「どこから話そうかな……。高校に入学してからでいい?」

「いや、中三の夏休みに東京に帰ってから昨日までのこと!」

「ええ!? そんな昔のこと覚えてないって」

「嘘だー。私は覚えてるよ。透くんが帰った翌日は、寂しくてご飯が喉を通らなかったこととか、悲しくて毎晩泣いちゃったこととか」

「それ、本当に? 今適当に作った話じゃなくて?」

「失礼なー本当だって! まあ、泣いたとかは、嘘かな」

 ぺろっと舌を出して僕を揶揄うように笑うハルカ。なんだ嘘なのか、とがっかりしている自分がいるのはどうしてだろう。

「とにかく透くんがいなくなって、寂しかった。それぐらい、あの夏のひとときは、私にとって特別だったから」

 ふと声に切なさが滲んで、はっとして彼女の目を見た。ハルカが、僕と別れてからそんなふうに思ってくれたなんて。思ってもみなかった。
 そういえば、と僕は傍に置いた日記に視線を移す。
 彼女の病気は、どうなったんだろうか。

「ハルカ、あのさ。きみの病気は、良くなったの?」

——と、聞くことができなかったのは、ハルカの瞳が心なしか湿っているように見えたからだ。

「ごめん、目に虫が入ってきて。私、虫苦手なのにっ」

 ゴシゴシと両目を擦りながら、ハルカは涙を拭っていた。僕は彼女にハンカチを差し出す。「ありがとう。透くんは優しいね」という声が胸にジンと響いた。

「そのノートってもしかして、私が渡した日記?」

 ハルカが僕のそばにあった日記の本を見つける。

「あ、そうだよ。その……気持ち悪いって思われるかもしれないけど、もしかしたらまたきみに会えるかもって思って、持って来たんだ」

「そっかあ。それは、嬉しいな」

 今度は泣き笑いのように目を細めていたから、彼女が心から喜んでくれていることが分かり、ほっと胸を撫で下ろす。一歩間違えればストーカーのような行為に見えてしまうところを、いいように受け取ってくれてよかった。

「また会う日まで持っておくっていう約束だからね」

「……うん、そうだった。約束、覚えてくれててありがとう」

 彼女がそう呟くと同時に、夏の風がサーっと吹き抜けて、僕らの髪の毛を揺らす。お互いの存在を身近に感じて、心がすっと満たされていく。
 その後、僕たちは会えなかった三年間の思い出を違いに語り合った。正直なところ、僕は覚えていないことが多かったけれど、彼女の面白おかしいツッコミのおかげでなんとか自分の話を終えることができた。
 ハルカは相変わらずのノリとテンションで、家族と進路のことで喧嘩した、だとか、最近は古代魚にハマってて、よく図鑑を読んでいるだとか、他愛もない話をしてくれた。彼女は自分の話の中で闘病生活には一切触れていなくて、彼女らしいと思う。

「また明日も話せるかな?」

「うん、もちろん」

 夕飯の時間が近づいてきたところで、僕たちは手を振って別れた。持って来た彼女の日記を返そうかと思ったけれど、「透くんが持ってて」と、三年前と同じことを言われた。
 大切な本を鞄にしまうと、ハルカと別れた後も、彼女に再会できた喜びがひしひしと押し寄せて来た。
 夏休みが終わるまで、いくらでもまた彼女に会える。
 三年間、一日も忘れたことのなかった彼女に、恋をしているのだと自覚した。