翌日、僕たちは再び例の河原で落ち合った。
「やっほー透くん」
「ハルカ、おはよう」
午前中から出かけてくると母親に伝えると、「あんたも物好きね」とニヒルな笑みを浮かべられた。母にとって、取り立てて行く場所も何もない実家の周辺で積極的に外出をする僕は変人のようだ。母には構わず、僕はいそいそと靴を履き、玄関を飛び出した。
「今日は何する?」
クリクリとした瞳を僕に向けて聞く彼女の髪の毛から、シャンプーの香りがして思わず目を瞬かせる。「どうしたの?」ともう一度問われて、動揺しながら「なんでもない」と首を振った。
「そうだな……特に何も考えてなかったんだけど。良かったら、遠出しない? あ、きみの体調が許せば、だけど」
今、ハルカの病気の状況がどうなっているのか、僕はまだ聞けていない。治ったのか、まだ治療中なのか。遠出するならそれなりの覚悟が必要だ。探るようにして彼女の目を見つめた。
「遠出? うん、ぜひしたい! 体調は大丈夫。どこに行く?」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら全身で喜びを表す彼女が、三年前と変わらなくてふふっと笑ってしまう。
どうやら体調はよろしいようで、それなら話が早いと思った。
「そうだね。昨日、古代魚が好きだって言ってたから、水族館なんてどう?」
「水族館! 行きたい。行こう!」
すぐに賛成をしてくれた彼女と一緒に、最寄りの駅から近鉄電車に乗り、三重随一の水族館のある鳥羽水族館へ向かった。
鳥羽水族館へは、僕も幼い頃から何度か足を運んだことがある。日本一の飼育種類数を誇るここでは、珍しい海獣がたくさん見られる。一日過ごしても飽きない。
ハルカも、三重に住んでいるのだから何度も行ったことがあるはずだ。もしかしたらあまり楽しんでもらえないかもしれない……なんて心配をしていたが、すべて杞憂だった。
「うわ〜オウムガイだ! 本当にアンモナイトみたい」
「カブトガニ、意外と足が長くてびっくり。触ったらぞわぞわしそうっ」
「アリゲーター・ガーは数千万年の間姿形をほとんど変えてないんだって。へえ、すごい」
二階の「古代の海」というコーナーで「生きている化石」に出会い、逐一瞳を輝かせながら水槽の中の生物をじっと観察するハルカは、完全に僕の存在を忘れているようだった。
古代魚だけじゃなく、海獣コーナーでもしっかりと水槽に張り付いて、泳ぎ回る巨大な哺乳類たちを目で追っている。
「ねえ、知ってる? アフリカマナティーが見られるのは鳥羽水族館だけ。ジュゴンなんて、世界でも三館でしか飼育されていないんだって。マナティーもジュゴンも似てるけど、ジュゴンの方は口の向きが下向きについていて、浅瀬の海底に生える海草を食べるんだよ」
「へえ、知らなかった。ハルカは物知りなんだね」
「うん。鳥羽水族館、好きなんだ。昔家族でよく来てたから」
「最近は来てないの?」
僕が純粋に気になったことを口にすると、彼女は曖昧に笑って頷いた。
「最近はあんまり、気分じゃなかったんだよね。でも今日は、透くんと大好きな場所に来られてすごく嬉しい」
古代魚にハマっているというのに、水族館に行く気分になれなかったというハルカは、僕の目を見つめてゆっくり微笑んだ。
やっぱりハルカは、まだ病気が治っていないのかもしれない。
そうでなければ、好きなものに一直線に向かって行くだろう。彼女の性格からすれば、理由もなく水族館に行くことを避けていることの方が不自然なのだ。
「やっほー透くん」
「ハルカ、おはよう」
午前中から出かけてくると母親に伝えると、「あんたも物好きね」とニヒルな笑みを浮かべられた。母にとって、取り立てて行く場所も何もない実家の周辺で積極的に外出をする僕は変人のようだ。母には構わず、僕はいそいそと靴を履き、玄関を飛び出した。
「今日は何する?」
クリクリとした瞳を僕に向けて聞く彼女の髪の毛から、シャンプーの香りがして思わず目を瞬かせる。「どうしたの?」ともう一度問われて、動揺しながら「なんでもない」と首を振った。
「そうだな……特に何も考えてなかったんだけど。良かったら、遠出しない? あ、きみの体調が許せば、だけど」
今、ハルカの病気の状況がどうなっているのか、僕はまだ聞けていない。治ったのか、まだ治療中なのか。遠出するならそれなりの覚悟が必要だ。探るようにして彼女の目を見つめた。
「遠出? うん、ぜひしたい! 体調は大丈夫。どこに行く?」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら全身で喜びを表す彼女が、三年前と変わらなくてふふっと笑ってしまう。
どうやら体調はよろしいようで、それなら話が早いと思った。
「そうだね。昨日、古代魚が好きだって言ってたから、水族館なんてどう?」
「水族館! 行きたい。行こう!」
すぐに賛成をしてくれた彼女と一緒に、最寄りの駅から近鉄電車に乗り、三重随一の水族館のある鳥羽水族館へ向かった。
鳥羽水族館へは、僕も幼い頃から何度か足を運んだことがある。日本一の飼育種類数を誇るここでは、珍しい海獣がたくさん見られる。一日過ごしても飽きない。
ハルカも、三重に住んでいるのだから何度も行ったことがあるはずだ。もしかしたらあまり楽しんでもらえないかもしれない……なんて心配をしていたが、すべて杞憂だった。
「うわ〜オウムガイだ! 本当にアンモナイトみたい」
「カブトガニ、意外と足が長くてびっくり。触ったらぞわぞわしそうっ」
「アリゲーター・ガーは数千万年の間姿形をほとんど変えてないんだって。へえ、すごい」
二階の「古代の海」というコーナーで「生きている化石」に出会い、逐一瞳を輝かせながら水槽の中の生物をじっと観察するハルカは、完全に僕の存在を忘れているようだった。
古代魚だけじゃなく、海獣コーナーでもしっかりと水槽に張り付いて、泳ぎ回る巨大な哺乳類たちを目で追っている。
「ねえ、知ってる? アフリカマナティーが見られるのは鳥羽水族館だけ。ジュゴンなんて、世界でも三館でしか飼育されていないんだって。マナティーもジュゴンも似てるけど、ジュゴンの方は口の向きが下向きについていて、浅瀬の海底に生える海草を食べるんだよ」
「へえ、知らなかった。ハルカは物知りなんだね」
「うん。鳥羽水族館、好きなんだ。昔家族でよく来てたから」
「最近は来てないの?」
僕が純粋に気になったことを口にすると、彼女は曖昧に笑って頷いた。
「最近はあんまり、気分じゃなかったんだよね。でも今日は、透くんと大好きな場所に来られてすごく嬉しい」
古代魚にハマっているというのに、水族館に行く気分になれなかったというハルカは、僕の目を見つめてゆっくり微笑んだ。
やっぱりハルカは、まだ病気が治っていないのかもしれない。
そうでなければ、好きなものに一直線に向かって行くだろう。彼女の性格からすれば、理由もなく水族館に行くことを避けていることの方が不自然なのだ。