水くさいな」
少し不機嫌になるのを抑える。
こいつの頭の中にいる好きな人って誰なんだろう。
もどかしい気持ちになる。
「相談しても仕方がないよ」
「俺にできることがあれば言えよ」
一瞬間があったが、すぐに和己は言葉を放った。
「できることなんてないよ」
どこか冷たい和己。もっと俺に頼ってほしい。
というかこいつを惑わす女はどこのどいつなんだろう。
うらやましいな。
ってうらやましい?
なんで俺がうらやましいなんて思うんだよ。
こいつはただの友達で幼なじみなのに。
「僕のこと、嫌いにならないで」
和己がすがるような目をする。
この目に弱い。
智美の目も同じ形をしていた。
でも、俺は智美に好きな人がいるのかどうか、気にしたこともなかった。
きれいな容姿や雰囲気をしているとは思っていたけれど、それは恋愛だったのだろうか。
ただの憧れだったのだろうか。今となってはわからなかった。
でも、和己に好きな人がいることはなぜか許せなかった。
兄貴分として把握しておきたいような気持ちになっていた。
「俺に隠し事をするんだったら、嫌いになるかも」
すると、がっかりした顔をする和己。
俺の心臓は高鳴っていた。
智美と同じ瞳を持つ和己。
智美がいたときにも、和己のことを守らなければいけないといつも思っていた。
智美のことはしっかり者だから、守らなければいけないなんて考えたこともなかった。
あれ? 多分、ずっと俺が好きだったのは――。
肯定することが恥ずかしくなり、和己から視線を逸らした。
「好きな人のことは、話しても困らせるだけだから言えないよ。でも、恭ちゃんには嫌いになってほしくないんだ」
後ろからぎゅっとされる。
俺は、そういうことをされたら勘違いしてしまう。
「人に抱きつくなんて、おまえ距離感おかしいって」
赤面しているが、後ろ姿なんで多分見えないだろうと頭の中で考える。
どうにかして和己と距離を保とうと必死になっている。
近づかれると俺が俺でなくなってしまう。
嬉しい気持ちを隠している自分に気づいていた。
俺は恭ちゃん、恭ちゃんといつも慕ってくれる和己が大好きだったと。
気づいてしまった気持ち。
俺は、多分、好きだったのは智美ではなく、和己だったのだと気づいていた。
いつもいい香りのシャンプーをしていて、なんかいいなと密かに思っていたこと。
守りたくなるような甘える仕草、いつも俺に合わせてくれる優しさは他の奴にはないものだった。
片割れを亡くして元気がない和己を誰にも取られたくないと俺は他者を寄せ付けないようにしていた。毎日遊びに来ていたのは、元気づけるというより独占欲だったと気づく。俺の方が元気づけられていたと気づく。
「僕、恭ちゃんには迷惑かけたくないんだ。でも、ずっと今までみたいに二人で仲良くしてくれるかな?」
「あったりめーだろ」
「今度、一緒に出掛けない?」
「かまわねーよ」
意識するとこういう返事しかできない。
恋愛に対してひどく不器用な自分がいた。
悟られたら嫌われる。
だから、俺の気持ちは伏せたまま仲良くしたい。
後ろから抱きつかれているとなんだか安心した。
俺を頼ってくれる和己に好きなんて悟られたら気持ち悪いと思われるかもしれない。
一般的に考えて俺は間違っているような気がしていた。
この気持ちは本物なのに、嫌われることが怖いと思っていた。
「おまえの恋愛も応援するからさ、気軽に相談しろよ」
とはいったものの、実際好きな相手の名前を聞いてしまったら俺の心臓は破裂してしまうかもしれない。
「うん」
恥ずかしそうに笑う和己の髪は少しばかり色素が薄くて、可愛いと思ってしまう。
髪色すらもかわいいなんて末期症状かもしれない。
髪の香りもさらさらした髪質も全部俺好みだった。
和己の視線の先にいる好きな人って誰なんだろう。
うらやましいな。
毎日学校でも帰宅後も会っているにも関わらず、休日は遊園地でデートすることとなった。
というか俺が勝手にデートと言っているだけなんだけどな。
相手にとっては、ただの気分転換の相手。暇つぶしの相手というのが現実なんだろうけれど。
傍らでにこにことしている和己を見て、少し立ち直ったのかもしれないと安堵した。
「ソフトクリーム食べようか」
和己は昔から甘党だ。
「俺、甘いの苦手だからひとくち程度でいいんだ。だから、俺は買わない」
「じゃあ僕のひとくちあげるよ」
「え? いいのか?」
俺が食べたソフトクリームをおまえが食べるってことは、間接キスのような感じだよな。
本当にいいのか?
「どうぞ」
新品のソフトクリームをわたされる。
「いいのか?」
「いいよ」
角の部分をひとくちいただく。結構うまいな。
「恭ちゃん。唇についてるよ」
和己の指が俺の唇の脇に触れる。
「指汚れるからいいって」
「舐めちゃえばいいよ」
躊躇なく俺の口回りについていたソフトクリームを舐めた。
嫌じゃないのかな。
そして、俺が食べたソフトクリームを食べ始めた。
まるで俺の彼女みたいなことをする。
まぁ、幼なじみだし、こんなもんかな。
「手がべたついてるから、ウエットティッシュで拭いとくよ。恭ちゃんも使う?」
「別に俺はつかわねーよ」
ウエットティッシュあるなら、俺のソフトクリーム、別に舐めなくてもよかったんじゃね?
というか最初からウエットティッシュで拭けばよかったんじゃね?
あいつは頭が回らないから、ついそうしただけかもしれないな。
ったく馬鹿な奴だ。
「お化け屋敷入ろうよ」
「和己はびびりだからやめとけ」
「僕は恭ちゃんとなら平気だから」
チケットを買い、さっそくお化け屋敷に入る。
昔からホラー映画や怖い話のテレビ番組を避けてる印象があったけど、成長したのかな。
入るとすぐに怖い声が聞こえる。
俺もちょっと怖いかもしれないとひるんでしまう。
「恭ちゃん。手、つないでもいい?」
「怖がりかよ。仕方ないな」
仕方ないなんていいつつ、心拍数暴上がりだ。
むしろ手をつなげてラッキーだなんて思ってしまう。
「怖いよ、目をつぶってもいい?」
「自分で入りたいっていってたくせに」
かわいいやつだな。
暗闇に二人きり。
目を閉じているなら、キスしてもぶつかったとかいえばバレないんじゃね?
俺、結構天才かも。
唇に唇と近づける。
すると、急にお化けが飛び出てきた。
「ぎゃーあああああ」
ここはお化け屋敷。いつ、何が飛び出てもおかしくはない。
故にキスにはあまり適していない場所であると俺は確信した。
「恭ちゃん大丈夫?」
「別に、ちょっと驚いただけだよ」
「恭ちゃんが怖かったら僕が守ってあげるから」
その表情が思ったより大人びていて、暗がりの中だったけど、惚れ直してしまった。
お化け屋敷を出ると日の当たる場所に戻ってきた感じが半端ない。
「ジェットコースターに乗るか?」
「怖いけど、恭ちゃんがいれば頑張れる」
か、かわいい奴だ。胸がきゅんとする。
ジェットコースターは案の定急降下。
その瞬間体が一瞬宙に浮いた感覚になり、ぐるぐる回っていた。
ずっと手をつなぎっぱなしの俺たちは傍から見たら何に見えるのだろう。
「次は観覧車に乗ろうよ」
「天気がいいから、海が見えるかもしれないな」
「やっぱデートと言ったら観覧車だよね」
「デートってなぁ、何言ってんだよ」(俺は嬉しいけどな)。
つい顔がデレてしまう。
「ごめん。恭ちゃん、彼女ができたら遊園地でデートしたいって言ってたから、ごめんね」
「なんで謝るんだよ」
「遊園地の相手が僕でごめんね」
「俺は楽しいから、おまえと来れてよかったって思ってるよ」
「本当? ありがとう」
そういえば彼女ができたら、なんて言ってたことがあったな。
相手は女って勝手に思ってた。
でも、ずっと前から俺は和己のことを好きだったんだよ。
恥ずかしくて言えるわけないけどな。
観覧車に乗ると、二人きりの空間ができる。
「好きな人のこと知りたい?」
「知りたいに決まってるだろ」
じっと大きなきれいな瞳で見つめられると景色なんて視界に入ってこなくなっていた。
和己の声を一言も聞き逃したくないと、耳を傾けていた。
「姉が亡くなってから、ずっと寄り添ってくれてありがとう。本当は僕以外の友達とも遊びたいと思うし、恋愛もしたいのに束縛してごめん。ずっと前から、恭ちゃんのこと好きだったんだ」
「え?」
思ってもいない好きな人の告白に何も言えなくなっていた。
好きな人というのは女だと勝手に思っていたし、ましてや俺のことを好きなんて思うはずはなかった。
「俺も、その……和己のこと好きだし」
「恭ちゃんが姉の智美のことを好きだということは知っていたよ」
「なんでそうなる?」
一時期自分でも智美のことが好きだと勘違いしてはいたけれど。
「いつも憧れのまなざしを向けていたのを知ってるから。僕はいつも恭ちゃんを見ていたんだよ。でも、男の自分に興味はないだろうって、迷惑をかけるからずっと黙ってた。今日、断ってもらって、恋を終わりにしようと思って。恭ちゃんは友達として好きなだけでしょ。ちゃんと断っていいよ」
「だめだ。俺も和己が好きだから、断るわけないだろ。俺が多分、ずっと好きだったのは――和己なんだよ」
「うそ……」
和己はうれし涙を浮かべて自分の手のひらを眺めた。
「苦手なお化け屋敷もジェットコースターも手を繋ぎたいから頑張って挑戦したんだ」
「俺は和己を独占したい」
「そんなことって……」
頬を赤らめる和己。
やっぱりかわいいやつだ。
鞄からペットボトルを取り出した。
「ペットボトル飲むか?」
飲みかけのペットボトルを和己に渡す。
「これって間接キス? なんちゃって」
少しちゃかした返答をされる。
こっちは大まじめだっつーの。
恥ずかしいのはお互い様だ。
お互いの本音が初めて触れ合った瞬間はどうにも落ち着かない。
「まぁ、そんなところ?」
俺も照れ隠しな返答をする。
いつの間にか夕暮れになり、花火が打ちあがった。
まるで俺たちが両思いになった瞬間を祝福してくれているかのようなタイミングだ。
観覧車が下降して、そろそろ二人きりの時間は終わる。
「「好きだよ」」
同時に二人の声が重なる。
「ずっと好きだったのは絶対和己だから」
そう言うと観覧車の入り口が空き、俺たちは手を繋いで外に出た。
「おまえが辛い時はずっとそばにいるから」
「あんなに辛いことがあったけど、恭ちゃんのおかげで学校にも行けてるし、今日も生きてる」
「明日も生きるぞ」
手をぎゅっと握る。
俺たちはずっと想い合っていた。
恋愛に不器用な恋愛初心者だけど、手探りでの交際がはじまる。
「今日は楽しかった?」
「もちろん。ソフトクリームの共有も実は結構うれしかった」
「結構狙ってたんだけどね」
「意外と策士だな」
「明日も明後日もずっと恭ちゃんと一緒だね」
「和己が隣にいないと俺は嫌だからな」
いつの間にか和己に甘えている俺がいた。
智美とのことがなかったら俺たちは本音を言う機会がなかったのかもしれない。
三人で一緒にいたはずの時間は二人だけになってしまった。
でも、そこにあるのは友情ではなく恋愛感情だった。
永遠なんていうのは理想であって、現実にはないものなのかもしれない。
三人の幼なじみの一人が欠けてしまった日から、俺たちには気づかされる想いがあったのかもしれない。その日から俺たち二人はからっぽな気持ちになっていた。
高校生になり、気づいた時には、幼なじみの智美はとても大人びてきれいになっていた。
双子の弟である和己も同じ遺伝子を持っていて、とても二人は似ていた。
色素が薄い肌色も目の色も、なんとなく際立つ美しさがあったと思う。
智美に似ている和己のことを目で追っていることがあったように思う。
よくあることなのかもしれないが、智美に対して、俺は特別な感情を抱いていたと思う。
多分、恋をしていたんだと思う。
少し男勝りで強気で物おじしない彼女は他の男子から見ても魅力的な性格だった。
人気者で告白する男子も多かったと聞いていた。
傍らには弟である和己がおとなしく存在していた。
それが当たり前で、会話の中心は智美だったと思う。
話題が豊富で、一緒にいると楽しい。
こんな人と付き合ったら楽しいのではないだろうか。
男子ならばたいていの人はそう思うだろう。
和己は見た目は智美に似ていたけれど、対照的におとなしく、気弱な性格で優しかった。
智美は優しいけれど、信念や正義感を持っていて、白黒きっちりしている性格だった。
二人はお互いのないところをおぎなう姉弟だったと思う。
突然悲しみはやってくる。想像もできないくらいに。
智美が事故に巻き込まれて死んでしまった。
あっけない最期だった。
あんなに正義感があって勉強も頑張っていたのに、一瞬にして全てが奪われてしまった。
スマホに連絡が来た時に、俺は一番に和己のことが心配になった。
智美がいない分、俺が守らなければいけないような気がしていた。
生まれた月が少しばかり早いというのもあるが、いつも兄貴分のようにふるまっていた自分がいた。
和己は頼りなく、姉や俺がいないと何もできない子どもだったような気がする。
まっさきに連絡をくれた和己と落ち合った。
和己は一人で死を受け入れられないと言い、一緒に来てほしいとすがるような目をしていた。
和己の体は震えていた。
震えた手のひらをそっとつかんで、一緒に事実を確認しに行った。
両親が泣き、悲しんでいた。
こんなことになるなんて――。
俺は何もできない。
病院で死んだ智美と対面する時に、俺と和己は手を繋ぎ、心を落ち着けていた。
しんとした部屋で対面する。
白い布がかぶされている智美の髪色は和己の髪色と同じ色素だった。
同じ遺伝子を持つ片割れを亡くした悲しみはどんなものだろう。
想像しただけで、耐えられないほどの悲しみに襲われた。
言葉だけなら信じられないことも、目で確認すると、信じるしかない事実となった。
智美は死んだんだ。もう話すこともできない。
その事実に双子である和己はひどく受け入れられない様子だった。
顔色も悪く、他に兄弟がいない和己は日に日に孤独感を増していった。
和己の親は俺に力になってほしいと強く望んだ。
俺も力になりたいと思っていた。
ずっと一緒だと思っていた智美はもういない。
だからこそ、和己とはずっと一緒にいたいと思っていた。
それから、俺たちはいつも一緒にいた。
部屋に遊びに行くと、カーテンを開けずに引きこもる和己がいた。
「大丈夫だよ」
不安そうな和己に寄りそう。手を握ったり、抱きしめて慰めていた。
智美にそっくりな和己をいつの間にか同化させていたのかもしれない。
ふと、唇が触れそうな距離まで顔と顔が近づいた。
どきりと心拍数が上がるのがわかった。
これは、まずい。
そう思い、少し離れる。
これが、和己を意識したはじめだったと思う。
よく見ると和己の顔はきれいで、とても魅力的だった。
女性的な美しさを持った男性だった。
体の線が細く、華奢な体つきは発達途中の十代特有の背中だった。
それから、意識している自分がいてとても恥ずかしい気持ちになった。
その時、彼に対する気持ちが恋愛かもしれないなんて否定しかできなかった。
一般的に好きになるのは異性だと俺たちは刷り込まれていた。
でも、そんなことは誰が決めたのだろう?
同性を好きになることだって普通じゃないのか?
たまたま好きになった人が同性だっておかしいことじゃないだろ。
和己からはとてもいい匂いがすることに気づく。
肌が白くきめ細やかでふと和己の頬に触りたくなった。
触れたら壊れそうな気がして、ふと触るのを辞めた。
「いつも来てくれてありがとう」
いつも和己の部屋で俺たちは寄り添っていた。
時に、ゲームや動画の話をしたり、学校のことも話をした。
和己はよりかかってきた。
俺を頼ってくれる。
俺が和己を守りたい。
俺にしかできないことだ。
そんな優越感のような正義感が芽生える。
この時は、これが恋だなんて思ってなかったんだと思う。
好きになる境界線や瞬間なんて本人にもわからない。
「好きな人とかいる?」
あまり恋バナなどしたことがない俺だが、思い切って聞いてみた。
「いるよ」
和己は躊躇なく答える。
これってつまり和己には既に想い人がいるということなのか。
今まで一度もそんなこと言ってなかったのに。
「なんで相談してくれないんだよ。水くさいな」
少し不機嫌になるのを抑える。
こいつの頭の中にいる好きな人って誰なんだろう。
もどかしい気持ちになる。
「相談しても仕方がないよ」
「俺にできることがあれば言えよ」
一瞬間があったが、すぐに和己は言葉を放った。
「できることなんてないよ」
どこか冷たい和己。もっと俺に頼ってほしい。
というかこいつを惑わす女はどこのどいつなんだろう。
うらやましいな。
ってうらやましい?
なんで俺がうらやましいなんて思うんだよ。
こいつはただの友達で幼なじみなのに。
「僕のこと、嫌いにならないで」
和己がすがるような目をする。
この目に弱い。
智美の目も同じ形をしていた。
でも、俺は智美に好きな人がいるのかどうか、気にしたこともなかった。
きれいな容姿や雰囲気をしているとは思っていたけれど、それは恋愛だったのだろうか。
ただの憧れだったのだろうか。今となってはわからなかった。
でも、和己に好きな人がいることはなぜか許せなかった。
兄貴分として把握しておきたいような気持ちになっていた。
「俺に隠し事をするんだったら、嫌いになるかも」
すると、がっかりした顔をする和己。
俺の心臓は高鳴っていた。
智美と同じ瞳を持つ和己。
智美がいたときにも、和己のことを守らなければいけないといつも思っていた。
智美のことはしっかり者だから、守らなければいけないなんて考えたこともなかった。
あれ? 多分、ずっと俺が好きだったのは――。
肯定することが恥ずかしくなり、和己から視線を逸らした。
「好きな人のことは、話しても困らせるだけだから言えないよ。でも、恭ちゃんには嫌いになってほしくないんだ」
後ろからぎゅっとされる。
俺は、そういうことをされたら勘違いしてしまう。
「人に抱きつくなんて、おまえ距離感おかしいって」
赤面しているが、後ろ姿なんで多分見えないだろうと頭の中で考える。
どうにかして和己と距離を保とうと必死になっている。
近づかれると俺が俺でなくなってしまう。
嬉しい気持ちを隠している自分に気づいていた。
俺は恭ちゃん、恭ちゃんといつも慕ってくれる和己が大好きだったと。
気づいてしまった気持ち。
俺は、多分、好きだったのは智美ではなく、和己だったのだと気づいていた。
いつもいい香りのシャンプーをしていて、なんかいいなと密かに思っていたこと。
守りたくなるような甘える仕草、いつも俺に合わせてくれる優しさは他の奴にはないものだった。
片割れを亡くして元気がない和己を誰にも取られたくないと俺は他者を寄せ付けないようにしていた。毎日遊びに来ていたのは、元気づけるというより独占欲だったと気づく。俺の方が元気づけられていたと気づく。
「僕、恭ちゃんには迷惑かけたくないんだ。でも、ずっと今までみたいに二人で仲良くしてくれるかな?」
「あったりめーだろ」
「今度、一緒に出掛けない?」
「かまわねーよ」
意識するとこういう返事しかできない。
恋愛に対してひどく不器用な自分がいた。
悟られたら嫌われる。
だから、俺の気持ちは伏せたまま仲良くしたい。
後ろから抱きつかれているとなんだか安心した。
俺を頼ってくれる和己に好きなんて悟られたら気持ち悪いと思われるかもしれない。
一般的に考えて俺は間違っているような気がしていた。
この気持ちは本物なのに、嫌われることが怖いと思っていた。
「おまえの恋愛も応援するからさ、気軽に相談しろよ」
とはいったものの、実際好きな相手の名前を聞いてしまったら俺の心臓は破裂してしまうかもしれない。
「うん」
恥ずかしそうに笑う和己の髪は少しばかり色素が薄くて、可愛いと思ってしまう。
髪色すらもかわいいなんて末期症状かもしれない。
髪の香りもさらさらした髪質も全部俺好みだった。
和己の視線の先にいる好きな人って誰なんだろう。
うらやましいな。
毎日学校でも帰宅後も会っているにも関わらず、休日は遊園地でデートすることとなった。
というか俺が勝手にデートと言っているだけなんだけどな。
相手にとっては、ただの気分転換の相手。暇つぶしの相手というのが現実なんだろうけれど。
傍らでにこにことしている和己を見て、少し立ち直ったのかもしれないと安堵した。
「ソフトクリーム食べようか」
和己は昔から甘党だ。
「俺、甘いの苦手だからひとくち程度でいいんだ。だから、俺は買わない」
「じゃあ僕のひとくちあげるよ」
「え? いいのか?」
俺が食べたソフトクリームをおまえが食べるってことは、間接キスのような感じだよな。
本当にいいのか?
「どうぞ」
新品のソフトクリームをわたされる。
「いいのか?」
「いいよ」
角の部分をひとくちいただく。結構うまいな。
「恭ちゃん。唇についてるよ」
和己の指が俺の唇の脇に触れる。
「指汚れるからいいって」
「舐めちゃえばいいよ」
躊躇なく俺の口回りについていたソフトクリームを舐めた。
嫌じゃないのかな。
そして、俺が食べたソフトクリームを食べ始めた。
まるで俺の彼女みたいなことをする。
まぁ、幼なじみだし、こんなもんかな。
「手がべたついてるから、ウエットティッシュで拭いとくよ。恭ちゃんも使う?」
「別に俺はつかわねーよ」
ウエットティッシュあるなら、俺のソフトクリーム、別に舐めなくてもよかったんじゃね?
というか最初からウエットティッシュで拭けばよかったんじゃね?
あいつは頭が回らないから、ついそうしただけかもしれないな。
ったく馬鹿な奴だ。
「お化け屋敷入ろうよ」
「和己はびびりだからやめとけ」
「僕は恭ちゃんとなら平気だから」
チケットを買い、さっそくお化け屋敷に入る。
昔からホラー映画や怖い話のテレビ番組を避けてる印象があったけど、成長したのかな。
入るとすぐに怖い声が聞こえる。
俺もちょっと怖いかもしれないとひるんでしまう。
「恭ちゃん。手、つないでもいい?」
「怖がりかよ。仕方ないな」
仕方ないなんていいつつ、心拍数暴上がりだ。
むしろ手をつなげてラッキーだなんて思ってしまう。
「怖いよ、目をつぶってもいい?」
「自分で入りたいっていってたくせに」
かわいいやつだな。
暗闇に二人きり。
目を閉じているなら、キスしてもぶつかったとかいえばバレないんじゃね?
俺、結構天才かも。
唇に唇と近づける。
すると、急にお化けが飛び出てきた。
「ぎゃーあああああ」
ここはお化け屋敷。いつ、何が飛び出てもおかしくはない。
故にキスにはあまり適していない場所であると俺は確信した。
「恭ちゃん大丈夫?」
「別に、ちょっと驚いただけだよ」
「恭ちゃんが怖かったら僕が守ってあげるから」
その表情が思ったより大人びていて、暗がりの中だったけど、惚れ直してしまった。
お化け屋敷を出ると日の当たる場所に戻ってきた感じが半端ない。
「ジェットコースターに乗るか?」
「怖いけど、恭ちゃんがいれば頑張れる」
か、かわいい奴だ。胸がきゅんとする。
ジェットコースターは案の定急降下。
その瞬間体が一瞬宙に浮いた感覚になり、ぐるぐる回っていた。
ずっと手をつなぎっぱなしの俺たちは傍から見たら何に見えるのだろう。
「次は観覧車に乗ろうよ」
「天気がいいから、海が見えるかもしれないな」
「やっぱデートと言ったら観覧車だよね」
「デートってなぁ、何言ってんだよ」(俺は嬉しいけどな)。
つい顔がデレてしまう。
「ごめん。恭ちゃん、彼女ができたら遊園地でデートしたいって言ってたから、ごめんね」
「なんで謝るんだよ」
「遊園地の相手が僕でごめんね」
「俺は楽しいから、おまえと来れてよかったって思ってるよ」
「本当? ありがとう」
そういえば彼女ができたら、なんて言ってたことがあったな。
相手は女って勝手に思ってた。
でも、ずっと前から俺は和己のことを好きだったんだよ。
恥ずかしくて言えるわけないけどな。
観覧車に乗ると、二人きりの空間ができる。
「好きな人のこと知りたい?」
「知りたいに決まってるだろ」
じっと大きなきれいな瞳で見つめられると景色なんて視界に入ってこなくなっていた。
和己の声を一言も聞き逃したくないと、耳を傾けていた。
「姉が亡くなってから、ずっと寄り添ってくれてありがとう。本当は僕以外の友達とも遊びたいと思うし、恋愛もしたいのに束縛してごめん。ずっと前から、恭ちゃんのこと好きだったんだ」
「え?」
思ってもいない好きな人の告白に何も言えなくなっていた。
好きな人というのは女だと勝手に思っていたし、ましてや俺のことを好きなんて思うはずはなかった。
「俺も、その……和己のこと好きだし」
「恭ちゃんが姉の智美のことを好きだということは知っていたよ」
「なんでそうなる?」
一時期自分でも智美のことが好きだと勘違いしてはいたけれど。
「いつも憧れのまなざしを向けていたのを知ってるから。僕はいつも恭ちゃんを見ていたんだよ。でも、男の自分に興味はないだろうって、迷惑をかけるからずっと黙ってた。今日、断ってもらって、恋を終わりにしようと思って。恭ちゃんは友達として好きなだけでしょ。ちゃんと断っていいよ」
「だめだ。俺も和己が好きだから、断るわけないだろ。俺が多分、ずっと好きだったのは――和己なんだよ」
「うそ……」
和己はうれし涙を浮かべて自分の手のひらを眺めた。
「苦手なお化け屋敷もジェットコースターも手を繋ぎたいから頑張って挑戦したんだ」
「俺は和己を独占したい」
「そんなことって……」
頬を赤らめる和己。
やっぱりかわいいやつだ。
鞄からペットボトルを取り出した。
「ペットボトル飲むか?」
飲みかけのペットボトルを和己に渡す。
「これって間接キス? なんちゃって」
少しちゃかした返答をされる。
こっちは大まじめだっつーの。
恥ずかしいのはお互い様だ。
お互いの本音が初めて触れ合った瞬間はどうにも落ち着かない。
「まぁ、そんなところ?」
俺も照れ隠しな返答をする。
いつの間にか夕暮れになり、花火が打ちあがった。
まるで俺たちが両思いになった瞬間を祝福してくれているかのようなタイミングだ。
観覧車が下降して、そろそろ二人きりの時間は終わる。
「「好きだよ」」
同時に二人の声が重なる。
「ずっと好きだったのは絶対和己だから」
そう言うと観覧車の入り口が空き、俺たちは手を繋いで外に出た。
「おまえが辛い時はずっとそばにいるから」
「あんなに辛いことがあったけど、恭ちゃんのおかげで学校にも行けてるし、今日も生きてる」
「明日も生きるぞ」
手をぎゅっと握る。
俺たちはずっと想い合っていた。
恋愛に不器用な恋愛初心者だけど、手探りでの交際がはじまる。
「今日は楽しかった?」
「もちろん。ソフトクリームの共有も実は結構うれしかった」
「結構狙ってたんだけどね」
「意外と策士だな」
「明日も明後日もずっと恭ちゃんと一緒だね」
「和己が隣にいないと俺は嫌だからな」
いつの間にか和己に甘えている俺がいた。
智美とのことがなかったら俺たちは本音を言う機会がなかったのかもしれない。
三人で一緒にいたはずの時間は二人だけになってしまった。
でも、そこにあるのは友情ではなく恋愛感情だった。